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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.2 カシウナ解放戦線 


 夜を迎えたカシウナの街。
 ヨサーク大空賊団によって征服されたこの街は、頭がザクロに変わった今もそのまま空賊団の拠点のひとつとして存在していた。
 数日前この街の防衛戦を繰り広げた際に捕虜となり、今もその身柄を空賊団に抑えられている生徒が3名。リネン・エルフト(りねん・えるふと)とパートナーのヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)、そしてサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)である。彼女らは縄で体を縛られ、身動きの取れない状態で廃屋の一角に閉じ込められていた。
 街のあちこちには警備兵が配され、侵略時よりはもちろん人数は少ないものの、それでも空賊団2つ分ほどの兵力は街に留まっていた。
「このままじゃ、街の人がずっと戻ってこれないままッスね……」
「どうにか、脱出しないと……でもこんな状況じゃ……」
 悩むサレンに同調するかのように、リネンが弱音を吐く。そんな相方を見て、ヘイリーは心を奮い立たせようと勢い良く言い放つ。
「たとえ負けたって、命が残ってるならあたしはそれを認めない。そのくらいの気概がなきゃ、アウトローなんて出来ないのよ!」
「おい、うるさいぞ、静かにしろ」
 幽閉部屋の見張りをしていた空賊の男が、ヘイリーを睨みつける。今すぐにでも飛びかかりたいヘイリーだったが、キッと睨み返すので精一杯であった。そして、その反抗的な視線は男の嗜虐心に火をつけた。
「なんだ? 動けねぇくせにそんな目しやがって。どうやら立場ってのが分かってねぇようだな」
 ガチャ、と扉を開け部屋の中に男が入る。その目線は、ヘイリーやリネン、サレンたちの豊満な肉体に向けられていた。ねばっこい雄のオーラだ。
「そんなに後悔してぇならさせてやるよ。その股閉じられなくなるぜ」
 男が下卑た顔でヘイリーに近付く。
「……好きにしなさいよ。どこだって触ればいいじゃない」
「い、命が助かるなら私の体くらい……」
 隣ではリネンが怯えた様子でじっと男を見上げる。ヘイリーも観念し、屈服した様相である。
 がしかし、これらはもちろん彼女らの本心ではない。男にあえて襲わせ、隙をつくための策だった。
「これがヨーさんの言ってたお色気作戦ってヤツッスね……ちょっと恥ずかしいッスけど、平和のためなら私も乗るッスよ」
そしてそれを見ていたサレンも、小さく呟くと同様の策を巡らせ始めた。
「あっ、縛りがきつくて服がずれてきちゃったッス……!」
 その言葉に、思わず男は振り向いた。そこに広がっていたのは、男の欲望をそそり立たせる扇情的な光景。サレンの服は縄の締め付けにより乱れ、肩から胸の一部にかけてその肌が晒されていた。潤んだ瞳で男を上目遣いするサレン。パートナーに教えられたお色気ポイントらしい。
「へへ、嬢ちゃんそんな格好はいけねぇよ。勃っちまうじゃねぇか」
 我慢出来なくなった男はパンツを脱ぐ。同時に下着も脱ぎ下半身を露にした男のそれは、既に膨張を見せていた。それをサレンが視界に入れたかどうかは分からないが、慌てて彼女は男に告げる。
「さ、最初は手でやるッス」
 もしもの時はそう言いなさい、とパートナーに言われた言葉である。彼女自身はおそらく、その意味を知らない。
「そうか、サービス精神のある女じゃねぇか。気持ちよくしろよ?」
 するする、と。男は愚直にも縄を解き始めた。サレンはなぜ縄を解いてくれたのか理解出来ない様子だったが、これ以上の好機はないと判断するとその理由などどうでもよくなった。
「じゃあ早速これ……を!?」
「正義の鉄槌ッス!」
 大きな鈍い音と共に、男が倒れる。自由になったサレンの拳が、男の顎にクリーンヒットしたのだ。
「やったッス! これで自由に動けるッスよ! 私はこのまま街を取り戻すために頑張ってみるッスけど、ふたりはどうするッスか?」
 一緒にいたリネンたちの縄を外しながらサレンが尋ねると、ヘイリーは軽く礼をして今後の身の振り方を話した。
「おいしいところ持ってかれちゃったのは悔しいけど、ありがとう。それならあたしたちはこのまま飛空艇の調達に向かうことにする。見張りの話だと空賊団がツァンダに攻め込もうとしているらしいし、決戦のために乗り物は欠かせないと思うから。舞台ってのは踊る人だけじゃなく、準備をする役目の人も必要でしょ?」
「私たちに……出来ることを……」
「さあ、モタモタしてたらまた見つかって面倒なことになるから、行くよ!」
 リネンを促し、他の空賊に見つからぬようヘイリーは移動を始めた。残されたサレンは、ひとり街の救出策を考える。
「街に平和を取り戻すって決めたはいいッスけど、ひとりじゃどうしようもないッスね……」
 と、その時彼女の携帯に振動が起きる。電話に出たサレンの耳に届いたのは、パートナーのヨーフィア・イーリッシュ(よーふぃあ・いーりっし)の声だった。
「サッちゃん! 電話に出れたってことは無事脱出出来たのね!」
「ヨーさんのアドバイスのお陰ッス! それよりヨーさん、今どこにいるッスか?」
「今は街の西側、街の外との境目あたりよ。サッちゃん、ここまで来れそう?」
 サレンたちが捕らえられていた場所も街の西地区であったため、ヨーフィアまでの道のりはそう遠くない。サレンは二つ返事で答えた。
リネンやヘイリー同様、周囲に気をつけつつヨーフィアの元に辿り着いたサレンは、その光景に目を丸くした。
「こ、これは何スか……!?」
 そこにいたのは、下着姿で集まっている街の女性たちをまとめ上げているヨーフィアだった。若い女性からお年寄りまで、皆一様に惜しげもなく四肢を晒している。その数はパッと見でも100人近くいそうである。
「ふふ、サッちゃんはどうやって脱出出来たの?」
「ヨ、ヨーさんに教わったお色気作戦ッスけど……」
 そう答えが返ってくることを分かっていたかのように、ヨーフィアは自信満々に言ってのけた。
「でしょう? つまり、お色気に出来ないことはない、お色気は世界を救うのよ!」
 あまりにも斜め上をいく思想に、さすがのサレンも疑問を持つ。
「でも、さすがにそこまでは……」
「甘いわねサッちゃん」
 ぴしゃりとヨーフィアがサレンの言葉を制する。
「インターネットにあまり詳しくなかった男性が知識を身につけるようになる一番の原因は何か分かる? エロサイトよ! つまりお色気には、それだけ人の心を突き動かすパワーがあるのよ!」
 よく分からない理論だが、サレンはその勢いに圧倒され思わず納得してしまった。が、後ろにいる下着女性の集団の存在は依然謎のままである。
「それは分かったッスけど、この女性たちは……?」
「街の女性たちに協力を仰いで、全員下着姿になってもらったのよ。さしづめ女性陣総出でのお色気作戦ってとこね」
 ヨーフィア曰く、空賊と言えども大半は男性。下着姿の女性がこの人数で迫れば、彼らもうろたえるだろうということらしい。もちろん彼女らにも相応の危険が及ばないとも限らないが、女性たちはそれでも服を脱いだ。このまま難民のような生活を強いられるくらいなら、自らの力で街を取り戻すことを選んだのだ。その意気込みに感動したサレンも、作戦の完成度はともかく街の救出により一層力を注ぐことを決めた。
「よーし、じゃあ思いっきり暴れるッスよ!!」
 サレンのその言葉を合図に、下着姿の女性たちが大きな声を上げながら街へと踏み入った。
 騒音を耳にした空賊たちがその方角に目を向けると、空賊たちは先ほどのサレンと同じように目を丸くし、その景色を疑った。まさか下着姿の女性100人近くが一斉に自分たちのところに突進してくるなど、夢にすら出てこない場面だ。その反応も無理はない。
「な、なんだアレは……!?」
 武器を構えるなど以ての外、呼吸すら忘れるような時間の中、街にいた空賊たちはその群れに飲み込まれた。先陣を切り空賊を蹴散らすサレンとヨーフィアに率いられ、下着軍団は街を横断するように進軍する。その途中、サレンは空賊ではない者――生徒の姿を見つけた気がした。いかにも闇商売をしていそうな男と、見るからにマゾオーラが出ている男だ。サレンは確認しようと一瞬足を緩めたが、結局そのまま市街地を走り抜けた。立ち止まることで、後ろからくる女性陣の勢いを削いでしまうことを危惧したのだ。
「ああっ、気持ち良いっ! 今私、たくさんの女性を引き連れて目立ってるのね!」
 懸命に空賊を倒しまわるサレンの横で、ヨーフィアは恍惚とした表情をしていた。
 そしてこの後、カシウナは解放されることとなった。なおこの解放事件を記念し、時計台があった街の広場には下着姿をした女性のオブジェが建設されることとなるのだが、それはまだ先の話である。

「あれ……そう言えば、一緒に捕らえられたはずのクイーンヴァンガードの人たちの姿がないみたいッスけど……」
 一通り街の解放が終わった後、サレンは何気ない疑問を口にした。そう、彼女らと同様に捕虜となったはずのヴァンガード部隊の姿がどこにも見当たらないのだ。
「きっとこの混乱を利用して、うまく脱出したのよ」
 ヨーフィアがそう言うとサレンも納得したのか、それ以上疑問を抱くのを止めた。
 しかし、ふたり街に攻め入る前に小さな駆け引きが行われていたことを、彼女らは知らなかった。



 遡ること数時間前。
 ザクロが映ったテレビを見終えた緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、臆することなく堂々とカシウナの街へと足を踏み入れた。
「おい、何勝手に入って来てんだ、ここは俺らの領地だぞ?」
 当然、入口付近で通せんぼを食らう政敏。しかし彼は、平然と言ってのけた。
「おいおい、待ってくれよ。俺はザクロの姐さんから命令を受けてここに来たんだぜ?」
「何……ザクロ姐さんの?」
「ああ、だからまずその物騒なもの下げてくれないか」
 政敏の口から出た人物の名を聞くと、空賊は銃口を下に向けた。
「おい、命令ってなんだ。そもそも、お前みたいなガキに姐さんが直々に命令を出したってのは本当か?」
 銃は下ろしつつも、警戒が完全に解かれたわけではなかった。とそこに、もうひとり空賊がやって来る。
「なんだ? 何揉めてんだ……ん? そいつ、この街を制圧する時に意見出してた空賊団のヤツじゃねえか」
 どうやらもうひとりの方は政敏が作戦会議の時に意見したことを憶えていたらしく、さほど敵対心は持っていないようだった。
「アレも、姐さんから促すよう言われてたんだよ。これで俺の立場も信じてくれるだろ?」
 政敏が自信に満ちた顔で言うと、最初に突っかかってきた空賊も大人しく街中へと政敏を招き入れた。
「……で、何だよ命令ってのは」
「ああ。実はな。ここにヴァンガードの連中が捕虜になってるだろ。そいつらを極秘に連れ出せって話だ」
「ヴァンガードを……? なんでまた」
「さてね。俺はそこまでは聞いてない。ただ、この街を任されてるあんたらなら、察しが良いから分かるはずだって姐さんは言ってたけどな」
「……お前、分かるか?」
「いや、けどまあ姐さんのことだ。なんか考えがあるんだろ」
 政敏の言葉を聞きふたりの空賊は互いに顔を見合わせたが、答えは出てこなかった。しかしそれは当然のことである。なぜなら政敏のこの一連の言葉は、すべて嘘だったからだ。ザクロからの命令、会議時に出した意見がザクロに促されたものということ、ザクロの伝言。それらは政敏が捏造し、都合の良いようにつくりあげたデマである。彼の目的は、ヴァンガードの解放にあった。
 そうして自然な態度で振る舞い続けた政敏は、ヴァンガードとの接触に成功する。彼の前には、捕らえられたままの姿の40名近いヴァンガード隊員たち。その中には空峡方面特設分隊隊長、鷹塚正史郎(たかつか・せいしろう)もいた。政敏は彼らを一瞥すると、近くにいた空賊にさらなる要求を出す。
「これだけの人数なら、そこそこ大きい船で運ばないとな。ヨサークの船でも使うか。確か密楽酒家に置きっ放しだったはずだ。悪い、数名ほど人員を貸してくれるか」
 この要求を、空賊は素直に呑んだ。理由はふたつ。「ザクロの命令とあらば聞かないわけにはいかない」という思いと、仮に政敏を怪しく思っていても、ヘルプという名目で監視をつければ問題ないだろうという判断からだ。そこまで見越しての行動なのか、政敏は「とっとと歩け」などと乱暴な態度で接し、隊員たちを街から連れ出す。政敏の策は順調に進んでいた。あとは、仕上げとなる部分を残すのみ。政敏に先導され、隊員たちは列をつくって街から少し離れたところを歩く。その前後には、ヘルプの空賊が2名、銃を持って隊員を挟んでいる。
 街を離れて10分が経った頃だった。
「それにしても、あんたらも大変だな」
 政敏が空賊に話を振る。それが合図となった。突如脇の岩陰から飛び出した政敏のパートナー、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が空賊に襲いかかる。
「はあっ!」
 カチェアの放ったランスバレストが、最後尾にいた空賊の鳩尾を突く。そのまま空賊は膝から崩れ落ち、意識を失った。
「ちょおっと、眠ってもらおうかな」
 リーンはその隙に、最前列にいた空賊に向け雷術を放つ。不意を突かれた空賊ふたりはあっという間に倒され、3人は隊員たちの縄を解き始める。
「これは……君たちは一体」
 戸惑いを隠せない正史郎に、カチェアが話しかける。
「既に後手気味ですが、みんな星に……ザクロに踊らされてたみたいです。ヨサークもきっと被害者ですね」
 そしてカチェアは、ザクロのことや自分たちの立ち位置を一通り説明すると、もうひとり、十二星華の名前を出した。
【獅子座】の十二星華セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)。私たちは彼女と行動を共にします。他の十二星華に関する情報も、彼女から色々と聞けそうですし。その情報の真偽を確認するにも時間は必要かと思われるので、今は……」
 それは、間接的な「セイニィを泳がせてほしい」という要求。それを呑ませることで、政敏たちはセイニィに一定の自由を与えたかった。
「ミルザム様には今、危機が迫ってる。今回に限っては、セイニィは私たちの味方よ。あなたの判断は間違いなんかじゃない。甘さも大事だと思うから」
 リーンの言葉が、カチェアに追い風を与える。どこまで意図を汲み取ったかは定かではないが、正史郎は少し黙った後口を開いた。
「……ミルザム様には、後で私から伝えておこう」
 それを聞き笑顔を見せたリーンは、もうひとつだけ調子に乗って願いを口にした。
「あと、出来たら動ける人には戦力になってほしいかな。もうすぐ来る大きな戦いに備えて、ね」
 正史郎は口元を僅かに緩ませると、大きく頷いて刀の柄を握り締めた。その目は、ツァンダのある方角をしっかりと見据えている。