校長室
空京神社の花換まつり
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桜霞の風景に 空京神社に参拝した後、桜をみようと福神社の方にやってきた高月 芳樹(たかつき・よしき)は、花換まつりには参加せず、花換えに興じる人々を眺めて時を過ごした。 桜の小枝を手にただ1人の誰かに呼びかける、『花かえましょう』の声。その想いがどうか相手に届きますようにと。 あるいは、見知らぬ多くの人と次々に花を換えてゆく誰かの願いが、どうか叶うようにと。 「あそこにいるのが福娘か」 千早に金烏帽子、という衣装を身につけた福娘や、立ち働く巫女たちをしばらく眺めた後、芳樹は一緒に来たアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)と伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)に目を移した。 この2人があの衣装を身につけたらどうだろう。 玉兎は今日も腰まである艶やかな黒髪に和服、という姿だから、きっと巫女の恰好も似合うに違いない。和の立ち振る舞いも身に付いているから、巫女にはぴったりだと思う。 アメリアの乳白色の髪にも金烏帽子は似合うだろう。優しいけれどきりっとして勇敢な処のあるアメリアなら、きっと凛とした福娘になるだろう。 見てみたい、と思うけれど……本人たちが言い出さないのに、福娘を手伝えとは言いにくい。ああして皆と枝を交換したり、参拝客の誘導をしたりするのも、結構大変なのだろうから。 言えずにいても、芳樹の考えていることをアメリアはうすうす感じていた。 巫女をして欲しいのだろうとは推測できるけれど……芳樹が言わないのに、自分からやろうかと言い出すのもちょっと気恥ずかしい。 そうして互いに気を揉む芳樹とアメリアを見比べ、金烏玉兎集はこっそりと呟く。 「ほんに似たもの同士ですじゃのう」 と。 「花かえましょう」 境内のあちこちでされているその呼びかけが、桜の花見をしていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の耳にも届く。 その声に誘われるように視線を向ければ、そこには楽しそうに花換えをしている人の姿があった。それを見るにつけ、 (ああ、みんな幸せになりたいんだな) と感じる。 普段はなかなか声をかけられなくても、こんな祭りの行事としてなら、気になる相手に『花かえましょう』と呼びかけることも出来るだろう。バレンタインデーにかこつけて、チョコレートを渡して想いを伝えるように。 相手がいなくとも、見知らぬ誰かと小枝を交換するのはきっと楽しいだろう。交換すればするだけ福が宿るということだから、みんなどんどん声をかけては交換しあっている。 社から少し離れた桜の木の下に座り、正悟はそんな様子を見守っていたが、さすがに少し寒くなってきた。春らしくなってきたとはいえ、この時季、じっと地面に座っていれば冷えてくる。 温かい飲み物でも、と立ち上がった正悟はふと考え直して、敷いていたシートを畳んだ。花見の場所を片づけてから、出店で温かい飲み物と甘いものを購入する。 器用じゃないから花枝作りには参加しなかったけれど、祭りで忙しくしている福娘や巫女、布紅や琴子に温かいものを持っていってやろう、と思ったのだ。 花見を楽しんで、皆に差し入れをして。 そんな風にのんびりと祭りを過ごすのもまた、1つの楽しみ方なのだろうから。 「ねえ白菊、これ持って欲しいのよぅ」 スケッチブックに満開の桜と、桜を楽しむ人々の絵を描いていた珂慧の処に、ヴィアスが桜の小枝を持って走ってきた。 「ヴィアス、小枝を授かってきたんだ」 「だってみんな楽しそうに交換してたのよぅ。我もやってみたいのよぅ」 「はいはい」 2本の小枝を1本ずつ持って、 「花かえましょう」 と交換する。花換えというより、何だかごっこ遊びをしているような気分だけれど、ヴィアスは満足そうに小枝を眺め……そして……ごくり。 「……ヴィー、食べたらダメだからね」 「せっかく交換した桜だもの。た、食べないのよぅ」 これは紙でなく桜、そう言い聞かせてヴィアスは視線を小枝から引きはがすのだった。 「参拝客の出も落ち着いてきたな。こんなに桜が綺麗なのに、ただ手伝ってるだけってのももったいないか……」 巫女仕事の合間に手を休め、椎堂紗月は桜を見上げた。桜の花はちょうど盛りを迎えている。今を逃せば来年まで見られない。 「ラスティ、休憩がてら花見でもしようぜ」 巫女装束が余程嬉しいのか、疲れも見せずに働いているラスティに呼びかけると、意外そうに顔をあげた。 「なんだサボる気か……? 確かに桜は綺麗だが……」 「ほら、少しだけなら抜けても平気だって。お前とゆっくりぼーっと過ごしたことって、まだないだろ? 休憩しながら軽く花見でもしようぜ」 言いながらもう出店の方へ歩き出している紗月に、やれやれとラスティは肩をすくめる。 「しょうがないな。付き合ってやろう」 花見団子と温かいお茶を買い、社から少し離れた場所でのんびりと桜を見上げた。風が吹き散らした花びらが2人の上にちらちらと降る。 「まったく気分屋だな」 呆れた口調のラスティに、気分屋はどっちだと紗月は反論する。 「いつもいきなりメイド服が着たいとか巫女服が着たいとか言い出すのは誰だ」 そんなたわいの無い会話さえ、桜の下では楽しくて。 花換まつりの取材もほぼ終わり。そろそろ撤収の頃合いではあったが、ミヒャエルは落ち尽きなく切り出した。 「しかし、実際の花換えの瞬間の画が欲しいところです」 「……花換えの瞬間の画が欲しいわね」 図らずして同時に、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)の呟きが重なった。 あ、と視線を合わせ、そしてミヒャエルが歯切れ悪く提案する。 「……ヤラセくさいですが、アマーリエ、2人で花換えを再現してみませんか?」 「……ま、まあ、再現シーンならいいんじゃないかしら。これ、お願いね」 撮影機材をロドリーゴとイル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)に預けると、2人は桜の小枝を手に向かい合った。ミヒャエルもアマーリエも、どちらも素直になれない為、その動作は異様にぎこちない。 「表情が硬いですよ。もっと自然に!」 ロドリーゴにけしかけられ、2人はなんとか微笑らしきものを作り、互いに小枝を交換した。 サプライズだった真の目的を果たし、2人はふぅと息をついて気を緩めた。 「聖下は教会国家の指導者のお手本として、第11章のネタに使わせてもらいましたので、お礼に花を」 2人の花換えが終わったのを見計らい、イルもロドリーゴに桜の小枝を差し出した。 「おおそれはそれは。喜んで換えさせていただきましょうぞ」 ロドリーゴは上機嫌で交換に応じた。そこに念押しのようにイルが本体を広げてその箇所を指し示す。 「ほら、ここに書いてあるでしょ」 「ふむふむ……ちょっと待て、嘘吐きの見本と書いてあるではないか!」 「え? ……あっ、間違えた」 うっかり18章を開いてしまい、人をさんざん騙しまくり約束を反故にしまくった人の実例として掲載されている箇所を指してしまっていたことに気付き、イルは慌てた。 そんなロドリーゴとイルとの様子にも気づかず、すっかり気を緩めきったミヒャエルは、 「いや、それにしても繁盛で本当に良かったですな。聖下をダシに使って正解でした」 と初詣の際のネタばれを口走り、アマーリエもまたそれに、 「本当に、あのドッキリはうまく行きましたわね」 と、答えてしまう。緊張の後の弛緩がいかに人を油断させるかの好例だ。 「どうもあの時のことはおかしいと思っていたら、やっぱりそういうことであったか!」 騙されていたことに気づいたロドリーゴは怒り心頭。 「逃げてー!」 イルは真っ先に逃げ出すと、ミヒャエルたちに叫んだ。 「な……」 「まずいことになったようね」 真っ赤になって怒っているロドリーゴに捕まるまいと、ミヒャエルたちも大急ぎで逃げ出したのだった。 「どうやら無事に終わったようね」 花換まつりの時間が過ぎ、参拝客たちが小枝を手に帰っていく様子をルカルカは見送った。福井番長の、福井とは縁のあるルカルカは敦賀市にある金崎宮の神事が元になったこの祭りの成功を、心から願っていた。それが成せたことが純粋に嬉しい。 そんなルカルカにルカが問う。 「禍福はあざなえる縄のごとし、でも福だけを授かりたいのが人間なのね。人間は幸せを希求する存在? それは自己の幸せ? それとも他者のそれを含むの?」 「それは……」 ルカルカは答えようと開いた口を、一旦微笑に紛らせ。 「ゆっくり判断するといいわ。ルカからは一言。『人は個の多様性も持つ群れの種族』よ。とだけ言っておくわね」 そう言ってルカルカはルカを抱きしめ、頭を撫でた。 祭りのあと、あるいは祭りのただ中 「本当にありがとうございました。皆さんのお陰で、花換まつりは大成功です」 小枝作りに、巫女や福娘に、裏方に、そして参拝客として。参加してくれた皆へと布紅は頭を下げた。 「たくさん枝渡したデス!」 福娘の衣装をつけたままのヌイは、卓也の元に走っていって報告する。 「頑張ったね。写真撮っておこうか。ヌイが初めてお仕事した記念だもんね」 卓也は携帯を取り出すと、ヌイの晴れ姿をパシャリとカメラに収めた。 「祭り、沢山の人が来て盛況でしたね。皆さん、お疲れ様でした」 神楽坂翡翠がお茶を配り、花見団子と桜餅を持った盆を手伝いの皆の前に出した。 「たくさん人が来たね〜もうくたくただよ〜」 疲れていても応対は明るくはっきりと。そうして頑張り続けていた花梨は、翡翠の淹れたお茶を飲み、ほっと息を吐いた。 「花梨、美鈴、よく頑張りましたね。巫女服良く似合ってますよ」 「翡翠ちゃんがそう言ってくれるなら、頑張った甲斐があったよ〜」 「ありがとうございます。このような仕事をするのは新鮮でしたわ」 褒められた花梨は素直に喜び、美鈴は穏やかに微笑んだ。 「でもちょっと残念。あたしもみんなと小枝交換やってみたかったな〜お願いもあったんだけど」 花梨の願いは、目の前にいる翡翠に想いが伝わること。けれど、自分の分の小枝交換にまで手が回らなかった。 「する時間なかったですねぇ……しょうがないです」 忙しかったから、と翡翠が言うと、珠輝が余った桜の小枝の入った箱を引きだしてきた。 「お手伝いの皆さん、よかったらプチ花換えをしませんか。ふふ、愛を繋ぐのに遅すぎるなどということはありません」 「残りものには福があるって言いますし。円ちゃん、リンさん、交換しませんか?」 七瀬歩が箱から枝を取り出すと、ロザリンドも小枝を持ち。 「では、折角私が福娘ですし」 と歩と小枝を交換し、次に円とも小枝を交換する。最後に円と歩が小枝を交換すれば、仲良し3人での花換え完了だ。 円はぼそぼそと小さな声で、 「みんなが素敵な恋をしますように」 との願いを呟いた。 「円ちゃんは何をお願いしたの?」 聞き取れなかった歩に聞かれ、円は笑ってみせる。 「みんながボクよりも先に恋人作んないように、って言ったのさ」 そしてロザリンドが小枝に託した願いは、 (参拝の皆さんに福が来ますように。そして神様……ここに来られなかった人にも、ほんの少しで構いませんので幸せを) 桜の小枝に願いを託す。 どうかこの想いが散らぬよう、いつまでも咲き誇りますように。 そうして願われた無数の想いは、皆の上に咲き誇る。 ――満開の桜のごとくに。
▼担当マスター
桜月うさぎ
▼マスターコメント
ご参加ありがとうございました。ミルムの最終回がずれた分、こちらにまで影響が出てしまい、申し訳ありませんでした。 届いたアクションを見ましたら、参加者の約半数が小枝作りに集中していて驚きました〜。 小枝作りは大変になるかな、と思っていたのですが、楽々の本数クリアです。 私はニュースでしか花換まつりを知らないのですが、素敵なお祭りですよね〜。 そんなお祭りのひとときを楽しんでいただけたのなら嬉しく思います〜。