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少年探偵の失敗

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少年探偵の失敗

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39. 二日目 エーテル館 大ホール 午前四時三十七分

 美央とジョセフが出て行ったドアから、ホールに入ってきたのは、弓月くるとだった。
 パジャマ姿のくるとは、目元をこすりながら、トコトコと危なげに歩き、ドアの近くにいたブルーズ・アッシュワーズのところへ。
「くると。そんな格好で出歩くな。我は、だらしないのは、好みじゃないと言っているだろう」
「イレブンさんの声で起きちゃった」
「おぬしもか。我が思うには、ここよりも寝室にいた方が安全かもしれね。古森を呼んでやるから、動くな」
「竜さん。黒崎さんの天音ちゃん。あの人を捕まえて」
「あの人って、あそこにいる人かい」
 ブルーズの契約者である黒崎天音は、くるとが示す人物に目をやる。
「くるとくん。あの人、オレが呼んでこようか」
「呼んでくるより、捕まえて。あの人をしゃべらせちゃだめだ」
 鬼院尋人は、どうしよう? という感じで、天音の表情をうかがう。
「捕まえてもいいんじゃないかな。それでどうなるのか、興味があるよ」

「きみらのおかげで、えつ子さんは、自殺を思い止まったようだよ。ありがとう。最近の彼女の様子から心配していたんだが、昨夜、話したら、だいぶ明るくなっていて安心したよ。僕は、推理小説は読むが、本物の探偵さんたちと関わるのは、はじめてだ。きみらの普段の活動を話してくれるかな」
「ぴよっ! うさぎは、そんなふうに誉められると、すごくうれしいですっ。でも、えつ子さんを説得したのは、煌おばあちゃんなんですよっ」
 お手製のアップリケのついたパーカーを着た、魔女っこ探偵、宇佐木みらびは、うれしそうにはしゃいでいる。
「普段は、推理研究会のみんなと懇親会したり、捜査したり、あと、春美先輩と二人でイルミンの魔女姉妹探偵として活動してますっ」
「みらび。ボクのカンなんだけどね。この人は、あんたのことを誉めてるわけじゃなさそううだよ。昔、ボクの家の近所にね、とても物腰が柔らかくて、人の悪口をけっして言わない人がいたんだけど、すごく悪い人だったよ」
「煌星。どういう意味だよ」
 セイ・グランドルに聞かれ、少女化している宇佐木煌著 煌星の書は、聞き返した。
「なんでも誉めて、当たり障りのないことを言って、結局、人を自分の都合のいいように動かしちまう人は、セイみたいにイヤなものをイヤという正直者と、どっちが悪い人なんだろうね」
「・・・・・・そりゃ、本当にその人のためになるなら、イヤなことも言う時もあるだろ」
「僕は、煌さんに嫌われてるようだな」
「気にさわったら、ごめんね。キミはボクの知っているその人に、あんまり似てるから、ついね」
 そこまで話したところで、尋人とブルーズが男の腕を後からつかんだ。
「リン太郎さん。くるとくんから、伝言です。あなたは、「教授と呼ばれた男」を知ってるんじゃないかって。オレは、よく意味がわかんないんだけど」
「我は、おまえの言い分を聞く気はある。ひとまず、くるとのところへ来てくれるか」
 尋人とブルーズに抱えられたまま、リン太郎は笑いだす。
「お婆ちゃんも、少年探偵もカンが良すぎるなあ。あの人が言ってた通りだ。ここで否定しても、すでにマークされてるのは、わかったよ。
 ここにいる探偵のみなさん。聞いてくれ!
 僕は、尊敬する人の教示を受けて、みのるさん、オサム先生、阿久先生の殺害に手を貸した。
 言葉で、それぞれの気持ちの暗い部分を後押しして犯罪を犯させたんだ。
 みのるさんの遺言も、僕が引きだした彼の心の暗部が書いたものさ。
 えつ子さんも、死ぬはずだった。潔さんも。
 けれども」
 突然、大声で話しだしたリン太郎は、血走った目をくるとにむけた。
「バレたり、カンづかれたら、終りにする約束だ。逃げてもあの人にやられるしね。僕が退場しても、まだ、かわい家の喜劇は続くよ」
「竜さん。彼の口を開けさせて!」
 くるとの叫びにブルーズが反応するより早く、リン太郎は、きつく口を閉じ、床に崩れ落ちた。絨毯に赤黒い染みがひろがる。
「舌を噛み切っておる」
「この苦しそうな表情、オサムさんと同じ毒も飲んでる気がするよ。歯に、カプセルでも仕込んでたのかな」
 ブルーズと尋人は、明らかに事切れているリン太郎を呆然と見下ろす。

 リン太郎の命をなんとか救おうと、クレア、月桃、涼介、ディオネア、アスクレピオスらが駆けつけたが、もはや手遅れだった。