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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第6章 ユーフォリア抹殺指令・後編



「この人達……、ユーフォリアさんを狙ってる!?」
 ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は、迫り来る空賊の一団を見回し、声を漏らした。
 船尾付近に追い込まれたユーフォリアとその護衛を務める生徒たちを、空賊たちはぐるりと取り囲んでいた。もはや飛空艇には乗っていない。トミーガンを構え整列する彼らの姿は、『銃殺刑』という言葉を連想させた。
「みんな、急いでこっちへ……!」
 ここが開けた場所なら、彼女たちは一斉掃射でひとたまりもなかったが、幸い修復用に集めた資材が点在し、遮蔽物には事欠かなかった。銃撃を避けるため、なるべく入り組んだところを目指して入っていく。
「……貴様ら、もう袋鼠、逃げ切れると思うのか!」
「ユーフォリアさんには、絶対に近付けないんだから……っ!」
 背後から迫る空賊を、ミレーヌはブロードソードで斬り払う。
 そのすぐ傍でもう一人、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)もユーフォリアの背中を守るように立ち回っている。
「個々の戦力はそれほどではないですが、こう数が多くては身動きが取れませんね……」
 彼女は攻撃よりも防御に主軸を置き、ユーフォリアに迫る敵を退ける。
 三人は肩で息をしながら、互いに背を会わせた。
「ヨサーク大空賊団の結成を聞いた時、嫌な予感はしてたのよね……」
「嫌な予感ですか……、どう言う事でしょう?」
 視線を左右に振りながら、玲はミレーヌに尋ねた。
「時代が変わる時には多くの血が流れるって言うから……、遅かれ早かれこうなるは気はしてたのよ」
「……なるほど。特に我々はそれなりの人数で動いていますから、マークされていても不思議ではありませんね」
「おふたりとも、もうしわけありません。どうもわたくしが狙われているようですね……」
 すまなさそうにユーフォリアは言った。
「……女王器がユーフォリア様の手に無いとは言え、その存在は無視できるものではないのでしょう」
 何気なく言った玲の一言は、本人ですら気付いていなかったが、実のところ核心をついていた。
 背後から複数の靴の音が聞こえる。すぐそこに第二波が迫っているのが見えた。
「なんとか隙を見つけて脱出するんだ。この数じゃいずれ突破されるよ」
 ミレーヌの相棒、アルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)はトミーガンを発砲し、なんとか時間を稼ぐ。
「とりあえず、ここは俺たちが引き受けた方が良さそうだ」
 アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)が言うと、ラヴェル・シルバーバーグ(らう゛ぇる・しるばーばーぐ)も頷いた。このままどこまでも逃げ切れるわけではない。ならば、迎撃班と撤退班に別れ、動いたほうが効率がよい。
「ユーフォリアは重要な古代の生き残り……、ここで失うわけにはいかない」
 そう言うと、ラヴェルが光条兵器のレイピアを構え、遮蔽物越しに空賊たちの様子を窺う。
 どうやら空賊たちも遮蔽物の陰に隠れ、こちらの様子を窺っているようだ。アルフレッドの銃撃が効いているのだろう、向こうも幾分慎重になっている。撤退班を逃がすなら、なかなかいいタイミングだった。
「思ったより早く好機が巡ってきたな。よし、今のうちだ、早く行くんだ」



 ◇◇◇


 ミレーヌが先陣を切って退路を確保する。
 しばらく進んだところで、遠方に吊るされた大型飛空艇がふと目に留まった。何気なく目を向けたその船の甲板で、たしかに何かがキラリと光った。何かはよくわからない。ただ、危険なものである事は、感覚的に察知する事ができた。
 ユーフォリアを突き飛ばした瞬間、肩が吹き飛ぶような衝撃に襲われた。
「……くっ!」
 傍の資材に叩き付けられ、そのままミレーヌは転倒。飛び散った彼女の血液が、資材に赤い模様を描く。
 しばし時が凍り付くも、すぐに時間が動き出した。
「し……、しっかりしてくださいっ!」
 はっと我を取り戻したユーフォリアは、ミレーヌを抱き起こした。
「だ……、大丈夫。それより、ユーフォリアさんは怪我してない……?」
 そう言いながら、肩を確認した。深い銃痕が刻まれているが、まだ肩は残ってる。少しだけ安堵した。
 甲板上にいるのは空賊のスナイパーのようだ。とそこに再び発砲音。二発目の弾丸が発射された。
「二度も奇襲を許すほど、それがしは間の抜けた執事ではありませんよ」
 その前に、玲が立ちはだかる。ガードラインの構えを取り、高速で飛来する弾丸を叩き落とす。
「……イルマ! そろそろ出番です、暗殺者にふさわしい歓迎を頼みますよ」
「はいはい、任しておくんなはれ。悪しき魂にはお茶よりも熱いお灸が必要どすなぁ〜」
 玲のパートナー、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)はそう言うと、意識を集中し始めた。手にしたハーフムーンロッドを、狙撃者に向けてかざす。その途端、空間に炎の粒子が飛び散り、ファイアストームが大爆発を起こした。
 突然発生した大火炎に包まれ、狙撃者ごと大型飛空艇は炎上した。
「ごはんと仕返しは大盛りが一番どすなぁ〜」
 くるくると杖を振り回し、イルマは得意げに言った。
 その時、ドタバタと駆ける音が前方から聞こえてきた。空賊たちはアルフレッド達を迂回して回り込んだのだ。
「……あたしに構わず、逃げて、ユーフォリアさん」
 ミレーヌは弱々しい口調で言う。そんな彼女を放っておけるほど、ユーフォリアは非情ではない。
「見捨てるなどわたくしにはできません。ここはわたくしが囮になって……」
「はうー、そんな事したらダメなのですぅー!」
 唐突に、積み重ねられた資材の間から声がした。そちらに目を向けると、土方伊織が飛び出してきた。
「ボクたちはユーフォリアさんを守るためにいるのですよ。自分を危険にさらすような事はしないで欲しいのですぅ」
「……ですが、ここに彼らが来てはミレーヌさんがひとたまりもありません」
「それなら、ユーフォリアさんを逃がしつつ、敵の気を引ければよろしいのですね?」
 伊織の相棒のサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が提案した。
 近くに鉄パイプで組まれた簡素な足場がある。作業用に設けられたものだが、階段を登っていくと古代戦艦の甲板に出る事が出来る。この足場を使えば嫌でも空賊の目にとまり、彼らの注意を引きつける事が出来るはずだ。そして、フリューネ達と合流する事ができれば、ユーフォリアの安全が確保さする事も出来る。一石二鳥の作戦だ。
「この間はユーフォリアさんやフリューネさんに、あんなにご迷惑かけちゃったのに……、護り切れなかったのですぅ」
 もうしわけなさそうに、伊織は言った。
「……でも今度こそ、クィーンヴァンガードの代表としてお守りするのですよー」
「この汚名を返上出来ねば、円卓の騎士の名とクィーンヴァンガードの名の両方の沽券に関わりますからね」
 ベディヴィエールも確固たる覚悟を示す。
 その様子を見て、玲とイルマは二人にユーフォリアを託す事を決めた。
「……わかりました。ミレーヌ・ハーバートはそれがしが守ります。ユーフォリア様を頼みますよ」
「怪我なんてせぇへんように、気をつけてなぁ〜」


 ◇◇◇


 目論見通り、ユーフォリアを追って、空賊たちは足場を登ってきた。
 階段を駆け上がる伊織の耳に、迫り来る靴の音が聞こえる。甲板まではあと少し、だが、空賊たちは思いのほか速い。ベディヴィエールはふと立ち止まり、伊織とユーフォリアに先へ進むよう告げた。
「ここは私にお任せください。少しでも足止めいたします、お嬢様は早急にフリューネ様と合流を」
「はわわ、おじょーさまじゃないですけど……、ひとりで大丈夫ですか?」
「お嬢様に心配されるほど、私はやわではありませんよ」
 それから、ベディヴィエールはユーフォリアに微笑みかけた。
「あなたはフリューネさんの希望です。不肖このベディヴィエール、ひとりの騎士としてあなたをお守りします」
「……ありがとうございます。ご武運をお祈りしています」
 しばしの別れを告げたベディヴィエールは、階段を駆け下りる。空賊の姿を見つけると、ハルバードのフルスイングで吹っ飛ばした。足場から放り出された仲間に呆然とする空賊たち、ベディヴィエールその前に立ちはだかった。
 彼女の決死の足止めのかいあって、二人は後部甲板に辿り着く事が出来た。
「はうー、疲れましたね。もう一踏ん張りですぅ。前部甲板にフリューネさんが……」
 そこに待ち構える人影に気付き、伊織は言葉を飲み込んだ。
 ブラックコートにシルクハットの壮年の男性だ。顔立ちにはどこか気品があったが、全身から漂う不気味なオーラが、その印象を飲み込んでいた。スピネッロ空賊団三幹部の一角を担う、【死の配達人ロベルト】である。
「ようやく会えて嬉しいよ、ユーフォリア君」
 シルクハットをわずかに浮かせ、ロベルトは不敵に挨拶をした。
「はわわ……、見るからに強そうなおじさんなのですぅ……」
 思わずユーフォリアの後ろに隠れそうになるが、伊織だって男の子、ここで逃げ出すわけにはいかない。
「うぅ、ここは僕がなんとかするのですよぉ。ユーフォリアさんはフリューネさんのところに行ってください」
「ですが、ここはわたくしも戦ったほうが……」
「いいえ。ユーフォリアさんにはミルザムさんとお話して貰う為にも、怪我なんてさせられないのです」
「……ひとりで私の相手をするつもりかね?」
 ロベルトがだらりと腕を垂らすと、袖口から凶刃の鎖が垂れ下がった。
「舐められたものだ……。まあ、どちらでも構わんよ。まとめて殺すか、順番に殺すか、それだけの違いだ」
 語りながら、ロベルトは鎖を放った。空気を激しく裂いて、鋼鉄の蛇が二人に襲いかかる。
「……ま、逃げられればの話だがね」 
 閃く鎖、だがしかし、鎖は突然の乱入者によってあっさりと叩き落とされた。
「……悪いが、ユーフォリアには指一本触れさせない」
 グレートソードを軽々と担ぎ、庇護者の構えを取って立ちはだかる、彼の名は葛葉翔。
 刹那の邂逅の最中、ロベルトの目に殺意が浮かぶのを、彼は見逃さなかった。
「鎖使いか……。なかなか面倒な奴が、空賊にいるもんだな」
 ロベルトが手を引くと、鎖は息を吹き返し、尖端の刃が翔ののど笛を食いちぎろうと迫った。剣の広い腹を盾のように構え、翔は鎖の一撃を器用に弾く。この大剣を彼は見事に使いこなしていた。
 ここでロベルトは、もうひとつの影の接近を、すぐ傍にまで許してしまった事に気付く。
「……皆の笑顔を奪うものは許さないっ!」
 妖刀村雨丸の濡れた刃を返し、アリア・セレスティが右逆袈裟に斬り掛かった。
 しかし、ロベルトも熟達した殺し屋、すんでのところで鎖を引き戻し、アリアの放った一太刀を受けきる。
「私の間合いに踏み込むとは、大変お転婆なお嬢さんだ……」
「どうして……、どうして、ユーフォリアさんを狙うの!?」
「さる人物の命令さ。あの方は彼女の存在を疎ましく思っておられるのだ。理由は知らないがね」
「誰が……」アリアは険しい目でロベルトを睨む。「誰がそんな命令を出したのよ!?」
「それを君に話す理由はないね」
 身を引きながら、アリアに蹴りを浴びせ、距離を取る。
「……まったく、君達はとんだ邪魔をしてくれたよ。君達さえいなければ、君達さえユーフォリア君の護衛についていなければ、事はもっとスマートに進んだのだからね。私の仕事を邪魔した礼はさせてもらうよ」
 体勢を崩した彼女に、すかさずロベルトは鎖を放った。不規則に宙を舞い、心臓を目がけて飛んでくる。
「俺の目の前で人殺しなんてさせるかよっ!」
 肩を切り裂かれながらも、翔は身を挺してアリアを守る。そんな彼の真横を稲妻がかすめていく。
「はうー! ぼくだってクィーンヴァンガードなのです!」
 伊織は両手を突き出し、最高電力で雷術を放射した。鋼鉄の鎖に絡み付いた電撃が、ロベルトの身体に流し込まれる。
「うおおおおお!!」
 ロベルトの顔は引きつり、言葉にならない叫びを上げた。
 その隙にアリアは刀を構え直し、自らの力を解放する。封印解凍と紅の魔眼の相乗効果により、超越的な万能感に包み込まれた。身体に沸き起こる破壊衝動に耐えきれず、自分の表情が暗く歪んでいくのを感じる。
「(ま……、まだ、完全にコントロール出来ないか……)」
 護国の聖域とエンデュアで、魔剣の力をなんとか押さえ込む。
「ユーフォリアさんを襲ったその代償……、払ってもらうわ!」
 駆け抜けるように懐に入り、全身全霊を込めて刀を振りきった。脇腹から肩に斬り上げるようにして放たれた一閃。甲板にポタリポタリと赤い雫がこぼれると、ロベルトは血を吐きながら甲板の下へ転がり落ちた。
 他の空賊たちも生徒たちの手によって一掃され、ドックには静けさが戻りつつあった。
 運命を変えた勇者達に実感はあまりないかもしれないが、この地点が運命を分ける分岐点だった。
 まあ、中心にいる人間ほど実感がないと言うのは、よくある話である。
 ただこれだけは言っておこう。もしユーフォリアを守る人間がいなければ、彼女は命を落としていただろう。護衛に参加した生徒たちは、確実に大きく運命を変えた。悲しい未来は退けられ、少しだけ明るい未来が引き寄せられたのだ。