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始まりの章
2020年サルヴィン川の下流に、オトスという村がありました。おじいさんは川へガラクタ拾いに、おばあさんは川へ洗濯に、景山 悪徒(かげやま・あくと)は村長宅に向かっていました。
バイクは土煙を巻き起こし、悪徒のポケットからは小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)がぽろりと落ちます。
「大首領様ぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「ゴン・ドー様ーーーーー! 僕、鍋の素材見つけたよーーーーー!」
ブレーキをかけるものの時は遅し。子供に拾われた小型大首領様は、村長宅に連行されていきました。
――さよなら我らが大首領様。貴方の事は忘れない。
蒼空学園校長室。
「集まっていただき、ありがとうございます」
ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)は、蒼空学園校長室に居並ぶ面々にお辞儀をした。浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が言う。
「な、なんだか妙な事態になっちゃいましたね? 銅版に人格が宿っちゃうなんて、世の中不思議な事がまだまだ有るんですね……」
それに対し、ルミーナは淡く微笑んだ。憂慮と願いがその奥から垣間見える。
「でも、だからこそ、ファーシーの未来にも希望があります。そう、信じられますわ」
「ヒラニプラの技師の協力を得られるかは、全てあなた達にかかっているわ。イルミンスールの生徒達も協力してくれるということだから向こうで合流してちょうだい」
「わかりました。あ、それと環菜先輩、金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長への連絡をお願いしたいんですけど……。ヒラニプラは教導団の勢力下にある都市ですから、訪問の際にしっかりと挨拶をしておきたいんです。技師への勝手な接触は、あらぬ嫌疑や政治的問題を引き起こしかねないですからね」
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が言うと、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は頷いた。
「確かに協力依頼はしておいた方がいいわね。電話しておくわ」
「現地での交渉は、私にお任せください」
諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)がにっこりと笑う。
「じゃあ俺は、教えてもらった情報をテキストデータ化して環菜会長に送信します。出来れば、全方向と連絡を取り続けたいですがオトス村の方は――えっと、どうします?」
携帯電話を手に環菜とルミーナを順番に見る影野 陽太(かげの・ようた)。環菜の表情が、瞬時に不機嫌なものへと変わる。
「わわっ、会長、そんなに怒らないで……」
ラス・リージュン(らす・りーじゅん)がファーシーを鍋にしようとしていると知ったのはついさっきである。村のしきたりらしいが、それに賛同するとは何という人でなしか。そもそも、大切なファーシーを上空から落とすとは何というど間抜けか。
「もう二度と、校長室の敷居は跨がせないわ」
「でも、どうして……ソルダさんの話では、始めは取り返そうとしていたとか……」
「鍋になった方が幸せだとか言われて、態度を翻したらしいわ。ルヴィという人の死を知らない方が良いって、今でも思ってるんじゃないの? もう、状況は違うのにね」
ファーシー自身が壊れるしかなかったあの時と、生き残れた今とでは。
「……まあ、ただ単にお金にしたくなっただけかもしれないわ」
「そのルヴィ様という方は、5000年前に亡くなっているんですよね? ファーシー様は、生きていると信じている……」
陽太が確認する。彼は先程、機晶姫製造所が巨大機晶姫になり、壊されるまでの顛末を聞いたばかりだ。
「無事に銅板に移れたのは、彼に会いたいというだけではなかったと思います。僕等とファーシーさんの願いが起こした奇跡――この僕等の時代では幸せになってもらいたいですね」
優斗の言葉に沈黙する一同。そんな中、口を開いたのは陽太だった。
「俺は、全て説明した上で本人に判断を委ねるべきだと思います。自分だったら、他人が良かれと思って導く運命よりも本人が選ぶ不幸のほうがありがたい気がします。もちろん、簡単に結論を出せる話ではないですが……」
「そうですね。死の定義は、彼の死はいつか伝えなくちゃいけないでしょう。だとしても……私は、今それについて言う必要はないと思います。無知はダメな事ですが、今の状態で言ってもきっと受け入れられないか、理解出来ないような気がします。せめて、機晶姫の体に戻せてからの方がいいでしょう……という訳でっ!」
翡翠はそこでテンションを上げて手を叩いた。
「技師様に話を聞きに行って本当に機体を用意する方法が無いか伺いましょう! 鍋にされる前に情報を手に入れないと! ブースターを使いますか?」
問われた蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)は、冷静に答えた。
「はい。現在の装備なら可能かと」
蘭華は加速ブースターを5つ装備している。
「途中で出力が落ちたとしても、行ける所までは行きましょう」
「わたくし達も急ぎましょう。風祭さん、隼人さんはもう下ですよね?」
「あ、はい、そうです」
風祭 隼人(かざまつり・はやと)とホウ統 士元(ほうとう・しげん)を始め、製造所跡地に向かう者達は校門前に集まっていた。
「オトス村へは、ソルダさんに連絡すれば良いわ。さっき掛かってきた着信記録があるから」
環菜が陽太に、ソルダの電話番号を伝える。携帯ではなく家電のようだ。
「ファーシー、どうか元気で……」
ルミーナは、祈るように両手を組んだ。
半月形の銅板、ファーシーをぶらさげて、ゴン・ドーは白髭のたっぷり付いた顔でにやにやと笑った。
「さて、鍋にしたらいくらで売れるかのう。鍋になってもしゃべるのか? しゃべらんようになるのが1番だが、しゃべる鍋というのも高値がつきそうじゃな! 悪くない!」
「高値で売れたら半額よこせよ。落としたのは俺なんだからな」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 鍋造りを手伝ったら考えてやろう!」
「な、なにこのジジイ! ラスも本気!? わたしにツンデレ全開の想いをぶつけてくれたのは嘘だったの!? わたしは好意を感じていたのに!」
「……おまえ大概、口が悪いな。途切れ途切れに話してたのが繋がるとこうなるのか。……あの時は可愛いとも思ったが、今はひとかけらもそうは感じないな。いいから鍋になって俺の生活費になれ。そして俺はツンデレじゃねーし、大体その言葉いつの間に覚えた? とりあえず5000年前には無かった筈だぞ」
突っ込めるところに丁寧に突っ込みを入れると、ラスは宅内を見回した。
「鍋はここで造れるのか?」
「おお、こっちじゃ! 裏に工房があってな……」
ゴン・ドーが裏口の扉を開けようとすると、表から子供が飛び込んできた。
「見てゴン・ドー様! 変なもの拾ったよ! これ、鍋にできるよね!」
小型大首領様を突き出し、誇らしげに胸を張る男の子。村長は、取り上げてじっくりと見分する。
「あれ? それ、携帯電話じゃない? 誰のか知らないけど、分解すれば鍋の材料になるわよ。わたしなんかよりずっと!」
「むむ? そこにいるのはいつかの巨大機晶姫か?」
「え?」
ファーシーはぽかんとした気分になった。彼女には全く見覚えがない。それはそうだろう。ファーシーがゴーレムを使って悪徒をシメていた時、小型大首領様はポケットにおさまっていたのだから。
「ククク……我を捕まえるだけでなく、巨大機晶姫を捕まえるとは! 村長なかなか出来る男よ!」
今は銅板に宿っているのだが、大首領様には生憎見えていない。彼は心から賛辞を贈ったわけだが、ゴン・ドーは別の意味で喜んだ。
「なんと、これもしゃべるのか! 素晴らしい! 鍋にするぞ! ちと量が足らんから他のガラクタと合わせて……」
本格的に鍋化計画を考え出した村長。そこに、悪徒が入ってきた。
「ここにボロい携帯っぽい機晶姫届けられなかったか!? 俺のなんだ! 返してくれ! 有り金は渡すから!」
「あ!」
ファーシーが声を上げる。世界征服とか物騒なことを言ってきて軽く潰しかけた男だ。それで合点がいった。よくよく集中してみると、携帯電話から覚えのある波動を感じる。この波動で、初めは仲間だと勘違いしたのだ。いや同種なのは確かだが。
「んん? 随分と必死だなファントムアクトよ! 我に有り金全部捧げるとはうい奴よ。そこまで好かれているとは知らなんだぞ」
悪徒ははたと我に返ると、動きを止めて腕を下げた。
「寝つきが悪いから助けにきました」
「そうか、では早速指令だ。ついでにこの巨大機晶姫も助けるのだ! 今度こそ強大な力をダイアークのものにするぞ!」
もう一度言うが、大首領様にはファーシーの姿は見えていない。一方、悪徒の機晶姫だという言葉にゴン・ドーは驚いていた。
「……機晶姫じゃと? これまた珍しい……!」
「……あんたも大概珍しいけどな」
ラスが言った。老人型でしかも男性である村長と同じタイプは、なかなかお目にかかれるものではない。
「ねえゴン・ドー様、ごほうびちょうだい! 2回目だから無しとか言わないよね! ガラクタ持ってきたら20Gくれる約束だよね!」
「「ガラクタじゃない!」」
ファーシーと大首領様の声がハモった。
「村長!」
木製の丸太で作った開き戸から、銀髪をひとくくりにした守護天使が入ってきた。ノンフレームの眼鏡をかけた優男で、ベージュのよれっとしたコートを羽織っている。
「おおソルダ、何事じゃ? そんなに慌てて」
「ソルダ!?」
その名前に、ファーシーが嬉しそうな声を出す。
「銅板を鍋にするのは待ってください! それは言い伝えの……」
「じいさん! 早くそいつら持って来いよ。面倒なことになる前に……」
ソルダの言葉を遮るように語調を強め、ラスは裏口へ行く。戸を開けると、そこに立っていたのは春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)とケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)だった。真菜華とケイラは、何やらこわい顔をしている。
「遅かったか……」
誰だよチクったの、とラスは内心で呟いた。
巨大機晶姫がつけた足跡を辿って製造所跡地を目指す一行は、荒野から砂漠に入ったところで各々足を止めた。どの方角を見渡しても、次の指針となる足跡が無い。
「どちらに行けば良いのでしょう?」
顎に人差し指をあて、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が首をかしげる。その横で、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は環菜に話しかけた。
「さっきの話だと……電波ジャックが起こった時にこの辺まで調査したんだよね? それで、大っきな機晶姫が発信元だって分かって――その時、砂漠に足跡はあったの?」
「ええ、あったはずよ。でも時間が経っているし、砂は不確定なものだから消えてしまっても仕方ないわね」
「遺跡は砂漠にあるんですかねぇ〜。巨大機晶姫が荒野で生まれたのなら砂漠を通る必要もないですし、やっぱりそうなんでしょうねぇ〜」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の意見に、四条 輪廻(しじょう・りんね)が思案気に応える。
「砂に埋もれているとなると、探索も困難かもしれんな。建物も、どれだけ原型を保っているのか怪しいな。巨大機晶姫が頑丈であったから期待が持てるかと思っていたが……」
「んじゃ、俺がちょっと見てくるよ! 空からなら、跡地の場所が分かるかも」
小型飛空艇に乗った大野木 市井(おおのぎ・いちい)とマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)が、ふわりと上空に舞い上がる。
風を受けながら、マリオンは悲しそうに市井に言った。
「自分の心の拠り所がなくなるというのは、想像出来ないほど辛いものだと思います。もし、私がファーシーさんの立場だったら……考えるだけで胸が痛いです」
暗に市井がいなくなったら、と言われているようで嬉しかったが、彼は少し困った。励ますのも違うし、思いつくのは気恥ずかしい台詞ばかりだ。
結局、口にしたのは冗談めいた感じのものになった。
「おっ、じゃあこれからは、ツッコミも手加減してくれんだな!? いやー良かった! いつもこのまま死ぬんじゃねーかと……」
後ろで何かが光った気がした。
「人が真面目に話してるのに何ですかーーーーーー!」
「いってえーーーーー!!」
彼女のツッコミは毎度同じく容赦なく、洒落にならないくらい痛かった。小型飛空艇が揺れる。そんなやりとりをしている2人の眼下に廃墟らしきものが見えた。手前側で、人が忙しなく動いている。店か何かの準備をしているようだが、気のせいだろうか?
「うっし、こんなもんかな」
大台にサンドイッチの箱を積み上げた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、満足そうにそれを眺めて頷いた。
「砂漠の中なのに、ここは他より砂が少ないのな。せいぜい足首が埋まるくれえだ。おかげで、地図も作りやすかったよ」
「地下があるせいじゃん? 地下の天井が床の役割をしてるし、砂が付かない材質だから積もりにくいんだよ。実際ほら、お墓っぽい所とかは外と変わらないくらいだったし」
ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が言う。巨大機晶姫が歩き出してからどこから来たのかと足跡を辿り、彼女達は一足早く跡地に辿り着いていた。シマに踏み込まれたくなくて、砂漠の足跡まで丁寧に消してきた2人だが、パラ実の友人から事情を聞いて探索に加わることにしたのだ。
だが、無条件に遺跡に入れるつもりは毛頭なかった。
「あっ、やっと見えてきたな。思ってたよりグチャグチャじゃねえみたいだ」
殺気看破で周囲の警戒に当たっていた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、少しだけ肩の力を抜いた。左手の人差し指に嵌っているフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)に笑いかける。
「モンスターも出てこなかったし、誰も怪我しなくて良かったな」
「後ろからも危険なものは来ていないわ。でも、跡地で何があるかは分からないわよ」
「ああ、中でも充分に気をつけようぜ」
地球の廃墟にもゴロツキやモンスターは住み込んでいる。パラミタも例外ではないと考えた壮太は、ローグとしての能力を駆使して集団のサポートを行っていた。耳や尻尾を生やして警戒している生徒もいるが、皆が皆、気を張り詰めていたら辿り着く頃にへとへとになってしまう。
その彼に禁猟区をかけてもらい先頭を行っていた化学教師のアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)が菊に近付いてサンドイッチを見下ろした。
「……こんな所で弁当か」
「こんな所だからこそ弁当なんだろ! あと、アトラスの傷跡はパラ実の縄張りだよ! 他所の庭に入り込むんなら、それなりの仁義を通すもんだ。てことで、有料な。買ったら筋を通したと認めてやるよ!」
生徒達からブーイングがあがる。だが、菊としてもここを譲るつもりはない。これは、彼女にとっては最大の妥協点なのだ。環菜が特に苦い表情をしていたが、知ったこっちゃない。
「ふむ。まあ一理あるな。1つもらおう」
サンドイッチを買った輪廻が、箱を受け取ってセットになっている紙を開く。
「ん…………驚いたな、これは地図じゃないか!」
「一通り下見はしといたよ! 大雑把だけどまあ、無いよりゃましだろ?」
菊のこの言葉を合図に、サンドイッチは次々と売れていく。彼女が協力する為にこの場を設けたことが分かったからだ。
腹ごなしをしつつ地図を見て、生徒達は探索場所を決めていく。
「本当にありがとうございます。大変だったでしょう?」
ルミーナが心からお礼を言うと、菊は頭を掻いた。
「いや、別に大したことないよ」
「こう広いと、1人で周るのは無理だからね」
明るく言うガガを小突いてから、菊は言う。
「この、地図についてる×印は何だ? 貴重品の場所……? いや……」
アーキスが訊くと、彼女は顔をしかめた。
「あー……、それは遺体だよ。あとでまとめて、と思ってな。地下の天井が邪魔してその辺には埋めれないみてえだし、今んとこ墓に運ぶのが一番なんだけど……いや、跡地の方が砂が少ないからいいかな」
「地下があるのか?」
「砂の下の地面は明らかに人工の材質だったし……あるだろうね。ただ、入口が無えんだよなー。製造所の跡地にもそれっぽいもんは見当たらなかったし。あたしも、ちゃんと見たわけじゃねえけどさ」
「ほう……、何か重要なものでも隠していたのか? 内部が無事なら、ラドレクトの痕跡などもあるかもしれないな」
「じゃあ、私はその地下入口を探すわ。ルミーナは、行きたい所があるのよね?」
地図を見つめていたルミーナは環菜に問われて顔を上げた。
「……はい」
そして、調査が始まった。
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