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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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 4日目(4/4) 最後の儀式〜それぞれの未来へ〜

 ルミーナ達を乗せたオープンカーが、来た時と同じようにゆっくりと、廃墟の道を走っていった。魔を退けようとつけられた空き缶の、からんからんという音が遠ざかっていく。そして、皐月はその場を離れた。マイペースに廃墟を歩く。
「会わないんですね。てっきり軍用バイクで追いかけるかと思いましたが」
「さっき、帰ろうっつったのは七日だろ? そこまですることでもねーし」
「……なら、いいですけど」
 後は何も言わずについてくる七日の手を取る。ファーシーとルヴィの件は、皐月にとって決して他人事ではない。七日が死ねば自分にも多大な影響が出る。それを知った時、軽い気持ちでパラミタに来た彼の生活は一変した。
 七日を死なせてはならない。
 彼女を殺してはならない。
 離れている時は勿論、一緒に居る時にも付き纏う、恐怖。
 オレは七日が好きだ、と自らを騙し始めたのはいつからだったか。
 その先を――その果てを体験したファーシーが、生きる事を選んでくれて良かった。こんな事を思える権利なんて、オレには無いのかもしれないけど。ただ、この先彼女は……生きていくことが出来るのか?
 七日の手を、強く握りたくなる。
 衝動を抑え、平静を装う彼の中で――嘘だらけの心が囁いている。
 嘘でも好きには変わりなく。
 故に自責を止む事は無い。
 この手だけは、絶対に離してはならないと。それでも、いつもの通りに笑顔の仮面を被って、皐月は言う。
「ケーキでも買って帰るか」
「なんですか突然、ケーキ投げに未練でもあるんですか?」
「…………」
 思わずまじまじと七日を見返し――
「……いや、なんとなく」
 誤魔化すようにそっぽを向く。その彼の手を、七日はそっと握り返した。
「そんなに心配しなくても、皐月。私は貴方の傍から離れませんよ」
 一瞬、皐月がびくっと震える。
「……私達は“パートナー”ですから」
 前方から来る赤羽 美央(あかばね・みお)達を見詰め、七日は静かに言った。
「喩え貴方が独りになっても。……全力で殴ることはあっても離れることはありません」

「皐月さん、皆の前で堂々と自分は寺院の人間だと言ったらしいですね。噂になってました」
「ん? ああ……そうだな」
「まったく、そんな事を言って我が雪だるま王国が鏖殺寺院とつながってるなんて思われたらどうするおつもりなんですか」
 美央が訊くと、皐月は少しだけ困った顔をした。
「そういや、そこまで考えてなかったな……そういう事態になったらオレを追放して罵ってくれていーよ、赤羽陛下」
「馬鹿」
 唯乃が強い口調で言う。
「どうして寺院を名乗ったの? 皐月、私達はあなたの真意が聞きたいの」
 理由については予想がついていたが、そうではなく、もし肯定の言葉が出てきたら。
 美央がどう思っているかは分からないが、その時は躊躇いなく唯乃は攻撃するつもりでいた。――しなくてはならない。
「私にはあなたが悪い人だとは思えません。追放はしません。しかし、国民の皐月さんにだけは、落とし前をつけてもらいますよ」
「…………」
 皐月は七日の手を離して後ろに押し遣る。
 そのやりとりを見ながら、タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)は思う。
(落とし前とか言ってるけど、別に命とか取るつもりなんて全くないのよね陛下は、きっと。たとえ彼が本当に敵であっても……。敵じゃないのなら、好きなだけ殴って王国に連れ戻す気満々みたいだし)
 噂を聞いた時、美央は『まったく!』と言って拗ねていた。でもその顔がちょっとだけ心配そうだったことを、タニアは知っている。
(まあ、一緒に戦ったこともある大事な国民ですしね)
「オレは……」
「ちょっと待った。その話……こいつにも聞かせてくれねーか? 話をしに来たんだろ?」
 そこで、ラスが割り込んでファーシーを前に掲げた。
「俺の耳に入るのは不本意かもしれねーけど」
 美央達も、黙ってファーシーに注目する。礼拝堂の方から、片付けをする皆のざわめきが聞こえる。銅板は――それこそすりかえに失敗したかのように、暫く声を出さなかった。
「……何しに来たの……? あなたは、鏖殺寺院なんでしょ……?」
 仮面を被ったまま、皐月は言う。
「結婚式……随分と盛大にやったんだな。みんながお前に協力してくれた。幸せを願ってくれた。でも、それは……お前の人生を知ってるからだよな。何を失って、何をしたのか……それを知れば、誰だって同情するさ」
「何が、言いたいの……?」
 警戒するファーシーに、軽く、只管に軽く彼は笑う。
「消えない傷を見せびらかせば、少しだけ優しくされるのかい」
「…………!」
 その場の全員が息を呑む。
 それは。
 それはあまりにも重い言葉で。
 決して無視出来ない、真実の側面。
「皆の優しさによって、ここまで来た。明日、身体を得るだけだ。全てが終わって――ファーシーはこれからどうするんだ? もう誰も、助けちゃくれない。命が保障されてしまえば、後は全て、自分で決めなきゃいけないからな。1人放り出された時、お前はどうする?」
 生き続ける意志が有ることを確かめられれば、それで良かった。
 恨まれていても構わない。
 だから、鏖殺寺院であることを否定はしないし、出来ない。正しくは“未だ”――鏖殺寺院じゃないけれど。そうならなければいけないから。
 ……護る為に。傷付けない為に。
 恨まれるのは痛い。憎まれるのは苦しい。
 でも。それでも、誰かが痛苦を味わうより億倍はマシなのだから。
「わたしは……」
 ファーシーは一言ずつを噛み締めるように、言った。
「この4日間で、いろんな事を知ったし、貰ったし、感じることができた。その殆どが……やさしさで溢れていたわ。わたしは、沢山の心で出来ている。出来ていく。わたしの心、ルヴィさまの心。巨人さんの心。巨大機晶姫の心。この街のみんなの――出会った人達の、魂の心。それを守っていけるのは、わたししかいない。だから生きるって決めたの。守っていこう。みんなに支えられながら、わたしも誰かを支えたいって、思えたの」
 そこで一度、言葉を切る。
「同情がスタートだって、いいじゃない。それが本心であることに、変わりは無いのだから」
 揺るぎない意志。それを感じ取って、皐月は力を抜いた。
「……そっか」
「あの家で暮らしていた頃……わたしはルヴィさまに工具を買ってもらったわ。結局一度も使うことはなかった。だけど、今はルミーナが持ってる。わたし、身体に戻ったら……アーティフィサーになろうと思うの。アーティフィサーになって、友達を100人でも作って、みんなの役に立ちたい。それが、今のわたしの望み」
 いっぱいいっぱい考えて出した、ファーシーの答え。
 人生に答えなんて無いというけれど、これから変わっていくかもしれないけれど。今の自分にとってはただ1つの、未来への答え。
「皐月さん、あなたは、どうするの? これから、どうやって生きていくの?」
 訊いてきたのだからお前も答えろとでもいうような挑戦的な口調で、ファーシーは言った。
「さて、どーするかな」
 方向は決まっている。あとは、その方法だけだ。だが、それを言うつもりはない。
(ミルザムを誘拐するか……)
「みんなを……殺しに来るの?」
「…………いーや」
 それだけ答えると、皐月はファーシーに背を向けた。
「オレはもう、お前なんかにゃ興味ねーんだよ」
「え……?」
 そう言って、美央達に歩いていく。
「……精々幸せに生きやがれ」 ファーシーと自分の、選択の果てを見てみたかった。全て決まっている。それでも――今の会話が、今、得たものが。
 別の道を示すことはあるのだろうか。
 ファーシー……
 ……生きてくれて、有り難う。
「赤羽陛下……落とし前をつけるんだろ?」
「こんのーーーー…………」
 そこで、我慢出来ないように身を震わせた唯乃が、バーストダッシュつきの飛び蹴りを顔面に食らわせてきた。
「自虐大好きっ子が! (3日ぶり2回目!)」
「ぶっ!」
 ぶっとばされ、起き上がろうとした皐月を鬼眼で制す。
「あんたは、周囲に対する影響をもっと考えなさいよ!」
「自己犠牲は……周りの人、それに貴方を大切に思っている人をも傷つけるのですよ。他人が傷つくことを厭う貴方にとって……それは矛盾ではないのですか? ともあれ、お仕置きです」
 ファランクスで身を守りつつ、美央はランスバレストで突進する。その攻撃をディフェンスシフトで防ぎ、皐月はリバースフライングVを出した。殺傷力皆無のそれで、ヘキサポッドの上から注がれるマジッチェパンツァー強化付きのスプレーショットを防ぐ。タニアは傍観を決め込んでいたが、彼女を抜いても相手は5人。勝てる訳もない訳で――
「止めないのか?」
「止めても無駄です。それにあれは……必要なことなんです。きっと。まあ死にはしないでしょうから心配はありません」
 ラスの問いに、七日は平然とした様子で答える。
「……確かに、な」
 距離があると、それはじゃれ合いのようにさえ見えてしまう。本当にそうなのかもしれない。まるで何かの儀式のように、攻撃と防御を繰り返す。
 そう、儀式――
(あれが最後のような気がするのは、どうしてだろうな?)
 そして七日は、ファーシーに顔を近付けて話し始めた。
「極論ですが、皐月が寺院だと言うのに間違いは無いんです」
「…………そう、なの?」
 火術の炎弾が飛ぶ。
「けれど皐月が貴女に生きて欲しい……幸せに生きろと言ったのも、嘘では有りません」
 ジョセフがサンダーブラストを使う。
「誰かを護る為に自分の事を蔑ろにする……そういう莫迦なんですよ、皐月は」
 またまたエラノールが、今度はライトニングブラストとライトニングウェポンを星輝銃に付与して簡易レールガンを発射する。
「……それがホントなら…………うん、馬鹿かもね……」
「ソルダさんに、済みませんでしたと伝えておいて下さい」
 血に――否、地に伏せた皐月に、美央が言う。
「寺院を名乗るとはこう言う事です」
「…………」
「それでは、また王国で会いましょう」
 美央達の後姿が小さくなると、七日はファーシーに目礼した。
「では、お幸せに」
 皐月に何度かヒールをかけると、首根っこを掴んで引き摺っていく。
「ねえ!」
 ファーシーはそこで、2人を呼び止めた。どうしてかは分からない。仇だと思っていたのに。あの時は本当に、恨みの気持ちしか持てなかったのに。
「また……逢えるよね!」
 七日は立ち止まると、何も言わずにまた歩き出した。
「全く、こんな愚図に付き合わされる私の身にもなって欲しいものです」
 偽りではない気持ちを持っている。だけど、それを伝える日は来ないだろう。
 ――想いを通じ合わせる必要は無い。
 この想いは、ただ、自分の為だけに。