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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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〜等価な命〜



 飛空挺で一足先にボタルガへと向かっていた一行の通信機が、けたたましい音を立てて鳴り響いていた。それをすかさず取り、情報をダウンロードする。

「……今、セリナから知らせが入った」

 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、神妙な面持ちでルカルカ・ルーに言葉をかけた。昨日の晩から【ランドネア・アルディーン】について調べていた彼女はかなり疲弊した表情を見せていた。

「いい知らせだといいんだけど」
「恐らく、いい知らせだ」

 剣の花婿(?)であるダリル・ガイザックは柔らかな微笑を浮かべながら今しがた受け取った情報をルカルカ・ルーにみせる。

 見せられた情報は、【ランドネア・アルディーン】の中に、2つの人格があるという話。
 そして恐らく、今は【アルディーン・アルザス】なる人格が表に出ているということ。そのことを聞いて、ルカルカ・ルーは呆然として言葉を紡いだ。

「それじゃ、教導団にいたころの彼女は」
「ランドネアのほうだろう……おい、どうした!?」
「よかった……」

 へなへな、と座り込んだルカルカ・ルーを支えたのは、同じ顔をしたルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)だった。

「大丈夫?」
「……だって、調べれば調べるほど、いい人過ぎるんだもの。ランドネア・アルディーンは……」
「うん。記録は、裏切らないものね」
「だが、そういって軍事裁判を抜けられるか?」

 吸血鬼の青年、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は冷たく言い放った。喜びに包まれている周りに対して、退屈そうにあくびを漏らしていたところだった。

「アルディーンという人格が悪い、それが真実だと誰が信じてくれるのか?」
「そのために、アコがいるのよ」

 大きな胸をさらに張って、ルカ・アコーディングは言い放つ。その手には最新のデジタルカメラが構えられている。

「アルディーンがどういう人間か、アコがちゃんと記録するよ。きっと、ランドネアの情報とかなり違うだろうから」
「少し、気が楽になったね。教導団の人間が裏切ったわけじゃない……」
「だけどさ、アルディーン・アルザスだけを消すってできるかなぁ」

 赤い髪をかきあげて、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は安堵の声を漏らした。小首をかしげる少年魔女のクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は受け取った資料を眺めながら、困った様子で唇を尖らせていた。

「人一人の記憶は、そうそう簡単に消せないのではないでしょうか」

 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、物憂げな表情で呟いた。それに対してメシエ・ヒューヴェリアルはまた冷たい表情で口を開いた。

「どちらであろうと関係ない。あの女の品の無さは目障りだ。どちらにしろ、野放しにしておくわけにはいかないんだろう?」

 その言葉を耳にしたものたちは、目をぱちくりさせる。メシエ・ヒューヴェリアルは顔をしかめて見つめ返す。すかさず、クマラ カールッティケーヤはにんまりと笑ってメシエ・ヒューヴェリアルの首に飛び掛る。

「それって、要するにルーノたちを助けたいんだよね?」
「そうは言っていない。それに……」

 少年魔女の言葉に眉間のしわを深めるが、言葉を止める。そのさきは、彼自身の脳内の考えであってここでもらすことでもないと判断して、薄茶の髪についたごみでも払うかのような優雅さで少年魔女を振り払うと、その場から離れた。

「……件の女、自分でできることは限られているというのに……何ゆえ今ある器を求めるか、か?」

 ドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、顎に手を当てながらメシエ・ヒューヴェリアルに歩み寄る。吸血鬼の青年は黙って流れていく雲を見上げた。しばらくの沈黙の後に、小さく一言だけ呟き返した。

「真意はいずこ、か……」











 旧ボタルガの町……その中でもあまり壊れていない大きな屋敷の中。恐らく、町長か有力者の建物なのだろう。見事な調度品が並ぶ部屋は、天蓋つきのベッドにソファまで置かれており、高級感を漂わせていた。

「……まったく、いい迷惑だわ。フラム! 起きてる?」

 鎖につながれ、ベッドの上に座らされている伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、その横で自分よりもより一層がんじがらめに囚われているフラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)に声をかけた。

「マ、スター……く、面目ない……」

 いつもは燃えるような赤をしている髪がくすんで見える。それが、フラムベルク・伏見自身の疲弊を表しているかのようにも見えた。声も、どこか弱弱しく感じて伏見 明子は唇をかみ締めた。

「いいのよ。それよりも、サーシャや静佳と通信は?」
「ここは、恐らく……ボタルガの洞窟の中……通信は、マスターの携帯なら可能かもしれませんが……」
「ああもぅ! この鎖何とかならないかしら!」

 腕を拘束している鎖さえ取れれば、ポケットの中の携帯を取り出せるのに……そう思い騒いでいると、扉をノックするものがいた。ノックなどされても、言葉でしか返せない状態の伏見 明子はいらだったように言葉を返した。

「何よ! いまさらノックなんてお上品なことっ」
「っひぃ! あ、ご、ごめんなさいぃ!」

 ドアの向こうから姿を現したのは、彼女をここへ放り込んだはずの張本人……アルディーン・アルザスだった。だがその様子は、まるで小動物のように怯えきっていた。

「……な、なによ?」
「あの、ごめんなさい……アルディーンが今寝ているから、少しお話をしようと思って」
「寝ているだと? 何を寝ぼけたことを!」
「まって、フラム……あの、ごめんなさい。よく事情がわからないんだけど……」
「わ、私は、ランドネア・アルディーンです。教導団の教官を、してます……昔は、機晶姫の技師をしていました」
「……ええと、どういうこと?」
「私、私の中に、アルディーン・アルザスという人格がダウンロードされているんです」

 突然の告白に、伏見 明子はひたすら目を丸くすることしかできなかった。




 それを扉の前で聞いていたのは、青い髪の女性……フードをはずした彼女は、虚空を見つめて何かを思案していた。壁は彼女の悩みに答えてくれる気配はなく、老人達からの呼び出しベルを聞いて、すぐに呼び出しに応じた場所へと向かった。
 そこは、以前使ったオルゴールが、壊れたまま運び込まれていた。巨大な自動演奏機は破壊した後は手をつけていない。その部屋は恐らく書斎か何かなのだろうが、今は通信機が運び込まれており、それを取り囲むようにきらびやかな家財道具が並んでいる。

「お呼びになりましたか?」
『アルディーンはどうした?』
「先ほど自室でお休みになると」
『全く、吸血鬼というのは面倒な生き物だ』
『貴族ぶってこのような無駄なものばかりならぶ建物を選びおって』

 老人達の声のみのお小言が通信機から聞こえてきて、こっそりとため息をついた。通信機の先には映像は映らず、声だけが彼女の元に届けられている。その声の先がどうなっているかなど、彼女にはまた関係のない話だった。
 その老人達が、いくつかの物質に入ったデータの結晶でしかないことなど、彼女には全く関係がなかった。











 ルーノ・アレエがのった飛空挺で、一人の獣人が声を張り上げていた。

「あのデカブツ! 帰って来たらただじゃおかないっ!」

 サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)は茶の瞳を燃え上がらせながら、手のひらに拳を打ちつけていた。その苛立ちは、九條 静佳(くじょう・しずか)の中にもあったが、冷静さはまだ保っていた。風に黒髪をたなびかせながら、携帯電話に耳を当てる。言葉をかけても反応がないのは、向こうが応答できていることに気がついていないからだろう。
 元気そうな主の声を聞いて、安堵の声を漏らす。

 だが、そこから聞こえる言葉に目を丸くした。ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)がその様子を不思議に思い、銀髪を耳にかけながら声を低くして問いかけた。

「どうか、しましたか?」

 九條 静佳は形態の録音機能をすかさず押して、ガートルード・ハーレックに渡した。その向こうでは、【ランドネア・アルディーン】が伏見 明子と話しをしていた。青い瞳で返事をすると、携帯を返す。すぐさまルーノ・アレエのところへと向かうとそこにはシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)と語らって笑う姿があった。

「アレエ、セリナや緋山が持ってきた情報どおり、【アルディーン・アルザス】は【ランドネア】だったようです」
「……そうか……ルー嬢、どうするじゃ?」
「ウィッカーの兄貴、私は、とても甘いと思います。私自身の、機晶姫としての判断は、銀の機晶石さえあればいいと、そう思っています。でも、そのために犠牲は出したくない……そう、思っているんです」
「ほほほ、確かに甘いでおじゃるのぅ」

 どこから持ってきたのか、籐の椅子に腰掛けているロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)は、唇を持ち上げてにっこりと笑いながら続けた。

「じゃが、その甘さもまた一興……付き合ってやってもよいぞ?」
「ありがとう……兄貴、私は……また、皆さんにわがままを言います。どうか、甘ったれの舎弟を、許してください」

 そういうルーノ・アレエの瞳には、自己を犠牲にしてでも……というような哀しい決意は見えなかった。金髪を高く結い上げた機晶姫は、顔をくしゃくしゃにして笑った。そして、目いっぱいルーノ・アレエの頭をなでた。

「おう! ルー嬢が幸せになったら、目いっぱいお返ししてもらうけぇ、覚悟せぇよ!」
「うまくいくといいね!」

 黒い瞳をにっこりと細めて笑いかけたのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。その傍らには、七瀬 巡(ななせ・めぐる)もいた。金色の髪が、風にたなびいて輝いている。

「はい。ありがとうございます。七瀬 歩、七瀬 巡……」
「でも……よく考えたら、人質はランドネアさんも含まれる、ってことだよね?」
「あ、そっかぁ……身体をたてに取られたら辛いね」

 七瀬 巡の言葉に、七瀬 歩は落ち込んだように肩を落とす。それに対して、肩にそっと手を触れてきたのはクコ・赤嶺(くこ・あかみね)だった。眼帯をつけているから誰もが一瞬畏怖の感情を抱いてしまうが、その柔らかな微笑みに思わず笑みがこぼれる。

「大丈夫よ。なんだかんだで、ランドネアさんの体そのものなんでしょう? それに、ルーノにだって、今はないけど記憶が残っているはず。その絆を信じましょう」
「ああ。イシュベルタもいるしな……って、アイリス……どうかしたのか?」

 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、突然耳を済ませ始めたアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)に声をかける。クコ・赤嶺も耳を済ませてみるが、どうやら彼女には聞こえないようだった。

「アイリス、何か聞こえるの?」
「はい……ルーノさんの、あの歌……メロディだけですが、聞こえるであります」
「アイリス・零式、本当ですか?」
「歌っているのは、多分エレアノールさんだとおもうであります」

 その言葉を聞いて、ルーノ・アレエはまだ走行中の飛空挺の先頭に立った。その視線の先には、旧ボタルガの町が見えてきていた。一度しかきたことのない場所だったが、どこか懐かしさを感じて目を細めた。そこへ、陽気な声で五月葉 終夏(さつきば・おりが)ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が話しかけてきた。

「懐かしいね、あそこで列車壊したのがもう何年も前みたい」
「あの時は、色々とひやひやしたな」
「五月葉 終夏……ニコラ・フラメル……」
「ルーノさん、大丈夫だよ。みんながこんなに願ってるんだもん。きっと、うまくいくよ」
「人の想いとは、時に奇跡を起こすものだ。科学や魔法も、その想いには勝てないことになっている」

 二人の励ましの言葉に、赤い瞳に涙を浮かべて微笑んだ。
 それを遠巻きに眺めていたヴァーナー・ヴォネガットに毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が声をかけてきた。切りそろえられた黒髪が邪魔にならないように、手で押さえながら彼女もルーノに視線を送る。

「……やはり、彼女は笑っているときのほうが綺麗だな」
「はいです! ルーノお姉ちゃんには、笑っていてほしいです」
「ヴァーナー……あらかじめ、いっておきたいことがある」

 急に低い声で語りかけられ、ヴァーナー・ヴォネガットはサイドテールをはねさせて驚くと小首をかしげる。毒島 大佐は苦々しい表情を浮かべて、すぐに表情を戻して銀色の瞳を覗き込んだ。

「可能な限り死なせないようにするが、最悪の場合は殺す。そのことを、覚悟しておいてほしいのである」

 ショックを受け、少し瞼を伏せたがすぐにヴァーナー・ヴォネガットは顔を上げた。

「大丈夫です。だって、皆ルーノお姉ちゃんのためにがんばってるです。だから、あなたも死なせないようがんばってくれるんですよね? ボク、祈ってます。みんなが幸せになるように」
「………ああ、そうだな。がんばるよ。精一杯の、努力をする」
「はいです!」

 サイドテールが元気よく揺れて、それを眩しそうに眺めてから毒島 大佐はその場から離れた。
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が、獣を4匹連れてルーノ・アレエの前に現れた。以前は愛らしさを感じていた獣達だが、今回彼らの目には別の強い光が宿っていた。アシャンテ・グルームエッジ本人の左目も、金色に変化しており、彼女の感情が怒りに満ちていることが伺えた。

「アシャンテ・グルームエッジ、それにグレッグ、ボア、ゾディス……」
「……お前の願い、叶える為の手伝いをする」
「ありがとうございます……」

 獣達は、表情こそ険しいものの、ルーノ・アレエを慰めようとしてか身体をこすり付ける。一体一体を丁寧になでていると、ふと、辺りを見渡した。いつもならいるはずの人影が見つけられず、ルーノ・アレエは小さく息を漏らした。小首をかしげたアシャンテ・グルームエッジになんでもない、という意味で首を振ると、間もなく到着するであろうボタルガのほうを見つめていた。



 別の飛空挺で、エメ・シェンノートは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の隣で紅茶を飲んでいた。ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)も見習い、長い巻き毛をたなびかせながらも優雅にティーカップに口をつける。白い装いの紳士は、幾度目になるかわからないため息をついた。

「はぁ」
「ため息をつくなら、なぜあちらの飛空挺に乗らなかったんだ?」
「ええ!?」
「ルーノ様も、少し残念そうでしたね」
「えええ!!? そうなんですか!?」

 赤くなってきた白の紳士をからかいながら、黒髪の青年は目を細めてボタルガの方角に視線を送った。見た目にはあくの巣窟には見えない廃れた町にしか見えない。耳に、聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた……気がした。

「コユキ、どうされたのですか?」
「いや……なんだか、歌が聞こえた気がしてな」
「そ、そういえば、あのディフィア村の子守唄に、歌詞はあったのかい?」
「いいや。元が……鉱山の中で使われていたのが始まりらしいんだ。理由は深く語られていないんだが……そこから派生して、子守唄になったそうだ。音色しか存在していないらしくてな、ハミングで子供に聞かせていたんだとさ」

 早川 呼雪は遠い目をしながら、ふと【ニフレディル】と名乗る彼女がルーノ・アレエの歌にハミングで参加していたのを思い出す。青い髪の女性は、何故あの歌だけを覚えていたのだろうか。

「ニフレディル様があの歌を覚えておられた、ということはルーノ様のことを思い出すことも可能かも知れませんね」
「そうすれば、ルーノたちの兵器を解除することも可能かもしれないな」
「造り主ですしね……」
「……エメ、何を隠しているんだ?」
「え?」
「ルーノとの関係じゃなくて、なにかあったのか」

 あまりにもまっすぐに見つめてくる眼差しに、エメ・シェンノートは視線をはずす。

「例え話したとしても、信じてもらえるかわかりません。それに……可能なら、この胸のうちだけにしまっておきたいとも思っています」
「俺にも、話せないのか」
「……この事件が片付けば、イシュベルタさんから皆さんに告げられるはずです。早いか遅いかの違いでしかありませんね……実は」
「お客様がきたみたいよ」

 会話を途中で気ってごめんなさい、そういいたげに上品なお辞儀を見せた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がにっこりと笑みを浮かべて、武器を構える。百合園女学院の制服が風に翻っているが、彼女の顔は獲物を狙う獣のように鋭かった。

 彼女の視線の先には、真っ黒な獣達が空を待って飛びかかってこようとしていた。一番手を真っ二つに切りつけると、それが元はスライムだったのを悟り、すぐさまナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が呪文の詠唱を開始する。

「地獄の業火によって灰となれ!」

 高らかな呪文が放たれれば、スライムは呪文どおりに灰となって風に舞う。シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が格闘用の装甲で迎え撃つ。深く息を吐くと、鋭く獣の姿をした獣達をにらみつける。

「珊瑚の機晶姫、いざ参る!!」
「怪我人はこちらじゃ。無理をするでない。敵の本拠地はここの先ぞ」

 ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)はわずかなかすり傷にでもすぐに応急処置を施す。SPの無駄遣いにならぬ程度に治療を施す。

「おい、あんまり無茶すんなよ」
「……そうね、敵はここにいる連中だけじゃないから」

 牛皮消 アルコリアが後ろから声をかけてきたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)に前を譲った。いまだ大量に襲い掛かってくる獣型のスライム相手に、彼はにっこりと微笑んだ。

「俺の必殺技、パーート1っ! 烈火の嵐よ、全てを包み焼却せよ……ファイアストーーーームッ!」

 業火の嵐がスライムたちを一斉に包み込んだかと思えば、全て灰と化し風に流れていった。 飛空挺全体が一瞬だけ熱風に包まれるも、すぐにそれはかき消されていく。

「紅蓮の魔術師の力、思い知ったか!」
「そんなに張り切って、後大丈夫なのかねぇ」

 少し呆れながらも、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)がその後姿を眺めていると、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)は何かに気がついて上を見上げる。

「ケイラ!」
「え、どうしたの響子……な!」

 見上げた空には、アルディーン・アルザスの姿が映し出されていた。ホログラムだというのは一発でわかったが、無意識に誰もが武器を構えていた。ホログラムが口を開いたが、聞こえてきた音声は老齢の男性のものだった。

『ふふふ、洗礼は気に入ってもらえたかね』
「何者だ!」

 剣を構えた相田 なぶら(あいだ・なぶら)が鋭く睨みつける。受け取った資料の中には、彼女の音声も入っていたからその声が彼女のものでないことは明白だった。フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)もその後ろで武器を構えない状態でしっかりと見つめていた。

『ああ、アルディーン本人は今取り込み中でな……鏖殺寺院が一派のものだ。わしは、お前らが連れているその金色の人形を作るチームのリーダーを勤めていた』
「人形なんかじゃありませんっ!」

 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が鋭く声を張り上げると、ホログラムのアルディーンは口元を歪めて微笑んだ。

『まぁいい。君たちの来訪を楽しみにしているよ。あの町でね』
「待て!!」

 蜃気楼のように消えていくホログラムに向かって、シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)が言葉と共に発した魔術も、空の彼方へとかき消されてしまった。無駄になるとわかっていたからか、たいした呪文ではなかったようで本人も小さくため息をついただけだった。


 残り二つの飛空挺でも同じことが起きていたらしく、一刻も早くボタルガへ向かうべく、船の速度を一斉に上げた。