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少年探偵の失敗

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少年探偵の失敗

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43. 二日目 撮影セット 午前九時二十分

V:夜中の会議の後、そのまま寝ずに、エーテル館の探索をした連中もいたらしいけど、俺、春夏秋冬真都里は、大事な撮影があるんで、二度寝させてもらった。
 寝不足で悪い演技をして、監督をがっかりさせたくないからな。自分のコンデション管理も役者の重要な仕事だ。
 昨日は、ライトの落ちる事故の後に、ずいぶん長く撮影が中断したけど、その間、監督といろんな話ができてうれしかった。
 双子の姉さんに、さんざん苦労させられてるって、俺の身の上話をしたら、自分も双子の監督は俺に共感してくれて、勇気がでるおまじないを教えてくれたんだ。
「俺は一人っ子だ。姉なんかいない、俺は一人っ子だ!」
 こうして思いのたけを、言葉にだして、自分に暗示をかけるんだ。
 俺は一人っ子だ。俺は一人っ子だ。俺は一人っ子だ。
 よし。勇気がわいてきたぞ。
 心の内側から理想の自分に近づくぜ。
 撮影開始まで、まだ、時間があるんで、監督にあいさつに行こうかな。
 監督に、もし、気にさわらなければ、兄貴って呼んでいいか、聞いてみよう。
 兄貴。
 いい響きだ。俺には姉なんかいないんだ。うん。

 セーラー服に着替え、女装した真都里は、撮影所内の、次郎がオフィス代わりに使っている部屋へむかった。
「にゃおん」
「あ、猫ちゃん。おはよう。昨日は」
 真都里の話をきかず、真都里の前を黒猫のデュパンが横切ってゆく。
「あの猫は、一人っ子の俺の幸運の使いだからな。黒猫だけど、朝から、姿が見れて、今日もいいことあるかもな」
 ドアをノックしても反応はなかったので、真都里はドアを開け、中へと入った。
「おおおお、おはようございます。か、監督。俺、今日も頑張るんで、よろしくお願いします」
 周囲を見る余裕もなく、がちがちに緊張しながら、まずは、あいさつをする。
「か、監督。鍵がかかってなかったんで、入っちゃいました。監督。か、か、あ、兄貴ぃ!」
 イスに座り、文字通り硬くなっている、石化している次郎に駆けより、真都里は、無我夢中で次郎の胸に刺さっている、さざれ石の短刀を引き抜いた。
「兄貴。どうしちまったんだ。兄貴。起きてくれよう」
 すべてのラックは倒れ、荒れ放題になっている部屋の中で、真都里は、凶器のナイフを手にひたすら叫び続けた。


V:薔薇の学舎の鬼院尋人だ。列車の脱線や今朝の会議とかいろいろあったけど、オレは、尊敬する黒崎天音先輩とかわい歩不さん、流水ちゃんのマークを続けることにした。
 けど、歩不さんは昨日の朝から行方不明で、流水ちゃんや維新ちゃんの話だと、彼は撮影セットのどこかに潜んでるらしいんだ。
 撮影セットでは、奇妙な事故? が連続して起こった。
 俺は、自分が四人男兄弟の末子で、家は裕福だったけど、俺自身は、家にも自分の家族にも、いい思い出はないんだ。
 家族の争いもあって、子供の頃、俺は施設に入れられていた。
 だから、この家の人たちの苦しさもいくらかは、わかる気もするし、歩不さんや麻美さんが、その、多少おかしくなるのもしようがないと思うよ。
 俺だって、薔薇の学舎で呼雪くんやクリストファーくん、黒崎先輩と出会うまでは、おかしくなりそうだったし。
 というわけで、俺は、今日も朝から撮影セットで調査をしている。
 歩不さんだけでなく、さっきから流水ちゃんの姿まで見えなくなって、いまは、みんなで手分けして彼を捜索中だ。

 かわい流水を探して、撮影セット内を歩いていた尋人は、それがあらわれた時、どうしたらいいのかわからなくなった。
 どこかで聞いたことがある、ワーグナーの曲。
 それは、口笛を吹いていた。
 藍色の帽子とマントを見につけた姿は、まるでダークブルーの筒がそこに立っているように見えた。
 帽子とマントの間に、わずかに覗く白い顔には、人らしい感情がまったくなく、仮面じみている。
キミは、ボクの敵ではないな。ここにはいない方がいいと思うよ。こいつもいただくぜ)」
 抑制のない声で、言うと、それは飛んで、消えた。
「・・・・・・あれって、麻美、さん」
 尋人は、それが消えた空を眺めながら、つぶやく。


V:ケイラ。ミレイユ。菫。かわい家には、ボクの妹分が三人きてる。
 エル・ウィンドだ。ボクには妹分が何人かいて、彼女たちのことは大事に思ってる。
 やっぱり、女性は守ってあげないとね。
 パートナーのホワイトももちろん大事だし、ここ、かわい家では、多重人格で自分自身のことさえよくわかってないらしい、流水ちゃんが気になってたんだけど、彼女がいなくなってしまった。
 彼女の提案で、みんなで暗号クイズをすることになって、トイレに行った彼女を待っていたのに、帰ってこない。トイレにもいない。
 おかしな人格がでてきて、旅にでた、とか。
 すごく心配だ。

 昨日、ライトが落下した講堂のセットに、流水を探しにきたエルは、悲鳴を聞いた気がした。
 誰もいないはずのないセットだ。
 耳をすます。
 声がきこえる。話している、わけではなく・・・・・・うめいている。
 反射的に、エルは、走りだした。
 助けを求めるうめきは、どこから。
 天井桟敷で声の主をみつけた。
 流水が、倒れ、うめいている。骨折しているのか、体が不自然にねじれていた。
「見つかっちゃいましたね。透乃ちゃん。どうしますか?」
「エルちゃんは、かわい家とは、関係ないよね。悪い人以外は、殺さないから、私たちを見逃してよ!」
 明るく問いかけてくる緋柱陽子と霧雨透乃に、エルの顔から血の気が引いていく。