シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション公開中!

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回) 空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション


chapter.3 もちち雲ルート1・ふらふら 


 もちち雲ルート。
 一見何の変哲もない普通の雲で囲まれたこの谷だが、その雲には恐るべき特徴があった。その雲は他の雲よりも高い粘度を誇っており、熱すればどろどろの液体に、冷やせばカチカチの固体となる。色々と危険そうなこの谷で早速そのもちち雲の効力を試そうとしていたのは、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)だった。フォルクスはもちち雲を手頃な大きさに丸め取って、契約者の和原 樹(なぎはら・いつき)のところへと忍び寄った。当の樹は、先ほどのヨサークの様子を思い出していた。
「ヨサークさんが空で権力を手に入れても、地上で活動する農民が救われるかはちょっと疑問だけど……なんか応援したくなるんだよな。すごく一生懸命だからかな」
 彼が権力を得てそれをどう活かすのか、樹にはまだ分からなかった。しかし樹は別に、それでいいと思う。大事なのは、一生懸命になっているその方向がずれていないこと。そして、そうやって懸命に頑張っている人の力になること。何より樹は、考えるよりも先に足を動かすタイプの人間だった。分からないことは、動いてみてから考えればいい。樹は箒に乗りながら、そんな風に思っていた。特に何か理由があったわけではなかったが、樹は後ろを振り向いた。ヨサークのいる、本陣の方を。
 が、その視界に入ったのは、パートナーのフォルクスだった。フォルクスの手にはしっかりともちち雲がスタンバイされており、樹が避けるよりも早くその体にもちち雲は浴びせられた。同時に、弱い火力でもちちをいぶるフォルクス。見る見るうちにもちちが溶けていき、樹の服にへばりつく。
「なっ、何やってんだフォルクス……っ! わ、溶けてる、溶けてる! 服にくっついて上手く動けない……!!」
 液体状になったもちちをどうにか体から払い除けようともがく樹を見て、フォルクスは満足気に呟いた。
「ふむ……なかなか良い絵面だ。面白い」
 そこに、氷術でもちちを剥がし終えた樹が問答無用でどつく。
「これから戦闘だって時に、何やってんだあんたはっ!」
「ふん、何やら神妙そうな顔をしていたから、元気付けてやったのだ」
「ほんとかよ……なんか、来るルート間違った気がするなあ……」
 樹は「こんな馬鹿なやり取りをしているのは自分たちだけだろうな」と思いながら周りを見渡した。しかし樹のそんな予想に反して、もちち雲を使って悪ふざけをしていた生徒は他にもいた。樹が目を向けた方向にいたのは、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)コンビだった。彼女たちはこれまでも、敵船に乗り込んでは缶詰を頬張ったり、島に行ってはバカンスとか見当違いなことを言いつつバーベキューをやろうとしたりと、基本的に遊ぶことと食べることだけに尽力してきた。そしてそれは、今回とて例外ではない。
「ここよっ! ここがこのパンフレットに載ってる、あのもちち雲よっ!」
 ハイテンションでセシリアに語りかける月実。その手には蜜楽酒家で絶賛配布中のフリーペーパー、「タシガン空峡観光マップ2月号 もちち雲特集! 春に向けて君もあの子ともっちっち!」がしっかりと握りしめられていた。
「おぬしの持っておるパンフレットが相当怪しいのじゃが……一応聞いてやるかえ。それには何て書いてあるのじゃ?」
 これまでの月実の悪ノリっぷりを間近で見てきたセリシアは、呆れ気味で月実に尋ねる。
「なんでも、冷やしたり温めたり出来る雲らしいのよ。これはもう、食べるしかないわね。苦労して調理器具も持ってきたし」
「いやいや、それに載っておるのは状態が変わるということだけじゃろ? 食べられるのかえこれは!? というか苦労してって、おぬしが勝手に持ち込んできただけじゃろう!?」
 セシリアが突っ込んでる間に、月実は既に近くにあったもちち雲を手でちぎり、持参したミニクーラーにもちち雲を入れていた。するとすぐにもちち雲は固まり、カチカチになった。
「とりあえず冷やしてアイスっぽくしてみたから、食べるといいわセシリアさん。美味しいから。間違いなく美味しいから」
 ずい、とセリシアの前に固体もちちが差し出される。
「おお、本当に固まっておる……いやしかし、これ雲じゃろう? 美味しいとは思えぬのじゃが。そもそもこの高度で風も吹いておるのに、アイスは寒くないかえ? そうまで言うならおぬしが食べれば……」
 喋っているセシリアに、月実はもちちを放り込んだ。
「……!」
 急に冷たいものが口に入り込み、セシリアは慌てて喉を押さえた。どうにか固体もちちを消化すると、セシリアはぽつりと呟いた。
「……雨水じゃな」
「あ、やっぱり? だと思ったのよ。良かった、食べなくて」
 月実はセシリアの方を見向きもせずに、再びもちち雲に手をかけていた。
「や、やっぱりとはなんじゃ! おぬし、前々から思っておったが身勝手にも程が……」
「あら、この雲、熱すると相当どろどろになるのね」
「……もう身勝手でもいいから、とりあえず人の話は聞くのじゃ」
 何度目かの溜め息を吐いたセシリアをよそに、月実はライターでもちちを溶かし、それを手につかないよう布で集め形を作って固める作業に没頭していた。
「うむ、おぬしが人の話を聞かないことはよおく分かった。で、おぬしは何をしておるのじゃ」
「見ての通り、雲文字をつくってるのよ。ほら、どう? この出来栄え」
 月実がミニクーラーから作品を取り出した。そこには雲でつくられた文字が並んでいる。セシリアはそれを声に出してみた。
「なになに……? セ・シ・リ・ア・惨・状……」
「力作よ」
「力作よ、じゃないのじゃー! 何を勝手に人の名前を使っておるのじゃ! しかも参上ならまだしも惨状ってなんじゃ! 私は一体どんな酷い目に遭ってるのかえ!」
「雲文字って難しいのね。アイアムセシリアってつくろうとしたのに」
「片仮名が漢字になるっておかしいじゃろう! どう考えても惨状ってつくる方が難易度高くて手間じゃろうに!」
 ちゃぶ台返しよろしく、雲文字返しをしたセシリアによって月実の作品は手元を離れ、そのまま風に流され南側へと消えていった。
「あ、文字が飛んでいった……でもこんなこともあろうかと、もうひとつ作品をつくっておいたわよ。今度は文字じゃなくて彫刻品よ」
「……どんなものをつくったのじゃ」
 呆れつつもちゃんと先を促してしまうところがセシリアの悲しい性格である。月実はそんなセシリアに、誇らしげに作品を披露した。
「ぞうさん!」
 ばん、とセシリアの目の前に現れたのは、眼鏡をかけた、一見クールそうな男性の顔だった。
「ぞうさんはぞうさんでも、これは危険な方のぞうさんじゃ!!」
 セシリアは速攻でそれをバラバラに崩した。月実がつくったのは、象山だった。それは言うまでもなく、フリューネサイドと深い関わりのあるあの梅村象山である。ゾウサンと読めなくもないが、正しい読み方はもちろんショウザン、である。ここでふたつほど注意をしておかねばならない。まずひとつは、これは象山本人が言い出して使おうといった流れであること、そしてもうひとつは、「危ないぞうさん」の存在は別にあったのだがあまりに危険すぎるためここでは使わなかったということである。
「ええい、こうなったら私も『月実うどん』とか『月実黙ってお仕置きよ』とかつくってやるのじゃー!」
 ついにはセシリアも雲で作品をつくり出し、ふたりの周りにはもちち雲アートが並びちょっとしたもちち展が催されたのだった。もちち展主催者のセシリアと月実はアートを生み出しながら、ふたり同時に同じ疑問が浮かんでいた。
「そういえば……私のパートナーはどこに?」



 一通りもちち雲で遊び終えた一行は、警戒しつつゆっくりともちち谷を南下していった。少し進んだところで、フォルクスのディテクトエビルが何かを感知した。
「何か来るな。気をつけた方がいい……いや、逆にここは今まで通りの空気を出し、相手を油断させるのも面白いな」
 フォルクスのそんな言葉で、彼らはいつでも迎撃出来るよう準備だけはしつつ、さっきまでと変わらぬ雰囲気を出すことに努めた。おそらく襲撃者が一行を発見しても、つい先ほどまでのようにドタバタ遊んでいる風にしか映らないだろう。
 そこを好機と捉えたのか、雲の影から一機の小型飛空艇が飛び出してきた。乗っていたのは一見するとかわいい女の子だが、装備品やその他諸々から察するにかなり頑丈そうなツインテールの女だった。なので差し当たってカッチカチと呼ぶ。カッチカチは高周波ブレードに炎をまとわせ、それをこちら側へと放ってきた。その軌道は運良く外れ、生徒たちがいた場所の脇にある雲の壁へと当たった。途端に、炎が刺さった場所から壁がどろどろに溶けていく。最初の一撃が決まらなかったことにも慌てず、カッチカチは大きく声を張り上げた。
「ヨサークさんのお仲間ですね! ここから先には、フリューネさんの弟子である私が通しません!」
 一手に注目を浴びるカッチカチ。彼女の目的が最前列での迎撃だったのか、後ろにいるであろう他の生徒たちの場所へ誘導することだったのか、それともこのルートに単身で来たのか。どれだったのかは分からない。が、ひとつ確かなことがあった。それは、カッチカチが女性だった時点で、彼女の命運はここで尽きてしまうのだということだった。
「女の子ー、女の子ー。女の子です。女の子がいるのです。女の子が現れたのです。女の子、女の子、女の子……」
 どういうわけか、こちら側の生徒たちはやたらと女の子にもちち雲をぶつけたがる人が多かったのだ。有無を言わさず、液体状のもちち雲がカッチカチに襲いかかる。
「きゃあっ! ちょっと待って下さいっ!」
 4〜5人からもちちの集中砲火を浴びることになってしまったカッチカチは、顔面が白濁液でどろどろになってしまった。見ているこっちがカッチカチである。そしてそのままカッチカチは、雲海へと投げ出されたのだった。
 カッチカチの様子を見て、一同はこの先に敵が待ち構えているかもしれない、とより一層警戒を強めた。そんな中、箒ですっと前に出てきたのは桐生 円(きりゅう・まどか)だった。後ろにはパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)も乗っている。
「もし彼女が囮役なら、この先に敵軍がいるはず。わざわざ出向いてあげることはないけど、このままこっちまで受け身でこう着状態になるのも面白くない。ボクたちがちょっと仕掛けてくるよ」
 そう言うと円は光学迷彩を使用し、その姿を暗闇に同化させた。そしてそのまま、カッチカチの来た道を逆走する形で南へと進んでいく。

 程なくして、円は前方に何かを発見した。それは、凍ったもちち雲が幾層かに積まれている、いわば雲のバリケードのようなものだった。
 やっぱり。思った通りだよ。囮がいた以上、その先に何かしらのトラップがあるって考えるのが普通だよね。
 せっかく姿を消しているので、声でその存在がバレぬよう心の中で円は呟いた。おそらくあの凍ったもちち雲の裏手には、何人かの敵が潜んでいるはず。でなければ、目の前のもちち雲も囮で、どこかから固体ないし液体状のもちち雲を飛ばしてくる作戦か……。
 円が考えを張り巡らせていたその時だった。谷の側面に、突如炎が生じた。
 これは……火術? しかもこの勢いはひとり分ではない。最低でも2〜3人がかりでなければ、この熱量は生み出せないはずだ。どこかから放たれた炎によって、谷の壁面はその形状を変えた。ずず、という歪な音と共にもちち谷の一部が溶け出し、それは雪崩のような白い波となって円へと襲いかかった。
 が、これを想定していなかった円ではなかった。谷の一部が溶け出したことを視認した瞬間、円はヒロイックアサルトを発動させていた。それは円に思考能力と動体視力の上昇をもたらし、通常よりも早く彼女の脳から筋繊維へと命令を下す。ジョウショウセヨ。
 雪崩が、谷間を一瞬覆った。
 その白い波のさらに上、月を背にして円は光学迷彩を解き、その姿を現した。同時に、円の下で流れる波をサーファーのように走り抜ける人影も。
「あはははは、たーのしー!」
 それは、円の箒に乗っていたミネルバだった。なぜ彼女が溶け落ちる雲を足場にして駆けていられるのか? それは、ミネルバの直情的な性格が与えた判断力と惜しみなく自身の持てる技を繰り出す行動力に起因する。
 彼女は、雪崩を見るや否や円と同様にヒロイックアサルトを使用して反射神経を上げていた。これにより彼女は、雪崩に飲まれるよりも早くもうひとつの技、秋霜の鋭気をまとうことに成功する。瞬間、ミネルバの四肢に氷のオーラが宿り、雪崩を部分的に形状変化させた。後は氷術を自身の進行方向に放つことで足場を取り、氷のオーラをまとった足でその雪崩を駆けていくだけである。
「姿を消したにも関わらず正確なタイミングで雪崩を起こしたってことは、敵意を察知する類のスキル使用者がいたってことだね」
 ミネルバに近付くようにゆっくりと高度を下げながら光学迷彩状態ではない円が言う。気配を察知されている以上、姿を隠し続けてもあまり意味はないとの判断からである。円が姿を現したことで、敵は彼女を改めて視認した。そしてそれは、一旦回避行動で上空へと移った円も同じだった。20メートルほど離れたもちち雲の陰に、飛空艇と箒に乗った生徒が3名。
「まずは、その余計なものを取っ払ってしまおうか」
 円が星輝銃を構え、シャープシューターで定めた標的を射抜く。その光線は熱量を保ったまま十字を描き、前方のもちち壁を融解させた。そのまま円は銃口を飛空艇へと向ける。狙われた飛空艇に乗っていたのは、全身が性感帯みたいな胸の大きな女だった。なので性感帯と呼ぶ。
「ボクを生き埋めにしようとした報いだよ」
 そして、円の銃から一本の線が放たれた。性感帯はとっさに溶け切らずに残っていた周辺のもちち雲を氷術で固め、盾とした。その直後、性感帯が横にいる箒に乗ったドSそうな魔女に目で合図を送った。同時に言葉も。
「今度はこっちから行くよ! おねーさま!」
「ええ、良くってよ……!」
 ドSの返事を聞いた性感帯が魔力を集めた手を円に向けようとしたその時、ガクンと飛空艇が揺れた。
「え、なっ、何っ!?」
 驚く性感帯の前ににかっと笑顔で現れたのは、もちちの波を渡ってきたミネルバだった。彼女は勢い良く性感帯の飛空艇に飛びつくと、飛空艇の底から体を回して逆上がりの要領で飛空艇の上へと乗ったのだった。
「沙幸さん!」
 ドSが慌ててミネルバに氷術を放つ。しかしそれは彼女に、ドSが思うようなダメージを与えなかった。彼女は雪崩に襲われた時に発動させたスキルとほぼ同時に、心頭滅却とエンデュアの併用で精神を極限まで高め、魔法攻撃から自身の肉体を保護していたのだ。恐るべき技の豊富さである。
「んーとね! ミネルバちゃんが今回任せられたのはね、よーどーってヤツなんだって! よく分かんないけど、よーどーってこういうことだよね! ミネルバちゃんあたーっく!!」
 げし、とミネルバが性感帯を蹴飛ばし、性感帯は飛空艇から空へと放り出された。陽動どころか、敵数を減らす大活躍である。
「きゃっ!?」
 それを見たドSが箒を転回させ、全速力で性感帯を拾い上げようとする。が、あと一歩間に合わず、ドSの手が性感帯に触れることはなかった。そしてそのまま性感帯は落下し、谷底のもちちにべちょ、と体を埋めたのだった。
「次はキミの番だね」
 円は既に、無防備な態勢で目の前に飛んできたドSへと次の狙いを定めていた。遠慮なく円の銃から放たれた光線が、ドSの箒を焦がす。
「あっ……!」
 そしてドSも、もちちへと落ちていった。皮肉にも性感帯とドSが落ちた場所は、先ほど彼女たちが崩したもちち雪崩の溜まった場所だった。つまり彼女たちは、自身の仕掛けたトラップに自分たちがかかることとなってしまったのだった。もちろんその顔から服まで、白濁液まみれである。特に性感帯には白濁液が多くかかっており、彼女は泣きそうな目でドSに助けを求める視線を送っていたのだった。
「沙幸さん、美海さん……! 仇はこの僕が必ずとるよ……!」
 敵側で残ったひとりが、そう言い放ったのと同時に飛空艇で円の死角へと回りこんだ。一見女のようにも見えるその男は、歴史系の本を読むのが何だか好きそうな感じだ。なので歴オタと呼ぶことにする。歴オタは持っていた刀の峰を返し、円へ向け振り下ろそうとする。しかしその時歴オタは、自分の身に差し迫る危機を察知した。ここに来る前、パートナーにかけてもらった禁猟区の効果が現れたのだ。歴オタはモーションを途中で止め、やむなく距離を置いた。すると、彼のいた場所を強烈な風圧がぼう、と音を立てて通り過ぎた。おそらく回避が一瞬でも遅れていたら、歴オタもまた雲の藻屑となっていたに違いない。
「あー、おっしー! もうちょっとでめいちゅーしたのにー!」
 そしてその攻撃を仕掛けたのは、性感帯から飛空艇を奪いそのまま乗っていたミネルバだった。先ほどの攻撃は、彼女の遠当てによるものだったらしい。
「……死角から斬りかかるとは良い趣味だね」
 ミネルバの遠当てはかわしたものの、それにより円への襲撃は失敗に終わってしまった歴オタ。
「安心するのは、まだ早いんじゃないかな……っ!」
 歴オタはすぐさま態勢を立て直し、再度峰を返し刃を円に向ける。彼女の武器は銃のみ、ならばこの距離で刀を振り下ろせば、彼女に防ぐ術はないはず。そう考えそれを実行しようとした歴オタの考えは正しい。誤算があるとすれば、ここがもちち雲という特異な場所だったということである。
「もらった!」
 歴オタがそう声を上げた次の瞬間、不意にべちゃべちゃっ、と雲の破片が彼の顔面を襲った。それは、先ほどセシリアと月実が遊んでいる時につくったぞうさんの彫刻の残骸だった。どうやら風を漂い、流されてきたらしい。相当な数の破片が顔に貼りついたことで前方がまったく見えなくなってしまった歴オタは飛空艇のコントロールを失い、そのまま下のもちちエリアに顔面から突っ込んだ。
「……自滅とは無様だね。さて、あっち側にまだ敵がいるのはさっき見えたけど、この付近にもまだ潜んでいないか一応確認しようか」
 円は雪崩を回避し一時的に高度を上げた際、ここからさらに奥に敵がまだいることを目撃していたのだった。円は飛空艇を手に入れたミネルバと共にそこに向かおうとしたが、その前に周辺確認を行うことにした。



 円とミネルバがフリューネ側生徒と一戦交えていたその少し前。
 ふらふらと一機の飛空挺が、円の見かけた残りの敵軍と性感帯との中間あたりを飛んでいた。
「ねーねー、月実どこ?」
「ええっ? そんなのあたしが知ってるわけないでしょ!? あたしだっておねーちゃん探してるのに……うぅ、なんでこんなことに……」
 そんな会話をしながら飛空艇を運転していたのは、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)。後ろにはリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)を乗せている。彼女たちこそ、先ほど雲アートをつくっていたセシリアと月実らの前から消えたそれぞれのパートナーだった。一体なぜ彼女らはこんなところを飛んでいるのか? 時間は遡り、開戦前。

「今回ばかりは、戦うの避けられそうにないなあ……」
 自分の飛空艇に乗りながらミリィが小さく呟く。
「まあでも、あの悪魔っ子に絡まれるよりマシだよね、きっと。よしっ、そろそろしゅっぱ……つっ!?」
 彼女の膝が急に曲がり、バランスを崩した彼女はその場に倒れそうになる。驚いたミリィが後ろを向くと、そこにはリズリットが立っていた。
「また月実に置いてかれたー。月実、おいしいもの独り占めする気なんだきっと。うー、くやしー!」
 リズリットはそのままバランスを崩したミリィの上に乗っかり、遠慮なくミリィを踏んづけた。何度も何度も。
「いたっ、いたたたっ、ちょっ、止めて! お願いだからやめ……いたっ!」
 ぴょん、とミリィから飛び降りたリズリットを見て、ミリィは溜め息混じりに言った。
「……やっぱりいつもの悪魔っ子。何? 今回は何がしたいの?」
 過去に何度も目の前の少女に酷い目に遭わされてきたミリィだったが、とりあえず彼女の言い分を聞いてあげることにした。こういうことが、彼女の目指す「大人の醍醐味」というものなのだそうだ。
「月実に置いてかれたー。ねー、みりんこさん、それみりんこさんの飛空艇だよね。ちょっと貸しがとう」
「貸しがとう!? 何それ、何勝手に新しい言葉生み出してるのー!?」
「貸してって言ったらいいよって言うでしょ、知ってる知ってる。だからその返事のありがとうもまとめて言えばいいかなって」
「いいかなって、じゃないでしょー!? そもそもなんであたしが貸すのをOKするの前提なの!? あとあたしの名前ミリィよミリィ! ミジンコみたいな感じで呼ばないで!」
 つっこみ疲れてぜいはあし出したミリィに、リズリットは不満気に言葉を口にした。
「えー、貸したくないの? 私の運転じゃやだってこと? 別に運転させてあげてもいいけどー、たたじゃやーだ」
 すっかりふたり乗りして互いの契約者を探しに行くことが決定してしまっている。
「リズ様の子分になるって誓ったら運転させてあげてもいーよ」
 ミリィは色々と言いたいことがあったが、そのほとんどを言葉にはしなかった。一言で言えば、諦めたのである。これもおそらく、彼女に言わせれば大人の醍醐味のうちのひとつなのだろう。
「分かった、分かったから、子分でも何でもなればいいんでしょ?」
 そしてリズリットを乗せたミリィの飛空艇は、空へと駆け出したのだった。が。
「あはは、たーのしー! リズリット空賊団しゅっぱーつ! ごー! 子分兼下僕兼メイド兼雑用兼運転手! ごー!」
 空へと飛び出るなり、リズリットはミリィの運転の邪魔をし始めた。ガチャガチャと勝手に色々なところをいじったり、ミリィの後ろからちょっかいを出したり。
「ちょっ、ちょっと、落ちる、また落ちちゃうから!」
 ふたりを乗せた飛空艇は高度を上げたり下げたり右に行ったり左に行ったり雲にぶつかったりしながら、ふらふらと飛行を続けた。そして彼女たちは、どういうルートを辿ったのかこのもちちルート、それもフリューネ側に近いエリアへと出てきてしまったのだった。
「ねー、月実どころか誰もいないよー。どういうことみりんこさん。しっかり運転しなさいよー」
 リズリットが不満そうに言葉を漏らす。ミリィは「大人、あたしは大人……」と自分に言い聞かせリズリットの言葉を聞き流していた。その時、彼女たちの耳にドドドド、と重低音が聞こえてきた。
「え……この音は……?」
「みりんこさん、あっちー!」
 リズリットが音の聞こえてきた方を指差す。そこには、もちち雲の上を軍用バイクで颯爽と走っている銀髪の男がいた。髪型がホストっぽいのでとりあえずホストと呼ぶ。ホストの乗っているバイクにはサイドカーがついており、そこにはおしとやかそうな長い黒髪の女が座っていた。この先は分からないが、現時点では所持金がどうやら0Gっぽいので一文無しと呼んでおく。さらにその背後からは、飛空艇に乗った小さな少年がやってきた。こちらも現時点で一文無しっぽいので同じく一文無しと呼ぶ。どうやら彼らは、ミネルバと同じように足場を凍らせてその上を走っているようだ。
「あー、あれ楽しそう! みりんこさん、凍って。ほら凍りなさいよ。凍れって」
「凍れって何ー!? いくらなんでも言ってることが無茶すぎるってば!」
 わいわいと騒ぎ立てるふたり。その喧騒で、どうやらホストと一文無したちもこちら側の存在に気付いたようだった。するとバイクに乗ったホストが、突如ハンドガンを取り出した。
「俺の前は誰にも走らせないぜっ!」
 どうやら彼的にはフリューネ側ヨサーク側だからどう、という以前に、単純に自分の前にある乗り物が気に食わないらしかった。ホストはそのハンドガンでミリィの飛空艇に次々と穴を開けていく。
「わっ、落ちる、落ちるってみりんこさん! 早く戻して!」
「あ、あたしだって出来るならそうしたいのよっ……!」
 そのまま彼女たちを乗せた飛空艇は、黒い煙を吐きながら雲の底へと墜落した。