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【5・姦しい女湯】

 真口悠希(まぐち・ゆき)は困っていた。
「あ、見えてきました。あそこみたいですね」
 彼は稲場繭(いなば・まゆ)に腕を掴まれ、繭のパートナーのエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)ルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)らにせかされながら、徐々に女の暖簾へ近づいていく。
 先程洞窟前で繭達と出くわし、
「悠希さんも一緒にどうですか?」
 と誘われて断りきれず、来てしまったのだが。
 悠希が女性であれば何も問題などないのだが。実は性別が男性であるのだ。だが、外見は女の子で所属も百合園女学院なので男湯へ入るわけにもいかず、困っているのだ。
 加えてマズイことに、女湯のほうは先程ののぞき騒動の影響か、見張りが更に増えていた。セシリアやフィリッパはメイベルが既に湯から上がったのか姿は無かったが。代わりに、フラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)九條静佳(くじょう・しずか)らの姿があった。
 もし性別の確認をされたらと心配でドキドキの悠希だったが、それは杞憂に終わった。外見が女なのに加えて、エミリア達と同行していることもあって注意対象の範囲外に見られたらしい。
 鬼門を抜けて、ふぅ……と悠希が一息ついたのも束の間。続いて当たり前の問題がすぐさま発生する。
「ゆっくり温泉を堪能しましょうね(ふぁさ)」
「温泉、温泉〜! いやぁ……可愛い女の子が裸とか素晴らしい!(がばっ)」
「まったく、このあーぱー吸血鬼がいなければ私も気晴らしになるのに(ぱさ……)」
 繭達が服を脱ぎ始めたのだ。まぁ、脱衣所なのだから当然だが。
「!!!!!!!!!」
 悠希は思わず硬直する。
「さあ、可愛い女の子を堪能よ!」
 いち早く服を捨て去り、素っ裸で湯のほうへと駆けて行くエミリア。
「あ、こら! 言ってるそばから問題発言して行くんじゃない!」
 急いで服を脱いで大きな胸をあらわにし、それを揺らせながら後を追うルイン。
 そんな彼女達に目が離せぬまま、しばらく直立不動の悠希だったが。
「? どうしたんですか?」
「あ、べ、べつに」
 繭から声をかけられ正気に戻り、怪しまれるといけないという一心でテンパりながら、服を脱ぎ去る悠希。大事な部分に関しては、きっちりタオルで隠しておくのも忘れずに。
「……本当にどうかしました? もしかして具合でも悪いとか?」
「――――!」
 だがしかし。気づけば繭が背後に迫ってきていた。しかも、その表情は可愛らしく首を傾げた姿勢で悠希を覗き込んできていて。身体はわずかタオル一枚で隠しただけの、ほぼ裸状態。
(男の子が反応しちゃう……これじゃバレちゃうっ)
 これは、もはや万事休す――
「うう、ボクもう我慢できないっ……おトイレ行って来ますっ!」
 かに思われたが、悠希はすんでのところで簡易トイレに目をつけて駆け込んでいった。
「……? じゃあ、先に入ってますねー」
 再び首を傾げつつも、繭は一切に気づくことなく秘湯に向かうのであった。

 そんなやり取りが脱衣所で行われている一方。
 女湯の前で鈴木周(すずき・しゅう)は、物陰に隠れて見張り連中の様子を伺っていた。
 そうしている理由は明白で、彼は悠希と違い本気でのぞきに来ているのだ。
(のぞき部員として、そして一人の男として、秘湯と聞いては黙ってる訳にはいかねぇとのぞきに来たはいいけど……洞窟ってのは厄介だな。いつもみたいに仕切りを乗り越えるわけにもいかねーから、ちゃんと入り口を突破するしかねぇ)
 ということで、足止めを喰らっているわけなのだが。
(よし……それじゃ、秘密兵器の出番といくかな!)
 なにやら心の中でほくそ笑むと、一枚の布を取り出した。それは彼が先程、表の売店で購入してきたもので(売店のくだりで布を買っていたのは、実は彼)。
 おもむろにそれを被って、辺りの岩肌と同化する周。
 そう、それはまさに忍者のように体を隠しながら東の道を突破するという作戦だった。
(ふふふ……マンガの忍者とかで見たから大丈夫! 完璧な隠れ身のはずだぜ!)
 本気でそう思っている周は、そのままじりじりと女湯へと突き進んでいった。
「……寂しくなんかない。ないぞ」
『あ、フラムは見張りお願い。静佳さんはー……ゴメン、サーシャ見てて』
 と、事前にパートナーより見張りを頼まれ、女湯の前で寂しげに仁王立ちするデカ女、フラムベルク。
「サーシャ? 余り世話を掛けてくれるなよ?」
 女湯の中に身をのりだしかけていたサーシャの首筋をむんずと捕まえる静佳。
「ははは、僕一人のために見張りを置いていくなんて愛を感じるね! これは突破しがいのある……」
 ギロッ
(……やめておこう。流石に本気の九條君を相手にするのは真剣に危険だ)
 ひと睨みされて、おとなしくふたりの傍で待機するサーシャ。
 暖簾前に立っている三人は、今のところ周には気づいていないようだった。
「しかしなんだね。僕が言うのもなんだけど、九條君は温泉には興味がないのかい?」
「……まあ、以前は妻が居た身だからね。今更覗きというのも、いささか気恥ずかしい」
「は? 妻って……九條君、まさかそっち(♀×♀)に興味がっ!?」
「ち、違うっ! じつは前世では男の身でね。それが原因なんだよ」
「へ? はー、そうだったんだ。なるほどねー」
「……やけにあっさり納得するんだな。もう少し驚くかとも思ったんだが」
「え? いや驚いてるよ? でもまあ百合園じゃ、そーいうのがあっても不思議じゃないし。大げさに騒ぐのもどうかと思ったから、とりあえず今は普通に納得しといただけ」
「そうか、そうしてくれると助かる。あ、言っておくが明子にはまだ内緒だからな?」
「ん。りょーかい」
「…………寂しくなんかないったら、ないぞ」
 カミングアウトしている静佳に、それを特に気にせず聞いているサーシャ、そして本当に寂しそうな空気でひとり微動だにしないフラムベルク。三者三様の光景だった。
(よしよし、このまま一気に中へ侵入だ……!)
 そんな彼女達の横を、岩化した周がじりじりと通過していこうとしていた。が。
 ビスッ!
 放たれた銃弾らしき物体が、周を擬態布もろともに打ち抜いていた。
「ぐおあっ! こ、この完璧な偽装がバレたっ!? マジかよ!?」
 姿を晒され、撃たれた脇腹を押さえつつ悔しがる周。
「いや、それを本気で言っているお前にこっちが驚きだよ」
 しっかり気づいていたフラムベルクは、その対応に呆れ顔になっていた。
 といっても別に許すつもりはないらしく。レールガンを構え、周に容赦なく弾丸を放っていく。とはいえ殺す気まではないようで、弾は実はチョコの失敗作を使っていたりする。
 だがそれでもレールガンでの勢いがついた弾は相当痛かったらしく、周はスウェーを使い必死にその攻撃を避け続けていく。
「邪魔するってんなら仕方ねぇ。無理にでも通らせてもらうぜっ!」
もうこうなれば強行突破しかないと踏んだのか、サーシャや静佳が加勢してくる前にとフラムベルクへと一気に接近する周。そして!
 さわっ
「っ!!」
「わ」「な……」
 あろうことか、そのままフラムベルクの胸に軽く揉むセクハラ攻撃を敢行していた。
 フラムベルクがいくら機晶姫とはいえ、さすがにそんな行為を受ければ当然恥らい一瞬の隙ができ。あとのふたりもその予想外の攻撃に躊躇いが生まれ、踏み込むのが遅れた。
「よーし、行くぜ! 待ってろよ、女湯と書いてパラダイスっ!」
 その隙に、突破を試み暖簾の奥へと突っ込んでいく周。
「こっ、こここここ、こいつ! もう許さん、確実に蜂の巣にしてくれるッ!」
 そして怒り心頭で、その後を追うフラムベルクであった。

 そんな周が言うところのパラダイスはというと。
「広いですねー。でもせっかくですから、他の人と同じ所に入りましょうか」
「そうね、その方が都合い……あ、べつにヘンなことはしないからね」
「信用できるわけないであろう」
 繭、エミリア、ルインはそんな掛け合いをしつつ、一番大きめの湯に近づいていった。
 そこには冬山小夜子(ふゆやま・さよこ)とパートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)幻時想(げんじ・そう)秋葉つかさ(あきば・つかさ)崩城亜璃珠(くずしろ・ありす)伏見明子(ふしみ・めいこ)ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)達がいて、各々キャッキャと笑い合っていた。彼女らは、コミュニティ『カサブランカの騎士団』のメンバーなのである。
 ちなみに少し離れた位置には、その彼女達を眺めている佐倉留美(さくら・るみ)もいた。
「友達と温泉なんてドキドキするよな!」
「んー、そーね……」
 何やらテンションが高めのミューレリアと、命の洗濯中の明子。
「あれ、バスタオル巻いて入るのですか?」
「あ、その……僕は胸が小さいから、恥ずかしくて……」
「ふふ〜ん? そこまで隠されると余計気になりますね」
「あ、いえそのホントになんでもないですからっ!」
 挙動不審な想に、特技の捜索を生かして探ってみようとするつかさ。だがそれに対して想は、ものすごい勢いでつかさと距離をとっていってしまっていた。
 そんな姦しい湯の中。
(うふふ……可愛い女の子がいっぱいだわ)
 エミリアが目にとめたのは、現在お湯で体を流している小夜子。
 小夜子はやがて湯の中へと入って来、ほぅと息をひとつついた。
(それにしても、皆さんスタイルが良いですわね……。羨ましいですわ)
 そう思う小夜子ではあったが、彼女も胸は大きくてそれを逆に羨ましがる人が多数いた。
「……しかし何という戦力差……」
 思わず周り(主に小夜子、つかさ、亜璃珠、そしてルインや留美)を見回して溜息をついているのは明子。
(……じー……巨乳の人多くないか? ふ、ふんっ。大きすぎても運動する時に邪魔になるだけだぜっ)
 その隣でなんか負け惜しみっぽいことを考えているのは、ミューレリア。
 それぞれ、コンプレックスというものはあるようだった。
「ふぇ〜気持ちいいですー。やっぱりみんなで一緒に入ると楽しいですねー」
「ああ、確かに……」
 繭とルインはその辺りに関心は無いのか、まったりくつろいでいたが。そうしてふたりの注意が逸れたのを見計らい、エミリアはそろーっと湯の中を移動して気づかれぬように小夜子の背後に回り。そして最後は一気に、大きな胸を掴んでそのまま揉みしだいていく。
「え、えっ?」
「ふふふ……なかなかいいものもってるじゃない……」
「あ、きゃ……あ、あの。なにを……」
 突然胸を揉まれて、目を白黒させて恥ずかしがる小夜子。それでもエミリアは手を止めることはせず、指から感じる弾力を堪能し、恍惚とした顔つきになっていき……
 ゴチン! と、その顔をもろにルインによって殴られていた。
「いったぁ……! ちょっと、いくらなんでも顔は殴らないでよ!」
「おまえが言いつけを守らないからであろうがっ!」
 そして小夜子に深々と頭を下げつつエミリア共々元の位置に戻るルインであった。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫? 小夜子」
「あ、ええ……ちょっとビックリしただけですわ。やはり温泉というものは、人を開放的にさせるものなんですわね」
「(いやまあ、今のは特殊な気もするけど)……とにかく、気をつけて」
 エノンはそれだけを言うと、周囲の警戒に意識を強めることにした。先程までは覗きがいないかの警戒だったが、今度は一応小夜子の周囲にも気を配ることにしていた。
 そこで、ようやく入ってきた悠希と目が合った。すると悠希は慌てて湯へと潜っていた。
(……?)
 エノンがその意味に気づくのは、さすがに無理だった。
 そして再び小夜子の方はというと。
 さっきの影響で逆に自分も開放的にならないとと思ったのか、なにやらギクシャクしてる想へと向かっていって。そのまま後ろから忍び寄って背中からそっと抱き付いていた。
 その拍子に、胸が思いっきり想の背中に押し付けられていたが。小夜子はもう気にしないでいた。
「ふあっ……!? 小夜子先輩……大きいです……」
 だが押し付けられた側の想としては、気にしないなんてのは無理な相談であった。
 なぜならそれは『彼』も、悠希と同様の事情でここにいるからである。
「想さん、緊張してるみたいだけど大丈夫……?」
「あ、いえ、その、うぁ……」
 あまりのバストショックでちょっとフラっとしてしまった想は、そのまま前傾に倒れてぽふんと小夜子の胸に受け止められてしまった。
「もしかしてのぼせてしまいました?」
「っ!! あ、いや、あの、その」
 慌てて逃れようとするが、小夜子の方は心配のあまりぎゅうと抱きしめたまま離してくれないでいた。このままでは本気でヤバイと判断した想は、やり方を変えることにする。
「済みません、大丈夫です……小夜子先輩はお優しいですね」
「え?」
「小夜子先輩はダークヴァルキリー戦で心身共に傷を負ってしまったというのに、まだ他人を気遣う優しさがあるなんて……尊敬します」
「あ、私は別にそんな」
「本当ですよ。これは僕の正直な気持ちです」
 実際、小夜子が褒められると弱いことを知っての手段ではあったが、この発言自体は確かに心から思っていることでもあった。
「も、もう。想さんってば」
 やがて小夜子は顔を真っ赤にして、離れていき。若干残念さを感じつつ、ふぅ、と息をつく想。しかし。災難というものは、次から次に訪れるのが相場である。
「どう、楽しんでるかしらー?」
「はわっ!」
 今度は亜璃珠が背後から抱きついてきたのである。
 例によって胸を押し付け、更には身体の至るところに触れてきて。
「……え? あれ?」
「あ、うう……」
 完全に自身の男の子を湯の中で起こしてしまっていた想は、ここで不意をつかれてはもう隠しようがなく。終わった……何もかも……的な表情になっていた。だが、
「……ふーん……大丈夫、怖がらなくていいわ。わざわざ性別を偽るんだもの、何かしらの決意があるんでしょう?」
 亜璃珠は意味ありげな微笑を浮かべただけで、何も言わないでいた。
 想はそんな彼女の気遣いに、やや涙目になって。
「恐縮です……僕が百合園に来た理由は……そんな大した物ではないんです。ただ虐めから逃れなかったから……でも……ここの皆さんは暖かく僕を迎え、癒してくれました。だから、そうですね……今は僕も皆を支えたい、守りたい……そうした決意はあります」
 想がゆっくりと語る心の告白を、ただ聞いていた亜璃珠。
「さ、皆にはのぼせた事にしておいてあげるから、大変な事にならないうちに上がっときなさい……ああ、ついでだから、外の見張りもお願いしちゃおうかな。女を守れるのは男の誉れよ、ね?」
 彼女はそれだけを告げ、想の涙を拭いてあげるのだった。
「はい……お言葉に甘えて上がりますね。代わりに……見張り頑張って来ます。有難う御座います……リーダー」
 湯からあがる想。それを優しく見送る亜璃珠。
 そして。そのまま彼女は今度は明子に近づくと、また容赦なく背後から襲い掛かった。先程までの感動シーンはどこへやらといった感じだが。それはそれとして、
「や、ちょ、ちょっと! あたってます、っていうかどどどどこ触ってますかー!?」
 明子は突然のセクハラに大慌てだが、
「ふーん……肉付きはそこそこ……魔法使い志望みたいだし、全体的にやわこいわね……うん、なかなか。出るとこ出てないのは気になるけどそこはこれからに期待かな? ああ、ちなみに何センチ?」
 亜璃珠はまるで構わず、身長でも聞くかのような自然さで質問していた。
「……胸は聞くな。聞くなっ! 普通の日本人はこんなもんです!」
「そう? うーん……教えてくれないなら、もっとちゃんと調べないとね」
「は、ふぁっ!」
 再びお触りを再開させた亜璃珠に、思わず艶かしい声をあげてしまう明子。
(……や、やられっぱなしだと本気で変な気分になりそう。こうなったら……!)
「バイトで鍛えたナーシング+本業プリーストの癒し力を見よ!」
 カウンター! とばかりに、ボディチェックをやり返す明子。
 その反撃に亜璃珠も一瞬驚くが、しっかりと手はまだ動かし続けていた。
(……んー流石こっちが長いだけあって鍛えられてるなあ。というかなんでこれでスタイル崩れないのよ。詐欺だわ詐欺!)
 その刺すような視線に、やり過ぎたかな? と誤解した亜璃珠はさすがに手を止める。そして逆に明子に手を触られる。
「うーん、今は目立たないけど、普段の獲物が長いせいでちょっと指固くなりがちかな。手袋とかで工夫した方がいいかもです」
「え? そ、そう。ありがとう」
 なんだか急に真剣なアドバイスし出した明子に、亜璃珠は逆に対応に困ったらしく。他のメンバーの元へと行ってしまうのだった。
 それと反対に、物足りない明子は他の誰かにも診断をしようと考え。
 次に目をつけたのは、つかさだった。彼女はしばらく湯からあがった想の背をじっと眺めていたが。いつまでも気にしていても仕方ないかと、今はゆったりと湯を満喫していた。
 そんなつかさと、目が合う明子。
 その視線に何を感じ取ったのか、つかさは突如特技の誘惑で、誘う視線を送ってみる。
「あの、ちょっと診断いいですか?」
 それに過剰反応した明子は、一気につかさとの距離を詰めて、返事を聞く前にもう触診を行ない始めていた。
(わ……なんで体型こそちっちゃいのに、胸だけこんなボリュームあるの? こんなのおかしいわよ、不公平だわ、絶対!)
「ん……明子様。そんなに胸ばかり攻められては、私も困ってしまいます」
 と、言葉こそそんな風に言いながらも表情は嬉しそうなつかさ。
「あ、だけど胸が大きくて身体が小さいぶん、肩にかかる負担が大きくなりそうです」
「そう……ですか、わかりました。じゃあ、下の方も、診て貰ってもいいですか……?」
「えっ!? で、でも」
「だめ、ですか?(瞳うるませて)」
「全然大丈夫よ!」
 結局のところ、つかさにいいようにされている明子であった。
 そうしたいちゃいちゃとした空気の中。
 ミューレリアは、ひとりあぶれた感じだったエノンを誘って背中を洗い合っていた。
「私は別に……ひとりで洗えますよ」
「いいからいいから! こういう時は、背中の洗いっこが定番なんだぜ? こないだ読んだ漫画にも出てたんだ」
 エノンとしてはただ覗きを警戒していただけなので、平坦な口調でそんな風に言っていたが。ミューレリアの方は、相変わらず元気調子でエノンの背中をゴシゴシと洗っていく。なんとも対照的なふたりだった。
(こういうのはどうも苦手……だけど、小夜子も少し元気になったみたいだし……来て良かったと言えばそうかな……)
 パートナーの事で思いふけるエノンの頭に、ざぱんとお湯がかけられる。
「よっし、オッケー。じゃあ今度は交代な!」
 ぽん、とスポンジを投げ渡して背を向けるミューレリア。
 そんな彼女に、エノンも少しだけ感化されてゴシゴシと背を洗っていく。
「んー、やっぱり温泉と言えばこれだよなー」
(そういうものなのかな…………ん?)
 ぴく、とエノンはふいに不穏な空気を察した。その影響か、徐々に手に力が篭っていく。
「んっ……ちょ、ちょっとちょっといくらなんでも強く擦りすぎ……」
「あ、すみません……」
 返答はしつつも、エノンは警戒の度合いを落とさない。
 不穏空気は脱衣所からのようで、そちらに注意を向けるエノン。
 その反作用で今度は手の力が弱まり、手とスポンジが身体を滑るように動いていく。
「ひゃ……ちょ、く、くすぐったいってば」
 それに思わず身をよじらせるミューレリア。
「な、なんですかあなたは!?」
「この向こうに、パラダイスが!」
「いいかげんにしろ、この変質者!」
 と、そのとき脱衣所の方から、何やら騒がしい声が届いてきた。
 ひとつは先にあがった想のもの。そしてあとのふたつは……
「あの声は……フラム?」
 見張りをしている筈の彼女の声に、つかさの触診を中断させて警戒する明子。
 皆の安全を第一に思う亜璃珠もまた、異変に気づいてそちらに目を向けた。
 そしてついに、
「うぉおおおおお、パラダイスぅううううう!」
 叫び声と共に、周が飛び込んできた。
 だがそのとき。予想外の人物が、いの一番に湯から飛び出した。
 それは……悠希だった。
(うぅ……これ以上、女の子の裸に囲まれてたら……ああっ!? やっぱりまた男の子が大きくなってきちゃったっ!? どうしよう……もう上がるしかないかもっ)
 彼は辺りの雰囲気をまるで気づかぬまま、自身の欲と必死に戦ってしばらく湯に浸かっていたのだが。
 とうとう我慢も限界に来たらしく、脱衣所へと一気に駆け出したのだ。
 それがなんともよいタイミングで周と鉢合わせになり。
 ゴン!
「いたっ!」「いてぇ!」
 と、思い切り正面衝突して頭で火花を散らせていた。
「ご、ごめんなさい……失礼しますっ!」
 悠希の方は元より切羽詰まっていたせいか、すぐ覚醒して脱衣所へ駆け込んでいったが。
 周はパラダイスに突入した油断があったゆえ、まだふらふらと目を回して。
「くそ、俺としたことが……前が、ぼやけてよく見えな……」
 ぼやけた周の視界が最後に捕らえたものは、思い切り振りかぶって手桶を投げたエノンの裸であった。思わず心中でガッツポーズをした直後、桶が顔面に激突し、同時に背後からフラムベルクの放った弾が後頭部にHITし……ついに気絶した。
 ちなみに周が飛び込んできてからここまでの間、僅か七秒ほどの出来事である。
「きゃーっ」「なにアイツ、覗き?」「サイテー!」「変態!」「見られちゃったかな……」
 そこでようやく事態を把握して叫ぶ彼女達。中には笑って済ませている人もいたが、大半の女性陣からは集中砲火を浴びつつ、フラムベルクによって強制退場させられていった。
 そんな怒り心頭な彼女達をじっと眺めている人物がひとりいた。留美である。
(もう……せっかく女の子だけの温泉でしたのに台無しですわ……もっとも、ここがパラダイスという点だけは、同意できるのですけれどね)
 彼女は最初から最後までずっと女の子鑑賞を続けており、しかも今もなお継続中だった。
(あの子はまだまだ発展途上ですが今後に期待できそうですわね……)
 あるときは、繭を見ながらそんな感想を抱き。
(あのお姉さまはとても素敵なスタイルをしていらっしゃいますわね)
 またあるときは、小夜子の姿にぽぅっと見惚れて。
(あら、あそこで女の子達のキャッキャウフフな展開が始まってますわ。これはぜひとも拝ませていただかねばなりませんわ)
 またまたあるときは、つかさと明子のやりとりをじっくり見物したりして。
「ふふ……女の子達の怒った顔も、これはこれでいいですわ……」
 そして今は、このシチュエーションでの女の子達を堪能していた。
「どうして男の方って、ああして覗きたがるんでしょう」「しかしまぁ、お宝があるってだけで目の色変えて飛び込んでくる奴もいるんだから……人間って欲深いと思わない?」「ん? エミリア、どっち向いて話してるんだよ」「あ、ううんなんでも(エコーからの返答は無し、か。ま……いーけど)」「やっぱり、女同士の方が気が楽でいいですね」
 そうした様子を眺めてどんどん赤くなっていく留美。
 いやしかし。興奮だけにしては、顔がゆでだこのようにまっかっかで、
(うふふ………ってなんだかわたくしボーっとしてきてしまいましたわ。お湯と女の子達に当てられてのぼせてしまったのかもしれませんわね。ちょっとお湯から上がって身体を冷まさなくてはなりませんわ……あれ、でも、身体に力が入らな………)
 そのまま、湯を波立たせて頭から湯に逆戻りしてしまう留美であった。
「あれ、ちょっと、この子のぼせてますわ!」「え? たいへんっ!」「早く助けないと!」
 その後、留美は全裸の女性達に介抱されるという至福を味わうことになるのだが。
 残念ながら、その間に意識を取り戻すことはできなかった。