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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


・襲来


 百合園女学院の外。
 唯斗は携帯を握り、クリスタルと話そうとしていた。
『初めまして、紫月 唯斗と申します』
 まずは挨拶をする。
『まだ詳しい事情は分かりませんが、無事なようで何よりです』
『そんなにわたくしはヤワじゃないのです』
 電話越しにクリスタルの声を聞く。
『ところで、回復した後の住むあてはあるのですか? もし良かったら俺の家に来ませんか?』
 自分の家だったら、広さもあるから、一人増えても問題はないと説明する。
 それを伝えると、電話の先が騒がしくなる。事情も知らないのに、いきなり引き取りたいなどと言ったからだ。
 すぐに彼女が何者であるかの説明が入る。
『そんな事は関係ないですよ。だって幼い女の子じゃないですか。誰かが面倒を見ないといけませんよ』
 彼に悪気はない。ガーネットやサファイアのような他の五機精もいるとはいえ、全員が一緒に暮らせるとも限らないと彼は考えるからだ。
 そもそも、その二人と面識すらない。
『む、余計なお世話なのです!』
 子供扱いし過ぎたのがいけなかったのだろう。電話が切られてしまう。
 そもそも、他に彼女を含めた五機精達の事を考え行動している者がいる中で、彼はあまりに軽率過ぎた。
 自分なら世話してやれるという考えも、少女を弱いと決めつけた上で成り立つただの思い上がりである。
 少なくとも、本当に少女の事を考えるならば、もう少し彼女の事をしり、熟考した上で決めなければいけないのだ。
 結局、そのままパートナーのエクスも外に追いやられ、彼らの行動は不発に終わってしまった。

            * * *

 百合園女学院の前に、堂々と歩いてくる人影がある。どうやら生徒のようだ。
「ごきげんよう。こちらの女の子の看病をするようにと連絡を受けて、来ましたの」
 フィリッパの提案により、現在クリスタルとの面会は事前に承認を受けなければ行えない。
 確認は当然校外で行っている。敷地内に入れた後では、遅いのだ。
「ほら、生徒証ですわ」
 それが本物であるか確認しようとする。
「どちらにしても、入らせて頂こうと……しますわね!」
 百合園生が手首を返そうとしたその時、彼女の背後から斬りかかる者がいた。如月 正悟(きさらぎ・しょうご)である。
「殿方としてあるまじき行為ですわよ」
 だが、それはかわされてしまう。避けながら、目の前の百合園生は夢幻糸を繰り出してきた。
「まさか今度は百合園生に化けて出てくるなんてね――傀儡師さん」
「あらあら、よく分かりましたわね……結構上手く演じられたと思ったのに」
 前回とは全く異なる清楚系お嬢様な風貌であるため、傀儡師だと判断するのは難しかったはずだ。
「俺一人じゃきっと気付けなかった。助かったよ」
 正悟は百合園女学院の前で待機していたハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)を見遣る。
「礼には及びません。それよりも、その方を決して中に入れないようにしましょう」
 彼の禁猟区によって、近くに危険な存在がいる事が発覚したのだ。
 とはいえ、すぐに反応出来なかったのは、やはり傀儡師が上手く化けていたからである。気配があっても、それを特定するにはちゃんと相手の姿を認識せねばならない。
「まったく、こっちは急ぎなんだよ。さっさと終わらせないとね」
 傀儡師の掌から、糸が正悟に向かって飛んでくる。
 室内でさえ糸を視認するのは難しいのだ。まして陽の光の反射を利用出来る屋外ならば、ほとんど不可視である。
 だが、正悟には策があった。
 学校の周囲には運河がある。そこに向かって氷術で生み出した氷を勢いよく打ち付ける。

――バシャーン!

 音を立てて、水滴が舞い散る。
 それが不自然に空中で静止する場所、そこに糸がある。
「そこだ!」
 向かってくる糸を斬る。
「まったく、その程度じゃ僕の糸は防げないよ」
 両手で編み出した糸が彼を取り囲もうとする。
「水滴と一緒に凍れば、動かせなくなるでしょう」
 ハンスが氷術で糸を封じようとする。正悟の周囲の糸が動かなくなる。それを断ち切らないように、その場で跳躍して輪から抜け出す。
 理由は、糸を切ったら新たな糸を繰り出してくるからだ。ならば、少しでも時間を稼ぐ手段を使う。
「小賢しい真似を」
 即座に傀儡師が新たな糸へと切り換えた。それがそのまま正悟に向かって来る。
 だが、
(外した?)
 傀儡師ではなく、むしろ正悟が驚く。
 これまで、傀儡師の糸はほとんど百発百中、こちらが切ろうとしなければ絡み取られるほどの精度を誇っていた。
 それどころか、明らかに傀儡師の攻撃は、ヒラニプラの遺跡の時よりも単調である。手加減している様子もないにも関わらず、だ。
(なぜだ…………そうか!)
 閃いた。
 傀儡師が今、前ほどの力を発揮しない――否、発揮出来ない理由が。
 再び水面を打ちつけて、水を散布する。今度はより広範囲に。
(やっぱりな)
 傀儡師の糸は、縦横無尽に張り巡らされてはいない。それはここが屋外で、しかも遮蔽物がほとんどないからである。
 室内では、壁や天井を利用し、糸を張る事で、絶対領域を得る。だが、外ではそれが出来ない。
 そしてもう一つの要因があった。風だ。
 ある一定以上の距離では、傀儡師の糸の先端の狙いがずれている。不可視のからくりは、光の反射もそうだが、糸自体の細さにある。
 極限まで細くした糸は、素材がなんであれ、どうしても軽くなる。しかも長くなればなるほど、安定性も下がる。
 指先から伸びる糸は、一定の距離以上になると風の影響を受け、流されてしまうのである。
 水辺で風通しがいい場所だからこそ、その効果は最大限に発揮されていた。
「如月様!」
 氷術を使って、またも糸を凍らせるハンス。加えて、パワーブレスで正悟をアシストする。
「お前の攻撃は見切った。これで終わりにしよう」
 ライトニングウェポンで武器に帯電させる。機械仕掛けの傀儡師の人形なら、ダメージは大きいだろう。
「終わり、ね。それはこれを破ってから言ってもらいたいよ」
 正悟が傀儡師に向かって踏み出すのと同じタイミングで、敵も手首を振るう。
「夢幻灯篭」
 正悟を取り囲むように、糸が張られていく。不可視ではなく、はっきりと見える形で。
(きたか!)
 前と同じ奥義――籠ノ鳥が来る。
 見える糸は幻だと思った正悟だったが、それは異なると気付く事になった。糸は彼の攻撃によって、断ち切られたのである。
「――焔ノ調!」
 糸を光条兵器の刃で斬った瞬間だった。
(……違うッ!!)
 だが気付いた時には遅かった。
 ドドドン、と爆発がおこり、炎が正悟の身体を包み込んだ。
「ぐ、あ……」
 無数の糸を一気に裂いたのが、敵の攻撃の威力を高める結果となってしまった。
「何も籠ノ鳥だけが、夢幻灯篭じゃないよ。まあ、あれに比べれば威力は劣るんだけどね」
 爆発に紛れて、傀儡師は百合園女学院の敷地内に踏み込んだ。
「特殊塗料と火薬を含ませた糸を使うだけの簡単な作業なんだけど、糸の取り扱いが難しいんだ。下手するとこっちの操作ミスで自爆しかねないからね」
 こんな風に、とわざと糸を地面に叩きつけ爆発を起こし、その衝撃が正悟を襲う。
「さて、じゃあ僕は行くとするよ」
「待……て」
 正悟に背を向け、立ちはだかる少女の護衛をする百合園の面々に向き直る。

「止められるものなら、止めてみなよ」