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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第6章 ユーフォリア抹殺指令・前編



 夜が明けると同じくして、北の空に二隻の大型飛空艇が現れた。
 見るものが見ればそれは畏怖の象徴とも言うべき船だ。空峡に名を轟かせるふたりの空賊、【血まみれのスピネッロ】【横綱のモンド】の率いる空賊艇なのである。ある程度、戦艦島に接近したスピネッロ船の格納子がおもむろに開口し、小型飛空挺を駆る一団が蜘蛛の子を散らすように飛んでいった。
 空賊達は一様にブラックコートを着込み、トミーガンで武装している。イタリアンマフィアを思わせる風貌だ。
 一団が飛行を続けていると、不意に廃墟に霧のようなものがかかっているのを発見した。
 その廃墟屋上にはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がいる。
「(ヨサークはこういった場合に禍根を残す事はしない。必ず殲滅戦をしかけてくる……)」
 屋上に焚かれた複数のたき火に氷術を放ち、この霧のような水蒸気を発生させている。水蒸気に紛れ込ませて、彼はアシッドミストを展開している。あえて濃度を落とし、無酸状態にしてある。充分に敵を引きつけてから事を起こす策だ。
 ただ、術の射程の計算に間違いがあった。この一帯を覆うほどの霧を発生させたかったのだが、アシッドミストの射程はせいぜい直径10メートル、廃墟の屋上付近を覆うのが精一杯だった。
 だが、怪我の功名とでもいうのか、この一極集中で発生した霧を不審に思い空賊達が近付いてきた。
「……課程はともかく、上手くいったようだな。予想はしてたが、先遣部隊を出してきたか……」
 予め発動させておいたディテクトエビルに敵機の反応。すぐさまイーオンはアシッドミストの酸性を変貌させた。
「ぎゃあああ!!」唐突に悲鳴が聞こえる。
 運悪く霧の射程に入った空賊艇がいたらしい。全身を焼く酸の霧を浴び、廃墟の谷へ落ちていくのが見えた。
 仲間の不幸に気にも留めず、展開された10数機の空賊艇は、屋上の周辺をぐるぐると円を描くように飛ぶ。イーオンの位置を発見すると、投げ込まれたエサに食い付く肉食魚のごとく、その牙を露にして向かってきた。
「気取られたか……、だが、それでどうなるものでもない。散れ……!」
 廃墟の屋上を颯爽と飛び回りながら、イーオンはサンダーブラストを放った。
 突発的な稲妻によって、何機かは天と共に焼却されたが、如何せん敵は数が多い。
「私がいる限り、近づけさせはしません!」
 牙を剥くスピネッロの飼い犬達の前に、イーオンのパートナー、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、小型飛空艇で飛び出してきた。空賊艇の鼻先をライトブレードで突き、牽制を行う。
「マイロード、ここは私が引き受けます。戦闘を続行してください」
「任せたぞ、セル。賊艇の迎撃を続けてくれ」
 そう言って、屋上に立つもう一人のパートナー、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)に目を向けた。
「やれやれ……、争わずにはいられないのか、ヒトは」
 彼女は半ば呆れた様子で了解を示すと、その掌に青白い魔力を収束させ始めた。
 狙うは一点、敵機の動力部。狙いを定め、氷術を繰り出す。……しかし、大きく外れ回避されてしまった。立て続けに術を使うが命中は期待出来そうにない。腐っても相手は空賊、空中にいる彼らを狙い撃つのは困難だ。
「おのれ、雑魚とあなどるわけにはいかん連中だな……」
「空賊の名は伊達ではないか、気に食わんな。……ガートルード、悪いがこちらに手を貸してくれ」
 素早く状況を判断し、イーオンは付近の仲間に援軍を要請した。


 ◇◇◇


「心得ていますよ。私もロスヴァイセに協力するためにここにいるのですからね」
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はブライトシャムシールを抜き迎撃の構えを取る。
 彼女はヨサークを討つため、フリューネに協力する事になった。ヨサーク大空賊団を放置しておけば、いづれ自分達が支配下に置かれるのも時間の問題。束縛されない自由な無法者を目指す彼女にとって、それは死活問題だったのだ。
 しかしながら、彼女たちの属する組織『ハーレック興業』は馬賊が母体、飛空艇を駆る空賊とは相性が悪い。そこでタシガン空峡で名を馳せているフリューネと手を組むに至ったわけなのだ。
「さぁーて、親分。ひとつ、派手に暴れるとするかね」
 相棒のシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が、彼女に話しかけた。
「ここらで活躍しておかんと、わしらを仲間に加えてくれたフリューネに顔向けできんからのう」
 ガートルードは静かに頷く。とそこに、数機の機影がこちらに向かってくるのが見えた。
「……おいおい、あの女ども、銃相手に剣で挑もうってのか?」
「なんだ俺の見間違いかと思ったぜ。俺の目が変になったのかと心配しちまったよ」
「やめとけよ、笑っちゃ可哀想だ。とっとと殺してやるのが情けってもんだぜ」
 彼女たちの獲物を見て、空賊達はせせら笑っている。
「……ったく、ボケが。わしらをそこらのナマクラ剣士と一緒にしてもらっちゃ困るけぇの!!」
 シルヴェスターはこめかみに青筋を立て、肩に担いだ高周波ブレードを振りかぶった。乱撃ソニックブレードが空賊艇を切り刻む。先ほどまでの余裕から一転し、空賊たちは悲鳴を上げながら、はるか眼下へ落ちていく。
 その横で、ガートルードは絶対暗黒領域を展開する。影から溢れ出す暗闇が、彼女を中心に渦を巻く。
「ヨサークに組みしたのが、あなたの命運を分けましたね……!」
 シルヴェスターの撃ち漏らした敵機に一閃。空賊艇の船底を切り裂き、爆発炎上させた。
「ふ……、ふざけやがって、クソ女ども! スピネッロ空賊団を舐めんじゃねぇ!」
 さらにもう一機、撃ち漏らした空賊艇が銃を乱射しながら突撃をかけてきた。
「おう、うちの親分になんて口聞きやがる」
「ふえ?」
 不意に正面に現れた巨大な影に、空賊は思わず目を白黒させた。
 影の名はネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)と言う。ガートルードのもう一人の相棒だ。
 ネヴィルは飛空艇を片手で止めると、おもむろに銃を取り上げ、技を超えるパワーでひん曲げた。
「な……、何しやがんだ、てめえ」
 ドスを利かせる空賊だが、心なしかその声は震えている。
 だが、それも仕方のないことと思う。ブルドッグ顔の巨漢のドラゴニュートに睨まれて、ビビらずにいるのはとても難しい事である。船を押さえつける腕の太さたるや、まるで樹齢ウン千年の巨木のようなのだから。
「口の聞き方がなってねぇな……、俺がいちから言葉遣いを教えてやろうか?」
「あ、その……、今度でいいッスよ……、ぼくその、今日、歯医者行かなくちゃいけないんで……」
 凶悪過ぎる気迫に負けて、空賊はおずおずと敬語を使い始めた。
「まあ、そう言うな。ゆっくりしてけ。まずはそのひん曲がった性根から直していかねぇとなぁ」
 むんずと首根っこを押さえると、ごんぶとの腕を首に回し、ゆっくりと締め上げ始めた。
「いや、その……、ちょっ、マジで勘弁して……、ぐ、ぐるじいいいいいい……!!」


 ◇◇◇


 ふと、気が付けば屋上に一人の男が立っていた。
 純白のパナマ帽とスーツに身を包んだ優男だ。両手にはリボルバータイプのハンドガンが握られている。スピネッロ空賊団三幹部の一人、【二丁拳銃のヒュー】、それがこの先遣隊を率いる彼の名前だ。
「やってくれるじゃねぇか……、本土の学生さんがよぉ……」
 忌々しそうに吐き捨て、生徒たちに銃口を突きつけた。
 その前にクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)が、仲間を護るため立ちはだかる。
「おまえが頭だな……?」
「だったらどうだってぇんだよ、学生さん? 俺とお話でもしたいのか、ああ?」
「決まりきった事を訊く……。おまえを斬れば……、この部隊は終わる……。それを確認したまでだ……」
「くっくっく……、コケにしてくれるねぇ」苦笑し、豹変した。「あんまり俺を怒らせんじゃねぇ!!」
 ヒューは早撃ちのスプレーショットで弾丸を巻き散らした。ひと呼吸する間に、12発の銃弾が屋上の地形に跳弾し、クルードを目がけて飛んでくる。12方向からの同時攻撃、クルードは光条兵器の野太刀『真・銀閃華』を抜き払い、銃弾を素早く斬り払う。しかし、斬り損ねた二発の弾丸が左肩に突き刺さった。
「くっ……! しくじったか……!」
 クルードは顔をしかめ、瓦礫の影に身を移す。
「くっくっく……、俺たちに歯向かったんだ、ただじゃ殺さねぇ。じわじわとなぶり殺しにしてやるぜぇ……」
「外道が……、犬は飼い主によく似るとはよく言ったものだ……」
「威勢だけはいいじゃねぇか、学生さんよぉ。まったく、負け犬ほどよく吠えやがる」
「ふっ……、よく自己分析が出来ているじゃないか……」
 勝負は一瞬で決まる。居合いの構えを取り、瓦礫から飛び出した。
 すかさず銃撃を行うヒューの弾丸をあえてその身に受ける。防御は捨て、攻撃に全てを注ぎ込む。
「冥狼流秘奥義……」滑り込みながら距離を詰めた。「覇狼滅劉閃ッ!!」
 真・銀閃華がまばゆい光を放つ。収束された光の闘気が、今、解放される。一撃が描く光の軌跡は闘気の波となり、ヒューを捕らえる。闘気はあたかも巨大な狼のように見えた。
「あ……、ああっ!?」
 刹那の時が過ぎ、宙を舞ったヒューの右腕が、ドサリと地面に落ちた。
「……終わりだ」クルードは切っ先をヒューに向ける。「それとも……、死ぬまで戦うのが望みか……?」
 付け根からなくなった右腕を押さえ、ヒューは蒼白となった。援軍を呼ばなくては、部下に俺を助けさせなくては、すがる思いでヒューは振り返った。そして、そこに広がる光景に絶望した。


 ◇◇◇


「……ど、どうなってやがる」
 無惨にも殺害された空賊達が、廃墟の屋上を真っ赤に染めていた。
 血の海の主は、全身鎧の巨躯バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)。グレートソードを悪鬼のように振り回し、接近する空賊を巻き込んでいる。鋼鉄の竜巻に巻き込まれた空賊は、手足を切断され、その場に転がった。
「(……倒す)」空賊の命乞いを無視し、バルトは剣を振り下ろす。
 それは斬撃というよりも打撃に近い一撃。圧倒的重量に押し潰され、空賊はただの残骸になって広がった。
「おいおい……、嘘だろ……? スピネッロ空賊団がこんな奴らに……」
 困惑するヒューに、空賊たちは助けを求める。
「あらあら、先ほどまでの威勢はどこに行ってしまったのかしら?」
 ミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)は指揮者のように指を振り、次々に空賊を火術で焼き殺す。
 ミスティーアの奏でる悲鳴の旋律を、生徒たちは遠巻きに聞いていた。空賊たちは非道な連中だ、この中にも許されない事をした人間もいるだろう。しかし、だからといってこの虐殺を受け入れられるものではない。
「やり過ぎだ……。俺たちは空賊からフリューネ達を守りにきたはず……。殺戮にきたわけではない……」
 クルードが苦言を呈すると、バルトとミスティーアの契約者、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は笑った。
「何を言うのですか、殺し合いですよ? こういった殺し方をした方が、相手の士気も下がりますからお得でしょう」
「おまえのしている事はただの虐殺……」
 言いかけたクルードを、凄まじい目つきでミスティーアは睨んだ。
「汚ねぇ肉袋が東園寺様に意見するんじゃねぇ! 東園寺様はおまえらとは違う次元で物事をみておられるのだ!」
 先ほどの上品な口調はどこかへ吹き飛び、乱暴な口調でクルードをののしった。
「まあまあ、ケンカはやめましょう。何の利益も生みません」
 ミスティーアを止め、雄軒はクルードに再び微笑む。
「私たちもあなた達と心持ちは同じですよ。ただ少しばかり、慎重な性格なのです。相手は凶悪な空賊ですから、甘い顔を見せてはつけ込まれてしまいます。戦うからには徹底的に叩いておかないと……」
 そして、ヒューに目をやると、氷術を全身に浴びせかける。
「お……、俺の負けだ……。い、命だけは助けてくれ……、た、頼むよぉ……!」
「お聞きになりましたか、皆さん。空賊とはかくも虫の良い事を言うのです」そう言うと、大げさに嘆いてみせた。「そう懇願してきた人々を、何人も殺してきたでしょうに……、いやはや、まったくもって罪深い連中ですね」
 悪魔的な表情を見せ、ハーフムーンロッドで、凍ったヒューの左腕を打ち砕く。
「ぎゃああああああああっ!!」
 涙を流し、ヨダレを流し、鼻水を流し、ヒューは絶叫した。
 ガラス細工のように粉々に散った腕は、まるで冷凍マグロのごとく、赤黒い断面を見せた。
「まだ気は失わないで下さいよ。あなたには殺してきた人の数だけ、地獄を味わう義務があるんですからね」

 ……だが、雄軒の願いは叶わず、ヒューが絶命するまで長い時間はかからなかった。