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リアクション
終わりの章 選択
「真菜華……」
戸の先にいる2人を見て、やっかいな事になった、とラスは頭を抱えたくなった。景山 悪徒(かげやま・あくと)が来た時から嫌な予感はしていたのだが――これから、続々と生徒が押し寄せてくるのは間違いないだろう。自分がフルボッコにされる画が容易に想像できる。確かこの前、イルミンスールで悪事を働いた奴がミイラ男になったとか聞いた気がしたが。
その予想を裏付けるかのように、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)の隣にいる少女はブレスドメイスを握っている。その隣の機晶姫らしき少年――御薗井 響子(みそのい・きょうこ)も背中のマニュピレータを動かして、静かに物騒な気配を醸し出していた。
「初めまして。自分はケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)。話は全部聞いたよ。で…………とりあえずラスさんは、任務もせずに何をやってるのかな?」
「なんで村長に渡しちゃったの!? 鍋にするとかいってんでしょ!?」
ゴン・ドーを指差して真菜華が言う。鍋にするというのが何かの思惑によるただのポーズなのか、本当の本気で鍋にするつもりなのか。前者なら協力するのもやぶさかではないが、後者なら全力で敵対する所存だった。
特に真菜華は銅板を拾った張本人であり、このまま村長の物として鍋にされるのは大変癪に障る。
「なんじゃ? 知り合いか?」
ファーシーを持ったまま呑気に言う村長。彼をちらりと見てから、ケイラは脅しの意味を込めてブレスドメイスを近くの瓦礫に叩きつけた。瓦礫ががらがらと崩れる。パワーブレスを用いた上でだったが対象が粉になる程の威力はなく、ケイラは一瞬「あれ」という顔をした。
「村長、逃げるぞ!」
ラスは、村長の手を取って表口から飛び出した。小型飛空艇に乗った真菜華が村長宅を飛び越えて進路を塞ぐ。追いついてきたケイラが、真面目な表情で言った。
「御神楽校長に頼まれてるんだよね?」
「環菜なんか知るか! 適当にうまく言っときゃどうとでもなるだろ!」
「うまく言っとくも何も、こんだけ生徒が見てるのにヒミツに出来るわけないじゃんバーカ!」
上空やら入口やらから生徒達が集まってくるのが見える。うげっ、と呟くラス。
「みんなでカンナさんにいーつけてやるんだからねっ!」
村長も、やっと状況を悟ったようだ。
「だ、誰が呼んだんじゃ!? お前が連絡を取らなきゃバレるわけが……!」
「僕が呼びました。さあ村長、銅板を返してください。壊される前に降参した方が身のためです」
ソルダが言うと、村長はすっと目を細めた。
「たわけ者めが……」
「まあまあ村長、その銅板は鍋にするよりもそのままの方が高く売れるんじゃないか? 鍋にしたらそこらへんの普通の鍋と同じ価格だが、銅板のままならしゃべる銅板って見世物で売れるし、悪役思考なら身代金も取れるぞ」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)が近付いてきて、村長に提案する。鍋にして金に換えようとしてるのなら、そのまま売るように仕向ければいい。そうすれば、とりあえずファーシーは村長の手から離れるだろう。
「幸い、買い手はファーシーを取り返そうとする連中が居るんだし高値で売っ払ってもいいだろ。法外な値を最初に出して、少しずつ売値を下げたりとかして交渉で可能な限り高い金で買わせるんだ。べらぼうに高いまま値下げをしないなら、買い手も買うに買えずにただの鍋と同じ値でしか売れなくなるしな」
「む? うむ……?」
村長はファーシーを見下ろして、少し考える素振りを見せた。
「鍋にして売っ払った方が高くなるに決まってんだろーが。しゃべる鍋だぞ? しゃべる鍋。どっかの博物館が喜んで買い取ってくれるさ」
ラスが言うと、村長ははっと気付いたように顔を上げて、笑顔になった。
「そ、そうじゃな! 鍋にして一生安泰じゃ!」
「村長。これだけ人が集まっています。壊される前に降参した方が身のためですよ?」
ソルダが迫る。ケイラも、メイスを握り締めてラスとの距離を縮めた。
「どうしてファーシーさんを渡しちゃったのか、詳しく話してくれないかな。自分達は、ラスさんの真意が知りたいんだよ。もしかして……ファーシーさんの為?」
「わたしの為? どういうこと?」
ファーシーに聞こえる場所で自分の考えを言うわけにはいかない。その時、村長が動いた。
「……おまえさん方こそ状況が分かっておらんようじゃな。工房は裏にある。だが……! 鍋にするのに原型を留めておく必要は無いっ! ひひひ、ここで折り曲げてやるわ! あとで少し面倒臭くなるがな!」
「きゃあ!」
ファーシーが悲鳴を上げる。
銅板を掲げて力を入れ――
「いっくよー、マナカ☆アターック!!!」
真菜華が、小型飛空艇で村長に体当たりをかました。
「…………!」
老人型機晶姫は声もなく、けたたましい食器棚が崩壊を起こしたような音を立てて吹っ飛び、土の上をスライディングする。がしゃがしゃと起き上がる村長。
「ちっ、まだ壊れてないにゃー!」
真菜華は容赦なく二撃目を繰り出す。声もなく吹っ飛び、起き上がり――
「もう一発ー! マナカ☆アターック!!!」
2人はそれを繰り返して、段々と遠ざかっていく。
「おい、あれマジで壊れるぞ……!」
「ラスさん……」
走り出そうとした所でケイラと響子の視線を受け、ラスは降参した。
「分かった、話す、話すからそのメイスはしまえ。いえしまってください。んで……追いかけるぞ!」
「大首領様!」
なにげに小型大首領様を拉致られたままの悪徒もそれに続く。
「あ、僕も……」
「ちょっと待ちなさい!」
最後尾を行こうとするソルダの前に、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が立ち塞がった。彼女の後ろには橘 舞(たちばな・まい)と、鮮やかなチマチョゴリっぽい衣装を着た金 仙姫(きむ・そに)が立っている。
「謎は全て解けたわ。他の人の目は誤魔化せてもこの百合園女学院推理研究会代表ブリジット・パウエルの目は誤魔化せないわよ」
「はい?」
目を白黒させるソルダに、ブリジットは自信満々に語り始める。
「5000年よ、5000年。ご先祖様から聞いていたなんて言い訳は通じないわ。5000年も前の銅板を一目見て、心当たりがあるなんて、あるわけないじゃない。銅板を見て、それが何なのか知っている者がいるとすれば、この世界にたった一人だけ――」
ビシっとソルダを指差して決めポーズを取るブリジット。
「茶番は終わりよ、ルヴィ・ラドレクト! 真実を話してもらうわよ」
「はい?」
白黒していたソルダの目が点になった。その様子を下手なすっとぼけだと判断した彼女は、勝利を確信して胸を張る。
(ふふ……凄すぎる自分が怖いわね)
「まあ、アホブリは放置プレーとして……」
「誰が、アホブリよ、誰が。乙姫モドキのなんちゃって女仙様に言われたくないわ」
「ここは、金剛山の女仙たる博学聡明なわらわの出番であろうな」
言葉通りに素晴らしい放置プレーをして、仙姫はソルダと向き合った。
「そなたは歴史学者なのであろう? 苗字が同じ故に子孫ではあるのだろうが、子孫だからとか、ルヴィ本人だから銅板のことを知っていると論外な考えをするよりは、歴史学者故に銅板についての知識を持っていると考えるのが素直であろうな。そうであろう?」
「え? まあ……そうですね」
面食らいながらもソルダは答える。半分当たりという所だろうか。仙姫は満足そうに頷いた。
「5000年前の歴史的遺物という訳か? しゃべる銅板という現状だけでも十分面白いが、鍋にしてしまうにはもったいないぐらいの付加価値も当然あるのであろう?」
「歴史的には貴重な資料ではありますが、付加価値はどれほどあるか……。5000年前の金属は現存量も多いですし。しゃべるというのも、あくまでもファーシーさんが宿ったから起きた現象ですからね。歴史という観点から言うと、興味は……むしろ魔法研究の分野になるかと……」
「何を他人行儀なこと言ってるのよ。いい加減観念しなさい、ルヴィ!」
自分の世界に入りかけたソルダを、ブリジットの勘違いが引き戻す。
「へ? だから違いますよ。僕は……」
「ブリジットが失礼なことを言ってすみません。以前似たような展開でちょっと色々あったもので……」
舞が上目遣いで、申し訳なさそうに言う。
「でも、5000年の時を経た現在でも、ルヴィさんの子孫の方に銅板のことが伝わっているということは……銅板はルヴィさんにとって、とても大切な物だったのですよね? ルヴィさんと銅板の関係を聞きたいです。それが……ルヴィさんが、どんな想いでファーシーさんに銅板を託したのかの答えにつながるような気がします」
「君は……君達は、あの彼が話したことを知っているんですね」
「ここに来る前に……教えてもらいました」
ソルダは銅板を物理的に助け出すことしか考えていなかったが、これは。
(彼女の心も助けられるかもしれない……)
村長達が何を思ってファーシーを葬ろうとしているのかは想像できる。ソルダにしても、その完全なる解決策を持っているわけではない。彼にあるのは、知識だけ。
しかし、彼女達がいれば――
「もうルヴィさんはいなくても、その想いは今も銅版と共にあるのだと思います。それをファーシーさんが受け止められれば、前に進んでいけると思うんです。全てを知ったその時に、生きる目的を見つけられると思うんです」
「わかりました。では僕の家に来てください。長い話になりますから」
だが、方向を変えて自宅へ案内しようとするソルダに向かって近付いてくる者達が居た。
「こりゃまた、なぁんでロボ関係でもないのに関わろうとするのかなー?」
からかい口調のロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)に、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は困惑気に言う。
「いや、この前に話したとき、うっかり現在のパラミタ情勢を喋ってしまった俺にも責任があるかもだし……。……俺だって、常にロボット最優先じゃないんだぞ……?」
「冗談だよー、ホントに。『情に厚い』のはちゃんと知ってるから。ロボと同じくらい、情もあるんだよねー」
会話する2人の前にいるのは、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)とスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)。それに志位 大地(しい・だいち)だ。
鍋化計画を聞いてその意図を想像した時、何も知らないままに消滅させてあげることが一番良い、と大地は思った。でも、ティエリーティアはきっと、そういうことを望まないだろう。
ファーシーが前向きにこの世界で生きていく。そんな結果に辿り着くのはバクチに近いものだとわかっていても、それに賭けてみようかという気になっていた。
「あの、ソルダさんですか?」
ティエリーティアは自己紹介をしてからソルダに言う。
「ソルダさんは、ルヴィさんという方をご存知でしょうか? 失礼ですが、ご関係を伺えればと……」
「知っていますよ。ルヴィは、僕の祖先の兄にあたる人です」
「そうですか……」
ほっとした顔になるティエリーティア。そして、意を決したように表情を引き締める。
「ソルダさんは『ファーシー』という機晶姫について何か心当たりはありませんか?」
「…………」
その真っ直ぐな瞳を見て、ソルダはにっこりと笑った。
「かつて存在していたということなら。目覚めて魔物化しかけた結果、あの銅板に意識を移したということは先程知りました。大丈夫……君達の疑問には答えられると思いますよ」
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