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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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第十二章 降霊

第八十三話 中挫

 再開後、最初の怪談がはじまる前に、鬼桜刃は、教授のところに駆けつけた。
「もういまさら、この百物語、降霊術をやめさせる気はない。だが、さっき渡された銃をよこせ。危険だ」
「鬼桜くん、席へ」
 教授は取り合わない。
「知っているだろ。百物語が完遂した場合は、超自然の怪異が、途中で終わった場合は、人にとりついた怪異が、参加者を襲う。
 なんらかの理由で途中でとりやめになった百物語で、錯乱した参加者の暴挙によって、負傷者、人死がでた事例は、ありふれている。
 銃は、教授が持っているべきではない。教授は、すでにとりつかれている」
「うるさいな。席へ戻れ!」
 怒鳴りつけられ、刃は自分の席ではなく、教壇の前の床にあぐらをかいた。

八十三 途中退場しても、怪談のキャンセルはできかねます。ご了承ください。

第八十四話 候補地

 コンサルタントとして、斉藤邦彦は客の注文をうかがっていた。
「たくさんの人数がこられて、気兼ねなく騒げて、ご近所迷惑にならない場所。お客様のご予算も考えさせていただきますと、こちらなどはいかがでしょうか」
 地球で会社員の経験もある邦彦は、てきぱきと商談をすすめた。客も感心している。
「さすが心霊コンサルタントさんだわ。こっちの要望にぴったりの場所ね」
「昼間は、オフイス街にある普通のテナントビルの貸しオフィス、深夜、内部を撮影しますとこのようになっております。そちらのサークル様が開催されます降霊会には、よろしいかと」
 邦彦がテーブルにおいた写真には、がらんとしたテナントスペースに、半透明の者たちが何人も写り、彼らはピースサインをしたり、こちらをむいて笑みを浮かべていた。

提出者 東間リリエ
「写真のオフィスは、地球にいる私の家族の職場です。
 私は、フライシャー教授のお気持ちがよくわかります。
 おっしゃる通りだと思いますよ。
 同意できます。
 胸につかえたものを、なにもかも外にだしてしまったら、どうですか。私が聞いてさしあげますよ。
 はい?
 私、わざとらしいですか、魂胆がみえみえですか。すいません。わかりました」

八十四 昼はカフェ。夜はバーレストランになる怪談。

第八十五話 赤眼

 降霊会の警備員として、ドラゴニュートのジェラルド・レースヴィは、テナントビル内外の見回りをしていた。
 時給のいいアルバイトなのだ。
 最近、空京ではゴシックロリータ調のメイド服を着た怪人の噂が流れていた。
 髪は黒のショートカットで、小柄で細身なので、女なのか女装した男なのかわからない。
 怪人の顔を見たものは、いない。目をみた途端、赤い眼光に意識を奪われて、倒れてしまうからである。
「赤眼がでた!」
 仲間の警備員から無線連絡を受け、ジェラルドは走った。しかし、着いた時には、すでに仲間は倒れていた。やはり仲間に赤眼の記憶はなかった。
 本当に赤眼などいるんだろうか、とジェラルドは思う。
「なんだ、これ。おもしろそうだな。連絡先は、・・・墨死館? か」
 ジェラルドは失神していた仲間の背中に張り紙を見つけた。
 メルヘン調なかわいらしいデザインの求人広告で、犯罪者大募集! と印刷されていた。

提出者 ハーヴェイン・アウグスト
「俺も一応はPMRの一員として、人並み以上に好奇心も探求心もあるからな。噂の赤眼にも一度は、会いたいと思ってるんだ。最近、よくでるらしいからな。案外、側にいるのかもしれねぇ」

八十五 ゴスロリを着る怪談は、地方では目立ってしょうがない。

第八十六話 模様

 降霊会に招かれた影野陽太は、会場のオフィスのいたるところにある、壁のシミが目についてしまい、ビルの管理人の老人に、つい聞いてしまった。
「壁のあちこちにある赤黒い小さなシミは、なんですか。すいません。気になるんです。なんか、怖くって」
「ここの壁はいくら拭いてもあれが落ちなくてね。
 もともとは、ここでグサリがあった時に、飛び散った血のシミらしいよ。わけありのシミだからな。グサリされたやつのおもいがなくなるまでは、消えんじゃろ」

提出者 春日井茜
「これは、私の地球の学校の壁にあったシミの話だ。教授の服のシミをみているうちに、この話を思い出してしまったので、レポートを書き直させてもらった。しかし、教授のものと、とてもよく似たシミだったな」

八十六 クリーニングに怪談をだされても、きれいになる保障はありません。

第八十七話 さまよう

 前話と同じオフィスで、ニーナ・フェアリーテイルズは、部屋の壁に人型のシミをみつけた。
 パートナーの水橋エリスに報告する。
「ほら、あそこにまるで人の影みたいなシミが」
「ありませんね。影をシミと見間違えたのでは、ないですか」
 部屋を見回したニーナは、さっきとは別の場所に人型のシミを見つけた。エリスに、また、教えにいく。
「あれー。エリス。あっちにあるよ」
「ありませんよ。ニーナ。降霊会だからといって、おかしなことが起きるとは、限りません。もっと落ち着いたら、どうですか」
「うーん。あたし、シミにからかわれてるのかな」
 その後もニーナは、人型のシミをみつけるたびに、エリスに言いにいったが、エリスが見ると、決まって移動してしまっているのだった。

提出者 鬼院尋人
「俺が聞いた話だとね、シミは建物の部屋中を移動して、最後はシミを追いかけた人間の家までついてくるんだって。シミのでる建物っていうのは、実は薔薇の学舎のある校舎なんだけど、俺は、別に怖くないけど、噂をたしかめにはいってない。いいだろ。いかなくたってさ」

八十七 一人の人に落ち着けない怪談は、浮気性だと思う。

第八十八話 待ち人

 オフィスの壁にかけられた絵を眺めていたシャーロット・モリアーティに、女は話かけてきた。上品な服を着た若い貴婦人だ。
「お嬢さん。その絵に興味がおありですか」
「空いている貸しオフィスの壁に、絵画がかかっているのは、不自然ですから。理由を考えていました」
「おもしろい方ですね。理由はわかりましたか」
「あなたが話しかける人間を呼ぶためのエサではないでしょうか。あなたは、降霊会の招待客ではないですね。このビル、この絵にかかわりのある方ではないのですか」
「たいした洞察力ですね。では、エサにかかった魚として私の話を聞いていただけますか」
「私は、魚ではないですが、どうぞ」
 貴婦人は、この絵を描いた画家が同性愛者であり、鬼才と呼ばれた彼が、恋人の少年を刺殺し、同じデザインナイフを使って自殺した話をした。
「彼の遺作であるこの絵にふれると、悪魔にあえるという伝説もあるのですよ」
「私は絵にふれていませんが、悪魔はきてしまったようです」
 シャーロットは微笑した。
「失礼ですが、服の襟で隠そうとしているあなたの首にはのどぼとけがあり、上着の下の左胸には大きな血のしみがあります。可憐なあなたは、女ではなく男で、おそらく生者でもないのでしょう。悪魔かどうかは、わかりませんが」
「僕が悪魔でも、きみは、僕が怖くはないのかい」
 貴婦人は、男の声で尋ねた。
「私は悪魔と取り引きをするつもりはありませんが、人を破滅に導くあなたの仕事には、興味があります。あなたに魂を売る人間を探す、お手伝いをしてあげましょうか?」

提出者 如月正悟(きさらぎ・しょうご)
「空大に在籍している如月正悟です。
 フライシャー教授、正直言って、今日の教授はあなたらしくないですよ。参加者のみんなにもおかしな点を指摘されたり、質問されたりしてましたね。
 俺もすごく気になることがあるんです。
 リチャードさんです。
 同じ空大生として、彼とはよく教授の講義で顔をあわせるんですけど、今日のこの講義も彼、くるって言っていたんだけど、いませんよね。
 俺、今朝、リチャードさんをキャンパスでみたんですよ。彼がここにいないはずはないんだよなあ。
 教授も、講義中に独り言で何度も彼の名前をつぶやいてますよね。心配ですか。携帯かけてみますね」
 教授をまっすぐに見つめながら、正悟は、携帯をだし、リチャードに電話した。
 なにかを待つように、教室が静まり返る。
「・・・電源が、切れてる。ほんとにおかしいぞ、これは。
 俺がレポートを書き直したのは、教授とリチャードさんについて考えてたら、なんとなく、この話を思い出したからです。
 リチャードさんは、教授を尊敬してるって、よく言ってましたよ。知ってましたか」
 正悟が携帯をだしてから、教授の目は、ずっと、足元のトランクケースにむけられていた。

八十八 怪談払いがいる以上、教会は怪談の存在を肯定している。

第八十九話 アベック

「その後もわたしの苦労は続きました。誠実な人に思えた主人は、遊び人で働きもせず、外に女を何人も作り」
 降霊術で呼びだされた半透明の女は、聞くも涙、語るも涙の人生を語り続けた。
 しかし、現れたばかりの時には、たくさんいたギャラリーも、いまではみんなどこかへいってしまい、いまや彼女の前にいるのは、春日井茜のみだ。
「あなたは優しい人ね。他の人は、みんないってしまったのに、なんの事件もない、苦労だけのわたしの人生を黙ってきいていてくれる」
「私はしゃべるより、聞くほうが楽だからな。きみのようにたくさん話す人といるのは、苦にならない。
 他の人が、どこかへ行ってしまったのは、きみの話の内容ではなく、きみの背後にいる男性が、きみがなにか言うたびに、鬼のような形相で首を横に振るのが、見ていてつらいからではないのか。
 きみは、自分で思うよりもウソつきなのかもしれないな」

提出者 ネル・マイヤーズ
「教授の背後になにか見えるわけではありませんが、私は講義を受けていて、この噂話を連想しました。
 つまり、私にこの話を連想させるなにかが、ここにはあるということです。早く講義が無事、終了して欲しいですね」

八十九 怪談を背中にはりつけられるいたずらは、誰もが目にした経験があるはずだ。

第九十話 隣人

 降霊会に呼ばれたヴァーナー・ヴォネガットは、お腹の調子を崩してトイレにこもっていた。
「本当は、お腹は悪くないから、服のまま、座ってるだけです」
「ヴァーナーちゃん。あのね、そこのトイレはお化けがでるって、噂があるから、隣に移ったほうがいいわよ」
 壁越しに、隣の個室から声がする。親切そうな女の人だ。
「むむむ。ここでお化けがでると逃げ場がないです。隣に移るです」
 ヴァーナーは便座から腰を浮かしかける。
「ヴァーナーちゃん。その声は信じてはダメ。彼女がお化けなの。隣に行ったら、あなたは首をちょん切られて、死んでしまうわ」
 別の声が忠告してきた。
「むー。なんですか。ボクは、殺されたくないです」 
 ドンドンドン。
 壁が激しく叩かれた。
「早く隣へ行くの。私はあなたの味方よ。二回目の声がお化けなの。だまされないで」
 バンバン。
 今度は、誰かがドアが叩く。
「開けるんだ。このトイレは、呪われている」
 三人目の声だ。
「うーうーうー」
 フタをした便座の上で膝を抱えて、ヴァーナーは怯えている。
「みんなの親切が怖いです」
「隣へ行くのよ。手遅れになるわ」
「頭のおかしいクビキリ女があなたを狙ってる。気をつけて。彼女はあなたのストーカーなの」
「でてこないなら。あなたのために、このドアを壊すわよ。用意はいい」
 そのうちに三つの声は、直接、お互いをけなしだし、口喧嘩になった。

提出者 ファタ・オルガナ
「ヴァーナーがトイレで責められておる姿をもっと見ていたいので、わしはまだ話したくないのう。
 んふふふ。みんな、見るのじゃ。ヴァーナーが泣いておる。おおっ。逃げだしたぞ。かわいいのう。
 では、しかたないので解説するとしようか。
 話はでたらめじゃ。教授の不審な姿を眺めておったら、次々と妄想が膨らんできて困ったので、形にしてみたのじゃ。あえてテーマをいえば、親切そうな隣人も、実は、なにを考えておるのかわからぬ、じゃな。ようするに、ヴァーナーの涙も、教授、おぬしの責任なのじゃ、おぬしもやるのう」

九十 隣の部屋の、静かすぎる怪談は怖いです。

第九十一話 ごーすとぶらざー

 召喚された霊との交渉役を頼まれ、渋井誠治は困っていた。立体映像の幽霊とむきあって、膝が震えている。
「お、俺は幽霊なんか別に怖くないんだけどさ。だからほら、教授の話がよく聞こえる席に座ってるし、怪談に学術的興味があるから、教授を応援してるし」
 平常心を失っているので、自分でもなにを言っているのかよくわかっていない。
「てめぇ、オレに文句あんのか。なんだ、コラ」
 半透明のモヒカン男がすごんだ。
「だ、だ、だからさ、幽霊になってまで、ライバルの不良グループをシメにいくとかしないほうがいいかなー。成仏できなくなるよー、とか誰かが言ってた気がするなあ」
「ヒャッハア〜。成仏なんざあ、どうでもいいんだよ。やりたいようにやらせてもらうぜ。てめぇは、オレが怖くないんだろ。根性みせてもらおうじゃねぇか」
 モヒカンが渋井の襟首に手をのばそうとした時、渋井はすでに、よつんばになってステージから消えていた。

提出者 ナイン・ブラック
「刺されて死んじまったダチが、化けてでて、自分を殺した不良グループの連中を病気にしたり、事故を起こさせたりして、ギタギタにしちまったんだ。キシャシャ。生きてる時にゃ、喧嘩はからっきしだったのに、死んでからの方が強くて、まったく、あいつには、笑っちまったぜ。怨霊に祟られる心配のあるやつぁ、せいぜい用心するんだな。用心したあげく、それで、最後にはヤラレちまえ。キシャシャ」

九十一 同じチームの怪談は、家族同然だぜ。

第九十二話 待ち合わせ

 降霊会の行われている隣の部屋に気配を感じて、鬼桜月桃は様子をみにいった。
 灯りの消えた暗い部屋に、半透明の青年が立っている。
「悲しい気持ちが伝わってくるわ。きみは、誰かを待っているのね。その人を好きだけれど、怒りも感じている」
 ドアが開く。
 招待客の一人が入ってきた。片眼鏡をした壮年の紳士だ。
「待っていてくれたのか」
 彼は、月桃には目もくれず、青年にかけよる。
「危ないわ。あなたは、ここにきてしまっては」
 月桃がとめる間もなく、紳士と青年は抱き合い、そして、二人は消えた。
 紳士の片眼鏡が床に残った。

提出者 黒崎天音
「誰から聞いた話か思い出せないんだけど、夜ふけに美術準備室に青年の幽霊がでるって、噂があってね。噂をたしかめにいった美術教師が、消息不明になったんだってさ。現場に残っていたのは、教師の片眼鏡だけ。偶然だけど、もし、アルフレッド・フライシャー教授のファーストネームが、さっきからみんなが気にしているリチャードだったら、フルネームは、リチャード・フライシャーになって、アルフレッド・ヒッチコックと同じ題材の犯罪映画をとった映画監督の名前になるんだけどね。
 二本とも、いまの教室の状況とよく似た内容の映画だった気がするけど」

九十二 怪談が違うのでリメイクされた映画は、まるで別物だ。

第九十三話 強奪

 降霊会の会場を抜けだして、テナントビルを探検していた少年の姿をした魔道書、鬼桜刃著桜花徒然日記帳は、何者かに急に壁に叩きつけられた。
 さらに、そのまま金縛りにあい、身動きが取れない。
 (銀ちゃん。お母さん、助けて!)
 どこからか長い黒髪の女があらわれ、桜花の耳元でつぶやく。
「貴方が欲しいの貴方が欲しいの貴方が欲しいの貴方の全てが欲しいの」
(貴方って僕? 全てってなに?)
 桜花の疑問にこたえるように、女は握りしめた包丁を振りあげた。
「ハッ」
 と、ステージにあがってきた鬼桜刃が、立体映像の女を気合いとともに殴り倒した。
「教授。ガキ相手に、きつすぎるだろ。これは」
「刃。キライ。くるな」
 パートナーに助けてもらった桜花は、涙目で悪態をつく。

提出者 ラルク・クローディス
「山で修行してた時に俺が体験した話だ。後で聞いたんだが、女は心底好きだった男に、裏切られ、男を殺して、自分もあの山で自殺したらしい。いまでもまだ、恨みが残って現世をさまよってるんだな。俺は金縛りを闘気で弾き飛ばしてから、光条兵器で逆に襲いかかってやったんだが、逃げられちまったぜ」

九十三 料理人でもない私が、セットの怪談を買っても、使うのは一、二本だけでした。

第九十四話 寝床

 トイレに行こうと会場オフィスをでた火村加夜は、なぜか地下階におりていた。
「降霊会などをしていると、会場、建物自体が心霊スポットになってしまうというパターンですか。ホラー小説の定石ですね」
 本好きの加夜は、今日も読みかけの小説を小脇に抱えている。
「私は、ホラーよりミステリが好きなのですが」
 誰かに招きよせられるように、加夜はある部屋に入る。そこの床には、どう見ても人間としか思えない者たちが、何体も横たわっていた。 
 とても、生きているようにはみえない。
「怪談らしい場所ですね。静かでいいじゃないですか、本の続きを読むとしましょう」
 管理人よろしく、部屋の隅でパイプ椅子に腰かけると、加夜は本を開く。
 読書の途中で、部屋のドアが開いたり、閉まったり、誰かがでていったような感じもしたが、加夜は気にせず、ページをめくり続けた。

提出者 マイト・レストレイド
「スコットランドヤードから、百合園女学院推理研究会に出向しているマイト・レストレイド警部だ。捜査に協力が必要になったら、みんな、よろしく頼む。同じ英国出身のクリストファー・モーガンくんが言っていたように、俺の故国には怪談が多い。自宅に幽霊がでるのが自慢になる国だからな。
 警察関係にも怪談は多くて、中でも死体が動く類の話はよく聞くんだ。
 隠しておいたはずの死体が、一番、見つかって欲しくない場所で、発見されて、首を傾げながら、逮捕される犯罪者もいる。死体が歩いた、そう聞いても、ああ、またか、と答えて、誰も驚きも、怖がりもしないのは、ヤードならではないかな」

九十四 ペットの怪談は、その家で居心地のよい場所を勝手に探す。

第九十五話 混合

「暗異部(くらいぶ)さんじゃないですか」
 降霊会の会場で、如月正悟は空大の先輩である暗異部を見かけた。
「フライシャー教授。この再現は、レポートを元に教授が話をつくられてるんですよね。そうなると暗異部さんは」
「如月くん。いいから続けたまえ」
 正悟は、教授の判断に納得がいかない。
「教授は、暗異部さんのあの事件を再現させるつもりなのか」
「如月くん。このビルの地下になにがあるか、知ってるかい」
 立体映像の暗異部は、ニタニタと笑っている。
「死体だよ。死体置き場なのさ。ボクの才能を評価せずに、不当な扱いをしたスティーヴン教授の死体もここにあるんだ。ボクは、いまから地下室に忍び込んで、教授を解剖してやるつもりさ。彼がまったく認めなかったボクのメスさばきを彼の体に直接、教えてやるよ。細かく、細かく、ていねいに、ていねいにね」
「やめるんだ。暗異部さん、あなたはそうして、事故死したスティーヴン教授の遺体にいたずらをしに行って、それで」
「いたずらじゃなくて、実験、勉強、恩返しだよ。じゃ、恩師に会いにいくとするかな。へへへ」
 部屋をでていく暗異部を正悟は、見送った。
 ここでとめても意味はないと思った。
 すでに現実では結果はでてしまっている。
 数ヶ月前、暗異部が空大医学部の霊安室に忍び込んだ翌朝、暗異部とスティーヴン教授、二人の死体が、どちらがどちらなのか判別のつかない状態になって発見された。
 深夜の霊安室でなにが行われたのかは、わかっていない。

提出者 クレア・シュミット
「シャンバラ教導団のクレア・シュミットです。この教室の雰囲気に違和感をおぼえて、レポートの内容を書き直し、再提出させていただきました。この話に心霊が関係しているのかどうか、真偽はわかりません。おそらく、事故、犯罪事件が人口を介して脚色された単なる都市伝説の類なのでしょう。
 が、この話には、「人の生き死にを冒涜する者はそれなりの報いを受ける」という意味が込められているようにも思います。教授は、どう思われますか」

九十五 怪談の重みはみんな一緒なんだよ。そう思いたいね。

第九十六話 食育

 心霊術師。
 男の名刺の肩書きは、こう記されていた。
「ごめんなさい。あたし、その仕事の意味がわかんないわ」
「ごもっともです。生と死、この世とあの世、魂と霊、それらをまとめて扱わせいただいております」
「説明されても、さっぱり」 
 心霊術師を名乗る男に話しかけられ、茅野菫はあからさまに怪訝な表情で彼を眺めた。
「うさんくさいなあ。詐欺商法なら、あたしはお断りよ」
「まあまあ。初対面の方には、そういった者と間違われることもしばしばですが、私は正真正銘の本物ですよ。あなたも心霊世界にご興味がおありだから、この降霊会にこられたのでしょう」
「ショタ探がいたから、死体の一つも転がってるかと思って、この講座にきたのに、いまのところ、そっちの方面では期待ハズレだわ。にしてもおじさん、儲かりそうもない仕事のクセに、ずいぶんいい服着てるわね。お肉も脂身がたっくさんついてるみたいだし、お金持ちなのね」
「いえいえ。すべては妻のおかげです。もっとも、妻はすでに亡くなっているのですがね」
 男は自慢げに語りだす。
「霊になった妻が生前よりも、もっとかいがいしく世話をやいてくれるんですよ。食事はもちろん、身のまわりのことは全部です」
「奥さん。毎日、でるの」
「ええ。朝も夜もずっとです」
 へぇ、そう。と、菫は意地悪な笑みを浮かべた。
「あんたがくるのが待ちきれなくて、早くあっちへいけるように、手伝ってくれてるんじゃない。おじさん、話してるだけでも、すごい汗だし、呼吸もあらいし、普通に歩くのも大変そうね。奥さん、本当にがんばってるわね」

提出者 戦部小次郎
「このイカサマ心霊術師は、妻を殺害していたそうです。心筋梗塞で彼が亡くなった後、妻殺害の証拠の品が自宅から発見されました。妻の死後、半年で男の体重は倍に増え、亡くなった頃には三倍強になっていたらしいです。死者の執念は怖ろしい。教授はどう思われますか? ここにも怖ろしい死者がきているかもしれません。念を押して起きますが、いざという時は、我の銃を使ってください。遠慮なさらずに」

九十六 親切な怪談には気をつけよう。

第九十七話 再現

 降霊会のメインイベントは百物語だった。
 参加者各自が用意した怪談(創作、体験談、伝聞した話)を語りあう。
 オフィスの灯りを消し、蝋燭に火をつけ、百物語を開始した。
 怖い話、奇妙な話、笑いを誘う話、次々と話が語られていく中で、サークルの主催者である大学教授の様子がおかしいのに、戦部小次郎は気づく。
「教授。お加減が悪そうですね。服装や髪も乱れていますし、あれ、この服についているのは、血痕ではないですか? さっきから壊れた腕時計をやたらと気にしていらっしゃる。そう言えば、御一緒にいらっしゃった奥様のお姿がみえませんが」
 普段は、話好きな教授が青ざめた顔で、震えている。
「奥様を探してまいりましょうか」
「行くな! 行かないでくれ。妻は先に帰った」
 そうこうしているうちに話は九十九話まで進み、残りは一話になった。最後の語り手は教授である。
「私は、今日は話したくない」
「後一話で百です。せっかくの機会ですし、なんでもいいので話してください」
 話す、話さないで、教授が小次郎と問答していると、室内の蝋燭の火がすべて消えた。
 闇に閉ざされたオフィスに誰かが歩きまわる足音がする。
「違う。あなたじゃない」
 女の声だ。つぶやきながら、座っているメンバーの背後を通りすぎていく。
 足音がとまった。
「わたしを・・・したのは・・・・・・
 
 おまえだ!
 
 突然の大声に、あわてて蛍光灯をつけると、うつろな目で笑う教授の背中には、血まみれの女がしがみついていた。
 女、教授の妻が、とっくの以前に事切れている状態で、さっきまでどうやって歩き、声をだしていたのかは、誰にもわからなかった。

提出者 茅野菫
「説明はいらないわね。そういう意味よ」

九十七 怪談の模倣、再現は、音楽の世界においては、すでに一般的な表現の一つになっている。