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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


・灰色の花嫁


「――え?」
 確かに、斬ったはずだった。
 だが、斬られたのはアルコリア。相手は、黒い刀身のクレイモア型の剣を握り、ただその顔を彼女に向ける。
 塞がれた目からは、視線を感じる事はない。
「ふふ、本当に面白い……方ですね」
 幸い、傷は浅い。
 何が起こったのか一切分からないが、それでも目の前の相手が、これまでに出会った敵とは明らかに異質である事は感じ取っていた。
「いざ、参る!」
 シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が先の先から加速ブースターをフル稼働、さらにメモリープロジェクターで彼女達の映像を投影し、飛び込んでいく。
 その速度と撹乱をもってすれば、一人の相手には十分――なはずであった。
「くッ……馬鹿な!?」
 撹乱も、速度も意味をなしていなかった。
 敵の姿を通り越した覚えはない。だが、シーマの正面にいたはずの『灰色』は、彼女の背後に回っていたのだ。
「一体、どんなトリックですの?」
 敵の実態は未だ掴めない。それでも、これまでの攻撃は全て物理攻撃。
 ならば――
「その力、暴いてみせますわ!」
 ナコトが全力の魔力にてファイアストームを放つ。業火に包まれてなお、相手が無傷なはずは……あった。
「そんな、はずは……」
 よく見ると、ファイアストームの炎が包んでいたのは、『灰色』の後ろだった。狙いが外れてはいなかったのに、である。
「ふむ……分からん。意識を逸らしてはいないはずなのにのう。アル殿を斬った瞬間も、剣を取り出した瞬間も、誰も見てはおらぬし……」
 後方から支援を行おうとしているランゴバルトが観察するも、正体が掴めない。
 まるで目の前に見えている事自体、曖昧な――
「あなたは、そこにいますか?」
 アルコリアが問いかける。
「私の瞳に映る貴女は、本当にそこにいるのですか?」
 静かに、瞳を閉じる。
「いいえ。この眼に映らなくとも、そこに存在するものだってあるのですよ。貴女には風が――見えますか?」
 両の眼を閉じたまま、彼女は『灰色』へと飛び込んでいく。
 空気の揺れを肌で感じて、敵の存在を感じ取る。
「そこです!」
 ギィン、と鈍い音が響く。
 アルコリアは『灰色』の太刀筋を一切見る事なく、それを受け止めたのだ。
 いや、見なかったからこそ、というのが正しい。
「何が、起きたんだ?」
「マイロード、何をしましたの?」
 二人のパートナーが同時に声を上げた。
 眼でアルコリアと『灰色』の姿を追っていたために、認識出来なかったのだ。彼女達には、アルコリアが踏み出した瞬間、既に『灰色』の剣を受け止めていたように見えたのだ。
 両者の武器がぶつかり合う瞬間が、記憶の中の映像からカットされている、そんな感じである。
「そういう事ですか。それなら貴女の姿を『視た』時点で、私は決して貴女に触れる事は出来ませんね」
 アルコリアは気付いたのだ。
 かつて『研究所』で対峙したものが気付かなかった、『灰色の花嫁』の秘密に。
「ほう……ならばあとはアル殿に任せるとするかのう」
 ランゴバルトがアルコリアにパワーブレスを施す。
「分かってしまえば、怖くはありませんね。例え姿を見なくとも、ちゃんと触れる事は出来るのですから」
 『灰色の花嫁』の身体能力は、ずば抜けて高いわけではない。それは、『研究所』の最深部にいた者達が記憶している。
 今のアルコリアは、彼女と互角以上の力を持っている。そしてからくりが判明した以上、負ける理由はないかに思われた。
 五機精のクリスタル・フィーアが自らが「視た」者の認識を支配するのなら、『灰色』は、彼女を『視た』者の認識を歪ませる。その姿を視覚で認識した時点で、もう彼女の世界に囚われてしまった後となる。
「あなたは、わたしに触れる事は出来ないわ」
 『灰色』が口を開いた。
「ここで身を引くなら、傷つけはしない。でも、あくまでわたしと戦おうというのであれば――知ってもらうまでよ」
 穏やかな口調とは裏腹に、『灰色』の気配は気迫に満ちていた。
「それは、私に仰ってるのですか?」
 『灰色』は答えない。
 ならば、どちらが上かを証明するまでだった。
 『灰色』は静かに眼を覆う包帯を解く。
 彼女が包帯に手をかざした瞬間に、アルコリアは懐に飛び込んだところだった。
「――もう、終わったわ」
 アルコリアと『灰色』が交錯した。
 そして、その言葉が現実となる。
「アル!」
 アルコリアが、全身から血を吹き、倒れた。十数ヶ所が同時に斬られるなど、有り得ない。だが、周囲からはそう見えた。
 その時には、もう『灰色』は言葉通り、全てを終えていた。
 いつ攻撃に転じてもいいように体勢を整えていたシーマ、ナコトが同時に倒れる。彼女達もまた、全身に裂傷が走っていた。
 驚くべきは、それらが全て急所を外し、しかも失血死するほどの血は流させていない事であった。
「あなたも、戦う?」
『灰色』の両眼は、静かにランゴバルトを視ていた。無論、この時点で、『灰色』はいつでも相手を殺せる状態である。
「……そう」
 彼は戦おうとはしなかった。それに、彼女はここでは、まだ誰も殺してはいない。そのまま『灰色』の姿は、視界から消えた。
「天照す光よ、傷付き倒れた者に再び活力を……」
 一角獣の角を使い、アルコリア達を治していく。
 完全な敗北だった。

 自分を「視た」者、そして自分が「視た」者、その両方の認識を支配するのが『灰色の花嫁』の能力だ。
 本人が特別強い必要はない。彼女がいる時点で、もう「終わっている」のだから。
 五機精クリスタル・フィーアの能力を拡大し、欠点を排除した『完全体』
 それこそが、ワーズワースが最後に遺し封印した、最終計画の産物だったのだ。
 しかしもし『研究所』で彼女に対峙した者が、再び彼女と相見えるならば、気付くだろう。
 ――彼女があの時とは違う事に。