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謎の古代遺跡と封印されしもの(第3回/全3回)

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謎の古代遺跡と封印されしもの(第3回/全3回)

リアクション


・そして封印は解き放たれる

 リヴァルト達は遺跡の最深部で、ついに『それ』との対面を果たした。
「そんな……有り得ない……」
 リヴァルトは目を見開き、驚愕していた。眼前の存在は、彼の既知の何かと重なっていたようだ。
「人……ですよね? けど封印されてるって事はなにか違うのかな……?」
 クライスが呟く。
 広間は入ってみると、それほど広くはなかった。中央にはカプセル状の水槽があり、その中に鎖で繋がれた女性が入っていた。そこを中心に、周囲には見た事もないような武器が納められている。
『ようやく、わたしは自由になれるのね?」
『それ』が口を開く。水中に漂うその姿は、どこまでも「灰色」だった。髪も、身に纏う服も。瞳には包帯が巻かれており、目は見えていないようだ。
「リヴァルトさん、どうしたんですか?」
 リリエが動揺している彼に気付いた。
「いえ……少々、知ってる人に似ていたものですから」
 その様子から、サフィはある事を悟った。
「……あー、つまりはそういう事かな?」
 ワーズワースの血を引いていると思しきリヴァルト。パラミタの人間には開く事の出来ないという扉。そして彼の知人、その驚きぶりからすれば彼にとって大切な人に似ているのだろう。
 そこから導かれる答えは、
「剣の花嫁ね。リヴァルト君、彼女はきっとパートナー契約に訪れるのを待っていたのよ」
 リヴァルトに契約を促す。だがそれは封印を解く事に他ならない。
「しかし、本当にいいのでしょうか?」
 リヴァルトは戸惑っている。
『ねえ、ジェネシス。どうしたの? いるんでしょう?』
 目の前の灰色の花嫁は、来たのはあくまでも自分の創造主だと思っているようだ。
『早く、ここから出して』
 彼女はここを出る事を望んでいるようだ。だが、彼女の求めるワーズワースはいない。
「ここにはその方はいませんよ。彼が去ってから、すでに五千年以上の月日が流れています」
 刀真がその事実を告げる。
『あなたは?』
「はじめまして、俺の名は樹月刀真と言います。君の名を聞いても良いですか?」
 話せる相手ではあるようだったため、質問をする。
『わたしは……分からない、わたしの名前、何? 誰? あ、ああああ!』
 苦しみ始める女性。その姿に、リヴァルトが思わず叫びを上げた。
「姉さん!!」
 直後、鎖は千切れ、水槽のガラスは砕け散った。
「大丈夫ですか!?」
 周囲を見渡すリヴァルト。幸い、怪我人はいないようだった。
 視界を中央に戻す――灰色は静かに佇んでいた。
「契約が……結ばれたの?」
 封印が解けたのだ。そう考えるのが自然である。
 だが、

「え……」

 リヴァルトの身体に袈裟切りの傷が走る。直後、血を吹き彼は倒れ伏す。
「リヴァルト!」
 彼をそれまで護衛していたリアトリスと蘭丸が駆け寄る。
 だが、傷を負ったのは彼だけではなかった。
「刀真!」
 月夜が刀真に駆け寄る。彼は腹部を貫かれたようで、そのまま膝をついた。

「はは。やっと、やっと出られた。でも……あなたじゃない」
 
 灰色の花嫁はリヴァルトに告げる。契約は交わされていなかった。
「どこ、どこなの? 近くにいるはずなのに? どうして来てくれないの?」
 錯乱とも言うべき状態だった。
「ノインさん、これはどうなってるんですか?」
 緋音が尋ねる。
『第五次計画の後、主は全ての研究の粋を注ぎ込んだ最終存在を造ろうとしていた。だがそのデータは我が知識にもない。だが、これは我が知り得るデータに一切該当項目がない。おそらくはこれがその「最終」だろう。完成していたが、これはおそらく暴走している』
 ノインは分析する。
「ああ、なのにわたしを見てる人がいる。みんな、みんな消えればいい!」
 女性の手には黒い刀身に灰色の刃のような光を纏う剣があった。それはクレイモアと呼ばれるものによく似ている。体内から取り出したらしい事から、おそらく光条兵器だろう。
「強力なエネルギー反応を確認。殲滅モードに移行します」
 広間の入口に控えていたメイド、アズライトが呟いた。しかし、最初にそれの餌食になったのは、灰色の花嫁ではない。
「なんでこっちなんだ!?」
 たまたま近くにいたレイディスだった。
『ゼクスが失敗作である理由は、危険を察知した際に対象範囲において敵味方を一切識別しない事にある。このままでは我々が全員倒れるまで止まらないだろう』
 その強さについては、既に全員が知っていた。機甲化兵とは比べ物にならないということを。
「お願いします!」
 博季が幽綺子に指示し、強化魔道書の力を得る。
「エレン、お願い!」
 葵もまたエレンディラに魔道書を使うように言う。残った強化魔道書の全てを、動ける人間へと施す。この状況では戦闘を避ける事は難しい。
「ノイン殿。兵器の暴走の際、それを止めるための手段は貴方の知識に何かありませんか?」
 ローレンスがノインに尋ねる。
『我が力が完全なら、システムを介して封じる事は出来る。だが、出力デバイス無しではこの身が保つか分からぬ』
「その『専用出力デバイス』ってのはスペアは無いのか? 俺が探し出してやる!」
 と、にゃん丸。
『スペアは存在しない。出力デバイスそのものは他にもあるが、この身体と連動する術式が異なっている。それを用いようとすれば魔力炉までもが暴走する』
 完全に打つ手は無くなったように思われた。
 しかし、
『一度だけ、全魔力を放出すれば再封印は出来よう。おそらくこの研究所は消滅するが……主以外の手に渡るのであれば止むをえまい……接続を開始する、時間を稼いでほしい。再封印の発動と同時に、貴様らも含め、この施設内にいる者は転送する』
 ノインは自らと引き換えに、全てを止めるつもりだった。
「ノイン、じゃあお前はどうするんだ!? そんな事したら」
 周が叫ぶ。
『我が使命はこの地を守る事。それを全うするだけだ』
 無表情のまま、思念で告げる。遺跡内の魔法陣が光を帯び始め、この場にある魔道書もそれに呼応し始める。
「くそっ……」
 灰色の花嫁に向き直る。ノインの全身からは血が噴き出している。出力デバイスなしでシステムを行使しているため、その負荷を受けているのだ。


「おい、これはどうなってるんだ? あれが封印されたものだというのか?」
 まさにノインが再封印への力を行使し始めた時、日和ら実験室組と、ここへ向かっていた戒とユリアが足を踏み入れた。
「なんかヤバい事になってるな。いくぞ!」
 戒はまず、目の前のミニスカメイドに目を奪われた。
「え、メイドさん?」
 通路の途中にいたようなごついのを想像していただけに、意表を突かれた。
「目標、捕捉」
 攻撃を見極めるまでもなく、戒は宙を舞った。蹴り上げられたと気付いたのは、天井にぶつかりそうになった時だ。
「戒!」
 落下してきた彼をユリヤが受け止める。
「こいつは面倒だ……」
 日和はそれ以上踏み込むのを躊躇われた。それほどまでに眼前で繰り広げられている戦いはおぞましいものだった。
「あの二人は……」
 悠姫はノインとアズライトの顔に見覚えがあった。実験室で見つけた写真の中にいた、少女の一人と助手だ。
 笑顔を浮かべていた青髪の少女は、表情を失い襲いかかっている。優しく子供達を見守っていた黒い長髪の助手は、髪の色すら変わり、全身から血を流して佇んでいる。
(これが、研究の成れの果てなのか……)
 その変わり果てた姿に彼女は言葉を失った。

「強化の状態なのに、追いつかないなんて……」
 博季が声を漏らした。縦横無尽に駆け回るアズライトに対して一切攻撃の目途が立たない。
「これを!」
 アリアは室内にあった室内武器――魔力融合型デバイスを取り、博季へと投げた。それは彼の得物である弓だった。自身も、一本の剣を手に取る。
「一冊、よろしいですか?」
 緋音が攻撃型魔道書を譲り受け、エレンディラ、幽綺子とともに発動する。
「皆さん、下がって下さい!」
 ちょうど、アズライトと灰色の花嫁が一ヶ所に固まった時に、三方向から攻撃を仕掛ける。二つの影が光に包まれた。
「ノイン、まだか?」
 にゃん丸が確認する。既にノインは立っているのも限界のようだった。
『もう少し……だ』
 魔道書の攻撃魔法はおそらく直撃だろう。だが、守護者ノインと戦った者達は油断はしていなかった。

 斬撃。

 魔法が斬り裂かれる。灰色の花嫁はそれを防いだのだ。そして、アズライトもまた、空中に飛び上がり、回避していたのである。恐るべき反射速度だ。
「今よ!」
 そのアズライトの両サイドからアリアと葵が、そして正面からは博季が弓を引く。
 試作型兵器の三方向同時攻撃。今度こそ……
「嘘!?」
 確かに、触れはした。だが、アズライトの両腕は魔力効果も帯びた攻撃をそれぞれ受け止め、さらに音速を超えた速さの矢をも蹴り飛ばしていた。
「くっ……」
 攻撃を受け止められた二人は弾かれた。だが、これで相手の力量を見抜く事も出来た。
 強い衝撃は、それを受ける直前に「引く」動作をすれば緩和される。一瞬のうちにそれをし、刃を受け止めたのである。決して特異な能力を行使したわけではない。
 それがかえって恐ろしい。こちらは強化魔法を得ているにも関わらず、それでようやく張り合えるかどうかなのだ。
 もし、彼女が元々は人間だった知ればさらなる戦慄を覚えた事だろう。機械化されてるとはいえ、それはほとんど人間の潜在能力を引き出す事に特化しているのだから。要は、人の限界まで引き出された力と戦っているのだ。

「なぜ、剣を向けるのですか?」
 灰色の花嫁と剣を交えるクライスは問いかける。
「クライス、これを!」
 ローレンスが一本の剣を彼に託す。室内にあった兵器の一振りだ。クライスがそれに持ち替え、起動する。それは強い光を帯び、実体を持つ刃と化した。
 灰色の花嫁との間に、激しい閃光が飛び散る。
 剣撃の応酬、力は互角のようだった。
(これが、最終兵器?)
 確かに強い、だがそれにしてはノインやアズライトほどのインパクトはない。
 そこへレイディスが駆け寄り、二対一となる。戦況は彼らが有利になった、ように思えた。
「なぜって?」
 レイディスが敵の攻撃を押さえ、その隙にクライスが喉元へ剣を突き付ける。
「どうしてこの刃が止まったかわかりますか? 僕が止めたからです。これが力を制御する、ということです。ただ相手をねじ伏せるだけが、力ではありません」
 勝負はついた、かに思えた。
「ふふ、はははははははははははははははははは!!」
 突然大笑いをする灰色の花嫁。
「わたしは、ただそうしたいから、するのよ? 壊したいから。あの人に会いたいから!」
 次の瞬間、クライスは倒れ伏せた。
「な、いつの間に……」
 それは剣撃を交わしていた時からか、それとも剣を突き立てた時だったのか? 脇腹の肉が抉れたかのような激痛。実際、そこからは血が噴き出してた。
「クライス! く……!」
 その敵の剣を押さえていたはずのレイディスもまた、深く肩口から斬られていた。最初に放たれた時同様、何が起こったのか理解出来なかった。

「あなた、邪魔よ」

 それは誰に向けて放たれた言葉か。その答えに、広間の者は目を疑わずにはいられなかった。
「あ……!」
 それは青い髪の女だった。心臓の辺りを黒い刀身の剣で貫かれ、目を見開いていた。彼女と同様、研究によって造られた兵器、アズライト・ゼクス。
 傷口がバチバチと火花が散り、血のような液体が流れ出ている。
 次の瞬間、灰色の花嫁は剣を引き抜き、今度は左手をそこへ突っ込んだ。そのまま体内の機晶石を周囲のコードごと乱暴に引き抜いた。
 倒れ伏す、アズライト。動力源を失った以上、完全に機能停止をしたのだろう。
「何てことを……」
 二重の意味での戦慄。自分達が複数でかかっても優位に立てなかった相手を容易く葬り去ったこと。そして、貫かれている状態は目撃出来ているが、誰一人として貫く瞬間を見ていないこと。
「何が、どうなっているんですか?」
 灰色の花嫁。
 禍々しい武器を持っているが、それ自体は星剣のように特別な力を持っているわけではない。
 アズライトのような、人間の潜在能力の限界ほどの反射速度や腕力でもない。
 
 一言で表すなら――正体不明。

 確かに身体機能は高い。だが、強化魔道書の力を得ればそれはこちらが上回っていた。
 ただ、斬られる瞬間だけが認識出来ないのである。その身を蝕む妄執のような幻覚によって錯覚していたのかもしれないが、その発動に誰もが反応出来ないのは奇妙だ。

 『最終兵器』

 その言葉が頭を過る。人が恐怖を覚えるのは絶対的な力以上に、一切分からないという事だ。理解が出来ないものを人は恐れ、拒絶する。それをまさに思い知ったのだ。

『起動準備……完了』
 ちょうどその時、遺跡が大きく揺れ始めた。再封印の準備が整ったのだ。
『カウント開始、5、4……』
「行かせ……ない」
 灰色の花嫁がノインに襲いかかる。
「それは、こっちのセリフだ!」
 周、にゃん丸がそれを受け止める。
「援護するよー!」
 梓がサンダーブラストを繰り出す。目くらまし程度だが、それでも時間稼ぎにはなる。だが、今度はにゃん丸、周ともに例の謎の攻撃の前に倒れる。
『1、ゼロ。起動!』
「させない、もう一人は、いやぁぁあああああ!!!」
 最後の斬撃がノインに襲いかかろうとする。
 その時、
「これが、本当の最後です!」
 エレンディラが最後の攻撃魔道書を使い、灰色の花嫁がその光に飲み込まれる。
 その光を見届けながら、そのフロアの者達はノインの転送魔法により遺跡外へと避難させられた。
「ノイン!」
 気を失う直前、周はノインさえも助けようと、手を伸ばした。それは確かな手ごたえを感じたが、そこで彼の意識は途絶えた。