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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

リアクション


〜マチビト〜


 トライブ・ロックスターの招集に応じたのは、神野 永太たち、リリ・スノーウォーカーたち、緋山 政敏たちだった。建物の中は比較的荒れておらず、本はほとんどなくなっていたが地下室への入り口がある以外はごく普通の家のようにも見えた。

「ここが、アルディーンの研究所……か」
「名前を知っていたのは、どうやらこの土地の持ち主だけのようなのだ」
「リリ、ここにイシュベルタ・アルザスがいるのか?」
「わからないのだ。ただ、可能性は高い」
「研究所、って言うよりここは生活スペースみたいだ。地下室を調べてみるか」

 神野 永太の言葉に、一同が頷いて地下室への鉄の扉を開いて中へと進む。中には明かりがなく光源を神野 永太が担当して先頭に立つ。かび臭い臭いがしているが、ふと違和感に気づいてユリ・アンジートレイニーがしゃがみこんだ。

「ここ……コレだけ空気が篭っているのに、埃が積もってませんね」
「予想は、当たったらしいな」

 緋山 政敏が呟くと、丁度視界の先が3つの道に分かれていた。神野 永太とトライブ・ロックスターがチームを組み左を、緋山 政敏が中央を、リリ・スノーウォーカーたちが右を行くことになった。

「なかなか大きそうな研究所だ。気をつけていこう」

 神野 永太の言葉に一同は頷くと、それぞれ光源を持って奥へと進み始める。ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)は妖艶な笑みを浮かべながら扇を取り出し優雅に顔を仰いでいた。

「ふふふ、これでうまくあの男を捕らえれば、あのちびロボはわらわに感謝の意を表するじゃろうなぁ……あの歌声を肴に一杯やりたいものでおじゃる」
「ちびロボじゃない、ニーフェだ。それに、報酬を期待して動くのはあまり感心しないぞ」

 ララ ザーズデイはため息混じりに忠告すると、優雅な身のこなしで剣を構えた。どこからともなく流れてくる殺気を感じ取ってのことだった。リリ・スノーウォーカーも杖を構え、魔力をその実に集中させると、黒髪が魔力の風に乗ってふわりと浮かび上がる。

「そこに、いるのか?」
「……わざわざ、こんなところまで何をしにきたんだ?」

 低い男の声がしたかと思うと、ユリ・アンジートレイニーの背後に黒い衣服を纏った吸血鬼が現れた。その身を絡めとられるのかと思い、身を翻して武器を構えた。その剣先が吸血鬼の喉元に当たっても、男は微動だにしなかった。その顔は、イシュベルタ・アルザスその人だった。

「俺を探していたのか? それとも、殺しにきたのか?」
「捕らえにきたのじゃよ」

 いうが早いか、ロゼ・『薔薇の封印書』断章はいつの間に仕掛けたのか、罠を発動させるスイッチを押した。すると吸血鬼の男の足元は崩れ、天井の岩がその上に積み重なっていく。だが、その岩がすぐに跳ね飛ばされ、落とし穴から這い上がる。その身溢れんばかりの魔力を纏っており、肉体を強化しているのがわかると、ララ ザーズデイはため息混じりにスキルを発動させる言葉を発する。

「冥府の茨よ、来い!!」

 イシュベルタ・アルザスの足元に茨のツタが現れてその足を絡めとろうとする。特に逃げる様子もなく、その茨になされるがままになると、ロゼ・『薔薇の封印書』断章がその喉元に短刀を突きつける。そこへ、リリ・スノーウォーカーの雷撃が全身を突き抜けた……ように見えた。彼の衣服だけを焦がした程度の雷撃は、彼自身にはなんら影響を与えなかった。

「どういうつもりだ?」
「そなたはわらわの罠によって囚われた……ということにしておけばいいのだろう?」
「……どういうことだ?」
「あ、あなたは……人質を取られているのではありませんか?」
「なるほどな、先ほどのは盗聴器か何かを警戒してのことか。ありがたいことだ」

 黒衣の吸血鬼はほくそ笑んだ。ユリ・アンジートレイニーは駆け寄り、その肩を掴んだ。

「ルーノさんは、ニーフェさんは、あなたに会いたがっているんです。どうか、来ていただけませんか?」
「……少し待ってくれ。まだ俺にはやるべきことがあるのでな」

 そういうと、イシュベルタ・アルザスは自らの身体を魔力の炎で焼き、茨ごとマントを焼き尽くした。マントの下にあったのは初めて逢ったときの様な探検家の装いだった。懐から煙玉を出すと、それを地面に叩きつける。

「まて!」

 ララ ザーズデイの言葉が響いたときには、既にそこに吸血鬼の姿はなかった。







「まさか、本当にいるとはな」

 ようやく逃げた先でイシュベルタ・アルザスは、敵意むき出しの赤い眼差しと出逢うことになった。辺りを見渡せば、どうやらそこは寝所であるらしいことがわかった。トライブ・ロックスターは武器を構えていた。そこへ、神野 永太が割って入った。

「まってくれ、コレを……ルーノたちから預かってるんだ! ザイン、頼む!」

 燦式鎮護機 ザイエンデは記録したメモリープロジェクターを動かし、先ほどのルーノ・アレエたちの姿を映し出す。そこには、『逢って、話がしたいです』と口にする赤髪の機晶姫の姿があった。そして、妹共に歌を歌う姿があった。

「彼女たちは、こんなにもたくましく生きている。幸せそうに歌っている。でも、まだ足りないんだ。ここにあなたがいなければ……っ!」
「お二人は、沢山の友人を得て、経験をして、笑うことができるようになったといっていました。でも、機晶姫にだって気持ちはあります。大好きな人と一緒にいたいという気持ちが。あなたは、その思いに答えてくれる人だと」

 神野 永太と燦式鎮護機 ザイエンデの言葉に、イシュベルタ・アルザスは黙り込んだ。映し出された二人の姿を眩しそうに見つめている。それを見て、ジョウ・パブリチェンコが口を開く。

「どうして、逢いたいのに逢わないでいるの?」
「………俺に、望むことは許されないんだ。あいつらが幸せでいるなら、俺がそこにいる必要はない」
「なにか、他にやるべきことがあるんだな?」

 トライブ・ロックスターの言葉に、イシュベルタ・アルザスは答えなかった。やれやれ、と両手を挙げて今度は質問を変えた。

「すぐには終わらないのか?」
「……すぐに終わる。いや、終わらせる」
「それじゃ!」

 ジョウ・パブリチェンコの喜びの声を聞く間もなく、イシュベルタ・アルザスはまた煙玉で姿を消した。







 緋山 政敏がたどり着いたのは、機晶姫たちを組み立てるらしい場所だった。そこの書棚には、見覚えのある男が立っていた。冒険者の装いをした吸血鬼、イシュベルタ・アルザスだった。彼はこちらに気がついていないのか、小さく喜びの声を上げていた。

「……見つけた」
「朗報なのか?」
「フゥ……どいつもこいつも、邪魔をしてくれるな」
「邪魔をしにきたわけじゃありません。渡したいものがあるんです」

 カチュア・ニムロッドがそういうと、緋山 政敏が進み出て袋を差し出した。本を閉じたイシュベルタ・アルザスは一瞥すると、それをひったくるように受け取る。袋を開けた彼は目を丸くして、緋山 政敏を見つめ返す。中に入っていたのは、アレエ姉妹が作った【イシュベルタ・アルザスの人形】だった。

「見た目は、お前が作ったものには遠く及ばないだろう。だが、それでも一緒に歩むことくらいはできるさ」
「……俺が何を探しているか、貴様は気づいているのだろう?」

 人形を見つめながら、イシュベルタ・アルザスは独り言のような声で呟くと、緋山 政敏は歩み寄り、吸血鬼が手にしていた本を受け取った。

「【ネモ】とは、誰でもないという意味だ。アンナ・ネモは誰でもない少女、そういう意味でつけられたんだろう?」
「ああ。知ってのとおり、アレは間違いなく俺の姉……エレアリーゼやニフレディを作った技師、【エレアノール】だ。死んだと思っていたのは、俺の思い違いだったらしくてな。アレの上司が最初は、あの身体を使って新しい手駒にするつもりだったらしい」

 イシュベルタ・アルザスの言葉を耳にしながら、本のページをめくっていく。そこには、記憶操作に関する記録があった。記憶操作そのものは何らかの装置を使ってのことらしく、実際の方法はかかれていなかったが、その被験者として【イシュベルタ・アルザス】【エレアノール】の名前が書かれていた。

「それらを利用して、俺たちはあいつらの記憶をも操作した。お互い様だな」
「それが、ルーノさんたちのためになると思ったからですよね?」

 金髪のヴァルキリーが真摯に見つめてくるのに対し、イシュベルタ・アルザスは苦笑した。その頃には、他の場所でイシュベルタ・アルザスと遭遇したものたちがその組み立て部屋へと訪れた。駆け込んできた神野 永太は、息を切らせながら声を荒げた。

「記憶を取り戻した今、彼女たちに必要なのはあなた達なんですっ!」
「……記憶を、取り戻しただと?」

 吸血鬼は、より一層顔を青ざめさせて言葉を返した。それに気がつかずに、カチュア・ニムロッドがさらに言葉を重ねる。

「はい。あなたがニフレディさん……ニーフェさんの中に残しておいたオルゴール、それがエレアリーゼさん……ルーノさんの記憶なんですよね? そして、ルーノさんの中にあるオルゴールが、ニーフェさんの記憶」
「ふ、ふふふ……そうか。そういうことか……そのことは、あいつらに逢ってからまた話すとしよう……今のあいつらなら、現実を受け入れられるかもしれない」
「では、ニーフェ様に銀の機晶石を返して差し上げてください」

 燦式鎮護機 ザイエンデが低く呟くと、肩をすくめたイシュベルタ・アルザスは頷いた。

「ここにはないが、ここまであいつらのために動いてくれる仲間がいるんだ。いい頃かもしれん。手伝ってやる」
「手伝うって、機晶石交換は技師でなければ出来ないだろ?」
「あいつらは特別だ。通常のやり方ではどのみちできないから、ヒラニプラ家に連れて行っても交換技術は役に立たない。俺はエレアノールの技術を真横で見ていたからな。どうにかできるはずだ。お前達だって、出来ないことをどうするつもりだったんだ?」
「俺たちは、彼女の守護者だからな。何が何でも、護るって決めた以上はやるのさ」

 トライブ・ロックスターが声を上げると、一同の返答が帰ってきた。イシュベルタ・アルザスは軽快な笑い声を上げて、研究室の地上へと向かう階段を上り始めた。そして、不意に不思議に思ったことをユリ・アンジートレイニーが口にした。

「そういえば、どうしてここでそれを探していたんですか?」
「ここは、元鏖殺寺院の技術者潜伏していた。名は知れ渡っていないが、アルディーンという悪質な技術者でな……以前、俺が化けていた女だ。あの女は冷徹極まりない。のうのうと教導団に入り込んでいるが、あいつの目的はルーノやニーフェの中にある兵器としての機能が目的なんかじゃない」

 そこまで聞いて、イシュベルタ・アルザス以外のものたちは顔を青ざめさせた。それを不思議に思い、イシュベルタ・アルザスはゆっくりと首をかしげた。そして、すぐに事情を察知して鋭い声を上げた。

「まさか貴様ら! アイツとコンタクトをとったのか!?」
「取ったもなにも、今逢っている真っ最中だ!」

 珍しく声を荒げたのは、緋山 政敏だった。階段を駆け上がる足に力が入る。地上への灯りが異常なほど遠く感じていた。








「まぁ、ダメなんですの?」

 教導団周辺で機晶技師に聞き込みをしていた同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)こと静香は、聞き込みついでに技術についての詳しい情報を聞き出そうとして、断りを入れられていた。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が割って入り、頭を下げてお詫びをしてようやくその場から離れた。

「静香ったら、ダメに決まっているじゃないの。機晶石交換技術は、いまでは技師の中でも機密事項でそう簡単には教えてもらえないのよ」
「でも、それじゃどうやってニーフェさんとやらの機晶石を交換するんですの?」
「そのために、今皆が動いているんじゃないの」

 ため息混じりに宇都宮 祥子が集まった情報を片っ端から纏め役のロザリンド・セリナに送信する。彼女からの返信は至極丁寧で、可能ならしてほしい質問などもあげてくれるので
次にほしい情報もすぐに捜すことができた。

「さてと、次はヒラニプラ家以外で機晶石交換の技術を持った人が今いないか、一応の確認ね」
「それこそ、いないんじゃありませんの?」
「無駄だと思ってしないより、してから無駄だとわかったほうが身になるのよ」


 丁度そのとき、教導団の校門から出てきたリーン・リリィーシアとランドネア・アルディーンはプリントアウトした彼女のID使用履歴を見ながら、ヒラニプラの町へと向かっていた。そこへ、丁度良く現れたのはヴァーナー・ヴォネガットと伏見 明子だった。

「あれ? ヴァーナーさんじゃない」
「リーンおねえちゃん! ランドネアおねえちゃんも!」
「何か新しい情報はつかめたのかしら?」
「ええ、やっぱり狙ったとおりだったわ」
「ど、どうやら、あの日に私のIDで機晶姫に関する情報を調べたらしいのです……ただ、私の権限では見られる範囲が決まっているので、教導団の機密には進入していないようでした」
「ハッキングした形跡もないから、多分無駄足になったんじゃないかしら」
「それなら良かったわね、アルディーン先生」
「はい。本当に」

 黒髪の吸血鬼の女性は、にっこりと笑った。その微笑の裏にどんな感情が隠されているか、今の彼女たちは知る由もなかった。
 背中を向けた少女達に向かい、口元を不気味歪めたランドネア・アルディーンは足元の陰から黒いスライムを呼び出し、少女達の足を絡めとり、その場につっぷさせる。鼻をぶつけてしまった伏見 明子は顔を上げてキっと睨みつける。

「ちょ、いたいじゃあないのっ!」
「え、え、なにするですかあぁ!?」
「……わるい人……」
「く、不覚!」
「なんで、どうして!?」

 リーン・リリィーシアの言葉に、ランドネア・アルディーンは声をかけるよりも早く歩み寄り始めていた。

「アルディーンっ!」

 鋭い声が聞こえて振り向くと、そこにはイシュベルタ・アルザスとトライブ・ロックスターたちが立っていた。

「あらあら、先日トマトジュースをおごってくださった……」
「もうとっくにばれてるんだぜ。ランドネア先生……まさか教導団をだましてたとはな」
「くっくっくっく……そうか。いや、だましてなどいない。本当に、ここではおとなしく先生をやっていたのだ。あんまり出来の悪い弟がいるから、博士たちから呼び戻されただけさ」

 弟、という言葉に目を丸くしたのは緋山 政敏だった。イシュベルタ・アルザスは毅然とした態度で睨みつける。

「俺の姉は、エレアノールただ一人だ。貴様なんぞ同胞というのすら虫唾が走る」
「ランドネア・アルディーンは、偽名か」
「ふふふふ、そう、本当はアルディーン・アルザスだ。そこの同胞にして、唯一の血縁者だ。よろしく頼む」
「とりあえず、彼女たちは解放してもらうぜ?」

 やうやうしく礼をしたアルディーン・アルザスに向かってトライブ・ロックスターが駆け出すと、それよりも早くスライムが動いた。伏見 明子とフラムベルク・伏見のを鼻から下丸々スライムで包み、空に飛び上がった。それ以外の少女達はスライムから解放されたようだった。

「人質がいたら、手を出せないんだろう? ニンゲンとはおろかな生き物だ。そして、お前もな……イシュベルタ。あの女に感化されてこんなにあまちゃんに育つとは。寺院からの召集を受けて正解だった」
「明子おねえちゃんをはなすです!!」

 ヴァーナー・ヴォネガットはすぐさま立ち上がり声を荒げるが、口よりも早く銃で狙撃を始めたのはクレシダ・ビトツェフだった。アルディーン・アルザスの頬に一発掠めさせ、獣を再度装填する。

「……次は、あてる……」
「ふふ、おっかないな。今は引くとする。人質をかえしてほしかったら、金の機晶姫と銀の機晶姫を渡すことだ。まぁ、今から彼女たちを迎えにいくからそれを防げれば、の話なんだがな」


 高笑いをしながら、アルディーン・アルザスは飛び上がってすぐに空の向こうへと姿を消してしまった。通信機にすぐさま連絡を入れようとするが、いつの間にかスライムたちに通信機や携帯を破壊されていた。

「クソっ! あの女……」
「急ぐぞ! 間に合うかもしれない」
「みんな、どうしたの!?」

 遠くで聞き込みをしていた宇都宮 祥子が騒ぎに駆けつけると、一同は矢継ぎ早に彼女に説明をしようと口を開いた。最初は何とか話を聞こうと努力した宇都宮 祥子なのだが、さすがに一度に言われてはかなわないと、拳を大地に叩きつけて大穴を明けると、ようやく一同は閉口した。

「順番に聞くわ、どうしたの!?」
「とにかく、連絡を取らなきゃならないんだ! 通信機を貸してくれ!」