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闘魂 ☆ 裸具美偉

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闘魂 ☆ 裸具美偉

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第三章 試合前半


「それでは、はじめッ!」
 サラディハールは開始のホイッスルを鳴らす。
 先行は他校連合。
「うぉりゃああああ!」
 木刀片手に国頭 武尊(くにがみ・たける)のキックオフで試合が始まった。
「珍しく晴天に恵まれました、わが薔薇学【裸具美偉】の試合。今、他校連合チームの国頭選手によってキックオフです!」
 マイクを手にして、樹は叫んだ。
 己の野望に燃える坂上の司会も熱がこもる。
 校長に気に入られるようなビデオができれば、しばらくは安泰だ。
 樹は笑った。
「美羽ちゃんのおパンツなのじゃぁ☆」
「きゃーーー! 消えて無くなれぇ!」
「うぎゃー!」
 後ろでは、パンツを覗こうとしていた爺さんAが、美羽に蹴られていた。
 しっかりと爺さんBがカメラを向ける。
 しかし、コハクの轟雷閃によってカメラは破壊された。
「うぬおおおお! 小癪なわっぱめ!」
 爺さんBは言った。
「そんなに強く撃ってないよ。電磁波の影響はあるかもしれないけど」
「しっかりと当たっとるじゃろうがッ!」
「あ、ごめん」
 爺さんBは凶悪だとか、なんとか言って抗議した。
「いっきまーす!」
 アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)は元気に走り出した。
 アレフティナはウサギ型ゆる族の少年だ。
 ルシェールより小さいが、アレフティナだって立派なソルジャーだ。
「やるからにはやりますよぅ!」
 スレヴィに有無を言わさず連れてこられ、効果不明の薬を飲まされたにもかかわらず、アレフティナはやる気満々だった。
 国頭を追いかけて走っていく。
 途中、光学迷彩に切り替えていく。
「竜司さぁーん、変熊さーーん、がんばって!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は一生懸命に応援した。
 視線の先には、露出度の高いユニフォームを着た選手たち。歩はどきどきしながら周りを見た。
 歩は白馬の王子様にあこがれる女の子。
 薔薇の学舎は美少年や美青年、ナイスミドルまで揃ったエリート校だから、もしかしたら、歩の王子様が現れてくれるかもと思っていたのだった。
 歩に気が付いた吉永が両手を上げてアピールした。
「皆さん頑張ってくださいねー。あ、でも怪我には気をつけて下さいね!」
 彼女は手を振って応える。可愛い女の子の中で、吉永にごく普通に接してくれるありがたい存在なのだ。
 歩が手を振っていると、そこに下卑た笑い声と獣のような声が唸りを上げた。
 それは他校連合の応援チーム。
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は優雅な薔薇学の観覧応援席に対抗して、殺伐とした雰囲気漂う、ルール無用なパラ実世紀末応援席を用意していた。空いた席にはモヒカンゴブリン。
 ひじょうに薔薇学には似つかわしくない光景だ。
「BUTIKOROSE!! BUTIKOROSE!!」
 南は叫んだ。
 手に持った火炎放射器が派手に炎を上げる。
 その度に、モヒカンカツラ着用した褌ゴブリンが雄叫びを上げた。
 優雅にお茶をしながら観戦を始めた薔薇学の生徒たちは、臭いものを見るかのように顔をしかめる。
 それを見るや、サラディハールは樹の所に走ってきた。
「坂上君! アレを撮ってはいけません!」
「はい?」
 いきなり言われて、樹は振り返った。
「校長にあの存在たちは秘密です」
「あ、そういうことか?」
「そうです! 人外は映さないように」
 サラディハールは言った。
 ただでさえ、あの許しがたい、下品な応援席を撤去したい衝動に駆られているというのに、ビデオに映るなぞ我慢ができない。
「それと、あそこでポージングしている人外も映してはなりません。いいですね?」
「あぁ、アレね」
 樹は言った。
 それは吉永のことだ。
「大丈夫だぜ。そういうの避けてるし。俺だって、見てて楽しくねーしよ」
「物分りの良い子は好きですよ」
 サラディハールは微笑んだ。

 試合は他校連合チームへと傾いているように見えた。
「チャーーーーンス!」
 スレヴィは叫んだ。
 パスコースを読んで鞭を振るが、ボールを絡め取るには至らない。
 そのボールは百々目鬼 迅(どどめき・じん)に渡り、彼はひたすら走った。
 百々目鬼は峠攻めが趣味のスピード狂。
 愛車に乗っていなくとも、スピード狂であることには変わらない。
 今日は己の足で走りきってやる。
「いっけぇ!」
 アレフティナは百々目鬼に襲い掛かるが、百々目鬼のスピードには適わない。
「やられたぁ!」
 アレフティナは追いかけた。でも、届かなかった。
 他を圧倒する走りで薔薇学陣に突っ込めば、目の前にはラルクが待ち構えている。
 ラルクは軽身功を使って素早く移動してきたため、瞬間的な動力の向上に不安があるが、ウェイト差がある分こっちが有利だ。
「おっさんの餌食になりてぇヤツは、お前か!」
 そう言って、ラルクは百々目鬼を体当たりでぶっ飛ばした。
「うわァ!」
 スピードが出ていた所為か、派手に百々目鬼は飛んでいった。
 そこを『闘神の書』のソニックブレードが襲い掛かる。
 百々目鬼の褌は木っ端微塵のボロキレになった。
「このヤロウ!」
「はっはっは! 我の技を見たかぃ!」
 掻っ捌かれた百々目鬼の褌が宙に舞う。
 それを見ていた国頭が、熱くなって走りこんでくる。
「パンツのことは俺に聞け!」
「おおっと! スリークォーターバックス担当、国頭選手。ウェイト差を考えずに猛攻だあ!」
 樹がマイクを握り締める。
「後輩の弔いはオレがするぜェ!!」
 後ろから、吉永が飛び込んで来る。
 ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)ユウガ・ミネギシ(ゆうが・みねぎし)が乱入してきた。
「データによりますと、542kgの巨体を有するジェイコブ選手。少々、小柄ですが、357kgのユウガ選手を伴って参戦です! って、マジでヤバいよ。恐ェェェッ!!」
 アナウンスする樹も必死だ。
 国頭のスピードが足らず、出遅れた。
 しかし、女王の加護さえあれば、ジェイコブに恐いものはない。
 それに、ラルクは自分よりも小さい。だが、向こうは自分よりも練達の士のようだ。
 ジェイコブは怯むことなくラルクに突っ込む。
「うっほう! 我を喜ばす気かぃ! みんな、まとめて来ぃ!」
 『闘神の書』は、筋肉集団が来たと大喜びだ。
「猪口才な技は一切無用じゃけん!」
「なんて漢らしいスポーツでしょう! 赤城さん、ワタシも負けていませんよ。ははは〜☆」
 赤城とルイも飛び込んでくる。
「ぐおおおおお!」
 ラルクは叫んだ。
「ふぉぉぉぉぉ!」
「ふんぬぅ! ルイ☆スマァイル!」
「ぅふおおおおお! 筋肉の文句はオレに言え! ……くぉおお、トライできねぇ」
 さすがパラミタ大陸屈指の筋肉漢(おとこ)隊。スクラムをガッチリ組んで一歩も動かない。
「今日の我は大漁じゃぃ! はーっはっは!」
 容赦なく『闘神の書』のソニックブレードが唸る。
 無論、狙うは全員の褌。
 筋肉乱戦漢パラダイス! ついでに、サツマイモパラダァァァイス☆
 あっちもこっちも芋だらけだ。
「おい! 俺の褌まで切るな」
 ラルクは『闘神の書』に言った。
 ギャランドゥもバッチリだ。
「俺を忘れてもらっちゃぁ〜困るんだよッ!」
 一撃必殺。
 国頭の放ったモヒカンフラッシュが炸裂した。
「くそっ!」
 よろめく奴等を尻目に、国頭は薔薇学の陣へ突入する。
「ぐおおおお! こんな破壊力抜群なモノを見たことはないぞぉぉ!」
 爺さんAは膝をついた。
「うおぇぇぇっぷ……」
「ヤロウのもんなんか見たくねーよ!」
 樹は呻いた。
 そこへ美羽のブライトマシンガンが火を放つ。
「汚物は消毒よーー!」
 美羽はラルクの恋人の協力者。実は携帯に写真をと、ラルクの姿を撮影中だったのだ。
「うぉおおおお! 撃つなぃ!」
「写メに、ナマコは必要ないのー!」
 ブチ切れた美羽は、まだ撃ちまくる。
「ははは……」
 それを見ていた鬼崎 朔(きざき・さく)は頬を引き攣らせながら笑っていた。
 筋肉と芋のオンパレード。爽やかさの欠片もありはしない。
「あつい試合が見れるってと聞いて来てみたら……何だ! この露出しまくりの暑苦しい試合は」
 騙されたと鬼崎は如月の方を見た。
 如月の方は、割に楽しそうにしている。
「くそ……」
 鬼崎は、半ば、逆恨み的に仕返しを決意した。


「がんばれダディー! フレーッフレーッ!」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は一生懸命大きな声を出す。
 すぐ近くにジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)がいることには気が付いていなかった。ジョゼフも気が付いていなかった。
 大好きなダティ、ルイの応援に友達と来ていたのだ。
 友人は咲夜 由宇(さくや・ゆう)ルンルン・サクナル(るんるん・さくなる)
「なんだか、緊張する必要なかったですぅ」
 由宇は試合会場が薔薇学ということで、優雅に応援しなければいけないのかと思っていた。着替えもメイド服しかない。でも、出来るだけ優雅そうなメイド服を選んで着て来たのだった。
「メイド服は普通ですよ。裸具美偉って、何するかよくわかりませんけど。まあ、ダディが出てるんだし。やっぱり、ロクでもない物でした」
 ルイの義娘、美央はわりと酷いことを言う。
 それが真実なのかもしれないが。
 ルンルンは恐々と周りを見た。
「わぁ、あんなに激しくぶつかり合って……痛そう。ぼ、僕が行ったらだめなんだよね?」
「きっと死んじゃいますよ」
「そうだよね。せめて、ボールぐらい飛んでこないかな……あっ!」
 不意にルンルンが声を上げた。
「え?」
「汚物は消毒なのよーーーーーーーーー!」
 美羽が声を上げる。
 確実にルイを狙っていた。
「ああ、焼き芋に……」
「ダティー!」
 雪だるまの女王、美央の『雪だるまの加護』もとい、ファイアープロテクトとアイスプロテクトが飛んでくる。
「ありがとう、美央さん。ワタシは元気ですよ」
 ルイは美央に笑顔を向けた。
 美央は手を振る。
「皆さんムキムキデス。正直怖いデス……おや、美央さんデース☆」
 その姿を見て、やっと気が付くジョゼフだった。

 褌を切られた者たちは、外に出て新しい褌を履きはじめた。
 その間、国頭は逃げたままだった。
 走って逃げる国頭に対するは、薔薇学陣営のスリークォーターバックス担当、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)
 国頭の後ろから、普段は仲間のはずのアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が容赦なく走ってくる。
 その勢いにビビるアストライト。懇願しても無理だ。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は金網を握り締め、観戦に燃えていた。
「手加減するなっ」
「うえ〜〜、そんなぁ!」
「ブッ殺!」
 リカインは鬼のようなことを言っていた。
 普段のリカインなら、我先に戦線突入していたところだ。
 だが、今日は勉強のつもりだった。
 リカインの基本はスタンドプレイ。だが、今日は女の身で褌は無理と諦めていた。
 それなら、集団戦を学ぼうと、がっつりとフィールドにぴったりはりついて観察していたのである。
(今後の戦闘に活かしてやるまでよ)
 リカインは笑った。
 しかし、その笑みがアレックスには恐かった。
 リカインの目的がマジに勉強なだけに、ボサっとしていたら何が飛んでくるかわからない。
 アレックスは逃げたかった。
 そして、逃げようとした。
「ちょっと、何で逃げてるの!」
「だって!」
 アレックスは泣きそうだった。
 アストライトは走って逃げるよりボコる方が性に合ってるタイプ。おまけに空京稲荷はネクロマンサーという鬼畜さ。
 逃げるなら今なのに、後ろから『殺気』という素晴らしい応援を、しかも、あのリカインから送られているのだ。
 見れば、フェンスを握りつぶしているではないか。
「ひぃ!」
「逝きなさい」
 アレックスの訴えも空しく、リカインはアストライトと空京稲荷の方にパワーブレスを放っていた。
「鬼ッスよ! 師匠!」
 アレックスの叫びを無視して、アストライトは光条兵器を取り出した。
 アストライトは光条兵器の特性を最大限活かし、ボールにのみ反応するよう設定しておいた。万が一、国頭がボールを手放しても強奪できるようにだ。
 一方、空京稲荷はファイアーストームの壁を作り上げ、アレックスを逃げられないようにした。
 リカインのパワーブレスを受けて、二人の攻撃力は高まっている。
 国頭を先頭に、アストライトと空京稲荷の二人が走り込む。
「僕だってやれば出来るっス!」
 アレックスは顔を上げた。
 きっと、自分だってできるんだ……だけど、
「うわああああああ! 嘘です、ごめんなさぁぁぁい!」
 うずくまってしまうアレックスだった。

「おっしゃあ!」
 国頭が軽々とトライを決める。
「パラ実の実力を見たか!」
「うおおおお!」
 国頭の叫びに、南たち、応援席が沸き起こる。
 今日の勇者は国頭。
 応援席側も大喜びだ。
「どりゃああ!」
 国頭はコンバージョンキックをする。
 しかし、球の軌道が少し反れた。
「おおっと! 国頭選手、惜しい! ああッ! 吉永選手が……」
 吉永が銃でボールを狙う。
「まだ早ェぜェーーーーー!」
 パラ実らしい連係プレー。
 吉永の放ったパラベラム弾がボールの軌道を修正した。魔法のかかったボールは壊れない。
 国頭の後ろでホイッスルが鳴った。

 ピーーーーーーーーーーーー!

「わああああああ!!!!」
 運動場に歓声が響く。
 国頭はガッツポーズをした。
「ん?」
 ボールの様子がおかしい。
 くるくると回り、不意に止まるとボールが開き……一枚の紙が落ちた。
 国頭はそれを拾った。
「あー、なんだって? 『対象が無いので、出すことはできません』……はぁ?」
 国頭は首を傾げる。
「意味わかんねーよ」
 それを投げ捨てた。


 作戦と立てるため、そして、両チームにけが人が出たために、選手はハーフタイムに入った。
 先ほどまで、持参したアイスコーヒーを飲みながら、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は観戦していた。
 調理室に入れるなら、色々と作ろうかと思っていたが、この学校は女人禁制。調理室には入れない。
 さぞかし、贅沢な調理器具やグラス、アンティークのカップなどが揃っていただろうに。
 そう思うと、とても残念な気持ちになる。
 でも、自分で入れたコーヒーは格別だ。そろそろ天気が快晴だと暑い時期だと思い、クーラーボックスにバニラアイスも持ってきていたのだ。そして、その勘は当たった。霧都のタシガンが急に暑くなると、湿気が多くて辛くなる。
 湿度の低い場所なら日陰に入ればいいが、この場所は日陰でも暑い。
 設置されたパラソルとチェアセットは有り難かった。多すぎるほどの薔薇の飾りはちょっと気になるが、十分に素敵な観客席だ。
(教導の制服着てこなくて正解だったわね……)
 クロスは苦笑した。
 今日は黒のシャツにパンツスタイルだ。
 ぴったりした教導の制服など着ていたら、暑くて参ってしまうかもしれない。
 そんなことを考えていると、運ばれていく生徒が目に映る。
 クロスは独りごちた。
「スキルを使用した方が、見応えがあっていいんですけど。スキルを使用できるスポーツ大会って、かならず怪我人が出るんですよね〜」
(……じゃあ、手伝おうかしら)
 少し考えると、クロスは立ち上がり、アイスコーヒーの入れ物をクーラーボックスにしまった。
 手伝うなら早い方がいい。
 そう思って、クロスは歩き始めた。

「こんにちは、リリエンスール先生」
 クロスは言った。
 サラディハールが振り返る。
「おや、クロノスさんでしたね。先日はありがとうございました。今日は観戦ですね?」
「えぇ、そうです。参加できませんし……まぁ、ちょっと、ね」
「でしょうねぇ。今日は人外が多くて」
「人外?」
「……あ、いえ。なんでもないですよ」
「そうですか。けが人も出てるみたいですし、と手伝いでもと思って」
「それは助かりますね。私は色々と見て回らねばならないので、校医の嵯峨 奏音(さがの・かのん)先生と一緒に生徒を診てくれませんか?」
「えぇ、わかりました。嵯峨先生というのは?」
「あそこにいますよ」
「じゃあ、行ってきますね」
 クロスはそう言って、ベンチ近くに立っている男性のところに歩いていった。
 そこには、可愛らしい少女が嵯峨の手伝いをしていた。
 先ほど吉永たちを応援していた歩だ。
 チェック柄が明るいイメージを与えている、素敵なメイド服だ。もしかしたら、百合園学園の生徒なのだろう。百合園の生徒は制服がメイド服なのもあるが、よくメイド服を着ている。
 今日は自分だけの王子様探しにやって来たのだったが、怪我人が出ていることが気になって、手伝いに来たのだ。
「どこかまだ痛いところありませんか?」
 歩は怪我人に声をかける。
 包帯を巻いてくれた上に、ヒールをかけて優しく言われれば、怪我人の心は穏やかになろうというものだ。
「あ、ありがとう」
 薔薇学の生徒は言った。
 照れているようだ。
「こんにちは、手伝いに来ました」
 クロスは挨拶した。
「あ、はい! ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
「あの、この人にヒールをしてあげているの。ちょっと手伝ってください、すみません!」
「いえいえ、手伝わせてもらいますね」
 クロスは微笑んだ。
 歩も笑顔になった。
 歩は怪我が速く治るようにと心をこめて、怪我人に常に優しく接した。
 そんな様子をクロスは嬉しく思う。
 良い子に会えるというのは喜ばしいものだ。
 実は、歩は最初のうちはユニフォームが恥ずかしかった。だが、今は平気だ。そう決めたから、そんな風になんか、ぜったいに思いたくない。それは失礼なことだからと、歩は思った。
 それを見て、奏音は微笑んだ。
 良い癒し手を見るのは医師として嬉しい限りだ。
 自分は嵯峨 詩音(さがの・しおん)のサポートとしてこの学校にやってきたが、医師として脳でも確かだ。
 少々不安だった詩音の試合参加はなさそうなので、奏音は安心して治療に当たっていられた。
 チアガールというか、チアボーイというか、そちらに専念している詩音は元気そうだ。
「倒れるなら、やめさせようと思ったんだが……」
 奏音は呟いた。
 そうこうしていると、チアガールの服装をした詩音が走ってくる。
「にいさま! 見てくれた?」
「ああ、詩音。見てたさ」
「よかった! 今日はすごく気分がいいの。楽しい試合のおかげね」
 長い髪を揺らして走ってきた詩音は微笑んだ。
「見て、新しい衣装。クラシカルカラーなのが、薔薇の学舎っぽくて良いと思う。にいさまは、どうかしら?」
「詩音に似合わない服なんてない」
 自分にとって一番可愛い存在。自分だけの天使。正真正銘、詩音は奏音の宝だった。
 その可愛い詩音が楽しくしているのが嬉しかった。
 ここはリリエンスール先生に感謝するべきなのかもしれない。
 そう思っていると、樹がやってきた。
 カメラ撮影を担当している少年がいるのは知っているが、ずいぶんと変わった子を連れてきたものだと奏音は思った。
 樹はこの学校の気風からちょっとズレた少年だ。
 あまり話をしない相手だが、大体は見てわかる。
「かわいい……って、あれは男の娘だ。くそお……だから、この学校は」
 樹は悔しげに呟いた。
 カメラ回しても空しいだけだ。
「良い夢をありがとう……」
 樹は呟いた。
 それを見て、奏音は苦笑した。
 
「嵯峨先生、ヤカンはありますか?」
 クロスは言った。
 倒れて動かない生徒がいるのだ。
 歩も不安そうに見ている。
「ヤカン? あるけど、一体、何に……」
「こうするんですよ」
 そういってクロスは気絶した生徒に水をぶっかけた。
「だ、ダイナミックですね」
 嵯峨はそう言ったが、水をかけられた生徒は目を覚まし始める。
「ほら、目を覚ましましたよ」
「まあ、良かったかもしれんな。そういうやり方もアリかな」
 嵯峨は苦笑した。
 もう一人の生徒に水をかけようとクロスがした。
 ヤカンを持った瞬間、誰かが不意にヤカンを取り上げた。
「え?」
「のどか湧いたんでな、貰うぜ」
 それはラルクだった。
「あら、アイスコーヒーを持ってますよ。そっちの方が良くないですか?」
「いや、めんどくせぇし。こっちでいいぜ」
 そう言って、飲み始める。
「ふぅ……今日はやたら喉が渇くな」
「はちみつレモンか何か作ってくれば良かったですね」
 クロスは笑った。
「観客席に声でもかければ、何か出てきそうだしよ」
「そうですかねぇ」
「お? ええもんあるンじゃね。俺にもくれぇ」
 ふと、顔を出した赤城。
 ラルクの手からヤカンを奪うと、グビグビと飲み始めた。
「ぷっはぁ〜! 水分補給はやっぱり、ヤカンの水じゃけぇの!」
 常に赤城は漢らしさを忘れない。
 休憩に敵も見方も無いとばかりに、赤城は皆のところにヤカンを持っていった。
「あらら……まだ一人気絶してますのにね」
「まだあるなら、それでいいじゃねーか」
「まあ、そうですね……では」
 クロスは転がっている生徒に水をかけた。
 ただ、生徒は目を覚まさない
「しかたないな……そこの君、ちょっと来てくれ」
 嵯峨は観客席にいた生徒を呼んだ。そして、倒れた生徒を担架に乗せて、校舎の方に連れて行った。
「では、次を……うッ!」
 クロスはおやすみお芋を発見するや、背をくるりと向けた。
 救助は大切だが、自分の精神衛生はもっと大事。
 褌が外れた気絶者は放置することに決めた。
「助けなくていいのか?」
「ちょ、ちょっと……」
「じゃあ、俺がもってくわ」
 ラルクは生徒を担ぎ上げると、ヒョイヒョイと運動場を突っ切っていく。
 担架を持った生徒がやってくると、ラルクはその生徒たちに預けて戻ってきた。

 他校連合も薔薇学も関係なく、赤城の持ち歩くヤカンの水を飲んでいた。
 ルシェールは飲んでいないようだ。
 分け隔てなく水が配られ、後からスポーツドリンクも届いた。
 ひと時の平和な時間が過ぎる。

 しかし、その行為は地獄の一丁目だった。