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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
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第6章 戦いの予感



 6日目の昼下がりのことである。
 四条 輪廻(しじょう・りんね)がユーフォリアの寝室を訪ねると、先客のレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)がフリューネ達と談笑する声が聞こえた。お見舞いに持参した果実の皮を、レイナは丁寧ナイフで剥いている。女性慣れしていない輪廻は、女性だけの空間と言うのが苦手だ。ゲージを二本ぐらい使わないと、この輪には入れないだろう。
「ああ、どうぞ。君もお見舞いですか?」
 輪廻が石像のように固まっていると、レイナが隣りの椅子をすすめてくれた。
 彼は気を取り直すと、名前を名乗り丁寧に事情を説明した。
「石化から開放されたヴァルキリーがいるという話だが、少し調査させてもらえないだろうか……。失礼は承知だが、今、シャンバラの他の地でも、石化されている人間がいる……病だったり、誰かの意図であったり……もし、解決するための方法があるなら、調べてみたい……その誰かを助けるために、頼む」
 深く頭を下げて頼み込むと、ユーフォリアは静かに頷いた。
「……構いませんわ、輪廻さん。わたくしでお役に立てるのであれば」
「感謝する。では、早速だがいろいろと質問に答えて欲しい」
 手帳を取り出し、幾つか質問をする。体の調子や当時のことを覚えているかを訊いた。
「ユーフォリアさんは……」とレイナは表情を曇らせ、記憶障害の件を知らせた。
「……ふむ。一種の心的外傷か。呪いを受けた時の恐怖が、フタになってしまって、それ以前の記憶を思いだせないのだろう。心理療法は専門外だからなんとも言えないが、時間をかけて治療すればいづれ回復はするはずだ」
 輪廻は手帳にみっちりと情報を書き留めていく。あとはもう少し踏み込んだ調査が出来れば完璧なのだが……。
 輪廻はじっとユーフォリアの姿を眺め、豊満な胸に思わずを目をそらした。
「あー……ふむ、いや、これは……流石に……触診はまずいな、うむ……俺が無理だ」
 真っ赤な顔で頭から湯気を噴く彼に、フリューネとユーフォリアは怪訝な顔をした。
 慌てて煩悩を打ち消すと、輪廻は生命のルーンを書いた護符をユーフォリアに手渡す。
「協力の礼だ、療養中なのだろう……少し生命力が増力される、はずだ……まぁ気休め程度だが、取っておいてくれ」
 そう言って、彼が立ち去ろうと部屋を出ると、レイナの契約者閃崎 静麻(せんざき・しずま)とすれ違った。
「静麻!」レイナは立ち上がった「どこに行ってたんですか?」
「ああ、蜜楽酒家に野暮用があってな……。よう、フリューネ、元気だったか?」
 フリューネと久々の挨拶を交わしつつ、彼女の横のユーフォリアを見る。
「(噂のロスヴァイセの英雄さんか……、こいつはまた随分と美形の家系なようだな、この家は)」
「キミもユーフォリア様のお見舞いに?」
 フリューネが問うと「ああ、まぁな」と言って、彼は先ほどまで輪廻が座っていた椅子に座り、たわいもない世間話を始めた。昨日の夕食の話から始まり、ひと月前に話した会社のことなど。そして、セイニィのことを。
「どうも近辺であのセイニィが姿を見せたらしい。さっき正門の前でクィーンヴァンガードの連中が、セイニィの話をしているのも聞いた。十中八九、あの女はここにやってくるぞ、その白虎牙を奪いにな」
「セイニィ……、まだ女王器を狙っているのね」
 そう言えば、その話題は先日も聞いた。あの時は、単なる噂だと思ったが……。
「そこでだ。俺を雇わないか? 勿論、報酬は正規に頂くが……、あ、成功報酬でいいぞ?」
「ちゃっかりしてるわね」とフリューネは小さく笑った「よろしく頼むわ。ユーフォリア様を守ってね」
「契約成立だな。それと……一つ、きな臭い話を聞いたんだ。蜜楽酒家の空賊たちが……」
「スーパーメイドリュ子降臨!!」
 その心ない一言で、部屋の空気が一瞬で零下まで冷え込んだ。きっと脳に腫瘍があるのだろう、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はメイド服を着て、キャピリーンとポーズを取っている。それなりに顔立ちの良い彼ではあるが、流石に身長190センチのメイドは、もうメイドであってメイドではない、堪え難い生き物なのである。
「フリューネお嬢さま、リュ子、ちょっとお話があるんですの☆」
「う……、甲高い声」リュ子の裏声にくらくらしつつも我に返る「……って、家の中に変態がっ!」
 ハルバードを手に取ると、スキップしながら逃亡する彼を、猛牛の如き勢いで追いかけた。


 庭園の東屋まで来ると、リュ子……いや、リュースはあえて立ち止まった。
「うおおおおおっ!」とハルバードを腰だめに抱えて、突撃してくるフリューネを見据える。その表情は先ほどまでのふざけたものではなく、真剣さを帯びていた。彼はフリューネに内密な話があって、このような手の込んだ手段で誘導したのである。あえて、全てはあえての事なのだが、他に手段はあるだろーよと言うような気もしないでもない。
「……フリューネさん、聞いてください。実は」
 容赦なく振り下ろされたハルバードを、リュースは慌てて真剣白刃取った。
「変態はナラカに落ちろーっ!」
「お、落ち着いてください。変態どころではありませんよ、空賊がこの家を襲撃しようとしてるんです!」
「……え?」我を忘れていた彼女は、その一言で引き戻された。空賊、襲撃、なんの話だ?
「ほんとの話や、フリューネ。今この屋敷に危機が迫ってるんや」
 上空から庭園を見下ろし、七枷 陣(ななかせ・じん)はそう告げた。パートナーの仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共に小型飛空艇で、東屋の前に降り立つ。彼もまた真剣な顔でフリューネと対峙したが、その横にそびえるメイドに思わず「ぶふーっ!」と噴き出した。つい数時間前、カシウナの街で別れた時はこんな事にはなってなかったハズだ。
「どうしてこうなった!?」
 陣は友の肩を掴みガクガクと揺さぶった。
「陣くん、何を言ってるんですか。オレはリュースです。何も変わってなんかいませんよ」
「おい、小僧。遊んでる暇はないぞ。早く用件をすませろ」
 磁楠は冷めた目で相棒を見つめた。
「あ、ああ……、そうやったな」陣はポリポリと頬を掻き「こうして、顔を合わせて話すのは初めてやったな。オレは七枷っちゅーもんや、島村組の若頭をやらしてもらっとる」と言うと、磁楠がガッとその頭を掴んだ。
「偉そうに言うな。ちゃんと頭を下げて、おまえのしでかした事を謝れ」
「わ……、わかったって。フリューネさん、なんか色々アレして、すんませんしたっ!」
「もう島村組の件はいいわよ。もう組長から謝ってもらってるし……、で、なんなの襲撃って?」
 陣はボイスレコーダーを取り出し再生した。蜜楽酒家で録音された空賊の証言が記録されてる。女王器を奪うため、ロスヴァイセ家を襲撃する、たくさんの空賊がその言葉を口にしていた。殺伐とした空気が伝わってくるようだ。
「……ちゅー事や。フリューネ、オレ達はあんたに協力したい。信用してもらえんか?」
「この阿呆と一緒では不本意だろうとは思うが……」
「大きなお世話や」
 陣の突っ込みを無視して、磁楠は続ける。
「襲撃にくる空賊の人数は半端では無い。流石の君でも一人で対処出来るものではないだろう。手伝う人間の数は多い方が良かろう。手駒が増えたと思ってくれれば良い。悪い話ではないと思うぞ」
 フリューネは二人の瞳を覗き、そして、申し出を受けた。
「ほな、日本の伝統的、約束の儀式『指切り』でもしよか」
 そう陣が提案したものの、フリューネは指切りを知らないようだ。簡単に説明し、あと、絶対に力を入れてはならないこと、相手の指をへし折るようなことは御法度だと、大切な事なので二回伝えました。
「ゆーびきーりげんまん。嘘ついたら、針千本のーます……、や、あくまで針千本飲むってのは言葉のアヤですからね? それくらいの覚悟でって事ッスよ? その辺は常識の範疇で、ファンタジーやメルヘンじゃないんやから……」
 そこに、飛空艇がもう一機着陸した。
 船から弾丸のように飛び出し、勢い余ってフリューネの胸に顔をうずめたのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
「きゃあ、ご、ごめん! あの、私そんなつもりじゃなくて、その……、大変だよフリューネ! 蜜楽酒家集まってる空賊たちがロスヴァイセ邸の襲撃を計画してるって! どうやら狙いはユーフォリアさんの女王器みたいなんだけど……、とにかく、すぐにでも対策を練らないと大変な事になっちゃうよっ!」
「慌て過ぎですわよ、沙幸さん」
 沙幸のパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)は、優しく彼女を諭した。
「そ、そうだね、おねーさま」ひと呼吸置いて、彼女はほかほかの白い包みを手渡した「ハイこれ」
 フリューネはその包みの正体を見て唸った。中にはジャンボギョーザが横たわっていたのだ。
「ユーフォリアさんへのお見舞い」と言って、沙幸は微笑んだ「何を持っていけば良いかマダムに相談してたんだ。フリューネが餃子が好きだって言うから、ユーフォリアさんも好きかなって」
「そうだったんだ。ありがとう、私これ大好きなのよ」
 瞳をキラッキラさせ、フリューネは赤ちゃんを抱くようにジャンボギョーザを抱きしめた。
「……好きなのは結構なんですけど、襲撃の対策を練りましょう」
 美海は東屋を指差し、本格的な情報交換と会議の必要性を主張した。


 夜の闇が、庭園を包もうと言う刻限。
 小さな東屋にフリューネ達は詰め寄り、来るべき明日の戦いに備えている所だった。
「明日決行される可能性が高いですわ。それから、今回の計画に加わっている空賊団を調べて参りました」
 そう言うと、美海はテーブルの上の紙に名前を記していった。
「オレも空賊団の名前を聞きましたが、ここに書かれた空賊団とは違うようです」
 それに、リュースがさらに追記する。
 フリューネはその名前を見つめ、目を細めた。知っている名だった。と言うより、空賊の被害にさらされる空峡沿岸部では知らない者のほうが少ないだろう。そこには空峡で幅を利かせている有力な八名の空賊団団長の名が書かれていた。

『伏撃』のソルト。
『黒猫』のミッシェル。
『歯肉炎』のデンタル。
『横綱』のモンド。
『食いしん坊』のシューゾ。
『血まみれ』のスピネッロ。
『火踊り』のププペ。
『青龍刀』のチーホウ。

「……厄介な方達のようですわね」
 フリューネの表情から汲み取り美海は言った。
「さて、どう対処すれば良いでしょう。女王器を安全なところに移すのが一番なのでしょうが、ミルザムさんが朱雀鉞を入手した経緯を考えますと、クイーン・ヴァンガードに預けたとしても悪用される可能性が高いですわよね」
 その口ぶりから察するに、彼女はヴァンガード隊を信用していないようである。
「ですから、彼らに預けるのは得策ではありません。ユーフォリアさんと白虎牙を引き離すのもどうかと思いますし」
「……白虎牙はユーフォリアさんが、アムリアナ女王から直々に授かった大事な女王器なんだよね」沙幸は呟く「療養中のユーフォリアさんに無理させるわけにも行かないし、私たちがロスヴァイセ邸の防衛に協力するしかないよね」
「しかし、敵は大軍やで」と陣は指摘する。
「屋敷に篭城しても限界があるわね」フリューネは餃子をほうばる「ただ、戦いもせず逃げる事はしたくないわ」
「流石は戦士の一族って所だな」
 東屋の灯りを見つけて、ふらりと静麻がやって来た。
「さっき伝えられなかったんだが……」彼はパートナー達に蜜楽酒家で噂を撒いてもらっている事を話した。上手く噂を空賊が信じたなら、わざと出掛ける事で相手の襲撃を誘導できる。場合によっては待ち伏せしている奴等に奇襲を行えるのではないか、と提案した。それを聞いて、フリューネは腕組みして唸った。
「どんな噂を流したのか知らないけど……、出かける利点は少ないと思う。ここを拠点に防衛線を張ったほうが、得られるアドバンテージは多いわ。少なくとも、決戦が明日に迫った現状では……ね」
「ここじゃフリューネがリーダーだ。どんな作戦を行うかは任せるさ」
 そう言って、静麻は両手を挙げた。
 夜の闇もだんだんと濃くなっていったが、ここで本日最後の客人が現れる。三機目の飛空艇が東屋の前に降り、『シャーウッドの森』空賊団の団長ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)と、その契約者にして副団長のリネン・エルフト(りねん・えるふと)の二人が、フリューネの前にやって来た。
「へえ……、噂には聞いてたけど、こんなお屋敷のお嬢様だったなんてね……。空賊姿しか知らなかったわ」
 リネンが庭園を見渡しながら言う横で、ヘイリーがテーブルの作戦案を書いた紙をしげしげと見つめた。
「なんだ、襲撃情報を教えようと思ったのに、あらかた情報は出そろってるみたいね」
「しょうがないわ。ギリギリまで残ってたんだから、あまり成果はなかったけどね……」
 フリューネは餃子を咀嚼しながら、リネンの格好を見つめた。彼女はヘイリーとお揃いの緑の服を着ている。
「いつもと服が違うけど、どうしたの……?」
「だって、ホラ……、雲隠れの谷で燃えちゃったから……」と、どこか遠い目で彼女は言った。
「そ、そっか……」フリューネは苦笑して「最近はどうなの、空賊団の活動のほうは?」
「勿論、精力的に続けているわ」とヘイリー「団員だって増えてるんだから。あ、そう言えば、うちの団員が行くって言ってたんだけど来なかった? シータって言う娘なんだけど……?」
「ああ、おでんの……」
 フリューネの呟きに、二人は顔を見合わせた。彼女は何をしに来たんだろう……と。
 会議中に世間話をするのもなんなので、二人は作戦会議を見学する事になった。だが、発言する事はなかった。彼女たちはあくまで中立の立場なのだ。だが、もしもの時は自分達の手を汚そうとも考えていた。もし、フリューネが空賊に捕まるような事になれば、シャーウッドの森空賊団がその任を負おうと。
「(あくまで最終手段だけど、私たちが確保すれば彼女の安全は図れるわ……)」
 そして、いつの間にかジャンボギョーザはなくなっていた。
 ユーフォリアへの土産だったような気がしたが、どうやら我々が勘違いしていたらしい。


 ◇◇◇


 深夜0時の蜜楽酒家。
 ロズヴァイセ家襲撃に賛同した空賊たちがぞろぞろと船着き場に向かっていた。
 ウェイトレスの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、勇気を振り絞ってその前に立ちはだかる。
「フリューネさんのお家を襲うなんてやめましょうよーっ!」
 空賊たちがマダムにとって子どもなら、自分に取っては兄のようなものだと、彼女は思っている。だから、このような暴挙は止めさせたかった。しかし、空賊たちは彼女の呼びかけなどどこ吹く風で、それぞれの船に乗船していく。
「待って、おじさん!」その中に顔なじみの空賊を見つけた「みんな……、どうしちゃったの?」
「どうしたもこうしたもあるか。俺たちゃ空賊だぜ、お宝を奪われて大人しくしてるほうがおかしいじゃねぇか。欲しいものは奪い取る、それが俺たちの流儀だ。なあ、みんな、そうだろ!?」
 周りの空賊から雄叫びが上がった。その空賊は歩を振り払うと、船へ向かっていった。 
「変だよ、みんな……、どうしてそんなにユーフォリアを……?」
 それでもめげずに、歩は声を上げ続ける。
「ユーフォリアさんが持ってる女王器ですけど、あの十二星華のティセラさんも狙ってるみたいですよ。ティセラさんの女王器狩りによって、村が壊滅したり人が沢山……。本当に襲撃までして手に入れる価値があるんでしょうか?」
「価値は手に入れてから決めればいい。俺たちが気に入らないなら、国へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」
 突き放すように、『伏撃』のソルトが言い放ち、それでお仕舞いだった。もはや誰にも歩の言葉は届かなかった。
 このままでは……と思った歩は、フリューネに電話をした。どうにか逃げてもらいたい。そして、襲撃に行った空賊をなるべく傷つけないで欲しいと伝えたかった。空賊たちの様子がおかしいので、彼女は誰かに騙されている可能性を危惧したのだ。だが、フリューネは電話に出なかった。歩にはわからない事だったが、ロスヴァイセ邸では迎撃を行うための準備で大忙しだったのだ。ただ、むなしくコール音だけ、彼女の耳に流れていた。