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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.10 踊り子は朝露に笑う 


 ザクロは甲板に立ち並んだ生徒たちをざっと見渡す。20人は軽くいるであろうことが見て取れた。
「よくもまあ、これだけの数集めたもんだねえ」
 生徒たちとザクロの間は数メートルのスペースがあったが、ザクロは大胆にその距離を詰めていった。どの生徒から始末しようか。ザクロが僅かに目を泳がせた瞬間だった。
「ちゃんと数数えたのか? 見えてる人数が全部とは限らないぜ」
 不意に、背後から声がした。光学迷彩とバーストダッシュで回り込んでいたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)のものだった。
「不意打ちだろうと、勝てば正義だぜ!」
 ザクロが振り返るより先に、ミューレリアはブラインドナイブスで死角からザクロの首を狙う。彼女の持つ高周波ブレードがザクロを刺そうとする……が、ブレードは空を切り、勢い余ったミューレリアはバランスを崩す。その最中、彼女は聞いた。自分の斜め後ろへと高速で回り込んだザクロの声を。
「確かにお嬢ちゃんのことは数え切れてなかったねえ……まあ、どのみち一緒さね」
 ザクロの扇が、ミューレリアの腹を衣服ごと切り裂く。と、血と共に何か別のものも吹き出てきたのをザクロは視認する。
「これは……何かの粉だね」
 吹き出る鮮血に膝をつきながら、ミューレリアはにやりと笑った。
「切られることも……想定済み……だぜ」
 彼女は、しびれ粉を万が一に備え忍ばせていたのだった。自分が倒れても、他の者がザクロを倒せるように。幸か不幸か、元々少量の粉しか忍ばせていなかったため粉末に対して超硬化は発動しなかった。しかし間近にいたザクロは、確実に微量の粉を吸い込む。この量ではほんの少し速度を遅めるくらいが関の山であったが、これから戦闘に挑む生徒たちに幾ばくかの希望を与えることとなった。
「なるほどねえ……一生懸命頭を使ってるわけだね。涙ぐましいじゃないか」
 扇を手で振りながらザクロが言う。その仕草は、自身の速さに衰えがさほど来ていないと示そうとしているようにも見えた。真っ先に飛びかかって行ったミューレリアが倒されたことで、何名かの生徒はこちらから仕掛けるのが得策ではないと判断を下す。とは言え、カウンターを狙おうにも向こうが攻めてこなければ反撃自体不可能。風森 望(かぜもり・のぞみ)呂布 奉先(りょふ・ほうせん)はそこで、挑発し攻め気を誘う策に出た。
「先ほど別の方も言っておられましたが、お歳を召された十二星華にとってこの人数相手は体力的に厳しいのではないですか? ザクロ婆様」
「おい、いかず後家のババア。なに人のもの盗って自分のものみたいな顔してんだ。更年期障害でボケてんのか?」
 ふたりは次々に暴言を浴びせ、ザクロが苛立ちがピークを超える時を狙う。
「次はあんたらかい? まったく、素直に死にたいって言えないのかねえ」
 挑発に乗せられたのかあえて乗ったのかは分からない。が、どちらにせよことは彼女たちの思惑通りに運びかけていた。そこにとどめとばかりに影野 陽太(かげの・ようた)が声を張り上げた。
「ザクロさん、あなたの負けです。はぐらかしてばかりな臆病者のあなたでは、真っ直ぐ生きるヨサークキャプテンには絶対に敵いません! その証拠に、こんなにキャプテンの周りには人が集まっているのにザクロさんはひとりじゃないですか。分かったら、今すぐ投降してください」
 おどおどしてばかりだった陽太は、自分の中からこんなにも熱いものが沸き出るのだと少し驚いていた。それはもしかしたら、ヨサークと触れ合ってきた中で彼に感化された部分があったのかもしれない。陽太のザクロを見据える目は、今しがた陽太自身がヨサークに対して言った言葉と同じく真っ直ぐだった。
「ふふ、そこのふたりだけじゃなかったみたいだねえ、自殺役を演じたい子は」
 ザクロがすっと腰を落とした。来る。目と同時にひりつく肌で敵が向かってくることを感じた3人は、特に打ち合わせをしていないにも関わらず素早く陣形を組んだ。チェインメイルを装備し、最も致命傷を受けづらいであろう陽太を先頭に、その少し斜め後方に望と呂布が立っている。つまり、普通に考えれば最初に標的となるのは陽太である。もちろんそれは、彼の狙いであった。
 いくら豪速球の投手でも、打たれない球はない。それは、球が通るコースが限定されているからだ。そう考えた陽太は、自らを囮にコースを狭め豪速球を打ち返そうとしていた。さらに彼はよりコースを限定させるため、鎧にあえて切れ目を設けることで攻撃の意識をそこに向けさせようと目論んでいた。ごくり、と喉が鳴ると同時にザクロが姿を消す。陽太は懸命に気配を探りとりハンドガンで迎え撃とうとするが、すべてを置き去りにするようなザクロの速度に意識がついてこない。気がついた時、彼の鎧はザクロによって鋭く裂かれていた。切れ目の入った箇所――胸の真ん中あたりから血液が噴出する。
「ここに……来るって分かってたのに……」
 最後のあがきとばかりにハンドガンから放たれた弾も、ザクロの残像を通り抜けていくだけだった。
「おおおっ!」
 ゆっくり背中から倒れる陽太の影から雄叫びと共に姿を現した呂布が、ハルバードを振り回して突進する。ぶうん、と勢い良く空を裂いたそれは、当たれば相当の痛手を負わせることが出来そうな音を鳴らしていた。
「あっ、こら待て! ふらふら避けるなっ!」
が、高速で移動を続けるザクロの前で彼女の武器は空気をかき混ぜるだけだった。やがて彼女のハルバードは、ザクロの扇による打突で手から叩き落とされる。
「痛っ……!」
カシャン、と中途半端に甲高い音が響いた時、もうザクロは呂布をし仕留めていた。鳩尾を扇で突かれた呂布が、唾液を飛ばし前のめりに倒れる。
「あと汚い口を叩いていたのは……お嬢ちゃんだね」
 ザクロが足元に横たわった陽太と呂布を軽く蹴ってどかしながら、望に一歩ずつ近付く。そこにパートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がバタバタと駆け足で現れ、横から名乗りを上げた。
「そこまでですわっ! ついにシュヴェルトライテの家名を空にも広める時が来ましたわ!」
ちら、とザクロがノートの声につられ眼球を左に傾ける。大して興味なさげに瞳の位置を戻したザクロはその時、一瞬動きを止めた。今の今までそこにいたはずの望の姿が突然消えていたのだ。ザクロのお株を奪うようなその現象に、彼女は先ほどのミューレリアを思い出した。
「また迷彩かい? 芸がないねえ」
 しかし、望が使ったのは光学迷彩ではなかった。彼女の使ったスキルは、ちぎのたくらみ。今望は、身長を縮め5歳児ほどの姿となり甲板に寝そべっていた。ザクロの目線の高さを考えれば、姿を消したと勘違いするのも自然なことであった。これ以上ない形で隙を生じさせた望は、その姿勢のまま袖からハンドガンを取りだし、弾幕を浴びせる。
「白虎牙に頼りすぎですね。貴女は狡猾で策士かもしれませんが、戦士ではありません。だから予測外のことが起こった時反応しきれない。策士の婆様が、勘違いして前に出てきたのが間違いでしたね」
 硝煙で姿が隠れたザクロに、望が勝ち誇ったような笑みを浮かべ言い放つ。が、煙が散った中から見えたのは虚空だけであった。しかしそれを目にしても、望の顔に焦りは見えない。
「大方背後にでも回っているんでしょう? 小ずるい婆様がしそうなことです」
 望はそのためにノートを自分と向かい合うような位置に待機させていた。案の定、望の背後……つまりノートの正面にザクロはその姿を現した。それを見るや否や、ノートは剣を持って突進する構えを見せていた。
「二向聴」
 望が呟くと同時に、ノートがバーストダッシュで望を飛び越していく。
「まるっとお見通しですわ!」
 その剣に雷を帯電させ、突進するノート。彼女たちは、コンビネーションで常にザクロの硬化を狙っていた。望の銃撃で硬化すればそれでよし、ダメでもノートの突撃で硬化すればよしの二段構えである。併せてザクロの光条兵器も破壊することで、周囲の空賊を解放させることすら狙っていた。
「これで一向聴ですわ!」
 ノートが高々と声を上げながら懐へと飛び込む。が、望とノートの攻撃の繋ぎ目、そのコンマ数秒の空白をザクロは見逃さない。バーストダッシュを遥かに上回る超高速移動でザクロはノートの一撃をかわし、そのまま後頭部に扇を当てた。あまりにあっけなく倒されたパートナー、そして破られた策に望は動揺し、弾を込め終えていないハンドガンを放りはたきを取り出した。
「最初から、和がり目の薄い勝負だったのかもしれませんね……けれど、ここからはきっと他の誰かが聴牌を……」
 当然そのような武器と言えないような武器で太刀打ち出来るはずもなく、はたきを真っ二つにされた望はザクロの扇で頭を揺さぶられ、ぐらりと崩れ落ちた。
 陽太と呂布、望やノートらが次々と倒されていくのを、呂布の契約者であるシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は歯痒そうに見ていた。自身に呂布のような戦闘力はない。だから、せめて頭を働かせることで力を貸すことが出来たなら。そう思ったシャーロットは呂布に戦闘前、「自分を軸に武器を振るように」とアドバイスを送っていた。移動速度が目に見えないほど速くても、物理法則に従って移動をしている以上方向とタイミングさえ合えば攻撃がヒットするはず、と推察した上での助言だった。陽太の取った策とほぼ同一であるそれはしかし、横たわる呂布が作戦の失敗を示していた。
「超高速移動は対象に近接しなければならない。それは当たっていましたが、ここまで自在に体をコントロール出来るものだとは……」
 ザクロの能力についてシャーロットが再考し出すと、隣から高村 朗(たかむら・あきら)も作戦会議に加わった。
「そしてどうやら超硬化は、最初に浴びた微妙のしびれ粉程度では発動しないようだね。どれほどの攻撃なら硬化するのか……そして硬化が解けるタイミングはいつなのか。これは、自分の手で調べなくちゃいけないみたいだ」
 朗はどうやら他の生徒たちがザクロと戦っている間観察に徹し、能力の実態を探っていたようだった。
「超硬化も、それで筋力が上がるわけではないと思ってはいますが、どうやらアレを装着しているせいか速度により彼女の攻撃力が全体的に増してしまっているようですね」
 そしてそれは、シャーロットもまた同じであった。今ある情報から推察し、少しでもザクロの能力を分析すること。彼女がこの場で出来る、精一杯の戦いだった。
「でも、あの能力だって無敵ではないはず! 皆が突けるような穴を探してくるよ!」
 シャーロットと会話を終えた後、朗は光条兵器を構える。日本刀のような姿をしたそれは、柄から鞘まで真っ白に包まれていた。木刀のような、と表した方が正しいかもしれない。鞘から抜かないままザクロの元へと近付いた朗は、ザクロを呼ぶと同時に煙幕ファンデーションを投げつけた。
「来れるもんなら、来い!」
「……木刀でいいのかい?」
 煙がふたりの間を埋める寸前、ザクロが朗の獲物を見て言った。ザクロは不敵な態度で遠慮なく煙の中を突き進み、朗の下へ近付く。
「どうやら、見えないのが怖くて高速移動は出来ないみたいだね」
「あら、それが見たかったのかい。それならそうと言ってくれれば良いのに」
 煙の奥から聞こえてきた朗のリクエストに応え、煙幕を突き破るような速さで一気に接近するザクロ。が、彼女の目に飛び込んできたのは朗の姿ではなく、たくさんのネジやボルトだった。高速で向かってくるザクロに備えて朗が放ったものだ。宙にばら撒かれたそれらの中に高速で突っ込んだことで、その工具たちは思わぬ凶器と化した。白虎牙が危険を察知し自動硬化を発動させる。物理法則を利用した朗の策はザクロの硬化を誘った。しかしその法則が、今度は朗に牙を向く。高速移動中に硬化したザクロの肉体は、慣性の法則によりスピードを落とさずそのまま朗目がけ襲いかかった。巨大な鉛玉を受け、朗は甲板の淵まで弾き飛ばされた。そして皮肉なことに、彼がしかけた煙幕がザクロの姿を覆っていたせいで周りの生徒はザクロが一瞬硬化したことを知ることが出来なかった。
すんでのところで船からの落下を免れた彼だったが、口の中には鉄の味が広がっている。脇腹から感じる鈍痛は、数本の骨が砕かれたことを朗に知らせていた。
「ま、まだまだ……!」
 気力を振り絞って立ち上がろうとするが、まるで体に力が入らない。
「ふふ、そのまま落ちてた方が楽だったかもしれないねえ」
 ザクロが朗を蹴落とそうとした時、ザクロの太ももに何かが付着した。
「……ん? これは……」
 ザクロが下に目線を落とす。煙幕で気付かなかったが、彼女を中心として半径2メートルほどに、もちち雲がばら撒かれていた。
「煙幕がいいヒントになってくれたのですー」
 ザクロはバッと後ろを振り向く。神代 明日香(かみしろ・あすか)が、いつの間にか調達していたもちち雲をせっせと甲板に置き回っているところだった。どうやら半熟状態のもちち雲を撒くことで、ある程度ザクロの動きを制限する狙いらしい。これで、少なくとも直進はしてこれないはず。それは、こちら側に幾ばくかの猶予が生まれるということ。明日香がもちち雲を撒いたのは、次なる策のためでもあった。彼女は喉を数回鳴らし、子守唄を歌い始めた。
「眠らせようとは考えたねえ。でも、歌い終わるまであたしが待つと思ったのかい?」
 ザクロは扇を高く掲げた。そして高速で腕を振り下ろすと、終夏を倒した時のように真空を発生させ、周囲のもちち雲をまとめて取っ払ってしまった。空気の刃はそれだけでなく、歌声を響かせている明日香の元へも襲いかかる。しかし、殺気看破も併用していた明日香は、とっさに身を翻す。その頭には白い猫のような耳が生えていた。超感覚による回避である。同じく超感覚により生えた尻尾をぶるんっ、と震わせて明日香は忘却の槍を構えた。周りに置いた黒檀の砂時計からさらさらと落ちる砂の音が、明日香の運動神経を高ぶらせる。
「こっちに来ないと、また歌っちゃいますよ?」
「どれ、じゃあ招かれたことだし、行かせてもらおうかねえ」
 ザクロはしかし足よりも先に手を動かした。その手に携えていた扇が生んだのは、今一度の真空である。超感覚状態の明日香はその鋭利な空気を難なくかわす……が、ザクロの狙いは元よりそこではなかった。明日香がいた場所に置いてあった砂時計が、真空波によって粉々に砕けてしまう。
「……あっ」
 神経が細められていくような感覚を覚える。明日香が時計の欠片から視線を戻した時、もう目の前にザクロはいた。扇はいとも容易く槍を横から切断し、驚いた明日香の頬をザクロの左手が掴む。
「ここは歌を歌う舞台じゃないんだよ、お嬢ちゃん」
 そのまま残った方の手に持った扇が明日香の頬をぶつと、彼女の視界は閉ざされた。早くも10名を超す生徒が澪標の餌食となり、広い甲板のあちこちには気絶した者の姿や怪我に苦しみ動けなくなった者の姿が見える。
「ここまでやれば、普通はひくもんだけどねえ。勇敢な子たちが多くてまいっちまうよ」
 残った生徒たちを見てザクロが言う。白虎牙の能力は確かに恐ろしい。がしかし、散っていった生徒たちは、残った生徒たちに希望を残していた。
 超高速移動をもってしても、こちら側の全ての行動が実行出来ないわけではないということ。どんなに速く動けても、攻撃のパターンは限られているということ。
 ミルザムたちが呪法の準備を終えるまで、そしてザクロが硬化を使うまで、残った生徒たちは挑み続ける決意をより強く宿す。硬化の固定。それを完遂させるべくザクロと対峙した彼らの顔から戦意はまだ抜けていなかった。