シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

人形師と、人形の見た夢。

リアクション公開中!

人形師と、人形の見た夢。
人形師と、人形の見た夢。 人形師と、人形の見た夢。 人形師と、人形の見た夢。

リアクション



第二章 ミサンガと、夫婦人形と、それから秘密の談話。


 氷見 雅(ひみ・みやび)の隣で、タンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)がふわぁ、とあくびをしたあとに、
「雅、居ましたです」
 口元にあてていた手を前方に伸ばし、言った。
「えっ、どこ!?」
 雅はすぐにきょろきょろと辺りを見回し、そして見つけた。工房で見せてもらった、写真に写っていた少女そっくりの女の子。長い黒髪の美少女だ。ドレスのような黒い衣装を纏っている。
 走り出す。タンタンはのんびりと歩いてくるだろう。走って行って、人形の横で止まって、
「こんにちは!」
 声をかける。人形はきょとんとした瞳で雅を見上げ、次の瞬間にはにっこりと微笑んだ。
「こんにちは、おねぇちゃん」
 どこか舌っ足らずな口調で喋る彼女の横を並んで歩く。人形はまったくの無警戒だ。自分が逃げたことや、そして今捜しまわられ追われていることに気付いていないように。
「これじゃすぐに見つかって、連れ戻されちゃうわ」
「ふわぁ? 雅は連れ戻さないですか?」
 呟いた言葉に、追いついていたタンタンが反応した。「当り前でしょ」と雅は返す。
「どこかに行くには何か理由があるってことよ? ならしばらく放っておいてあげたらいいんじゃないの?」
 そこまでタンタンに向き合って言って、次に人形に向き合った。人形は、雅とタンタンの会話の意味がわかっていないらしく、大きな黒い瞳で雅を見上げているだけだった。
「ねぇ、あなた名前は?」
「名前……わからないわ。おぼえてないの」
「そうなの。うーん、名前がないのも呼びづらいわね、あたしがつけてもいい?」
「ほんとう? わたしに名前をくれるの?」
「ええ。……そうね、髪が黒いからクロエとか、どう?」
「ふわぁ、雅、安直です」
「む、じゃあタンタン何かいい案があるの?」
「ふわぁ……人形のギョウちゃんとか……」
「可愛くないでしょ! それにタンタンだって安直だわ」
「クロエ? わたし、クロエ?」
 雅とタンタンが口合戦をしていると、人形は喜色満面といった表情と声で、言った。その場でくるくると回って見せる。黒いスカートがふわふわひらひらと揺れた。
「うれしい! クロエね! すてきな名前ね!」
 喜ぶクロエを見て、雅も微笑む。タンタンは、「ふわぁ……ギョウちゃんはダメですか。ふわぁ」と一人ごちていた。少しばかり苦笑して、それから「あ」露店が目に止まった。
 ミサンガを売っている露店で、色とりどりのミサンガが並べられている。雅はクロエの手を引いて、露店の前まで行った。クロエはミサンガを初めて見るのか、「なあに? なあに? きれいね!」とはしゃいだ声を上げている。
「これはね、ミサンガっていうの。これが切れたら夢が叶うらしいわよ。あたしも右手につけてるの」
 右手のミサンガを見せてやる。それを見て、クロエが微笑んだ。
「ゆめ? かなうの? すてき!」
「クロエにも夢がある?」
「よくわからないけど……したいことはあるわ!」
「じゃあ買ってあげる。つけていたらきっと夢が叶うから。何色がいい?」
「これ!」
 クロエが指差したのは赤いミサンガ。雅は「これひとつ」と露店の主から購入し、クロエの右手につけてやった。色が白く、細い腕に赤のミサンガが良く映えた。
「それとこれも」
 雅が鞄からキャスケットとゴスロリ眼帯を取り出し、クロエに装着させる。あまりにも写真に忠実な彼女の姿はすぐに見つかってしまうだろうとの配慮だ。
 それらを触り、楽しそうにクロエは微笑んだ。
「ぜんぶがはじめてだわ」
 その笑顔があまりにも楽しそうだったから、雅も微笑んだ。


*...***...*


 一方、リンスの工房を訪った和原 樹(なぎはら・いつき)は、ざわついている工房を見て目を丸くした。
 そんな中でもいつもと変わらずほとんど無表情に作業をしているリンスを見つけ、傍による。樹に気付いたリンスが片手を上げて「や」と挨拶する。樹もそれに返してから、
「……何かあったのか?」
 尋ねた。
「人形が逃げ出して困ってるって高原に言ったら、協力するって言いだしてこうなった」
「逃げ出した?」
「俺、作った人形に魂込めちゃうことあるから。その関係で。自由すぎるよね」
「完成と同時に自由気侭に動き出すとは……さすがにそこまでいくと良いことなのか悪いことなのか分からんな」
 樹のやや後方に居たフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、苦笑するように言う。だよねぇ、と肩をすくめるリンスが、樹を見た。
「それで? 和原こそ何かあったの? わざわざここまで出向くなんてあまりないよね?」
「うん、相談があって」
 樹はちらりと後方のショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)を見た。ショコラッテは工房内の人形を見たり、机の上に置いてあったモチーフである少女の写真を見ている。その隣でフォルクスが「写真の娘とショコラッテは少し似ているな」と話していた。
「人形の写真? ショコラちゃんに似てるのか?」
「背格好が、そうだね」
 リンスの答えに樹とフォルクスが顔を見合わせる。
 逃げた人形と似ているショコラッテ。。そして、人形は今、捜索中。
「まさかショコラちゃんが連れてかれたりとか……そんなことないよな?」
「さあ……後ろ姿で勘違いされるかもしれない。無責任だけど、気をつけた方がいいねとしか言えない」
「それは困るな。樹、早く用事を済ませて戻るぞ」
「待って、フォル兄。私、その子を捜したいわ」
 じっと写真を見ていたショコラッテが、言う。フォルクスは少し険しい顔をした。樹も困ったような表情になり、フォルクスを見遣る。
「……ショコラッテ。我らはヴァイシャリーの地理に詳しくないのだから、やめておけ。人攫いにでも遭ったらどうする。それにショコラッテと人形が似ているのだぞ? 間違って連れていかれる可能性もあるだろう」
「その子だって人攫いに遭うかもしれないでしょう? 早く見つけてあげないと。だって、形をもらったばかりなのに怖い思いをしたら可哀想」
「ショコラちゃん。俺もフォルクスも、ショコラちゃんが連れていかれたら、嫌だよ」
「でも、樹兄さん」
「お願い。言うこと、聞いて?」
「…………わかったわ」
 どこか不満そうに言って俯いたショコラッテの手を、フォルクスが握る。
 それを見てから樹が、
「そういうわけで、手伝えないんだけど……ごめん」
 済まなそうに言った。
「そんな顔しないでよ。で、相談って?」
「手伝えないのに相談だけ聞いてもらうのもどうかと思うんだけど……。
 俺は結構、図書館に本を借りに行ったり、課外授業とかで他の学校に出かけることも多くてさ。
 そういう時、ショコラちゃんが留守番しててくれることが多いんだ」
 自らの名前を呼ばれ、俯いていたショコラッテの顔が少し上がる。樹と目が合うと、また俯いてしまったが。
 樹は苦笑してから言葉を続ける。
「それで、ショコラちゃんが一人のとき寂しくないように人形でも置いておこうかと思って」
「テディベアとか?」
「や、……俺とフォルクスの人形……とか。親ばかだけど」
「なるほど、夫婦人形というわけだな」
 話を聞いていたフォルクスが嬉しそうに笑った。夫婦、という言葉に反応して樹が顔を歪める。
「何言ってんだ、ばーか」
「和原、顔赤い」
「リンスさんまでからかわないでよ」
「じゃあそういうことにしておく」
「樹は可愛いだろう、レイス殿」
 フォルクスの自慢げな言葉を「そうだね」と流し、リンスは問う。
「それで、俺が二人の人形を作ればいいの?」
 樹は首を振った。
「自分で頑張りたいんだ。……でも、人形なんて作ったことないし、やり方がわからないんだよ。
 だから、リンスさんに型紙とか難しいところのパーツだけ作ってもらえないかなーと。
 忙しい時にこんな依頼でごめん。ありかな?」
「全然ありでしょ。いいよ、いま立て込んでるから三日くらいかかるけど、取りに来てくれるならやっておく」
「助かるよ、ありがとう」
「じゃあまた三日後に」
 ゆるく手を振って、工房を出て行く。ショコラッテを真ん中に、フォルクスと樹が両側につき、人通りの多い道を選んで帰る。
「……樹兄さん」
 不意に、ショコラッテが口を開いた。
「ん?」
「……ありがとう」
 樹は笑って、それに反した。


*...***...*


「レイスさん! 質問してもいいですか!」
 ぴしりと挙手して、高務 野々(たかつかさ・のの)がリンスに声をかけた。挙手は質問OKかどうかの体勢だ。作業の手を止めたリンスが、「どうぞ?」と促すと、野々は挙手の手を下げ、リンスの座る作業台の近くに椅子を持ってきて、座った。
「とても可愛い人形だと聞き及びまして。それで、そんな可愛いお人形のモチーフになった方はとっても可愛い方なんだろうなぁと思い、ぜひともお話してみたいのですよ。
 あ、いえ、別に私は親密な関係になりたいとかそういうのではなくてですね……そう、ええと一目見て見たいと!」
 野々の言葉に、リンスは黙ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったか。たとえば、自分の一言には『可愛いものを愛でたいです』オーラが付随してしまっていて、ドン引きされてしまっているとか。
 リンスが長く黙っているものだから、段々と不安になってきた。
「……あの? 私、何か変なことを聞いてしまいましたか?」
「いや、うーん……答えづらくて」
「えっ、引いてます?」
「引く? 何に?」
「可愛いものが好きなことに」
「それはないけど。俺も可愛いものは好きだよ」
「本当ですか? なんだかレイスさんとお友達になれそうな気がしました」
「それはどうも。可愛いものが好きなら工房見て行けば? 納品前の人形とかあるから」
「ありがとうございます♪」
 言いたくないのだろうな、と判断した野々は、空気を読むことにして工房の中を見て回る。
 陳列棚にはテディベアや、ぬいぐるみ、小さめの西洋人形といった小さいものが主だって並んでいた。今回のような、小学生くらいの大きさのあるビスクドールは滅多に作らないのだろう。工房内には見当たらない。
「可愛いですねぇ、ぎゅってしたいです」
「……高務」
「はい?」
 独り言のように呟いた時、リンスに呼ばれた。ちょいちょい、と右手が『こっちへおいで』と手招いている。近付くと、小さな声で言われた。
「モチーフの子は――」