シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

空京神社の花換まつり

リアクション公開中!

空京神社の花換まつり

リアクション

 
 
 福宿す小枝
 
 
 境内のそこここに花を換える人々の姿がある。換えれば換えるほど福が宿るとあって、交換する様も楽しそうだ。
「面白い行事だなぁ」
 折角だから自分たちもしようと、椎名 真(しいな・まこと)はパートナーたちと共に授与所で枝を貰った。
「たくさんの人と交換するうちに、最初の枝はどこまで行くのかしら。ねえ、きょこたん、まことん。最初に貰った枝がどれか分かるように、小枝に目印をつけておいたらどう?」
 お料理メモ 『四季の旬・仁の味』(おりょうりめも・しきのしゅんじんのみ)の提案に、真はポケットを探って何かについていた深緑の組紐を枝に結わえてみた。
 双葉 京子(ふたば・きょうこ)はピンクのリボンをしっかりと枝に結ぶ。この小枝が誰の手元に行くのか楽しみだ。
 まずは福娘と交換するのだけれど……この小枝にどんな願いをこめようか。真は軽く目を閉じて、小枝に想いをかける。
(強い、真の心を得られますように)
 京子にいつか想いを伝えられるように、迷い無い選択が出来るように、そんな願いをこめる。
 京子は両手で小枝を捧げ持ち、そして願う。
(真くんとずっと一緒にいられますように)
 福娘との交換が終わると、真は知らない参拝客にも臆せず声をかけ、小枝を交換していった。
「よかったら花換えしませんか?」
 相手から受け取る小枝を大切に持ち、自分が持っていた小枝を渡す。手作りの小枝だから、交換するたびに雰囲気が違う。
「お互い、願いがかなうといいね」
「ええ。あなたの願いも叶いますように」
 笑顔を返して貰えると、それだけで願いにぐんと近づける気がした。
 京子は積極的に花換えする相手を探し、境内を小走りに巡っている。そんな真と京子の様子を、原田 左之助(はらだ・さのすけ)は自分は花換えをするでもなく見守っていた。
「花換えか……いいもんだな、こういう神事は。2人の仲がこれでまたちーっとばかし進展すりゃ……」
「そうねぇ、青春って……若いっていいわねぇ!」
 みんな幸せになれたら素敵、と四季の旬・仁の味ははしゃいだ声を挙げ、近くにいた参拝客と枝を交換した。
 願うのは、『福が訪れますように』。交換してくれた相手にもにっこりと、
「福、くるといいわね」
 と声をかける。
「ほら、さのっち! あなたもお願い叶えるために動いたらどう? なんなら私と交換する?」
 四季の旬・仁の味にはっぱをかけられ、左之助は持っていることも忘れていた小枝に目をやった。
「そういや俺も枝、貰ってたな。けど俺の願いってなんだろな……」
 左之助が考えているうちに、交換の相手を探して天音がやってきた。
「花かえましょう。……いいかな?」
「あ、ああ。俺でよけりゃ喜んで」
 花かえましょう、と答えながら左之助は願いを考える。
(再び得た命が尽きるまで精一杯生きる。あー、あと、四季さんに潰されませんよーにっと……)
 こんなとこか、と自分の願いをこめた後、天音と小枝を交換した。
「お前さんに福が訪れることを、ささやかだけど祈ってるぜ」
「福、か。そうだね。君の上にも福があらんことを」
 そうして左之助が枝を交換しているのを見て、真はあの枝にはどんな願いがこめられているのだろうと、考えた。けれど探ってはいけないだろうと、後ろ頭を掻く。
「さのにぃたちは何お願いしたのかな?」
 京子も気になる様子でそちらに目をやったけれど、すぐに花換えに意識を戻し、交換してくれる人を求めて走っていった。
 
 
 祭りだからと久途 侘助(くず・わびすけ)に言われ、芥 未実(あくた・みみ)はいつもより華やかに装って空京神社にやってきた。
 授与所で授かった小枝を、侘助は慈しむように眺めた。よく見ると、お守り袋には桜の花びらが縫い取ってあり、作った人の心遣いが感じられた。
「造花の桜でも綺麗だな……これを作ってくれた人にも幸がありますように」
 そう願ってから、授かった小枝を手に福娘との交換に行く。
「小枝は交換デス。福がくるデス」
 満面の笑みで枝を差し出した福娘ヌイは、侘助たちが2人で来ているのに気づくと、懸命に説明をしようとした。
「おにーさんがおねーさんにあげておねーさんがおにーさんにあげると幸せいっぱいいっぱいになるのデス!」
 その様子を、裏方を抜け出してきていた卓也が陰から見守る。
(ヌイ、そんなに一気に説明したら、分かってもらえませんよ……)
 今すぐ走っていって説明を助けてやりたい。けれど、福娘の仕事をやり遂げようとしているヌイに水を差すのも憚られる。卓也がお父さんのようにはらはらと気を揉んでいると、少しの間首を傾げていた未実が、ヌイに聞き返した。
「侘助とあたしが互いに交換すると、幸せになる、ってことかい?」
「そうデス! 幸せいっぱいくるデス!」
 何とか通じているようだと、卓也は深く息を吐き、また裏方仕事へと戻っていった。
「幸せがいっぱいくるなら、是非交換しないといけないねぇ」
 ありがとうと礼を言い、未実は小枝を眺めている侘助の方を向いた。
「可愛いお嬢ちゃんのお薦めだ。交換してみようかねえ」
「ああ。未実は何を願うんだ?」
 侘助に聞かれて未実は考える。折角連れてきてもらったけれど、願い事は無い。侘助がここに連れてきたことには感謝しよう……とそこまで考えて、願いを思いつく。
「私の願いかい? そりゃあたくさんあるよ。侘助が馬鹿なことしでかしませんように、風邪を引きませんように、食べ過ぎてお腹をこわしませんように……」
「ちょい待て、俺のことはいいだろうが! 未実の願いなんだから、そんなん願わんでいいだろ!」
「心外だねぇ、私はいつも心配してるんだよ」
 未実はそう言って笑うと、小枝に願いをかけた。
(私の大切な家族を守れるよう、強くなりたい……)
 願いをかけている未実を眺め、侘助も自分の願いをかける。自分はすでに幸せだから、これ以上望むことは無い。だから他の皆に幸せを分け与えられる存在になりたい。
(皆の願い事が叶いますように……未実の願い事が叶いますように)
 それぞれの願いを小枝にかけると、2人は花換えの相手を探して境内を歩いていった。
 
 
「あれ、こんな処で何かやってるのかな?」
 教導団のお使いで空京に来ていた琳 鳳明(りん・ほうめい)は、賑やかさに誘われて空京神社へと入っていった。向こうからやってくる人は、手に手に造花の小枝を持っている。
「あの、その造花は何なんですか?」
 不思議に思って聞いてみると、花換まつりのことを教えてくれた。そんなお祭りがあるとは知らなかった鳳明は、自分も参加してみようかと福神社に行き、小枝を貰った。
「あれ、この枝、朝顔までついてる」
 お花の大サービスだと笑って、小枝を手に取ったものの……。
「う〜ん……」
 いざ願いとなると、何にしようか悩んでなかなか決まらない。福娘がいるあたりを行ったり来たりしながら考えて、やっと決めた願いは、『パートナーや友だちの皆と、ずっと笑顔で一緒にいられますように……』。
 教導団として戦地を点々としている鳳明にとって、それは切なる願いだ。
 桜と朝顔の小枝を額にあて、鳳明はたっぷりと願いをこめた。それを福娘と交換する段は良かったのだけれど、いざ他の誰かと交換となると、持ち前の小心が邪魔をする。
(み、みんな他の人と交換し始めてるし、今から私が交換しに行ったら迷惑になっちゃわないかな? えっと、あの交換が終わったらタイミングを見計らって……あぁ! もう次の人と交換してる!)
 どうしよう、と鳳明がおろおろ歩き回っていると。
「そこのひとー! はぁ、はぁ……追いついた。ねぇ、花換えをしませんか?」
 息を切らして走ってきた京子が桜の小枝を差し出してきた。
「は、はいっ! えっと、お互いのお願いが叶いますようにっ!」
 声をかけてもらった嬉しさに上擦りながら、鳳明は京子と枝を交換した。
「貴女に溢れる福が宿りますように」
 京子も鳳明の福を祈って枝を交換すると、また別の交換相手を探しに行った。
 枝を交換してもらえるのは嬉しい。けれどやっぱり声をかけるのには勇気がいる。うろうろと歩いていると、小枝を持って交換相手を探しているらしきリースと目があった。
「あ、リースさん! 花換えをしてもらえますか?」
「鳳明さんも花換まつりに来てたんですね。ええ、喜んで」
 鳳明と枝を交換しながらリースは祈る。
(私の望む幸せが訪れますように)
 願いが叶う時、リースはどんな幸せを望んでいるのだろう。目まぐるしく変わる情勢の中、未来がどうなるのかは見通しにくいけれど。幸せ、と感じられる明日が来てくれるといい。
「おぉーいそこの奴、俺と花換えしないか?」
 声をかけてくる侘助の後ろから、未実も追いついてきて、おずおずと声をかけた。
「えぇと……あの、花かえましょう……」
 人見知りがあると、誰かに声をかけるだけでも大変だ。けれど誰かに声をかけてもらうことの嬉しさを知ってゆくうちに、少しずつ、花かえましょう、と呼びかけられるようになってゆく。
 交換するたびされるたび、桜の小枝は確実に福を膨らませてゆく。交わされる笑顔を受けて。
 
 
 空京神社に行こう。
 そう樹月 刀真(きづき・とうま)に誘われて、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)は花換まつりにやってきた。
 お祭りと聞いて、楽しい行事なのだろうとやってきた月夜は、可愛い動物の折り紙がついている枝に顔を綻ばせる。けれど刀真は、厳しい表情で授かった小枝に目を据えていた。
 刀真が今日2人をこの祭りに誘ったのは、どうか月夜と玉藻が幸せになるようにとの想いからだった。月夜は刀真の復習の為に、そして玉藻も刀真が力を求めたから、封印を解かれ契約をした。
(俺は自分の意思で力を求めての契約だから不満はない。今の生活はそれなりに幸せだ。しかし……)
 自分と契約をした所為で、月夜と玉藻の運命は変わった。もしかしたら自分よりも2人に相応しい契約相手がいたかも知れないのに、自分との契約がその可能性を奪った。地球人は複数の相手と契約が出来るが、パラミタ人はただ1人の地球人としか契約できないのだから。
 今更そのことを考えても、もう詮無いこと。だが、可能性を奪った者として、自分の出来る限り月夜と玉藻が幸せになれるように頑張ろう。
 その覚悟と誓いを新たにする為に、刀真は2人を伴って花換まつりにやってきたのだった。
 そんな刀真の背を眺め、玉藻は思う。
(我は今まで独りだった……)
 ……刀真が自分の封印を解いた時玉藻は、こいつを利用してまた昔のように大暴れしようと考えた。けれどいまだに大したことはしておらず、なんとなく一緒に、そして当たり前のように過ごしている。
 そしてそれが嫌ではなく、このまの生活がずっと続けば良いと思う自分がいる。それは刀真たちが自分を普通の女の子のように扱い、普通の家族として自分を受け入れているから。
 そんな生活を知ってしまったら、もう独りに戻ることなど考えられない。
 誰かが几帳面に作った桜の小枝を手に、玉藻は願いをこめる。刀真たちとの生活が続くように、と。
 厳粛に桜の小枝を持つ刀真を見て、月夜は首を傾げた。
 刀真が自分たちのことについて色々考えていることは察しているし、自分の為に剣の花嫁や星剣のことを調べてくれているのはとても嬉しい。けれど、何と言うか少し違う。
 そんな風に思いながら月夜は刀真の右腕に視線を移す。
 刀真は自分の利き腕である右腕を人に掴まれたりして使えなくされるのを極端に嫌う。剣士の命としての利き腕をそれだけ大切にしているのだ。
 けれど、月夜が抱きついても刀真は厭がらず、そのままにしておいてくれる。そういう、『自分は特別』だと思わせてくれる行為がとても嬉しいのだけれど、月夜がそう思っていることに刀真は多分ずっと気づかない。
(少しはそういったことに気づいてくれるといいのに……)
 そんな願いを、桜の小枝に念じてみる。
「んー…………」
「月夜、どうかしましたか?」
「ううん何でもない。花かえましょう?」
 心配して声をかけてきた刀真に、月夜は小枝を差し出した。
「ええ、花かえましょう」
「我とも交換してくれ」
 月夜と刀真が交換を終えると、玉藻も自分の願いをこめた小枝を刀真と交換した。そして月夜を抱きしめ、頭を撫でる。
「刀真、月夜、お前たちは変わらずそのままで……ずっと我の傍らで」
 こうして手を伸ばせばいつでも枝を交換できる、そんな場所にいて欲しい。桜が何度散り、また花開こうと、いつまでも――。
 
 
「願い……願いかぁ……」
 花換えに参加しようとやってきた授与所の前で、エル・ウィンド(える・うぃんど)は改めて考える。願い、というか気になることはもちろん、想い人との恋の行方は果たしてどうなるのだろうか、ということだ。
(失恋はいやだな〜……っと、こんなネガティブな考えはボクらしくないな。想い人と幸せになりたい! うん、こういう強い想いでいかなくちゃダメだね〜)
 よし、と小枝を授かろうとすると、それまでずっとエルの百面相を見ていた祝詞 アマテラス(のりと・あまてらす)がからかうように声をかけた。
「たとえエルであっても、桜の小枝をタダでやるような真似はしないぞよ。ちゃんとお金を払うのじゃ」
 アマテラスは外見年齢に似つかぬ落ち着きぶりで、巫女の仕事をこなしている。妙に色気のあるアマテラスに小枝を授かり、どきっとした表情になる参拝客もいたほどだ。
「ちゃんと払うよ。じゃないと御利益がない気がするし」
「その通りじゃ。さあこの小枝を元に交換してくると良いのじゃ」
 アマテラスはエルに、福があるようにと祈りをこめながら桜の小枝を渡した。たくさん交換すればそれだけ幸せが近づく。そう信じて交換相手を探していれば。
「やあ。はい、君の行方に幸多からんことを」
 刀真がたわわに桜の花がついた小枝を差し出してきた。早速小枝を交換して、
「グッドラック!」
 と刀真にエールを返す。その後も、知り合いであるかどうかに関わらず、手当たり次第にエルは小枝を交換していった。
「あ、琴子センセー、花かえましょう」
 社近くで琴子を見つけて声をかけてみたけれど、琴子はごめんなさいと首を振る。
「今日は布紅さまのお手伝いに来ているので、枝は授かっていないんですの。わたくしの分まで、たくさん交換して下さいましね」
「センセーは花換えで叶えたい願い事はありますか?」
 そう尋ねてみると、琴子は首を傾げた。
「そうですわねぇ……もし願うとするならば、教え子のみんなが健やかでありますように、ですわね」
「センセー、好きな人はいるんですか?」
 いるなら、自分がホイップのことを願うようにその相手のことを願わないのかと思ってエルは尋ねてみた。どんな反応をするのかと楽しみに観察していると、虚を突かれた琴子は一瞬表情を消した。わずかな空白の後、すぐに微笑む。
「ええ、たくさんいますわ」
 蒼空学園に、と笑うと、琴子は軽く会釈をし、社の中に入っていった。
 
 
「ああブルーズ、こっちだよ」
 花換えに疲れて出店で一休みしていた天音は、小枝を手に歩いてきたブルーズを差し招いた。
 桜餅と日本酒、お茶のふるまいの他、花見団子や汁粉等の販売もあり、出店には多くの参拝客が集まっている。ブルーズが日本酒を頼むと、天音は手にした桜の小枝を軽く翳してみせた。そうすると、小枝に結ばれた深緑の紐がゆらりと揺れる。
「ブルーズは何人と交換したんだい?」
 その問いにブルーズが答えると、天音はふぅんと桜の小枝を下ろした。
「……ブルーズの癖に」
「どういう意味だ、それは?」
「別に」
 天音が笑って視線を外した処に、真がやってくる。
「花換えしてもらおうと思ったんだけど休憩中かな?」
「いや、構わないよ」
 花かえましょう、と交換した枝を見て、真はあれっと声を挙げた。見覚えのある紐は確かに自分が縛ったものだ。
「あ、真くん。さのにぃたちが、そろそろ帰らないかって」
 真の姿に気づいて走り寄ってきた京子が、ブルーズの持つ枝に目を留めて、あ、と結ばれたリボンをさした。
「私の小枝……」
「たかってきた子供たちの1人が持っていたものだが、交換するか?」
「え、ええ」
 ぐるりと回って一巡り。最初の持ち主に戻ってきた枝を手に、真と京子は視線を合わせ。
「花かえましょう」
 ラストの花換えをすると、枝を手に待っている左之助たちの処へと戻っていった。
 それを見送るともなく見送って、ブルーズは猪口に手を伸ばした。けれど、既にそれは空。もう少し呑みたい処だけれど……とブルーズは未練がましくチラチラと視線を送っ。酒は好きなのだが、酒癖があまり良くない所為で天音にからかわれている。ここは自重すべきだろう。
 けれどそんなブルーズの様子に気づいた天音が、ふっと笑った。
「もう一杯だけだよ」
「あ、ああ。ではもう一杯だけ」
 いとおしむようにその一杯を呑み干したブルーズの前に、ピンクの色彩が差し出された。
「花かえましょう?」
 面白そうに声を掛けてくる天音に、ブルーズは同じ言葉で答えて枝を交換する。
 多くの人の手を経て福を授かった枝。けれどやはり最後に交換するのは特別な相手と。
「さて、そろそろ帰るとしようか」
 祭りの雰囲気が失われないうちにと、天音はブルーズを促して帰路についた。