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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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1.闇市
 

「闇市も、様子が変わったものね」
 ざっと周囲を見回して、メニエス・レイン(めにえす・れいん)はつぶやいた。
 ヒラニプラ郊外の山岳部近く、樹木に覆われた丘の上でその闇市は開かれていた。
 木々の間を縫うようにして、統一性のない大小のテントがてんでに作られている。その間を隙間なく埋めるように、敷物一枚の店とも呼べない代物が、見るからに怪しい品物を並べていた。
 今、メニエス・レインたちがいる場所はメイン会場とでも呼べる場所であった。まだ、比較的まともな物が売買されている。これが、丘の周辺部や、人目につきにくい場所などになると、格段に商品の怪しさや危険度が増すのであった。普通であれば人目につきにくい場所の方が商売にならないように思えるのだが、本当の密売というものは当事者以外の人目は不必要なものなのだ。
「何か、すべてを圧倒するような魔道書やアーティファクトみたいな物が売りに出されているかな?」
 メニエス・レインが、同行しているロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)に訊ねた。
「うーんとね……」
 ちょっと考えてから、ロザリアス・レミーナがトレジャーセンスの状態に入る。
「強力な女王器なんかがいいねえ」
「じょおーき? うーん、わかったー、おねーちゃん」
 メニエス・レインの言葉に、ロザリアス・レミーナが意識を集中させる。
「あっちー」
「やれやれ、とんだ見当違いですね、ロザは。女王器が何か分かっていないのではありませんか」
 ロザリアス・レミーナが指さす方を見て、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が軽く溜め息をついた。そちらは、この丘から見える山岳部の方向だ。見当外れもはなはだしい。
「きっと、山にちょー巨大秘密遺跡基地とか、ちょー巨大戦艦とかが埋まっているんだよー」
「それをこれからどうやって見つけるというんですか。現実味のない」
 間違ってないもんと主張するロザリアス・レミーナに、ミストラル・フォーセットが肩をすくめて呆れた。そんな物があれば、とっくの昔に教導団が見つけているはずだ。
「だーこん写本か。本当に魔道書なのか、これ?」
 メニエス・レインはといえば、あっさり二人から離れて、何やらすり切れた革表紙の魔道書を手にとって吟味している。
「掘り出し物です」
 フードつきのマントで顔を隠した店の主人が、くぐもった声で言った。
「メニエス様、綴りがすでに違っているようですが」
「写本ですから」
 いけしゃあしゃあと主人が答える。
 殺りますかと、ミストラル・フォーセットがメニエス・レインに耳打ちした。
「まあ、そう急ぐこともない」
 逸るミストラル・フォーセットを押さえると、メニエス・レインは主人に顔を近づけた。
「あたしは、役にたつ物がほしいんだけどね。雑魚に興味はないわ」(V)
 そう言うと、メニエス・レインは一瞬だけ額に鏖殺寺院の紋章を浮かべて主人を脅した。
 だが、主人の方は、まったく動じない。
「なら、これはいかがかな」
 そう言ってさし出した本の表紙には、メニエス・レインの額に浮きあがった物と同じ文様が描かれていた。
 受け取った本には、栞のように一枚の紙がはさんである。メニエス・レインはそれを引き抜くと、そこに書いてあった文字に目を走らせた。
「ミストラル、支払いを」
 アシッドミストで、指先につまんだ紙片を塵に返すとメニエス・レインは命じた。
「どこいくのー」
 何が書いてあったのかと興味津々でロザリアス・レミーナがついてくる。
「女王像の右手か。面白い。他人がほしがる物はすべてあたしの物。使えるアーティファクトなら、このあたしが使ってこそよ。もし、ろくでもない物だったとしても、それをほしがる者たちの前で粉々に砕いてやるのも楽しいかもね」
 メニエス・レインは、悔しがる者たちの顔を思い浮かべて、楽しそうに笑った。
 
    ★    ★    ★
 
「ふっ、またお嬢たちを撒いてやったにゃん。毎回毎回、抜けてるにゃ」
 お供のゆるスター軍団を従えながら、自慢げにシス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)がつぶやいた。真相は単に放置されているだけなのだが、本人はしてやったと思い込んでいる。
「黒曜石を探すとか言っていたみたいにゃけど、宝石なら俺様がココにプレゼントするのにゃ。邪魔はさせないにゃん」
 誰も邪魔をするとは言っていないのだが、それだけシス・ブラッドフィールドが緋桜 ケイ(ひおう・けい)たちをいつも意識しているということの表れなのだろう。
「にゅー、宝石なら、もっとちゃんとした綺麗な石がいいのにゃ。ほんとは誕生石にして、婚約指輪をプレゼントするのがいいんだけどにゃー。ここはやっぱり、愛のパワーに満ちた紅水晶(ローズクォーツ)の指輪がぴったりなのにゃん。みんにゃ、それを探すにゃー」
 パラミタうり坊の上に乗ったシス・ブラッドフィールドの言葉に、舎弟のゆるスターたちが一斉に「ちーっ」と鳴き声をあげた。
「なんだこの野良猫と野良ゆるスターの群れは。しっしっ、商売の邪魔だ。あっち行け」
 シス・ブラッドフィールドの思惑とは違って、宝石を並べている店の者たちは冷たかった。まあ、普通に考えれば、猫とゆるスターとうり坊を客だと思う方がおかしい。それ以前の問題として、盗品らしきアクセサリー以外には、本物かどうかも怪しい原石っぽい自称宝石しか売られていない。
「うーん、なかなかないものなのにゃ」
 ひとかたまりになって並べられたアクセサリーを吟味していたシス・ブラッドフィールドたちであったのだが、不幸は突然襲いかかってきた。
「にゃ!?」
「やったぜ、捕まえた!」
 突然被せられた麻袋で一網打尽にされて、シス・ブラッドフィールドはパニック状態になった。真っ暗な袋の中でうり坊が暴れたので、同士討ちでゆるスターたちのほとんどが気絶する。
「こんな所に、野生のゆるスターがまとまっているなんてラッキーだぜ。このまま、ペット市場に持ってって小遣いにするかな」
 袋の外から、聞いたことのない男の声がする。
「冗談じゃないにゃー。俺様は売り物なんかにゅ……はうにゃ!」
 火術で袋を破って逃げだそうとしたシス・ブラッドフィールドだったが、うり坊の蹴りをまともに食らってそのまま意識を失ってしまった。
 
    ★    ★   ★
 
「闇市と言うからにはもっとこっそりやっている物だと思ったが、ずいぶんと大規模であるのだな」
 ちょっと予想とは違ったと、軽く戸惑いながらガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が言った。
「市場というのですから、これぐらい活気があっていいのではありませんか?」
 闇市など初めてのジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が、きょとんとしたように聞き返した。
「まあ、殺伐としているよりは、このくらいおおらかな方がジーナにとっても安全ではあるのだがな」
 とはいえ、でたらめに点在している多くの店の中から、女王像の右手を探しだすのは簡単というわけにはいかないだろう。だからといって、クイーン・ヴァンガードに所属しているガイアス・ミスファーンとしては、あっさりと諦めるわけにもいかない。
「これでは、紛い物もたくさん出回っていそうであるな」
「大丈夫です。ディテクトエビルで相手を見極めれば、欺されるようなことはありませんよ」
 そう言うと、ジーナ・ユキノシタが、居並ぶ店々をさっそくディテクトエビルでチェックした。けれども、漠然とした悪意はあるにしても、まだジーナ・ユキノシタに悪意をもつ売り手など存在していないので、明確な反応は得られなかった。
「焦らずとも、ジーナの力が役にたつ場面は訪れよう。漠然とした行いには、漠然とした結果しか出ないのは世の常であるからな」
 ガイアス・ミスファーンの言葉に、ジーナ・ユキノシタはわずかに顔を顰めた。今のディテクトエビルのことを言われたはずなのに、なんだか自分その物のことを言われたような気になったからだ。
 もちろん、ガイアス・ミスファーンの思惑は、ずっと変わりはない。
 危機を察知する能力、ディテクトエビルやサンクチュアリや殺気看破は、同じように見えてもかなり違う。もちろん、術者の能力による差も大きいとは言えるが、何が危険であるかと言うことはそのときどきによって違うからだ。極論を言えば、一輪の薔薇のトゲでさえ、怪我をさせる危険なものであると言える。確信犯相手には悪意など感じられないであろうし、殺気を押さえた達人を感じとるのは難しい。
 結局、術者が不安定であれば、スキルから得られる結果も不安定となる。漠然としていては真の危険は確定できないし、視野が狭ければ見落としも出る。自らが万能でないように、自らの操るスキルもまた万能ではない。それを知ることこそが、能力を生長させるということであろう。
 それをジーナ・ユキノシタに学び取ってほしいと思いつつも、すべては自身にも跳ね返ってくる言葉だと、ガイアス・ミスファーンは自分を戒めた。
「とりあえず、一つ一つ足で探すとしようではないか」
 手間を惜しまないことに決めると、ガイアス・ミスファーンは手近な店からあたり始めた。
「女王像の右手ですかい。さすがにそんなレア物は簡単には見つかりませんよ」
 軽口を叩いた店の主人が、舌の根も乾かないうちにこそこそとガイアス・ミスファーンを手招きする。
「実は、ここだけの話ですけどね」
 ガイアス・ミスファーンが顔を寄せると、主人は小声で話し始めた。
「ついさっき、手に入れたんですよ、右手を。なんでもやばそうな品物なので、いくらでもいいから買ってくれって泣きついてきた男がいましてね。これから、ここに並べようかどうかと思っていたところでして。いや運がいい。あっしも、本気でやばい品物はさっさと処分したいんですわ。旦那なら、見た目通り強そうですから、こいつを買い取っても平気でございましょう?」
 主人の話は、クイーン・ヴァンガードにもたらされた情報と微妙に一致する。女王像の右手を持ち逃げした海賊の男は、仲間から追われてここに逃げ込んだというところまでは調べがついている。状況から考えたら、一刻も早く処分したいところだろう。だが、だからといって、この男の言い分をすべて鵜呑みにする根拠もない。
「では、実物を見せてくれぬか。話はそれからだ」
「それが、厳重に箱に入ってますんで、買い取った後に、そちらで道具を使ってこじ開けてもらえやせんか。ここじゃ、歯が立たないんでさあ。だからこそ、本物と言えるんですがね」
 嘯(うそぶ)く主人を前に、ガイアス・ミスファーンが腕を組んで考える振りをする。
 つんつんと、ジーナ・ユキノシタがガイアス・ミスファーンの服を引っぱった。
「嘘です」
 今度は、思いっきりディテクトエビルで悪意を感じとれたようだ。なんとも気持ちの悪い、悪意としか言いようのない感覚が男の立つ位置、男その物から感じとれる。第六感というわけではないが、感覚として気持ちが悪いのだ。
「うむ。その言葉、確信が持てた」
 ガイアス・ミスファーンが、ジーナ・ユキノシタに礼を言った。もちろん、助言などなくても嘘であるのは見え見えなのだが、確証があるのはやはり安心できる。
「おや、疑うんですかい。だったら他の客に……」
 ガイアス・ミスファーンが買う気を失ったと見るや、主人が掌を返した。
「ああ、この店は偽物を売っていると触れ回っておこう」
「あん、営業妨害するってんなら……」
「こちらにも考えがあると言うことだな。幸い、ここは教導団も近い。ふん、一戦交えるかのう」(V)
 ジーナ・ユキノシタがはらはらする前で、ガイアス・ミスファーンと主人が静かな戦いを続けた。
「肝っ玉の据わった野郎だ。なら取引だ。他の客をカモにするのを見逃してくれるんなら、いいことを教えてやる」
「うむ、それが闇市であるからな」
「本物が、すでに売られたのは本当だ。売り主は、もう何も持っちゃいねえよ。ずいぶん買い叩かれたみたいだが、品物はいくつもの店で転売されてるはずだ。頑張って探すんだな」
 ガイアス・ミスファーンが了承したと見て、主人がささやいた。
「うむ」
 それだけ聞けば長居は無用と、ガイアス・ミスファーンは踵を返した。
 心配したジーナ・ユキノシタが、後ろから襲いかかっては来ないかと、今一度ディテクトエビルで主人を調べる。だが、一瞬悪意を感じたものの、それは波が引くようにしてスーッと消え去ってしまった。どうやら、あっと言う間に興味を失って、意識を切り替えてしまったようだ。今この瞬間は、無害であると言えるだろう。だが、いつまた危険な存在に戻るかもしれない。
「早くここを離れましょう」
 ジーナ・ユキノシタは、ガイアス・ミスファーンをうながした。