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闘魂 ☆ 裸具美偉

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闘魂 ☆ 裸具美偉

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第五章 恋という名のCrime


 清泉 北都(いずみ・ほくと)は友人を伴い、試合観戦に来ていた。
 薔薇の学舎は自分の学校。
 当然、今日の試合の噂は耳に入っていた。
 本来なら、ティータイムの用意をしてくるのだが、今日は用意してこなかった。その理由は、一緒に観戦する相手にあった。
 一人はパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)。もう一人は――久途 侘助(くず・わびすけ)だ。
 三人は薔薇学仲間と近い観戦席に座って観ていた。
 侘助はソーマと恋仲にあるらしい。
(愛はよく判らない僕だけど、流石に左手薬指に指輪付けていれば嫌でも分かるし)
 北都はわずかに微笑んだ。
「ソーマ、悪いけど飲み物買ってきてくれる?」
「ん? 何で……」
 その言葉を遮る様に、さり気に北都は侘助に言った。
「久途くん。ソーマだけだと迷子になりそうだから、一緒に行って貰えるかな?」
 侘助はなにか変だなとは思っていたが、何が変なのかは気が付かなかった。
 二人を見返すが、よく分からない。
「ん、飲み物買ってくればいいんだな?」
 侘助は言った。
 ソーマはピンときた。
 お茶の用意もせず、よく迷子になる自分に北都が買出しを頼むと言うのは珍しい、というか有り得ない。
 ソーマは北都を見た。
 相変わらずの表情だ。
 ソーマはニヤッと笑う。
(北都の気遣い、有難く受けさせてもらうぜ……)
 また北都を見れば、少しだけ微笑んだ気がした。
「じゃあ、行くぜ。ハーフタイムももう終わりだからな。試合のいいところが見れなくなるぞ」
 試合なんかはどうでもいい。
 嘘だけど、それらしいセリフでソーマはやり過ごした。
 それだけ言うと、その場を去った。
「あ、待って……」
 侘助も後を追う。
 独り残された北都は、のんびりとスポーツ観戦を楽しむことにした。

 丁度、試合が始まり、観客は運動場へと向かっていた。
 ソーマと侘助だけは、その流れに逆らって歩いていく。
 自動販売機があるところに来るまで、二人は長い距離を歩いた。
 薔薇の苗木に隠れるように置かれたそれは、一見すると、薔薇の手入れ道具を入れた小さな倉庫のようにも見えた。近くにベンチがあるために、倉庫ではないことがわかる。そのベンチが目印なのだ。
 薔薇の学舎にそぐわぬ物は、例え、机一つでも許されない。薔薇の学舎の建築物類は、徹底した美意識の下に構築された一つの世界のようだ。
(遠いな……)
 侘助は思った。
 愛しい相手と歩く時間は、とても長くて、窮屈だ。近付けるのはとても嬉しいけれど、近付かれるのは……胸が苦しい。
 何か言われたら、どう答えて良いのだろう。何かを求められたら――どう応えればいいのだろう。
 そればかりが胸に去来する。
 自分から話しかければ時間は埋まる。でも……
 二人の間はどうだろうか。
 たくさん話した分だけ二人の間が埋まるのなら、侘助はいくらでも話すだろう。
 もし、時間だけが飛ぶ鳥のように過ぎ去るのなら、言葉なんか要らない。
(ずっと……)
 その先は考えないことにした。
 苦しすぎて、この考えに惑わされてしまう。惑わされたら、時は瞬く間に過ぎ去り、二人の時間さえも失ってしまう。
 だから、考えたくない。
「喉が渇いた」
「え?」
 侘助は顔を上げた。
 ソーマの声に少し驚く。
「喉が渇いたって……血が欲しいってことか?」
(どうしたらいいんだ……)
 侘助の視線が彷徨う。
「今後、血を飲むときは俺のを飲めって、言ってたろ」
「あ、そうか……えっと、わかった」
 そう言ったものの、侘助はソーマの目を見ることができないでいた。
 どう思っているのか、知られたくない。でも、この気持ちを知ってほしい。
 侘助の心は揺れる。
 ソーマには秘密にしておきたい。いつもの自分が空元気だなんて、子供じみてる。
 そんな気持ちを隠して、侘助は襟元をくつろげた。
「これで……いいか?」
 吸血がどんなものか、侘助は知らない。未知の体験に少し緊張していた。
 そっと、ソーマが近付く。
 伏せた睫。長い。
 銀の髪がさらと揺れた。
 吐息が近い。

(鼓動よ、聞こえないで)

 唇が触れた。
 XXX
 キス。
 吸血鬼の――キスだ。

「う……ぁ…ッ!」

 目の前がスパークする。
 痛い。
 象牙の太い針が刺さっているかのよう。

「ひ……ぁっ!」
 侘助の喉が鳴った。
 悲鳴が切れ切れに上がる。止められない。
 愛しい者の口付けには、甘美な痛みが伴う。
 血を吸う合間に感じる呼吸と舌の這う感覚を喉に感じていた。溢れた血と愛する者の唾液が交じり合う。一つになる。
 吸い上げる音と舐め取る音の淫猥さに、侘助は震えた。
 捕食という言葉が脳裏を掠める。

(あぁ……そういう、行為なんだ……)

 侘助は耐えた。
 愛しくて、逃げられない痛みに。
「……ぁ」
 ソーマの口が不意に離れ、侘助は小さな声を上げた。
「感じろ」
 ソーマは言った。
「俺を……感じろ」
 ソーマの言葉に侘助は陶然となった。
 真夏のような眩暈が、うら若い青年に訪れる。
 もう、感じてる。
 抜け出せないぐらいに。
 そう言いたかった。でも、体に力は入らない。
 逆らうことなんかできない。
 萎えた足には力が入らず、ソーマに凭れ掛かるしかなかった。
 整えていた襟元は大きく乱れ、侘助の肌が見えた。より露出した肌は、更に感じろと言っているかのようで、侘助は逃げられないことに戸惑いを感じた。
 肌に触れるのはソーマの服と、その奥の体温。
 抱きしめられた腕は、侘助の首と腰を抑えたまま離さない。
「……?」
 浮遊感を感じれば、侘助は自動販売機に体を押し付けられた。
「!」
「倒れられたら……楽しめないだろ」
 ソーマは楽しそうに言った。
 和服を着た侘助の裾元も乱れた。
 肌蹴た褄下(つました)から、侘助の足が見える。
 ソーマはすかさず、自分の足を割り入れた。これで倒れられなくて済む。
 そして再び侘助の喉元に口をつけた。
「……んぁ!」
 抗議の声もはっきりした言葉にならない。
 これが吸血鬼の能力、『吸精幻夜』というものだろうか。
「う、う、ぁ……」
 無理だ。
 抵抗できない。
 いつも、侘助はソーマに言いたいことは、ちゃんと言ってきた。
 そういう風にしてきたから、言葉も無く、ただ、感じろというのは辛すぎる。
 昔、分別を忘れないような恋は、そもそも恋ではないと言ったのは、一体、誰だったのか。でも、こんな状態で、分別なんてありえない。
 溺れて、飲み込まれて――あなたに染まる。
 ソーマの銀髪。洗い立てのシャツの香り。腰にまわした腕の強さ。触れ合う肌。体温。吐息。自ら流したもの――血。唇の熱さ。
 愛しい全て。
「……ぁ、ああっ」
 言葉では語れない。幾万の言葉さえ、この想いの前には塵に等しい。
 侘助の目から涙がこぼれた。
「侘助?」
「……ッぁ……ああっ!」
 侘助は声を上げた。
 見えない昼間の月に向かって吼える、
 あたかも孤独な狼のように。