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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【前編】

リアクション


〜ツナガラナイモノ〜



 ソア・ウェンボリスが背表紙のない本を恐る恐る鞄に入れると、緋桜 ケイが今度は別の本を見つけた。

「あれ? こっちはなんだ?」
「それは、エレアノールの筆跡ではないか?」

 悠久ノ カナタの言葉に、朝野 未沙が確認をするために手元の資料と見比べる。間違いなく、エレアノールの筆跡であるのがわかると中身を開いた。それは暗号化されておらずごく普通の研究日誌にも見えた。

「ええと……『あの娘たちに私がしてあげられることといえば、他の機晶姫たちと違う構造にしてあげることだけ。私が死ねば、彼女たちの力を好きにはできなくなるはず。あの煌きも、輝きも、私以外の誰にも触れさせはしない』……これって、もしかして?」
「もしかして! エレアノールさん以外は機晶石交換ができないってこと!?」

 朝野 未沙は全身の力が抜けたように膝を付いた。朝野 未羅は困惑して姉の肩に手を置いた。

「お姉ちゃん、どうしたの? エレアノールさん以外できないとダメなの?」
「ただでさえ一般には失われた技術である機晶石交換……兵器として生み出されたニーフェさんの機晶石を正しいものにするには、ヒラニプラに連れて行くしかない……でも、ヒラニプラの人たち……直してくれるかな……ニーフェさんに銀の機晶石をはめたら、兵器として目覚める可能性があるってことだもの」
「そんな! ニーフェさんは兵器なんかじゃ」
「でも、現実はそうなんだよな?」

 ソア・ウェンボリスが否定をしようとしたところを、五条 武が抑える。一同が気落ちして視線が落ちているところを、琳 鳳明が声をかける。

「私は、ルーノさんのこと知らない。たまたま百合園にいったら、声が聞こえて、助けてほしいって言ってた。【縁】があったからここにきた。ルーノさんが皆と出逢ったのも【縁】かもしれないし、ニーフェさんの機晶石が壊れかかっているのも【縁】かもしれない。だったら、きっと治る【縁】もあるはずだよ。だって、皆こんなにがんばってるんだもの」
「そうだね。ここまで信じてた皆が落ち込んじゃダメよ」
「もう。食べることしか普段頭にないくせに」

 ピンク色の髪をたなびかせた一ノ瀬 月実が胸を張っていうと、リズリット・モルゲンシュタインが突っ込みを入れる。そんな二人のやり取りだけで、その場の空気が和やかになった。

「そうですよ〜。姉さん、コレは、【エレアノールさんが生きていれば何も問題ない】ことではありませんかぁ〜」
「そうなの! エレアノールさんもきっと生きてるのっ! お姉ちゃんも信じるの!」
「未那ちゃん、未羅ちゃん……うん。そうだね。今は信じよう」

 朝野 未沙は力強く頷くと、立ち上がってそのエレアノールの日記を鞄にしまった。きっと何かの役に立つとそう信じて。そう思ったところに、ロザリンド・セリナから通信が入る。

『そちらはどうですか?』
「例のオルゴールと同じものを見つけたのと、あと機晶姫たちの恨み言がつづられた本、エレアノールの手記をもう一冊見つけたぞ」

 緋桜ケイの言葉に、ロザリンド・セリナはしばらく黙り込んだようで言葉をつなげる。

『ルーノさんたちが生活に使っていたのはその辺りらしいのです。石碑を探してくださいませんか? 例の詩が書かれた石碑を』
「見当はついてるのか?」
『生活範囲内、ということしか……ニーフェさんはみていないそうなので、もしかしたらニーフェさんが見えない高いところに書かれているかもしれません』
「了解、探してみるぜ」

 その言葉を聞いて通信が切れると、緋桜 ケイは振り返ってその旨を伝える。するとそれはすぐに見つかった。なぜならそれはその部屋の天井に書いてあったからだ。二段ベッドの上から見ないとわからないようになっており、下の段で寝ていたらきっと見つけられないようなところにあった。
 それは誰かに掘られたのではなく、きちっと石碑として作られたものがそこにはめられたように見えた。すこし工夫すればはずせそうだったので、ナイフを差込み、その石版そのものを取り出した。

「念のため、これもっていくか」

 その石版は緋桜 ケイの鞄の中にしまわれ、次の場所を目指して歩き出した。それは、イシュベルタ手製のぬいぐるみが沢山置かれていた部屋だ。その壁をくまなく探していると、南方向にシャンバラ文字が彫られた石造りの機械のような物が見えた。

「機晶石エネルギーを使ってたのかな……もう使われなくなって永そう」
「お姉ちゃん、私のエネルギーつかってなの!」

 そういって、朝野 未羅は自らの胸元に手を当て、その機械にはめてある既に光が失われた機晶石に手を置いた。朝野 未那も改めて機械の調子を確認すると、頷いて可能そうであることを確認してくれた。

「よっし、それじゃ未羅ちゃん、未那ちゃん、協力してね!」
「はいなのっ!」
「はいです〜」

 三姉妹は手際よくその機械と朝野 未羅自身の機晶石エネルギーを供給できるよう、コードをつなげて支度を整える。合図を送るなり、朝野 未羅は「ライトニングブラストッ!」とスキルを使ってその力を失った機晶石に自らの力を送り込む。
 受け取り手の機晶石は、微弱ながら力を取り戻したようだった。

「姉さん、成功ですぅ〜」
「み、みな、お姉ちゃん?」
「未羅ちゃん、よくがんばりましたです〜」

 機晶エネルギーを多く消費してしまったからか、少し言葉が不自由になっている彼女の頭を、朝野 未那がなでていると、長姉は機械をいじり作動させることに成功する。淡い光を放ちながら、遺跡の壁じゅうに何かが駆け巡っていく音が聞こえる。

「今のは、なんなんだろう……」
「他の班に何かが起こったかもしれません。聞いてみましょう」

 ソア・ウェンボリスが声を上げて、通信機に声をかけた。すぐに返事を返してきたのは桐生 円だった。









 少し前、ぬかるんだ道を進んでいた桐生 円たちはようやく風が吹き付けるところまでたどり着き、それが彼らにとっての出口が近いことを悟ると一気に駆け出した。そして、例のごとく唸り声がして一同武器を構えた。今まで以上の数が彼らを出迎え、雷が得意ではないアリシア・クリケットも、さすがに雷術を放たざるをえなかった。一発放つたびにビクンとその肩を震わせて、魔獣たちに確実に打ち込んでいた。
 そしてセシリア・ライトがメイスを振りかざし、叩きつけようとしたところで魔獣たちが動かなくなった。それとほぼ同時に、桐生 円の通信機にソア・ウェンボリスの声が届いたのだ。 

「なんだかよくわからないけど、魔獣たちが急におとなしくなったよ」

 ため息混じりに通信機に言い放つ桐生 円の脇から七瀬 歩が近寄って、その魔獣の顔をのぞきこんでみたが彼らはもううんともすんとも言わなかった。

「円ちゃん、やっぱり動かないみたい」
「一体どうなってるんだ?」

 閃崎 静間はため息混じりに武器を収めた。足元のぬかるみにいらいらしながら、泥を払っていた閃崎 魅音も更に灯りを作るために目一杯光術を放った。辺りは真昼のように明るくなると、服にとんだ泥の一粒さえよく見えるようになった。だからこそ余計に、魔獣たちが全く動かなくなったのだというのがわかる。石像のように物言わなくなった魔獣たちは、武器でこずくと簡単に砕けてしまった。浅葱 翡翠は思い出したように呟いた。

「……そういえば、ここまでの道中霧島様が『魔獣たちを止める手があるかも』というお話しをしていましたね」
「その装置がようやく動いたんですの? もう、どうして今まで見つからなかったんでしょ」

 白乃 自由帳もため息をついて壁に寄りかかり、呼吸を整えなおす。ただでさえ歩きづらい地形ゆえに、だいぶ疲弊してしまった。

「とにかく、こっちは南に進んで、もうすぐ……ん? あれは地上の明かりかな?」

 通信しながら、桐生 円の視線の先にこの辺りの光源とは違う明かりが見えた。レイナ・ライトフォードが先行して見に行くと、こちらを振り向いて大声を張り上げる。

「井戸です! 空が見えますよ!」

 その呼びかけに、一同は歓声を上げながら駆け出した。


「皆さんがこちらに現れるとは、驚きですね」

 エオリア・リュケイオンはようやく引きあがった全員の顔を見て、順々にヒールをかけて回った。疲労した身体ながらも、浅葱 翡翠はコーヒーを配って回る。到着したらしいその場所は、金葡萄の畑のための井戸だった。

「ここで張っていたのですねぇ」
「ええ、恐らくエースたちもこちらに向かっています」
「魔獣が動かなくなったなら、もう万々歳ですね……」
「そうなのですか!?」

 驚きの声を上げるエオリア・リュケイオンに、第一陣は満面の笑みでガッツポーズをして見せた。

「ただ出てきただけじゃないしね」
「ああ。ここが金葡萄の畑の丁度下だったというということは……あのぬかるみに解けている水は『機晶エネルギーが溶け出している』と考えて間違いじゃないな?」
「そ、そう……ぷはー。このコーヒー牛乳おいしいー」

 甘いカフェオレを貰い、ご満悦の桐生 円はようやく一息ついて満面の笑みを浮かべた。だが、オリヴィア・レベンクロンは少し残念そうな顔をしていた。

「ただ、わたしたちがあの開かない扉のほうに行き着ければぁ〜なお良かったんですけれどねぇ〜」







 魔獣たちからの連戦を強いられていたルカルカ・ルーの第二陣は、それでもダリル・ガイザックの適切な指示によっ致命的な傷は受けないでいた。ようやく一息がつけそうというところで地上にいるパートナーに通信を試みた。

「アコ? 今どの辺りかしら?」
『ここは……金葡萄の畑かしら?』
「なら、予想通りかな」

 エース・ラグランツは少し疲れた様子で呟いた。時計を見ると、想定していた時間よりもオーバーしているが、徒歩でかかる時間はそのくらいとふんでいた。地上と時間がずれているということもなさそうだというのがわかり、どさっと音を立てて地面に腰掛けた。クマラ カールッティケーヤもそれに習って腰をかけたが、メシエ・ヒューヴェリアルはため息交じりに壁に寄りかかるだけだった。それでも、彼の顔にも疲弊は伺えた。

「見てください! あれ……っ」

 夜霧 朔の言葉に、朝霧 垂は顔を上げた。そこには、壁に刻まれたシャンバラ文字があった。その横には別の石碑が建てられ、そこにはシャンバラ文字で別の内容が書かれていた。

「ええと……『守り神が眠りにつきし時、我らの禁忌が目覚めよう』だって」
「禁忌?」
「眠りにつきし時って……?」
『エース、聞こえますか?』

 丁度よいタイミングで、金葡萄の畑にある井戸で待機している、エオリア・リュケイオンから通信が入った。エース・ラグランツは通信機に向かって返事を返す。

「ん? エオリアか、どうしたんだ?」
『魔獣が今しがた、機能を停止したそうです』
「なんですってぇ!! ついさっきまで戦ってたのよ!」
「……げ」

 げ、という声に振り返ると、メニエス・レインとロザリアス・レミーナの姿があった。お互い疲弊しているのか疲れが目に見えていたがその姿に立ち上がったのは、松平 岩造だった。

「ここであったが百年目……いざ尋常に勝負しろ!」
「もう、ただでさえ面倒な魔獣の相手してて疲れてんのよ! ロザ!」

 いわれるよりも早く、ロザリアス・レミーナはメニエス・レインを抱きかかえ、くるりと方向転換して駆け出した。その後を追って松平 岩造が駆け出す。それに対して、ルカルカ・ルーが鋭く声を上げた。

「ちょっと! 今そんな追っかける必要ないわよ!」
「否、私はアイツを討つと言う使命がある!」
「知らないわよ! あたしはここを調べにきただけなんだからね!」
「すとっぷすとーっぷ! 一時休戦!」

 クマラ カールッティケーヤが二人の間に立って声を張り上げる。殺気だった松平 岩造は歯軋りをしながら武器を下ろした。メニエス・レインは距離を置いてからようやくロザリアス・レミーナの腕の中から降り立つ。

「なによ」
「情報交換。今、魔獣たちが機能を停止したらしいわ。魔獣たちからの脅威はなくなった」

 ルカルカ・ルーが毅然としてそう言い放つ。その言葉に、赤い目を真ん丸くしてメニエス・レインは驚いた。

「だから、調べたい放題のはずよ」
「なるほどね。そういうことなの」
「何か知ってるのか?」

 朝霧 垂が問いかけると、メニエス・レインは肩をすくめて明後日のほうを向き「さあね」とつぶやいた。その態度にまた松平 岩造が武器を振るおうとするのに対し、少年魔女は誠意一杯なだめていた。メシエ・ヒューヴェリアルはため息交じりに進み出て薄茶の髪をかきあげた。

「善意で情報を教えてやり、且つそちらの脅威も一旦押さえてやっています。何かいうことはないんですか?」
「頼んだ覚えはないんだけどね。でもいいわ。あたしの知らないことを教えてくれたから。あたしが知ってるのは、『魔獣はこの遺跡に進入したものたちを自動的に排除するために作られた人工的なもの』で、ほぼ不死とされているわ。まぁ、不死なのは知ってるでしょうけど。もう一つ、魔獣たちを止める装置が発動すれば、いける場所が増えそう、って所くらいかしら」
「ゲームのヒントみたいで怪しいな」
「あたしもそうおもったわ。でもそう書かれていたんだもの」

 疑うダリル・ガイザックの言葉に、メニエス・レインはそういって本を放り投げた。紐で閉じられたずいぶんと古い書物のようだった。その中身は、劣化したのが原因か、途切れ途切れでしか読むことができなかった。だが、『守り神が……道を封じるのも彼らの役目』という記述があった。逆転の発想で、守り神がいなければ、道が開くということなのだろう。

「中身はほとんど虫食いで読みきれなかったんだけどね。憶測も混じってるから信じる信じないは自由よ」
「もういいんじゃないか? ここで見逃しても脅威にはならないだろう。お互い疲弊してるしな」
「だが!」
「今は、銀の機晶石を探すのが先だ!」

 松平 岩造の言葉に、夏侯 淵は鋭く言い放った。その言葉に、夜霧 朔も言葉を続ける。

「鏖殺寺院の方が、結果ルーノさんたちを困らせたのだとは理解しています。でも、今はニーフェさんの命を救うほうが先です」
「……そういえば、あなたたちあのアンナ・ネモを探しているって効いたんだけど、本当?」
「アンナ・ネモ……? ああ、そういえば地上組はそうかもな」
 
 エース・ラグランツが考えながら言葉に答えると、メニエス・レインは口元に手を当てて続ける。

「サービスよ。あの女、記憶を相当いじられているみたい。もう自分が何者なのかわからないんじゃないかってくらいに、ね。コレも勘だから、信じる信じないはあなた達の自由よ。それじゃ、お言葉に甘えて……さようなら」

 まるで貴族の紳士がそうするようなお辞儀をすると、颯爽と彼らから離れていった。ロザリアス・レミーナはチラッと睨んだが、すぐにメニエス・レインの後について歩いていった。歯軋りをする松平 岩造を、一同が無言でその肩を叩いてなだめるとまた南への道を進み始める。しばらくすると、道は行き止まりになっていた。そこには、シャンバラ文字でエンジンが描かれている。文字は今、うっすらと光を放っていた。

『アコでーっす。みんな、今丁度川上の岩戸のあたりにいるよ』
「あらら、大当たりを引いちゃったのかしら?」
『でも、場所ちょっと違うのよね〜』 
「違うとはどういうことだ?」
『ううん、どちらかというと、下のほうかしら。岩戸の下辺りなのよ』
「とにかく、どうやれば開くのかしら?」
「あの歌を歌ってみたらどうだ? 朔は知ってるんだろ?」
「はい! えっと……」

 夜霧 朔の口から、あのお茶会で聞いたメロディーが流れる。歌詞は皆で考えたものほうで明るい調子で歌うと、扉が鈍い音を立てて開き始めたのだ。だが、そこに立っていたのはルーノ・アレエたちではなく、如月 佑也たちだった。彼らがいる側には、発掘道具らしきものが転がっており、どうやら彼らが来たのは発掘ようの入り口からなのだというのがわかった。てっきり川上にある岩戸に出るのだと思っていたメンバーは、素っ頓狂な声を上げた。

「あれ?」
「ちょっと、どういうこと?」
「わあ! やっぱりこの石碑を押したら動いたんですよ!」
「って! お前変なもの触るなっていっただろ!?」

 ラグナ アインと如月 佑也が和やかに会話していると、その後ろから大きな獣を引き連れたニーフェ・アレエが飛び出してきた。

「朔さん! 今歌を歌って開きました?」
「え、ええ。多分そうなんじゃないかなと思って」
「この文字が、あの詩と同じものなんでしょ? だから、って思ったんだけど……当たりだったみたいね」

 ルカルカ・ルーが付け加えると、開いた扉を再度念入りに調べる。赤嶺 霜月はため息混じりに呟く。クコ・赤嶺も指でなぞり顔をしかめていた。

「上の文字とは、少し書き方が違うみたいですね」
「何かをはめ込む穴もないわ。ここは封印されていた扉じゃないってこと?」
「ここまで行き止まりはあったが、後はもうひとつの入り口か」
「ルカルカさんたちは、休憩しに戻りましょう。凄く疲れたんじゃありませんか?」

 矢継ぎ早に言葉をかけられて、ルカルカ・ルーはようやく大事なことを思い出して碧の髪の機晶姫に抱きついた。

「初めまして、ルカルカ・ルーよ。ニーフェ、よろしくね」
「あ、は、はい! 姉をいつも助けてくださって、ありがとうございます」

 満面の笑みが帰ってきて、彼女の疲れは少し吹っ飛んだような気がした。






 霧島 春美たちの目の前の円陣も、魔獣無力化の報告を受けてから淡い光を帯び始めた。何かを入れるくぼみには、ディオネア・マスキプラが今朝方見つけたクローバーを入れてみる。一瞬光ったところで、歌を歌い始める。あのお茶会で歌っていた歌を、耳で覚えている限り再現すると、扉が動いた。人が入れる程度に開かれると、アリア・セレスティが先行して中に入る。中は何かの祭壇のようで、大きな何かを捧げるための杯のようなものが置かれていた。だが、今そこには何もなかった。

「もしかして……ここは、採掘のために何かお供えとかしてたのかな?」
「そうかもしれない。神様のための祭壇みたいだもんね」

 霧雨 透乃がそう呟くと、杯にそっと手を触れた。ひんやりした金属が彼女の体温を奪っていく。辺りを見回しても、なんだかさびしいだけの場所にも思える。

「透乃ちゃん……これ、お供えじゃないかも………」
「どういうこと?」

 緋柱 陽子が指差した先には、部屋の中と同じつくりの壁画があった。そこには、杯の上に大きな光る何かが置かれていたのだ。

「………機晶石?」
「まさか、もともと大きな機晶石がここに祭られていたのかな?」

 ミルディア・ディスティンが呟きながら杯の中をのぞこうとするが、杯の背が高すぎて難しそうだった。ディオネア・マスキプラがその身軽さを生かし、霧島 春美の肩を借りて中に飛び込むと、短い悲鳴が聞こえた。

「ひゃわあ!」
「ディオッ! どうしたの!?」
「これ、これ……銀の機晶石じゃない!?」

 ディオネア・マスキプラが顔を出してその手にしていたのは、白銀の光を放つ機晶石だった。あまりの眩しさに、一同は目を奪われていた。だが、その石は光をしばらく放つとただの石になってしまった。

「え? え? なんで!?」
「……ダミーか」

 東園寺 雄軒がため息混じりに呟いた。一同の見解も同じらしく、ため息をついて肩を落としてしまう。ディオネア・マスキプラは一応その石ころを持って杯から飛び降りると、落ち込んだように耳をたらす。

「気にしないで。ここに何かヒントがあるかもしれない」
「そうよ。何より……ここから風が来ていたのがおかしいわ」
「上、じゃありませんかしら?」

 ミスティーア・シャルレントがいうのを聞いて、今度はアリア・セレスティが飛び上がって調べに行く。その上には確かに上れそうな穴が開いているが、何も持たずに上るには相当な体力と技術が必要そうだった。その上、空が見えているがもしかしたら小さい空気穴の可能性もあり、苦労して上っても外には出られない可能性がある。

「………地上の誰かが、気がついてくれればいいんだけど……」

 その呟きが、丁度魔獣無力化の影響で今度は違う色に光り始めた岩戸の前にいるメンバーに届いた。というのも、村長の名前が書かれた石碑伸したから声がする……と秋月 葵が言い出したのだ。エレンディラ・ノイマンは細心の注意を払って石碑を動かすと、その陰に小さな穴があるのを見つけた。そして、そこからなにか甘い香水の香りがしているのにきがつき穴に向かって声をかけた。

「どなたか、いらっしゃいますか〜!?」

「っ! ええ! アリア・セレスティよ!」

 声が返って来るや否や石碑を完全にどかして、その穴に向かって声をかける。

「上れそうですか!?」

「無理よ! 報告は通信でするわ!」

 そういわれ、あわてた様子でロザリンド・セリナは通信機に声をかけた。

『魔獣が無力化されてから、扉を歌で開けられるようになったわ。そっちは?』
「これから試してみます」