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ニセモノの福

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ニセモノの福

リアクション

 
 
 吹き荒れる因果応報の嵐 
 
 
 ツァンダの街では、悪徳販売人を捜そうという生徒たちが活動を開始していた。
 
 幸せの黄色い麦わら帽子。
 福こいこいハッピー法被に、招き猫ペンダント。
 開運の壺を小脇に抱えた怪しい姿は、悪徳販売人よりももっとそれらしく見える。
「ママー、あのお兄ちゃん、変な恰好ー!」
「しっ!」
 無邪気に指さす子供の口を、母親は慌てて手で塞いだ。
「見ちゃいけません。ああいう人とは目を合わせていけないのよ」
 子供と不審者を遮るように母親は自分の身体を盾にし、足早にその場を立ち去って行った。
「くっ……我慢、我慢だ!」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)は血を吐くような思いで、イケナイものを見る視線に耐えた。
 お守り袋の押し売りに泣いている人がいると耳に挟み、詳しく聞いてみれば福神社が関わっているという。新年早々、この社に参って酷い風邪と不運を引きこんだ巽にとってはまさに鬼門。
 それでも助けを求める人がいるのなら、それに応えるのがヒーローの宿命というものだろうと、巽は全身をありったけの開運グッズでガードしてきたのだった。
 誰もが近づくまいとする巽の見た目……だが、気安く声をかけてくる男がいた。
「すげーラッキーな恰好してんじゃん。結構完ペキ? でもさぁ、究極のこれは持ってないっしょ?」
 馴れ馴れしく寄ってくると、男はもったいぶってお守りを見せた。
「コレコレ、知ってる? 空京にあるありがたーい福の神様のハナシ。すげーご利益あるんだって」
「ほう……」
 巽がよく見ようと手を伸ばすと、男はさっとお守りを引っ込める。
「ああダメダメ。むっちゃ宝物だから触らしてやれねえーんだ。けどさ、こーしてオレたち会ったのも何かのエンじゃん? アンタになら売ってやってもいいかなーなんて思ったりもしてー」
「そうなのかっ? 幾ら払えば譲ってくれるんだ?」
 興味を惹かれたふりをして巽が聞くと、男はびっくりするような金額をさらりと口にした。被害にあった人から聞いていた金額と比べても、倍近い。どうやら、身につけてきた開運グッズの為に、とびきりのカモ認定されてしまったようだ。
「高いな……」
「何言ってんだよー、いいものは高い、あったりまえだろ」
「……分かった」
 巽は男に金を渡そうと……見せかけて、男の手首をぐっと捕らえた。
「何すんだよ!」
「そうやって、偽物のお守りを売りつけてきたのか」
「……ちっ」
 ばれたと見た男は、乱暴に腕を振って巽の手を振りほどき、逃げ出した。
「待て!」
 巽は素早く仮面ツァンダーのマスクを装着し、麦わら帽子をかぶり直しながら男を追った。
「蒼い空からやってきて、不運を乗り越え進む者! 仮面ツァンダーソークー1! 他人の願いや想いにつけこみ、自分の欲を……」
「ぐはあっ!」
「……あれ?」
 巽の口上はまだ途中なのに、男は叫びつつ道路に転倒した。
「こんなこと、許せないよ!」
 倒れた男の前にすっくと立ち、ファイティングポーズを取るのは小鳥遊美羽。福神社の偽守りを売ろうとしているのを目撃し、ダッシュで駆け寄りざま男の顔面に蹴りを入れたのだ。
「イテェよ、てめぇ……がは、っ……」
 美羽の音速の美脚が、容赦なく男の腹部にヒットする。
「痛がるより先に、みんなに謝りなさい!」
「た、助けてくれ……」
「謝りなさい! お金もちゃんと返しなさい! さもないともっと蹴るわよ!」
 美羽は蒼空学園の制服姿だが、スカート丈は超ミニ。それを翻してのキックはすんなり伸びた脚のラインもあいまって、見応え十分。けれど、蹴られる方はたまったものではない。
「わ、わ、分かった、謝る。悪りぃな。金も返すから、ほら!」
 ポケットを裏地ごとひっくり返して、男は有り金全部を出した。その情けない様子を美羽は腰に手を当てて見下ろす。
「最初から素直にそうすればいいのよ」
「え、我の出番は……?」
 これではただ開運グッズの上にマスクをかぶった、被害者のなり損ないになってしまう。せめて、締めだけは決めなければと巽が焦っていると。
 道の反対側からミーナが駆け寄ってきた。
「その人、偽物のお守りを販売してた人? 捕まえたんだ」
「うん、そうだよっ。お金もちゃんと取り返したから」
「偽物のお守りも回収しておきましょう。こんなことを続けさせてはいけません」
 ミーナを追ってきた菅野葉月は、男から残っていた偽守りをすべて没収した。
「このお守りは焼却してもらうとして……回収できたお金も預かっていいですか? 福神社に持っていって、どうすればいいか琴子先生に相談してみます」
「じゃあ、よろしくー」
 取り返した金を美羽から預かって、葉月が福神社に持っていこうとすると、ミーナは心残りがありそうに販売人の男を指さした。
「ねぇ葉月、被害にあった人のことを考えたら、この犯人をこのままにはしておけないよね。下着姿にして写真撮って、木に吊しちゃおうよ」
「木に、ですか……」
「何ならもっと凄いことしてもいいけど」
「吊すくらいなら構いませんけれど、あまり過激なことは困ります」
「ふぅん……葉月が言うなら仕方ないけどー」
 と口では言いつつも、ミーナは男と目をあわせ、にっと笑った。後でこっそりと激辛ラーメンでも食べさせちゃおう。そんな考えは口には出さなかったけれど、男は何か感じるものがあったのだろう。必死に首を左右にがくがくと振り続けた。
 
 
 ツァンダ家の騎士の詰め所に行き、報告と販売人摘発の為に動く許可を取ってきたミヒャエルらは、街を歩いてはロドリーゴがお守りを買わされた販売人のモンタージュ写真を貼り、またビラを配って注意を呼びかけていた。
「ここにも貼らせてもらいましょうか」
 アマーリエが目立つ場所にある掲示板に、写真を貼り出す。ロドリーゴの執念からか、モンタージュ写真の出来は良い。
 モンタージュ写真の横には、販売人の特徴の他、ロドリーゴに売りつけた際の手口等も記されていた。これで犯人も相当動きにくくなるはずだ。
「騎士の方々はあまり積極的に動いてはくれぬようですから、私たちで頑張らねばなりませんな」
「その分、こちらは自由に動けますから。悪いことばかりではありません」
 ミヒャエルに答えたアマーリエの言葉を受けて、ロドリーゴも大きく肯いた。
「モンタージュをアップロードしたネット掲示板への反応も上々です。犯人が捕まるのも時間の問題でしょう」
「いたずらの書き込みも多いけどねー」
 ツッコミを入れながらも、イルもビラ撒きを手伝った。
 
 ツァンダのあちこちにモンタージュが貼られていたので、販売人の顔を見た時からもしかして、と五月葉 終夏(さつきば・おりが)は予測していた。
 だから、お守りを買わないかと持ちかけられて、ああやっぱりと思う。が、そんなことはおくびにも出さず、終夏は話を合わせた。
「福神社! 噂、聞いたことあるよ。へえー……このお守りがそうなんだ」
 お守りに見入っているふりをして、相手を観察する。30がらみの男で良い体格をしている。今は揉み手でもしそうな笑みを浮かべているが、目は鋭い。凄まれたら気弱な人だと断れないだろう。
「そうそう。これさえあれば、家内安全、恋愛成就、悪霊退散、安産、合格、なんでもうまくいくこと間違いなしだ」
「ふぅん、そんなに色々効くのか。さすがだね」
 適当に話をあわせ、終夏は相手の言いなりにお守り袋を買った。
「いやあ、お姉ちゃん、実に目が高い。きっと良いことあるぜ」
 簡単に売りつけられた美味しいカモに、販売人も上機嫌で笑顔を大盤振る舞いしてくれる。まあ、その笑顔が気持ち悪いのは、許容しなければならない範囲なのだろう。
「そう言ってもらえると嬉しいね。あ、これはお守りのお礼。こんなところまで出張販売お疲れ様です。甘いものを摂取して、これからも頑張ってねー」
 終夏は飴玉を取り出して、販売人に渡した。
「いやぁ悪いねえ。んじゃ早速」
 包みから出て来た飴は濃紫。販売人はちょっと首を傾げたが、果物キャンディーなのだろうと口に放り込んだ。
「ん? ま、ちょっと変わった味がするが、イケるな。ありがとよ。また良さそうなものがあったら、お姉ちゃんの為に仕入れとくよ」
「よろしくー」
 にこにこにこ。終夏は販売人を見送ると、口の中で小さく呟いた。
「因果応報とはこの世の常。腹でも壊して御用になりな」
 そして買わされた……というか、買ってみたお守り袋の中身を開いてみた。普通のお守りは中を見てはいけないといわれているが、こんな偽守りなら全然構わないだろう。
 出て来たのは紙が2枚……それだけだった。
 1枚はお守り袋の大きさに切られた段ボール。お守りの形を崩さない為に入っているのだろうけれど、どうやら何かの使い回しのようで、何かのロゴの一部らしきものが端にかかっている。
 もう1枚は薄紙が畳まれたもの。開いてみれば真ん中には、消しゴムスタンプのような朱の印が押されていた。
「……『副』? 『福』のつもりかな。漢字くらいちゃんと調べようよ」
 高い偽物を売りつけてるんだから、と終夏は呆れつつお守り袋の中身を戻した。
 
「っかしいなあ……悪いもんでも食べたっけか?」
 終夏と別れた販売人は、少々腐ったものくらいなら平気な腹なのに、といぶかりながら、しきりに腹を撫でさすった。一度アパートに帰ろう、ついでに売れた分のお守り袋も補充してくればいい、そう思ってはいたのだが、目の前からいかにもカモになりそうな相手が歩いてくるのを見て、気が変わった。帰るのはもう一仕事してからでいいだろう。
 そんな風に物色されているとは知らず、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はとぼとぼと歩いていた。
「はぁ……。装甲板の張り替えもばかにならないぜ」
 最近、パートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)がよくボロボロになる。ボロボロになった当人のロートラウトは、その為に新しい装甲になったことを喜んでいるのだが、エヴァルトの懐は寒くてたまらない。
「よ、何か不景気そうな顔してんな」
 そんなエヴァルトに販売人は軽く声をかけた。
「まあな」
「世の中にはままならんことが多いからなあ。で、そこでだ。イイ話があるんだがどうだ?」
 早く済ませて帰りたいこともあって、販売人は性急に商談に入った。福神社のお守りを見せて、これを売ってやろうと持ち出す。
「いらねえ」
 そんなものを買う金の余裕はない、とエヴァルトは即座に断ったが、販売人はしつこく食い下がる。
「何て言ったって霊験あらたかな福神社のお守りだ。今はちっとばかし痛い出費かもしれねえが、すぐにそんな元は取れて、釣りまでくらぁ」
「ああ?」
 苛立ったエヴァルトは販売人の襟をひっつかんだ。眼光鋭く販売人の目を睨み付け、誰の差し金だ、と問いただす。
「だ、誰って……」
「福神社のお守りとはな。布紅さんとは面識もあるにはある。俺の知り合いに罪をなすりつけようとは、いい度胸だ」
「げっ」
 販売人はエヴァルトを振り切って逃げ……ようとしたが、途端にずきんと腹に走った痛みに思わずしゃがみこむ。
「あれー、どうしたの? もしかして絡まれてたとかー?」
「その方、どうかされたんですの?」
 そこに、用事を済ませてロートラウトとコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)が戻ってきた。
「福神社のお守りの偽物を売りつけられそうになったんだ。ふざけた野郎だぜ」
「布紅ちゃんとこの? うわー、それは懲らしめてあげないとねー。で、どうするのー?」
「とりあえず神社に連れて行って、そこで尋問すればいいだろう」
 ロートラウトに答えるエヴァルトの言葉を聞き、販売人は腹を押さえながらも、よろよろと逃げ出した。腹の痛みに思うように走れないが、それでも彼なりの全速力で走り出す。
 そこに。
「見ーつーけーたー」
 ゆらり、と葛葉明が現れて販売人の進路を塞いだ。
 布紅の生活の足しになるかと購入したお守りが偽物だと知った明は激怒し、売りつけた犯人を捜し回っていたのだ。
「ふふふふふ……あたしに偽物を売りつけたからには、覚悟はできてるよね?」
 購入した偽守りを手に、明は販売人に近づいた。
「路上販売にはクーリングオフ期間があるはず。このお守りは返すわね。だーかーらー」
「ひ、ひいっ……んぐが……」
 ぐい、と偽守りを相手の口に押し込み……ジャンピングニーキック!
「代金も返してもらうわね」
 倒れた販売人の身包みをあさって、明が自分が払った代金分を取り戻していると、様子を見守っていたコルデリアが問いかけた。
「あの、御用が終わったのならその人の身柄、いただいてもよろしいですか?」
「別にいいけど、どうして?」
「福神社に連れて行って、尋問したいんだそうですのー」
「ああだったら一緒に行こうよ。あたし、この代金を布紅ちゃんの神社のお賽銭箱に入れにいくつもりだから」
 やっぱり間に中間業者を挟んじゃだめね、と明は笑うと、腹が腹がとまだ騒いでいる販売人を、エヴァルトたちと共に引っ立てていったのだった。
 
 
 
 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)はこれまで被害にあった人やそれを見かけた人に聞き込みをして回った。
 その結果、人通りが特に多い大通りではほとんど販売は目撃されていなかった。これはきっと、人目につくことを恐れてのことだろう。逆に、裏路地でも目撃はほとんどない。これは実際に行われている販売が少ないのか、人目がない為に目撃されていないだけなのか、これまで調べられた情報からでは不明だ。
 だから、涼は大通りから1、2本入った通りに目星をつけ、犯人が出没しそうな範囲を割り出した。
「この時間帯にはこの付近によく現れているようだ。目撃されている年齢や風貌がまちまちだから、恐らくグループでの犯行だろう」
「う〜ん、じゃあこの付近を巡回して、押し売りをしてる人を見つけるしかないのかなぁ」
 ミレイユが尋ねる。
「巡回するにしても、あまり物々しい雰囲気にならないように気をつけた方がいい。犯人に警戒されたら、捕獲が困難になる」
「じゃあどうすればいいのかなぁ」
 涼の答えに悩むミレイユに、ルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)は、
「巡回とかあんまり考えずに、歩き回れば〜?」
 と勧めた。
「悪い人が目撃された場所をふらふらしてたら、そのうち見つかるって〜。気楽にウインドーショッピングでもしてたらいいじゃん」
「いいけど、そんなんで見つかるのかなぁ」
「そりゃあもう、ミレイユならきっといいカモ……あ、ううん、とにかく歩いてみてよ」
 囮役だなんて教えたら、ミレイユはきっと緊張して不自然になってしまうだろうから、何も知らせずに歩き回らせた方がいい。そんなルイーゼの思惑も知らず、ミレイユはふらふらと歩き出した。
「エレンも囮役、よろしくね♪」
「上手くできるでしょうか……?」
 秋月 葵(あきづき・あおい)に言われて、百合園女学院の制服で来ていたエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、やや不安顔。
「あたしがやってもいいんだけど、エレンの方が向いてると思うんだよね」
 葵は、元気いっぱいの自分よりも、おっとりと優しそうなエレンディラの方が、お守りを売りつけやすいのではないかと踏んだのだ。お金持ちのお嬢さんに見えるようにと、エレンディラにわざわざ百合園の制服で来てもらったのもその為だ。
「葵ちゃんを危ない目にあわせるわけにはいきません。私、がんばってみます」
 やる気になっている葵の気持ちを挫きたくない、という思いもあって、エレンディラは気弱なお嬢様に見えるように心がけながら歩いていった。
「私も行こうか」
「それはやめておいた方がよろしいですわ」
 ミレイユとエレンディラと共に歩き出そうとした朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)を、イルマ・レスト(いるま・れすと)は止めた。
「千歳……そんな怖い顔をしていては、現れるものも現れませんわ」
「まあ、確かに私はか弱くは見えないしな……」
 凛とした雰囲気の千歳がついていては、販売人に敬遠されてしまいかねない。
「それに、囮の人数は少数の方がよいかと思いますの。私たちは離れた位置から追跡しましょう」
「そうだな」
 イルマの意見に肯いた千歳は、忌々しげに呟く。
「……どこの馬鹿者か知らないが、神社の名を騙って悪さを働くなど、不信心にも程があるというものだ。罰当たり者め……」
 神社の1人娘として生まれた千歳にしてみれば、偽守りの販売など許せぬ所行だ。
 イルマとしては、お守りは買う方も買う方、とも思うが、販売側が恐喝まがいのやり方で暴利を貪っている、となれば話は別。到底容認できない。
「分かっていると思うが、販売人が声をかけてきても、すぐには動かないで欲しい」
 涼の注意に、イルマもすぐ答えた。
「ええ。言い逃れができない状況で身柄を抑えないと、逃げられる危険がありますものね」
「うう、ちょっと心配だよ。でも犯人を捕まえる為だもんね」
 葵はミレイユと喋りながら歩いていくエレンディラの背を眺めると、ぴょこんと超感覚のネコミミを立てた。距離を取らなければならない分、感覚を研ぎ澄ませて2人の様子を監視する。
 千歳とイルマはいざとなったら挟み撃ちできるよう、二手に分かれて物陰に隠れ、2人の追跡を開始。販売人が囮につられて姿を現すのを待ち続けた。

 はじめはぎこちなかったミレイユとエレンディラも、何時間もウインドーショッピングしたり、道端でアイスを食べながらお喋りしたりしているうちに、自然な様子になっていった。偽守りのことも忘れかけてきた、そんな頃。
「随分と楽しそうだな」
 曲がり角の向こうから、ぬっと男が現れた。
「その幸せを大切にしたいってんなら、このお守りを買いな」
「お守り?」
 聞き返したミレイユの顔近くで、販売人はお守りをひらひらと振って見せた。
「ありがたーい福の神様のお守りだ。可愛い嬢ちゃんに免じて、特別に安くしてやろう」
 そそ言いつつも男が口にしたのは法外な値段だった。
「そんな……払えません」
「何だと? 人に説明だけさせといて、冷やかしだけで帰ろうってか?」
 弱々しく首を振ったエレンディラに、男は凄んでみせた。こちらがどう言おうと、男は即座にそれに難癖をつけて絡んでくる。どう言っても解放してくれないとみて、ミレイユとエレンディラは仕方なくバッグから財布を取り出した。
 そして男が金を掴んだ途端。
 一斉に皆が動いた。
 決定的瞬間をカメラに収めた涼が素早く販売人に接近をはかる。
 千歳とアルマが販売人の両側から距離を詰める。
「精霊さん、お願い!」
 葵の指輪がまばゆく光り、男の目を眩ませる。
 男は片腕で目を庇った。執念深く金はしっかりと握りしめたまま、とにかくどこかに逃げようと、目をつぶったまま闇雲に足を踏み出した。
「逃がしません!」
 エレンディラが男の足下を凍り付かせた。氷に足を取られて転倒した販売人が痛みを堪えて起きあがった時には……既に彼に逃げられる隙間はなかった。
「これがその犯人か……」
 捕らえられた犯人を、千歳は無遠慮に眺めた。男はふて腐れた顔だったが、観念したらしく逃げようとはしていない。
「福神社に連れて行って謝罪させるか。罰に、監視の下で境内の掃除でもさせれば、汚れた心も清らかになるというものだ」
「それもいいけど、その前に〜」
 ルイーゼは男を鬼神のような目つきで睨み付けた。
「さっさと幹部の名前を言わないとさ〜……街歩けなくなる顔面になっちゃうかもよ?」
「ル、ルイーゼ?」
 いつもの軽さはどこへやら。据えた目つきのルイーゼに、ミレイユが不安そうに声をかける。と、ルイーゼはいつもの軽いノリに戻って、ごめ〜ん、と舌を出した。
「地道にがんばってる子を貶めたのがこのおっさんかと思ったら、ちょっとイラっときて〜。怒っちゃった♪」
「いや、グループの洗い出しは必要だ。末端を切ったとて、犯行は止まらない」
 捕らえた上で尋問を、と言う涼に、販売人はけっと顔を歪めた。
「あーあ、やだねぇ、ガキの正義面って奴は」
 そんな販売人に、涼は冷ややかな目を向ける。
「お前が何をやろうと勝手だ。が、名を騙って良いようにやってる連中を、俺は見過ごせないし許せないんだよ。正義面と言われようがな」
 涼は販売人の言ったガキという言葉にそぐわぬ暗さを宿した瞳で、小さく笑った。
 
 同様に、相沢 洋(あいざわ・ひろし)乃木坂 みと(のぎさか・みと)を囮に仕立てて、販売人の捕獲に成功した。販売人は洋によって背に機関銃を突きつけられ、
「ごめんなさいです。洋さまの命令は絶対ですから」
 と、みとによって氷を足に撃ち込まれ、堪らず拠点としているアパートをぺらぺらと白状した。
「ここが拠点?」
 洋たちと共に向かった芦原 郁乃(あはら・いくの)は、安普請の2階建てアパートを見上げ、拍子抜けする。もっと大がかりな規模を想像していたのだが、ちゃちなお守り袋を押し売りする程度の犯罪だけあって、まるで……。
「家内工業みたいですね」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)も苦笑した。だが、小さな規模でできるものだからこそ、どこにでも潜り込みやすい。きちんと根絶やしにしなければ、またどこかでこっそりと偽物販売や詐欺を始めかねない。この事件を解決する為にも、新たな犯罪を防ぐ為にも、拠点殲滅は必要だ。
 カンカンと音を立てる階段を上り、販売人が告げた部屋番号の掲げられた扉の前に立つ。
 洋は音を立てないようにノブを回してみた。が、動かない。当然鍵がかかっているのだろう。単純な鍵がついているだけだから、ピッキングで開けるのは難しく無さそうだが、開けている間に相手に逃げられる可能性が出てくる。
 洋は目で皆に合図をすると、アパートのドアを吹っ飛ばした。
「教導団である! 偽物販売、ならびに脅迫による販売の容疑で今日捜査する!」
 そう言いざま、洋は機関銃を室内に撃ち込んだ。人に当たらぬようにやや上を狙ったその掃射が、電気の傘や壁土をばらばらと降らせた。
「乙女の祈りを悪用するとは赦すわけには参りません。ご覚悟して下さい!」
 桃花がメイスを構えれば、郁乃はびしっと犯人たちに指をつきつけた。
「その方らの悪事はすでに明白である、おとなしくお縄につけっ!」
「主、それは確か時代劇……捕り物帖だかの受け売りのような気がするんですが……」
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は郁乃のセリフにちょっと首を傾げたが、まあそれはともかくとして、と部屋の中で硬直している一味に意識を戻した。
 二間続きの小さなアパートにいるのは2人。
 1人はベッドに寝ころんでいたのだろう。中途半端に身を起こしてこちらを凝視している男。
 もう1人は女で、天井から降ってくる欠片から両腕で頭をかばってうずくまっている。
「抵抗せず、降伏して下さい! さもないと殲滅します。跡形もなくです」
 みとが通告した。
「無駄な抵抗をせず、投降して下さい」
 十束 千種(とくさ・ちぐさ)の呼びかけに、男と女は目を見交わした。そしてのろのろと両手を挙げて、抵抗の意思のないことを示す。
「証拠物件の押収、そして首謀者の逮捕を手伝ってもらおうか」
 攻撃できる体勢を保ったまま洋が言うと、男はなんだと、と声をあげた。
「話が違うじゃねえか! 金と商品を渡せば見逃してやると言っただろうが」
「? 話が見えないんだけど」
 男の抗議は郁乃には意味不明だ。少なくとも、自分たちは今ここに来たばかり。見逃してやると言ってもいない。
「さっき来た、眼鏡かけた男とゴーグルかけた女の子の仲間なんだろう? 全部出せばクイーン・ヴァンガードには黙っててやるって言ったのに、騙したのか!」
「私は教導団だと名乗ったはずだが、聞いていなかったのか?」
「いきなりぶちかまされて、悠長に聞いていられるかよ」
「それもそうか。クイーン・ヴァンガードが組織的にこの事件で動くとも思えんが、まあどうでもいい。私にはそんな裏取引は関係ない。おまえたちの身柄は拘束し、証拠物件と共に引き渡す」
「ちくしょー! 金返せ!」
 飛び起きそうになった男は、ばりばりと部屋を走った雷に、慌てて手を高く挙げ直した。
 人に騙されることが、いかに不条理でいかに腹立たしいことか。
 我が身でそれを知りつつ、拠点にいた2人は連行されていったのだった。