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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(前編)

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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(前編)

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 11.森・蝋人形の叫び―Side Nana―

 森の深部は天地も分からぬほどの闇であった。
 ただし「真っ暗闇」という訳でもない。
 なぜならば――。
 無数の「鬼火」が舞い飛ぶために、互いの顔が分かるくらいには明るいのだ。
 お陰ではぐれてしまう、といった事態だけは避けられていた。

 ■
 
が――。

「また、元に戻ってきてしまいましたね」
 木の傷痕に触れて、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は溜め息をついた。
 そう。「一定時間ごとに方向が変わる」という噂だけは、本当の話だったようだ。
「ソーイングセットの糸は、役に立たなかったなあー」
 透乃は枝に巻きつけた糸を絡め取る。
「凶刃の鎖もダメだったみたいね」
 はい、と陽子は力なく頷いた。
「木に印をつけながら進んだら……て思っていたのですが……」
 どんどん、果てしなく暗くなってゆく。
 鬼火が光る中での陰気な顔は、見る者を寒くさせるものがあって。
「そ、そうだ、陽子ちゃん! いい方法を思いついた!」
 力づくで雰囲気を変えるべく、透乃は天を指さした。
 うっそうと茂る木々の天井が見える。
「あのてっぺんに登って、外から方角を見定めてみる、ていうのはどうかな?」
「それはいいアイデアかもしれません」
 乗り気になったのは、陽子ではない。
「案内役」のナナだ。
 一般人の彼女は、歩きすぎてやや疲れ気味だった。
 体力が持つ内に、館まで案内してしまいたいのだろう。
「わたしもご一緒して構わないですか?」
「いいよ! じゃあ私達が合図を送るから、陽子ちゃんはそれに従ってみんなを移動させてね」
「え? ひ、1人で、ですか? ……分かりました」
 陽子が怖がりつつも笑顔を見せたことで、透乃は内心ホッとする。
「行くよ! ナナちゃん!」
「はい、せーの! それ!」
 言った瞬間に、枝に飛びつこうとしたナナは失敗して地に激突した。
(駄目だ、こりゃあ!)
 壊滅的な運動音痴らしい。
 慌てて駆け寄る陽子にナナをまかせて、透乃は「軽身功」で1人上を目指す。
「さあて、外はどんな風になっているのかなっと」
 ドンドン、ドンドン透乃は木の幹を伝って登って……いるつもりで、結局地面に激突した。
「何これ!」
 彼女は鼻を押さえて絶叫する。
「方向って、上下も一定時間によって変わってしまうってこと?」
 その時透乃の「殺気看破」に反応が見られた。
 が、キョロキョロと目を動かしてもそれらしきものは見当たらないので、特に気にしなかった。
「ま、呪いの森じゃ、殺気なんて日常茶飯事かもね。行くよ! 陽子……陽子ちゃん?」

 ■

 少し前に、似た様な事を考えていた2名がいる。
 陽太とエリシアだ。
 陽太は小型飛空挺で、エリシアは「空飛ぶ箒」で上空から方角を見定めようというのである。
 彼らは実際に森の手前でその方法を試みたのだったが、結果は透乃と同じものだった。
「木が行く手を阻んで、力づくで上下の方向を変えてしまうなんて! 反則技です!」
 とは陽太の弁。
「誰がこんなお化けでもいそうな森の中、好き好んで進みたいものですかっ!」
「お化け、出るですか?」
 お化けに弱い、美央が反応する。
 ガサガサっと、木立の揺れる音。
「これも、お化けの音ですか? お化け〜……お化けじゃない、お化けじゃない、お化けじゃ……」
 2人で目を瞑りブルブルと震える。
 このままでは拉致が明かないので、エリシアは陽太の尻を軽く引っぱたいた。
「何ビビってんのよ! 陽太。覚悟を決めなさい!」
 これは、陽太の耳元で低く。
「御神楽 環菜に良い報告をしたいのでしょう?」
「え? 会長ですか!?」
 陽太、いきなり立ち上がって。
「はい、やります! 僕頑張ります!」
 俄然やる気になった彼は、鬼火の怖さも何のその!
「待っていてくださいね、環菜会長! 影野 陽太は本日、オトコになってまいりますっ!」
 樹木へ目印をつけたりして、根気良く館を目指した……のだが。
 
「……やっぱり戻ってきてしまいました」
 がっくりとうなだれる。
 修行が足りないのですわ、と溜め息をつくエリシアの後ろで、木から下りてきたばかりの透乃はカラカラと笑うのだった。
「あー、しょうがないよ。そういう森だもん! ところで陽子ちゃん、見かけなかった」

 ■
 
 その頃、彼らから少し離れた木陰に陽子の姿はあった。
「透乃ちゃん! 透乃ちゃん! みんなあーっ!」
 彼女の絶叫は、木々のさざめきに紛れて決して一行の耳に届くことはなかった。
 彼女の両足はすでに固まり、感覚はない。
「いやあっ! このまま蝋人形になって、森の一部にされてしまうのは! 誰か、助けてえええええええええーっ!」

 この絶叫を最後に、彼女の瞳は色を失った。
 
 彼女の後ろに、赤黒く光る目。
 怪しげな歌が流れてくる――。
 
 さあ、獲物が来た!
 さあ、人形にしろ!
 これぞ我ら、呪いを受けし永劫の……

 
 ■

 一方で、もう我慢の限界なために、手っ取り早く館についてしまいたい者もいる訳で。
「ガクガク、ブルブル……もうこれは! 魔獣でも捕まえて道案内させるしかないですね!」
 美央はスクッと立ち上がる。
「魔獣を制する者は、館を制す! です」
「で、何をなさるおつもりなんでしょう?」
 とナナ。
「スキルを使います。『トラッパー』で魔獣を捕獲し、『威嚇』して館まで道案内させるのです!」

「……という訳で捕まったのが、この狐くんなのですね?」
 一同は集まって、痩せた狐を見下ろす。
 正確には、狐と木の根がかかっていたのだが。
「狐……上等です。道案内をしてくれる者なら、この際何だってかまわないのです!」
 フンッ! と威嚇して見せる。
 田舎の純粋な狐は、それだけで簡単にビビってしまった。
 さっさと館への道を先導する。
 だが鬼火の道だ。
 念のために「殺気看破」を使った。
 スキルは直後に凄まじい反応を示す。
 美央はブルブルと震えながら言った。
「これも『呪い』のせいですね、きっと」
 お化けじゃない、お化けじゃ……あからさまに道を急ぐ。

「あれ? エリシア?」
 陽太はパートナーの美少女の姿を捜した。
 どこにもいない。
「おかしいな? 先に行ったんですかね?」



 その頃、エリシアは正体不明の動く太い枝に苦慮していた。
「な、何なの? これは!」
 エリシアの体に巻きついていた枝が、不注意から彼女を落とす。
 その瞬間をエリシアは逃さなかった。
 「雷術」の雷で斬り裂こうとする。無駄だ。
 リカーブボウで矢を射る。相手は低く唸るだけで、傷一つつかない。
 それどころか反撃にあい、エリシアの細い体は苦も無く無数の枝葉に巻きつかれてしまった。
 身動き一つ取れず、頭部を残すのみとなる。
「放してっ!」
 彼女は気丈に相手の隙をうかがう。が、そもそも何が相手なのかさえもわからない。
「卑怯者! 姿をお見せなさい!」
 その時、ほの暗い薄闇の中から、赤黒くひかす無数の目が、彼女の顔を見下ろした。
 敵の正体を目の当たりにして、エリシアは息をのむ。
「そ、そんな! こんなことって……」
 早く! 陽太に知らせないと!
(全滅してしまいますわっ!)

 だがその叫びは、陽太に届くことはなかった。
 敵は太い枝のような手を動かし、恐怖で両目を見開くエリシアの頭上で小瓶の蓋を開けてゆく――。
 
 そしてこの後、正体不明の敵の魔の手は、彼女が恐れていた最悪の事態を引き起こすこととなる。