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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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7-08 夜明(1)

 夜が、明けていく。
 また、多くのブトレバの船が火に包まれていた。前回の戦いより、その数は多い。
 ほぼブトレバの主力の艦隊と言えた。
「何ということだ……!」
 カピラ(かぴら)将軍は、またしてもローザマリアにしてやられてしまったわけだが。
 しかし、
「ナマズ兵を出せ。ナマズ兵を!」
 準備は、怠っていなかった。
「どうした、あの鯱は出てこんのか?!」
 本隊の指揮を菊に任せたローザは潜水していた。菊は、火矢や火術などで敵射手を狙う。
 しかし、それも水中の兵には届かない。
 まさか、水中でローザマリアがどうなっているかは知ることはできない。
「しまった! ナマズ兵……!?」
 ローザマリアの体に、黒いぬめったナマズどもの手が伸びる。
「あ、ああ……っ」



 旗艦までもう一歩だ。
 だが刀真はもはや、狂気的なまでに、ただ殺戮を行っていた。手には、火を抱えている。
 炎の中に、死神の形相をゆらめかせながら、敵船上を渡り歩く、刀真。
「刀真……! そう。そうだよ」
 船の上に上り、九尾を振り回す玉藻もそれを見て、一層嬉しそうである。
 自らも更に加速するように炎の勢いを増し、敵兵を容赦なく、焼き殺し、河へと沈めていく。
 酒に酔っているのじゃない、殺戮に酔ってしまっているのかも知れない。
「殺す。殺すぞ」
 刀真は、剣を振るい、ふらふらと、船の縁に近付いていく。しかし確実に敵を一兵一兵仕留めていっている。
「おのれこの、死神がぁ。どれだけ殺めれば気が済むぅぅ!!」
 敵兵から、一際大きな戦士が歩み出て、ポールアクスを振り上げて勇ましいかけ声と共に刀真に飛びかかってきた。
 縁で、すぅっと剣を向ける刀真。激しい殺陣の中にあっても美しい剣捌きであった。敵は一瞬怯むが、速度を緩めず飛びつく。
 船が揺れた。
 剣先は敵の喉を切ったが、相手はそのままバランスを取ろうとした刀真に抱きつくようにして縁から落ちていった。
「うぉぉぉ道連れじゃぁ!」
「と、刀真!」
 玉藻が、尾を伸ばすが、届かない。



 ナマズ兵が、水面から顔を出す。
 落ちてくる刀真に向けられる槍。
 しかし、その時、ナマズ兵の動きがピタリと止まった。
 刀真は水面に落下するが、そこから沈まない。
 水は、凍っていた。
「な、何だと?!」
 旗艦で、敵将が叫ぶ。
 ナマズ兵は、氷の中に死滅した。
 今、その氷面を駆けて、堂々と、少女が旗艦へ向かってくる。
「覚えているかな?
 この少女兵が――イングランド女王エリザベス1世が、遊びに来てやったぞ。さて、此方の大将はどちらにおいでかな?」
 乗り込むと、かかってくる敵兵を、チェインスマイトで薙いでいく。
 真紅の大剣が、登りかかった朝日により輝く。
「来よった!」カピラ、少女と目が合う。一直線に、来る。「……少女と言え、敵を殺すことのみ教え込まれた殺人機械のごとくなものなのだろう」
 カピラは言い聞かせ、剣を抜いた。「少女をこの手にかけるなぞ、可哀想じゃが……機械。あやつは、機械なのじゃ」
 死んでもらう!
 切り結ぶ。
 カピラと少女の一騎打ちとなった。
 凍った河の上に立ち上がり、刀真が、刀真に手を伸ばしている玉藻が、周囲の船の兵らが皆見守っている。敵兵も手が出せない。セオボルトら離れた船体からも、全体が息をのんで、勝負の行先を見つめているのがわかった。
 ジャンヌやミューレリアら、周辺の掃討にあたっていた者らも、中央に気の集中を感じ取る。
「えぇい、しぶとい!」
 大剣を振りかぶる。
 その隙を付いて、巨躯からは予想できぬ、鋭い突きが来る。
「くっ」
「引き返すのじゃ! 二度と、この東河に船を出すな。三日月湖のほとりに大人しく暮らしている湖賊の、領地にまでわしらは手は出さぬわ。
 水の上の戦いは終わりじゃあ。間もなく完成する黒羊の水上砦を越えることは、できぬ!」
 言いつつ、カピラが押している。
 髪やマントをかすめつつ、切り結ぶ相手の少女を、船の東の縁まで追い詰めつつあった。
 今、凍った水面は、朝日を反射していた。
 剣と剣が、重なる。もう、少女にあとがない。
「終わりじゃ。剣を、捨てよ。さすれば、おまえのような少女を斬らずに済む」
「……」
 カピラの剣が、少女の力を押して迫る。
「さあ」
 少女は、両手持ちにしていた剣から、片手を離した。
「……そう」
「甘いな」
 指笛が響く。
 静まり返った夜明に響いた指笛に続いて、一発の銃声が。
 隣の船からだった。
 潜水後、術で周辺の水面を凍らせたローザマリアは、旗艦の隣の船に乗り得意の光条兵器による戦法で制圧、夜明に備え狙撃の準備を整えると、息を潜めていた。
「極大射程は伊達じゃない」(シャープシューター&とどめの一撃)
 カピラは、自分を撃ったのが誰か……あのときの少女であったと気付くことはなかった。
 カピラの剣が落ちる。
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、指笛を吹いた手を再び、大剣に添えるが、剣を振り下ろす必要はもうなかった。
 ブトレバ水軍の将、カピラ戦死。

 旗艦を守る船隊の兵らは、将の死に戦意をなくし、凍らされ動くこともできなかった船の甲板に座り込んだ。
 周囲に散った船は、ジャンヌら黒豹小隊、ミューレリアらみずねこ小隊によって制圧された。



7-09 夜明(2)

 ビーワンビスは、対岸から、夜明を見ていた。
「ど、どうなったんだろ……?」
 戦闘は、終わったようである。ブトレバの軍船が燃え、沈んでいるものも多い。教導団の勝利か。
 結局、一撃もぶっ放すことができなかった……
 陸路からだと、北の森を越えると間もなく、砂漠に入るからだ。東河の幅は広く、北東へ蛇行していく。
 か、帰ろう……
 ビーワンビスの戦いは、まだこれからだった。
「ん?」
 ビーワンビスは東河を見下ろす砂丘沿いに、進み出した。
 このまま行けば、ブトレバの方に行くことになる。
 どうやら、何と言っても戦車っ娘。
 戦の匂いを嗅ぎ付けたらしいのだ。
 ビーワンビスは、黒羊郷付近から国ごと南下してきたプリモ国軍が、ブトレバを攻め落とそうとしているのを見ることになる。



 水軍に初参戦した黒豹小隊、みずねこ小隊も、存分に戦果を上げた。
「まぁ、まずはこんなところかな?」
 ミューレリアは、みずねこをなでる。
「ちょっと、船酔いしてしまったぜ……。みずねこはさすがだな」
 A船、B船では……
「オーエ」「オーエ」
 にゃんが船酔いしていた。水軍戦が未経験だったロイも少々。
 ロイのパートナー、アデライード・ド・サックス(あでらいーど・どさっくす)はそんな皆の看護にあたると共に、ジャンヌ・ロイ両指揮官に、今後この船を使って、にゃんこの水軍経験を蓄積する努力を、と申請を行った。
 黒羊側列強国の一つ、ブトレバ主力の船団を破ったのだ。しかも、敵将も討ち取った。
 湖賊砦で、盛大に戦勝の宴……! といきたいところだが、夜が明け、刀真はまだ殺戮の酔いより醒めやらぬ様子で、しかし真剣な表情で、シェルダメルダのもとを訪れていた。
「刀真……あんた、……」
「おい、シェルダメルダと言ったな」玉藻が、話を切り出す。
「このまま水上砦を攻めることはできないか?」
「水上砦。このまま……一気に黒羊郷にまで攻めあがるというのか?」
「ええ。急がねば、あれが完成してしまえば、俺達、せっかく士気の上がっている水軍が黒羊郷に到達することが難しくなります」
 ローザマリアも、すぐ傍まで来、それを聞いて一人頷いた。
「しかし、ここで完成を遅らせれば、おそらく次は南部諸国と共に攻め落すことも……」
「刀真。しかし、あんた、いや皆、少し休んだ方がよくないかね?
 戦いに次ぐ戦いだよ。湖賊の船は、船足も早い。黒羊郷までなら……」
「俺は、大丈夫です。黒羊郷まで、二、三日でもあれば船の上で十分休めますよ。船にも随分慣れました」
 刀真は笑む。
「そうね。ブトレバも主力の艦隊を叩かれて、もう私達をとめることはできないでしょう」
 ローザマリアも、そう言った。