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サンタ少女とサバイバルハイキング

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第9章 愛という謎の力のなせる技


 見晴らしの良い岩場の上で、いちゃいちゃと愛夫弁当を食べていたのは、空京大の島村 幸(しまむら・さち)とパートナーで剣の花嫁のガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)だった。
 幸があーんと口を開けると、ガートナが箸でご飯を運んでくれる。
「美味しいですか?」
 ガートナが頬を染めて聞くと、幸がうっとりと頷いた。
 劇薬ばりの激甘空間は、すでにバリアーに等しい効果を発揮し、彼らに近づこうとする者はいなかった。
 それが却って、バカップル絶対領域の強度を促進させている。
「ああ、ガートナ、どうしてあなたはこんなにも美味しいお米が炊けるのだろう」
「幸、それはきっと私が君を愛しているからに違いない」
「ガートナ……、」
 ぐぐっと迫る幸の迫力に気圧されながら、ガートナは彼女の前に残りのお弁当を差し出した。
「幸、次は何が食べたいですかな?」
 幸の瞳が病んだ色でガートナを見つめたが、お楽しみはあとにとっておこうという心の囁きに、幸はついつい耳を貸してしまった。
「そうだな。それじゃ、玉子焼きが食べたい。ガートナの玉子焼きは最高だ」
「わかりました」
「あ〜……」
 幸は再び大きく口を開け、ガートナは、玉子焼きを幸の口に……入れられなかった。
「ん?」
 見れば箸の先には何もない。幸が慌ててまわりを見ると、一羽の鷹の足に玉子焼きを発見した。
 鷹は音もなく、幸から玉子焼きを奪い去ったのだ。
「よくも…っ! よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも私の玉子焼きをおぉぉぉぉ!!」
 いきなり幸が絶叫する。鷹は、地上の人間をバカにするように、空にくるりと輪を描いた。
「ふふ…ふふふ…あはははははは!……焼き鳥にして差し上げます♪」
 幸は素早く、怪力の籠手を付け、ブライトグラディウス持つと敵を睨みつけた。
 しかし、玉子焼きを奪った鷹は、降りてこようとせず、むしろ飛び去ろうとする。
「待ちなさいっ!」
 幸が鷹を追いかけようとするのを、ガートナがしがみ付くようにして止めた。
「ガートナ離して下さい! あなたの仇をとらなくてはっ!!」
「私は死んでいません。怪我すらしておりませんぞ。それよりもここは岩の上です! そのまま進むと危険です!!」
 ガートナは今にも落ちそうな幸の体を必死に支える。
「ちっ!」
 それでも諦め切れない幸が、鷹に向け、火術を放つ。火に煽られた鷹は玉子焼きを取り落とし、別の鷹がそれを嘴で受け止め、そのまま腹の中に納めた。
「………許さない。許すものかぁあああああっっっ!!!」
 幸が手あたり次第に鷹に向かって火術を放つと、支えきれずバランスを崩したガートナの膝が、2人の弁当をひっくり返してしまった。
 幸は台無しになった弁当に強いショックを受け、鷹は餌の匂いにつられてその数を増やし、2人のいる岩に突撃して来た。

 そんな騒ぎが起こりつつあると知らないすぐ近くでは、作って来たお弁当を仲良く食べていた綾乃と亮司、悠の姿があった。ちょうど綾乃が、悠がこっそりと作って来たおにぎりを見つけ、亮司に食べてもらうように勧めているところだ。
 3人の斜め前の茂みの中には、さらに悠のパートナー3人娘まで隠れている。
「いい雰囲気ですねぇ。悠くんはモチロンですが、綾乃さんにも是非とも頑張って欲しいところです」
 そうでなくては盛り上がらないと、翼は悠達に気づかれないよう小声で言った。
「綾乃さんも可愛らしい方ですから、是非とも頑張って欲しいと思いますわ。可愛らしい女の子2人から好意を寄せられるなんて、佐野さんが羨ましいですわね。」
 ネルも翼に寄り添い、悠達の様子を木の陰から見守る。
「ああ、悠くんをいじりたい!」
 ふとした拍子に亮司の手に触れてしまい、顔を真っ赤にさせて俯く悠に、未羽がもやもやをためていく。
「え、ええとね、おにぎりなら簡単かなって思って作ってみたんです。でも、せっかくだし、普通のおにぎりじゃない物をとか思ったら、ちょっと材料集めとか作り方とかが上手くいかなくて。ありあわせのもので作ったから心配なんだけど……」
 顔を真っ赤にしたまま、なかなかおにぎりを出そうとしない悠を、綾乃が促す。
「それで、何のおにぎりを作ったんですか?」
「ええと、『爆弾おにぎり』って知ってます?」
 近くの茂みががさりと揺れた。
 悠達は、音のした方をじっと見つめるが、それ以上何事もなく、気のせいだったようだ。
「『爆弾おにぎり』って、海苔の代わりに魚のすり身を使うやつですか? それとも爆弾みたいに周りを海苔で包む方?」
「えっと、たぶん、後者ですね」
「食べるのが楽しみですね、亮司さん」
 優しく言う綾乃の言葉に、翼とネルと未羽は、顔を見合わせ、止めるべきか考えた。
「こ、これなんですけど……」
 悠は、海苔で包まれた野球ボールほどの大きさのおにぎりを、リュックから取り出した。
「すごく、……球形だな」
 亮司の言葉に、悠が頬を染める。
「爆弾ですから」
 念のため、亮司が匂いを確認するが、ちゃんとご飯と海苔の香りがした。
 これならイケる…かもしれない…と踏んだ亮司が食べようとした時、その手から爆弾が奪い獲られた。
 幸達の食べ物だけでは飽き足らなくなった鷹が、不幸にも悠のおにぎりに爪をかけたのだ。
 その時、幸の放った火術がその鷹に襲いかかる!
 ちゅどーん! という音と綺麗な火花を散らして、鷹はよろよろと崖下へ落ちて行った。、
「まあ、……きれい……」
 綾乃が、うつろな笑顔でつぶやく。
「悠、ちなみにおにぎりの中身はなんだ?」
「ええと、C4(爆弾)と信管が手に入らなかったので、花火の火薬で代用したんです。あっ、火薬御飯って言うべきでしたか?」
 火薬も爆弾も食べられない事に、一日も早く気付いて欲しいものである。
「悠、この爆弾、使わせてもらえるか?」
「喜んで!」
 悠の了承を得た亮司は、いまだ飛んでくる火術のタイミングに合わせ、おにぎりを投げつけた。
 空で小爆発がおこり、花火が散る。音と光で鷹を追い払おうとしているのだが、なぜか鷹は、その数を増した。

 その爆発音と鷹の群れに、何事かとお昼休憩中の皆が集まってくる。
 それと同時に、空に大きな影が現れた。ボスとおぼしき大きな鷹だ。
「これは一体、何という試練だろうか!! 凶悪なモンスターが、彼らの聖なる使命を邪魔するように、空から舞い降りて来たのだ!!」
 お昼休憩中だったミヒャエルが、すぐにマイクを取り、アマーリエがまわしたビデオに向けて解説する。
「とっ、鳥っ!?」
 終夏はトラウマのある巨鳥に、体を強張らせた。
 小型の鷹は、皆のお弁当を狙って急襲してくるが、ボスは小柄な人間すら獲物として狙ってくる。
「皆、早くここから逃げて!!」
 フレデリカが立ち上がり、叫んだ。
 その声に、いち早く反応したのは壮太だった。
「真希、こっちだ!」
 壮太はすぐに真希の手を掴んで抱え上げると、手近な斜面を滑り降りて身を低く保ち、茂みから茂みを渡って岩陰を目指す。
 それを見ていたガレットも行動を起こした。
 鷹を警戒しすぎて上手く動けない終夏を見つけると、しっかりとその手を掴む。
「終夏、走るよ!」
「う、うん!」
 終夏はいつもは頼りないガレットの思いのほか力強い手を握り返し、トラウマという恐怖を蹴散らすように駆け出した。
「皆、早く! ここから逃げるのだ!!」
 アルツールとシグルドが、比較的逃げやすい道を見つけ、皆を誘導する。
 戦う術を用意していない者達は、アルツールの指示に従い走り出した。
 その中から、ボスの爪はフェルに狙いを定めると、ショウがそれに気づき、フェルを庇う。
 爪が二人に届く寸前、クレアが雷術をボスに向けて放った。ボスが怯み、クレアとの距離をとる。
「行って!」
「すまん!」
 クレアの言葉に、ショウはフェルを抱えて走り出した。
 今度は、オウガに支えられながら、グランとともに移動していたアーガスの背に、ボスが襲いかかる。
 アーガスはその爪を、ドラゴンアーツでガシリと受け止め、
「……これ以上、高い所など行くものかぁああああっっっ!!」
 心の叫びとともに、ファイアストームを発動させた。炎の嵐がボスの羽を焦がす。
 アーガスは、高所恐怖症だった。これまでの道程とアーガスの様子を思い返し、オウガは涙を滲ませた。
「わしとてまだまだやれるところを見せ付けてくれるわ! とおぅっ!!」
 2人の横で、グランはクレセントアックスから爆炎波を放ち、果敢にもボスに追従する鷹を追い払っている。

「皆っ!!」
 思わず前に出ようとしたフレデリカを万願が制した。
「フレデリカ殿、無茶はしないでくれである」
「でもっ!!」
「皆なら、きっと大丈夫ですぅ」
 メイベルがフレデリカに言う。
「そうだよ、皆、こう見えて結構強いんだから!」
 セシリアが自信たっぷりに請け負った。
「フレデリカ様に何かあった方が、きっと皆様つらい思いをされますわ。それに、一番最初に誓ったではありませんか、頂上で会いましょうと」
 フィリッパの言葉に、フレデリカは周りの者達を見上げる。皆が、フレデリカが無事に避難する事を望んでいた。
「……わかった。皆も早く逃げて!」
 周りにいた者達はフレデリカを安心させるように頷き、彼女を守りながらの撤退体制をとる。
「フレデリカ殿が避難するまで、俺様が援護するである!」
 万願はフレデリカを背に庇ったまま、シャープシューターやスプレーショットを使い、鷹の群れを威嚇した。
「涼子さんはフレデリカさんのそばにいなさい!」
 正悟は、涼子をフレデリカの方へ押しやり、自分は2人を庇うように身構えた。
 フレデリカは、正悟の気持ちを汲み、涼子の手を力づけるようにぎゅっと握る。
 洋とみと、トライブもフレデリカを守ろうと駆け寄る。
 しかし、グラン達の元を離れたボス鷹も、同時にフレデリカに襲いかかった。
「だめぇっ!」
 明日香がフレデリカを庇おうと手を伸ばし、代わりにボスの爪に捕まった。
「きゃあっ!」
「明日香さんっ!!」
 フレデリカの叫び空しく、小柄な明日香はボスに易々と地上から剥がされ、持ち上げられる。
「可愛い女の子を、鳥なんかに渡せるかぁっ!!」
 周がボスの足に飛びついて高く上がろうとするのを阻止し、明日香を掴む爪を引き剥がしにかかる。
「周くん、目を閉じて!!」
 レミの声に周がぎゅっと目を閉じると、レミは鷹の目を眩ませるべくバニッシュを放ち、和弓で矢を射る!
 浅いながらもボスに刺さった矢のおかげで、明日香と周は地面へと放り出された。
 ボスは取りこぼした餌を求め、爪で宙を掻く。
「助太刀するわ!」
 アルメリアが小弓でボスに矢を放ち、レミの加勢についた。
 地上では、地面に落ちる時にまともに下敷きにしてしまった周に、明日香が声をかけていた。
「あのぉ、大丈夫ですかぁ?」
 しかし、応えはなく、周は嬉しそうに気絶している。明日香は考えた末、邪魔にならない物陰へと周を避難させるべく、引きずり始めた。

 再びフレデリカ達を狙うボスの前に、翡翠がバーストダッシュで飛び出した。
 超感覚を使って不安定な足元のバランスを確かなものにすると、すぐに星輝銃を構えてエイミングでボスに狙いを定め、シャープシューターを使って引き金を引いた。
 ボスは、そんな翡翠に向かって挑むように真っ直ぐに飛んで来る。攻撃は確かに当たっているはずなのに、効かない!
 すぐに翼の風圧におされ、翡翠の細い身体が揺れる。
 ボスの爪が翡翠の体にかかろうとした時、間一髪、『乾坤一擲の剣』がそれを防いだ。
「焦らなくても平気よ、翡翠。邪魔な壁は私が切り裂くから!」
 円が、ボスの力と己の力を利用し、大剣を横に凪ぎ払う。ボスは悔しそうにひと鳴きすると、そこを離れた。
 円に支えられ、翡翠はボスの背にもう一度シャープシューターを放った。

 翡翠達から離れたボスは、次に、おぼつかない足取りの仔トナカイに目をつけた。
 翼を操り、急降下すると仔トナカイに爪をかける。
「やめてっ!!」
 動物好きのオルカが思わず叫んだ。
 しかし、ガシリッ!と獲物を掴んで去っていくボスの足には、身を呈して仔トナカイを庇った変熊が握られていた。
「その仔を頼むぞぉおおおおっっっ!!」
 危険な己の身の上よりも、仔トナカイを心配する変熊に、オルカは素直に感動し、この仔を守ると固く誓った。


「上空に敵だと!?」
 大人しく白飯を食していた野武の眼鏡がキラーンと光る。
「くくく…ようやく来おったか。この好機、逃すわけには行かぬ! 者どもっ、直ちに我輩の偉大なる発明品『スモークディスチャージャー』で煙幕を展張すべし!」
 野武の命令で、パートナーで守護天使の黒 金烏(こく・きんう)と、英霊のシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)は、機晶姫の青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)が背負ってきた3つの物体を地面に下ろした。
「こ…これが『スモークディスチャージャー』!」
 シラノと金烏は息をのんでそれを見つめるが、
「………どう見てもただの『ジャンボ七輪』ですね」
 シラノの言葉に、金烏が頷く。
「これがただの『ジャンボ七輪』にしか見えぬと? おぬしらの目は節穴かぁっ!」
 野武は怒りにまかせ、ノニ・十八号の頭を殴る。
「あう。何するんですか、お父さん」
「良く聞くがいい! これは我輩の『先端テクノロジー』により、酸素濃度の薄い高地環境でも円滑な燃焼を可能にする酸素供給設備を(以下長いので125ページ分を省略)とする物なのだ!」
「さっぱりわかりません」
 そう言うシラノに野武は憐みの眼差しを向けた。
「天才とは、常に理解されぬものなのだよ……。では、黒は専用資材を各員に配布せよ!」
 金烏は、新聞紙、炭、替えの焼き網、包丁、団扇、おろし金、薬味(レモン、スダチ、ポン酢、大根おろし)、醤油、塩、生姜をシラノとノニ・十八号に1セットずつ渡した。
「なお、本日のシェフの気まぐれ煙幕用資材でありますが、DNA鑑定の結果、地上のサンマに最もよく似た淡水魚を「氷術」製の氷を詰めたトロ箱に詰めて大量に持参した物であります。しかもラットの実験レベルでは無毒である事を確認済であります」
 ちょっぴり得意そうに言う金烏に、シラノは、いったいいつの間にこんな用意をと呆れていた。
「いざ!」
 野武の掛け声で、金烏の火術が、並べられたジャンボ七輪に火をつける。
 やがて、大きな網の上に載せられた魚達から、モクモクと煙が立ち上ってきた。
「ちなみに、不運にして消し炭と化した資材があったとしても、全て現地廃棄しても微生物分解可能であるからして問題はない! うむ、我ながらエコである」
「流行りは抑えておきませんとね」
 野武の解説に、ノニ・十八号が相槌を打つ。
「青、思うのですが、」
 魚から発生する煙を団扇で仰ぎながら、シラノが野武に話しかける。
「なんだ?」
「煙幕でこちらが見えにくくなっているのは良いのですが、こちらも敵を狙いにくくなっているような気が……」
「計算のうちである。」
「………ならば、良いのですが」
 揺るぎない答えに、シラノも、ならばあちらこちらから聞こえてくる煙で見えないとか戦いにくいといった不満はきっと空耳なのだろうと思い込む事にした。
「……しかし、サンマは焼き加減が命であるの」
 野武は七輪の魚に箸を伸ばし、その焼きたての身を頬張った。
「うむ、おかわり」
 野武が差し出す茶碗に、ノニ・十八号が白飯を盛る。
 その間に、七輪の上を鷹の群れが飛び交い始めた。
「む、しまった! やつら魚の匂いに釣られて『スモークディスチャージャー』を狙ってきおった! なぁに、この間合いならば他の衆の近接武器も届く、全て計算であーる!」
 ようするにあとは他の人達に任せる気なのだろう。シラノは今度こそ信じられない気持でいっぱいだった。
「しかし、おかしいのぉ。当初予定していた性能とこうも違うとは……」
 原因を考える野武の耳に、ぐつぐつという音が聞こえた。
「さすがお父さん、このジャンボ七輪は何事かと思いましたが、思った以上に便利ですね。おかげでパラミタトウモロコシのお粥がよく煮えます」
「何をしておるか、このポンコツロボットがぁ!」
 野武がノニ・十八号にプロレスの関節技を決める。
「ああっ、痛いぢゃないですか。お父さん。大体、僕はロボットぢゃなくて機晶姫ですよ。それに、七輪と炭があったら、お粥を作りたくなるのが人情ぢゃないですかぁ」
「煙の出ないものは却下であるっ!」
 ノニ・十八号の間接が、ギシギシといやな音をたてていた。
「あう、あう」

 その時、ズンッ…という微かな地響きと同時に襲った突風が、ジャンボ七輪から立ち上る煙を辺りから消し去ると、グリフォンの姿が現れた。
「おぉ、グリフォン」
 明は、鷲の羽を広げて現れたグリフォンに感動を覚えた。
「もふもふしたいわぁ……」
 しかし、グリフォンの気持ちは違ったようで、耳をつんざくひと鳴きを人間どもにお見舞いすると、すぐに鷲の嘴とライオンの爪で攻撃を仕掛けて来た。
「僕のお粥を狙う敵は許さないぞ! 許さないだけですけどね」
 ノニ・十八号の挑発が気に入らなかったのか、グリフォンはジャンボ七輪をちゃぶ台返しよろしく薙ぎ払う。
 煮えたパラミタトウモロコシ粥がノニ・十八号にまともにかかった。
「あちっ、あちっ!」
 熱さに慌てて走り回るノニ・十八号に、鷹の群れが御馳走を見つけたとばかりに襲い、鋭い嘴でその身体についた粥を容赦なくつついてまわった。
「あ〜れ〜、お助け〜〜っ」
「もぉっ、しょうがないな!」
 美羽が、バーストダッシュでノニ・十八号に駆け寄り、飛び蹴りで鷹を追い払ってやる。

 その間も、グリフォンは、身構える人間達に牙を向いて威嚇していた。
 刀真はパートナー達を背に守り、バスタードソードを構えるが、今日ばかりは誰の血も見たくないという月夜の為に、攻撃をためらっている。
 リュースは、レイと逃げ遅れた葵を庇い、高周波ブレードを構えて、間合いを取る。
 グルル……と喉を鳴らすグリフォンに、ともすれば弱気になりそうなアリアは、ぐっと下腹に力を込めた。
 日帰りハイキングと油断して武器を持って来なかったものの、そのまま逃げる気にもなれず、微力ながらに皆の助けになろうと残っていたのだ。
(空気に呑まれちゃだめっ!)
 アリアは自分に言い聞かせた。
(落ち着いて、恐怖に負けずに敵を見据えて……)
 次第に緊張が高まる中、グリフォンの足が地面を蹴り、ふわりと宙に浮いた。
 グリフォンがぐっと翼を広げるのを見たザカコは、『奈落の鉄鎖』を発動させ、グリフォンの飛行を解除する。そこを、ルカルカがブライトフレイルを使って、グリフォンの胴を打ちすえた。
 受け身をとったグリフォンが、すぐに身を翻し、一番近くにいたアリアに飛びかかる。
 アリアはスウェーでそれを交わすと、
「そこぉっ!!」
 至近距離から雷術を放った。放たれた雷は、ルカルカがダメージを与えた場所にヒットし、グリフォンを怯ませる。
 グリフォンは身を怯ませ、耳をつんざく鳴き声を上げた。

「おかしいな」
 戦いを見守っていたコハクが呟いた。
 何もしていないのに、グリフォンがこれほど積極的に戦闘を仕掛けてくるとは思えなかった。
 そして、そのコハクの疑問を裏付けるように、グリフォンの戦う理由が、スキップを踏みながらこちらへやって来た。
「葵ーっ!!」
 探検に行ってくるといったままいなくなり、葵を心配させていたイングリットが、葵の元へ駆け戻って来た。
「イングリットちゃん、無事で良かったよ! どこ行ってたの?」
「あのね、へんな鳥みつけたんだ!」
 イングリットがにっこり笑って、腕の中に抱きしめている、鳥の頭と猫の体をした動物を葵に見せた。
 瞬間、周りから、血の気が引く音が聞こえて来そうな衝撃が走った。
「これ、グリフォンの子供じゃありませんか!?」
 リュースが思わず叫んだ。
「だから私たち、グリフォンに襲われているんですね」
 レイがグリフォンに同情するように言う。
「悪い事言わないわ、返してらっしゃい、今すぐ返してらっしゃいっ!!」
 アリアはこわばる笑みでイングリットに言い聞かせる。
「やだっ、イングリット、この子、おうちで飼うんだもんっ!」
「気持ちはわかる」
 と、明だけには共感してもらえた。
「ダメだよ、きっと、寮でグリフォンなんか飼えないもん」
 葵がもっともな理由でイングリットを説得にかかった。

「新たな敵襲か!?」
 洋は、グリフォンの鳴き声を聞いて、その姿を確認する。
「フレデリカ、みと! トナカイに乗り込め! 空対地攻撃を仕掛けるぞ!」
「フレデリカさん、乗り込んで下さい。護衛します!」
洋とみとがフレデリカに告げる。
「だめだよ、私、やっぱり皆を置いて行けない!」
 フレデリカはみとの手を振り切り、駈け出した。
「フレデリカ、待てよ!」
 トライブがフレデリカを追って走り出す。
 しかし、エヴァルトとルイは、洋が口にした『空対地攻撃』という単語を聞き咎めてその場に残った。
「仕方がない。みと! 我々だけで迎え撃つぞ」
「はい、洋さま!」
 洋とみとは、サンタのトナカイで上空に浮かびあがろうとして、エヴァルトにトナカイの手綱を横取りされた。
「なにをするっ!」
「そりゃこっちの台詞だろうが」
 エヴァルトが洋を睨みつける。
「空対地攻撃って何のことだか、教えてもらえますね?」
 ルイのスマイルが凄みを帯びた。洋がむっとしながら作戦を説明してやる。
「空対地攻撃とは、上空から範囲を指定して、サンダーブラストを発射し、空対地魔力爆撃を仕掛け、グリフォンを殲滅する攻撃だ!」
 それを聞いたルイは、無理やり洋をトナカイのそりから引き摺り降ろした。
「離せっ!!」
「洋さまっ!」
 男二人に組み伏せられ、もがく洋をみとがおろおろと心配そうに見ている。
「あのな、上からサンダーブラストなんか撒き散らしたら、戦ってる奴らまで巻き添えになるだろうが」
 エヴァルトがため息交じりに言う。
「作戦の為には仕方ない。大丈夫だ、ヒールの心得ならある。傷付いた者のために、衛生兵役をやってやるつもりだ」
 その答えを聞いて、エヴァルトとルイは洋を危険人物と判断した。
 ルイが持っていたタオルで洋とみとの手を縛り、さるぐつわをかませる。もがく2人に、
「騒動が治まるまで、大人しくしていて下さい。死人が出たらシャレになりません」
 ルイがようやくいつものスマイルを見せる。
 エヴァルトは、あたりを見回し、精力的に活動を続けていた撮影班を見つけると、ルイとともに2人を連行し、彼らに押しつけた。
「そっちの学校のモノは、そっちで面倒みてもらうぜ」
 話を聞いたアマーリエは、肩をすくめて承諾した。また教導団が他校生を無暗に攻撃したなどという話が流れては困る。アマーリエはロドリーゴとイルに2人を見張っているよう命じ、ミヒャエルとともに壮大な撮影に戻った。

 何度攻撃されても立ち向かってくるグリフォンに、皆の焦りがにじむ中、
「もうやめろっ、もう殺そうとするなっ!!」
 明が叫び、危険を顧みずにグリフォンの前に飛び出した。彼女はグリフォンの前に背をむけると、両手を広げてグリフォンを庇う。
「こいつは子供を盗られたってのがわかったのに、なんでまだ攻撃するのっ!!」
 明は、鬼眼まで発動させ、グリフォンを攻撃しようとする者達を威嚇した。
 しかし、グリフォンはそんな明の背に、嘴を振り下ろそうとする。
「危ないっ!」
 アリアが思わず叫んだ瞬間、フレデリカが明を突き飛ばすようにして横の茂みに転がった。
 グリフォンの嘴が空を斬る。
 追いついたトライブが、フレデリカと明の腕をつかみ、岩陰に避難させる。

「OK、任せて!」
 明に代わりグリフォンの前に進み出たルカルカは、ビーストマスターのスキルを駆使し、グリフォンに命令を下す。
「STOP! 従いなさい!!」
 しばらくの抵抗の後、皆の攻撃で弱っていたグリフォンは、ようやくルカルカに従った。
 大人しくなったグリフォンの元に、葵とアリアに急かされたイングリットが、嫌々子供を返す。
 子供の鳴き声を聞いた親グリフォンは、ようやく帰って来た仔グリフォンに嘴で毛繕いをしてやり、仔グリフォンは気持ちよさそうな鳴き声をあげた。
 もっと仔グリフォンと一緒にいたかったイングリットは、涙をこらえて葵のスカートにぎゅっとしがみ付いた。
「あたし達も、はやくお家に帰ろうね?」
 葵が優しく言うと、イングリットは顔をスカートに埋めたままうなずいた。
「あーあ、子供連れじゃ、荷物持ちにするわけにもいかないよね」
 美羽が残念そうに言う。
「はい、お土産だよ」
 ルカルカは、山頂まで運んでくれたらあげるつもりでいたハムを、親グリフォンに食べさせてやり、首筋を撫でてやった。
 親グリフォンにヒールをかけて傷を治していた明は、完治を確認すると治療代がわりにグリフォンをぎゅっと抱きしめた。
「ほら、早く帰りな!」
 明が親グリフォンの背を叩いて促すと、親子は連れだって山の奥へと消えて行った。
 ボスが消えたためか、いつの間にか、鷹の群れもいなくなっている。
 ようやく戻って来たのどかな風に、皆はようやく緊張を解いた。

 そんな中、皆とは裏腹に、じめじめと落ち込む者がいた。
「ね、姐さん、どうしたんです?」
 リュースが見兼ねて幸に声を掛ける。
 愛夫弁当の仇を取り損ねて絶望を感じているなど、リュースにはわかるはずもない。ただひたすら無言で暗黒のオーラを垂れ流す幸の扱いに困り果てたリュースは、無意識にさぐりあてたポケットの中の物を思わず幸に差し出した。
「姐さん、ほら、珍しい物が手に入りましたよ。これで元気出して下さい」
 お昼の時に、リュースがジュリエットから取り上げたキノコが、まだポケットに入っていたのだ。
 いまだビクつくピンクのキノコを見た幸は、涙を拭いて眼鏡をかけ直すと、キノコを調べ、ポケットから透明な袋を取り出してきてそれを大事に仕舞った。
 そして、元通りに落ち込む。
「ダメか」
 リュースはため息をついた。
「幸、大丈夫ですか?」
 幸の為、川に布を濡らしに行っていたガートナが戻って来た。ガートナを見た幸が、今にも泣きだしそうな声でつぶやく。
「ガートナ……弁当が……」
 いつになく弱々しい幸を、ガートナがぎゅっと抱きしめた。
「そんなものより、君の方が大事に決まっているではないか!」
 ガートナは、幸の頬についた傷を、濡らしてきた布でそっとなぞる。
「ああ、こんなに傷ついて!」
 ガートナは幸の傷口にキスをしながらヒールを施し、綺麗になった肌に頬を寄せた。
「幸、貴方の幸せが私の幸せなのですぞ?」
 ガートナの腕の中で幸がこくりと頷く。
「弁当ならば、明日、いや今日の夜にでもまた作って差し上げます」
「ほんと?」
 甘えた声で聞いてくる幸に、ガートナの頬が緩む。
「幸の食べたい物を用意します」
「………約束、ですよ」
 嬉しそうにガートナの胸に顔をうずめる幸の頭の中は、止まらない妄想が爆走していった。
「リュース、行きましょうか」
 レイに言われ、2人はその場を後にした。間近で展開されたバカップル絶対領域は、強力だった。

 避難していた者達の何人かが、様子を見て戻って来た。
 全員ではないので、最初のフレデリカの言葉通り、そのまま頂上に向かった者もいるかもしれない。
 何かしらの治療の手立てがある者達が、怪我人の手当てに取り掛かる。

 ジュリエット達は、ヒールを掛けても具合の悪さが治らないジュスティーヌの為、連れて来ていたサンタのトナカイで麓に戻る事にした。
 グランも、オウガの涙ながらの説得とアーガスの限界を見て、ここで山を降りる決意をする。
 見兼ねたアリアが、3人をトナカイのスズちゃんのそりで運ぶ事を申し出た。
 ショウは、昼寝もすんだ事だし、フェルを連れているので、このへんで山を降りると皆に告げた。
 島村夫妻はとっくに2人で帰ったとリュース達が教えてくれた。

 終夏は、山を降りる事を決めたジュリエットに何事か話しかけると礼を言い、こっそりと川の方へ向かった。
 それを見ていたガレットは、終夏の後をつける。
 川岸にしゃがみこむ終夏に、ガレットは怒った様子で声を掛けた。
「ちょっと終夏!」
 終夏は、ジュリエット達の残したキノコを、袋に詰め込んでいるところだった。
「まさか、それ持って帰る気じゃないよね!? 得体が知れない上に、置いとく場所もないんだから、減らさないと手伝わないよ!」
「せっかく貰えたのに捨てるなんてもったいないよ。それに、仕方ないじゃないか、観賞用に調合用に保存用で、最低3つはないと!」

 2人が川で仁義なき交渉を続けている中、皆はこれからどうするか考え、意見を出し合い、やはり、初志を貫徹しようという話になっていた。
「それじゃ、山頂を目指すとしますか」
 クロトが言ったのを機に、皆は再び、山頂を目指して歩き出した。もちろん、終夏達も慌てて後を追う。