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第3章


 太陽が高く昇り、じりじりと夏の暑さがやってきた昼。
 ホテルは盛況と呼べるほど、人が来ていた。

■□■□■□■□■

 ホテル内にはバーからテスラのピアノと歌声が聞こえてくる。
 ピアノの調律とリハーサルの為に歌っているそれは驚きの歌。
 歌声は寄せては返す波の音のように、いくら聞いていても飽きることがない。
 声が従業員の耳まで届くと、気力を回復させ、今日1日頑張れそうだ。
 そんな歌をロビーのソファーでぼけーっと聞いている毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)の姿があった。
 チェックインはすでに済ませており、荷物も泊まる普通の部屋へと置いてきている。
 歌を聞きながら、ルカルカが扉を開きお客様を中に入れているのを観察しているようだ。
「あいつら……確か、ロイヤルスイートルームが当たったとかなんとか言ってたよなぁ」
 呟いた先には茅野 菫(ちの・すみれ)鬼崎 朔(きざき・さく)が受付を済ませているところだった。
 菫は何故か、黒ゴスで猫耳カチューシャを付けている。
「あの、何か御用はありますか?」
 大佐にそう話しかけたのはホイップだ。
「……ああ、それじゃあ……セイニィとリフルってどっちが小さいのかねぇ? 勿論、身長のことを言ってるんじゃなくて」
「えっと……あの……」
 なんとなく意図を察して、ホイップは顔が赤くなる。
 大佐はそれを見て、にやにやと楽しんでいるように見える。
「……セイニィさんの方が小さい……よ」
 ホイップは耳元に顔を持っていって、やっとそう告げる。
 顔を真っ赤にしてるその姿を見て、大佐はだいぶ満足したようだ。
「仕事の邪魔して悪かった。人間観察したいだけだから構わなくて大丈夫」
 大佐にそう言われ、ホイップは大佐の側を離れたのだった。
「顔赤いけど大丈夫!? 熱!?」
 その様子を少し見ていたルカルカが側を通った時、ホイップに話しかけた。
 会話の内容を思い出し、また赤くなる。
「もしかして……何かしたの!? ちょっとお星様にしてくるから!」
「ま、待って! 大丈夫だよ! 違うからっ!」
 本当に走り出そうとしてしまったルカルカをホイップが必死に止めた。
「本当に? 何かあったら言うんだよ?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう!」
 ルカルカに感謝を述べると、ホイップは違う仕事へと向かっていったのだった。
 ルカルカは……納得していないようで、大佐をじっと睨んでいた。

■□■□■□■□■

 こちらは先ほど、チェックインした菫と朔のロイヤルスイートルーム内。
 最上階1フロア全てを使ったこの部屋は、入ってすぐに応接用のテーブルやソファがあり、その両脇の部屋へと続いて行く。
 片方は主寝室とジャグジーの浴室へと、もう片方は客室と普通の浴室だ。
 入ってすぐの広々とした部屋には応接セット以外にも、カウンターとお酒の棚があり、リビングとしても使えるようなテーブルとイスが並んでいる。
 そして、なんと言っても、壁一面のガラスによって開放的な空間となっている。
 空京の街を一望でき、高所恐怖症の人にはちょっと泊まるのが難しい部屋だろう。
 天井には玄関ホールにあったようなシャンデリアとは違い、小ぶりだが、かなり細かな装飾が施されたシャンデリアが付けられている。
 他にも装飾品は全て高級なものばかり……手を触れるのさえ躊躇われる。
「お荷物こちらに置かせて頂きますぅ」
 荷物を持っていたのは咲夜 由宇(さくや・ゆう)だ。
「ありがとう」
 朔はお礼を言ったが、菫はさっそく電話を使ってルームサービスを頼んでいた。
「何かあったら、言って下さいですぅ」
 由宇はそう言うと、部屋の隅にきちんと立っている。
 朔は主寝室の扉を開けると、ふっかふかのベッドの上にダイブした。
「ふかふか〜♪」
 可愛いものに対しているときの様な表情でベッドを堪能する。
 その間に菫が頼んだアイスロイヤルミルクティーをホイップが運んで来ていた。
 と、同時に部屋の中へと入ってくる人がいた。
 朔のパートナーアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)だ。
 アテフェフは、部屋に来るまではルンルンだったが、ソファでくつろいでいる菫と部屋の隅で待機している由宇を見るとまるで般若のような顔へと一転した。
 その様子を見たホイップや菫、由宇はぎょっとした。
 アテフェフは朔がこの部屋にはいない事を確認すると、扉が開いていた主寝室の方へと向かって行った。
 主寝室でもふもふしていた朔はアテフェフの姿を確認し、戦慄した。
「どういうことなの? 誰? あの女!? 何で、あたしと朔のサプライズの場所にズカズカ乗りこんで来てるの!? ……まさか、朔を誑かす悪女! 悪女なのね!!! うふ、アハハハ!!! あたしの朔に手を出すな!!!!」
 アテフェフはそう言うと、鉈を取り出し、主寝室を出て行こうとしたので朔がその腰にしがみついた。
「やめるんだ!」
「うふふ……安心して……今すぐに朔の敵を倒してくるから!!!」
「違うーーっ!」
 2人のやりとりは中央の菫達がいる部屋まで聞こえてきていたが、菫だけは全く気にしていなかった。
 最初、見た時はさすがに驚いていたのだが、もう平気になったようだ。
 朔から話しを聞いていたのもあるのだろう。
 それよりも、とホイップの腕をつかむ。
 主寝室からは戦闘音らしきものが聞こえて来ていて、ホイップと由宇はおびえていた。
「ホイップ、お兄ちゃんはまた妹が増えたらしいにゃ。しかもお兄ちゃんと呼ばれるようになって、かなり喜んでいるにゃ」
「へ、へぇ……」
 ホイップから微妙に黒いオーラが見える。
 可哀相に由宇はさらにおびえた。
「朔のパートナーはヤンデレにゃ。でも、これからはヤンデレの進化系ニャンデレの時代なんだにゃ。お兄ちゃんが猫耳メイドが好きなのはリサーチ済みにゃ。ホイップもニャンデレになれば、お兄ちゃんなんてイチコロなんだにゃ!」
 菫はそう言うと、猫耳カチューシャをホイップへ手渡した。
「えっと……えっ?」
 ホイップはイマイチ状態を理解出来ていないようだ。
「仕事が終わったあと、お兄ちゃんからデートに誘われたらコレを付けて行くにゃ。まずはお仕置きして……キスをねだると良いにゃ」
 菫はにやにやと言う。
「え……う……あぅ……」
 ホイップは顔を真っ赤にして、言葉になっていない。
 主寝室からはあいかわらず戦闘の激しい音が聞こえてきている。
 何か備品が壊れているような音が聞こえるが……3人とも見に行くことは出来ない。
「えっと……それじゃあ、もう行くね。まだ仕事があるし」
 そそくさと逃げ出そうとするホイップ。
「あ、由宇も部屋から出といた方が良いにゃ。余計な火種になる気がするにゃ」
「は、はいですぅ」
 菫の言葉にどうしようかと迷っていた由宇はホイップと一緒に部屋を退室したのだった。
 とりあえず、部屋の中からは夜まで戦闘音が消える事はなかったようだ。
 ちなみに、壊した備品はルディの入っていた保険によってなんとか事なきを得たようだ。

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 場所はフロントに戻りまして、コンシェルジュをやっているカレンとジュレールはお客様の対応に当たっていた。
「お風呂の出が悪いようですぽん。508号室にお願いしますぽん」
 輪廻が受けた電話の内容と2人に伝えると、すぐさま行動を開始した。
 部屋へと到着すると、中からちょっと太めのおじさんが出てきた。
「早くしてくれ! 入れないじゃないかっ!!」
「はい! すぐにーっ!」
 カレンとジュレールは部屋の中へと入らせてもらい、浴室へと入って行った。
「ハイハイ、こう言うのは気合で……」
 カレンはさっそく蛇口の元へと行くと蛇口を殴った。
「うわ、蛇口が取れちゃった……ひえ〜水が止まらないよ〜!」
 勿論、解決するはずもなく、蛇口は取れ水が噴き出した。
「任せろ」
 大人しく成り行きを見ていたジュレールが持っていた工具箱を開いて、即座に応急処置を施した。
「あとで専門の業者を呼ぶ。だけど、一応これで使える」
「あ、ああ、すまんね」
 おじさんはジュレールの手際の良さに驚いていた。
 なんとかなったので、この部屋を2人は後にした。
 フロントに戻ると次のクレームが来ていた。
 今度は203号室のお客様がテレビが映らないとのことだった。
「任せて!」
 カレンは部屋に到着すると、すぐにテレビの元に駆け寄った。
「こう言うのは、斜め45度の角度からおもいっきり叩いてみれば直るんじゃ……あ、煙出てきた……うわ〜!!」
 本当にテレビを叩いて、煙が出て来てしまった。
 またもあわあわするカレン。
「任せろ」
 ここでも工具箱を取り出すジュレール。
 手際よく直すと、煙は収まり、無事にテレビが映っている。
 直ったのを確認して、2人は部屋を出た。
 フロントに戻るが、まだ仕事は来ていないようだ。
 カレンはよろよろと大佐の横の椅子に座った。
「なんかボク……完全に足を引っ張ってるよね……一生懸命やってるんだけどなぁ……はぁ……」
 ジュレールはそんなカレンにどう声を掛けて良いか分からずにいた。
 大佐は大佐で、ふーんといった感じで面白そうに眺めるだけ。
「やめてくださいっ!」
「良いじゃねぇか! 少しくらい、俺のやけ酒に付き合ってくれてもよーーっ!」
 声のする方を見ると、バーから出てきた客なのか、顔を真っ赤にして目がうつろになっている男性に絡まれているホイップの姿があった。
 その様子を見て、カレンは今まで落ち込んでいたのが嘘のように素早く動いていた。
「お客様、ブリザードで少し頭を冷やされるのがよろしいのでは?」
 ホイップの側に来ると、カレンは本当にブリザードを発動させてお客様をかちんこちんにしてしまった。
「カレンさんっ!」
「……あ、またやっちゃった!? うわーん! ごめん、ホイップ〜!!」
 ホイップに名前を呼ばれて、頭に上っていた血が引き我に返ったカレンは泣きながらホイップに謝ってきた。
「うん、大丈夫だよ。それより……どうしよう……」
 ホイップは抱きついて来たカレンの頭をよしよしと撫でながら、氷の中に閉じ込められてしまったお客様を見る。
「任せろ」
 ここでも活躍したのはジュレールだった。
 輪廻に手配してもらって、空いた部屋でお風呂を準備し、ゆっくりと融かしたのだった。
 お客様も自分が酔っ払っていたことを反省し、大事にはしたくないと言ってくれたが……カレンはまだ落ち込んでいたのだった。

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