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第4章


 ホテルの2階、大広間ではブライダル企画が始まろうとしていた。
 タノベさんが提案したのは、挙式は他でもやっているとの事なので、披露宴をクローズアップしたらどうかということ。
 ホテル内には挙式用の部屋を作っていなかったこともあるらしい。
「今日はみんな頼む。必ず成功させるぞ」
 大広間に集まったスタッフに牙竜がそう声を掛けた。
 それぞれが持ち場に付き、ブライダルフェア開催となった。

■□■□■□■□■


 最初のブライダルフェアのお客様は緋桜 ケイ(ひおう・けい)ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だ。
 ホテル入口のところで宣伝していた雅に掴まったらしい。
「新郎さんはこちらの右の扉へ、新婦さんは左の扉へ」
 案内をしているのはアルマ・アレフ(あるま・あれふ)だ。
「それじゃあ、あとで」
「はい」
 2人はほんのり顔を赤くしている。
 それぞれ、支度をする為にしばしのお別れとなった。
「良いなぁ〜」
 案内していたアルマは2人の様子を見て、心からの言葉が出てきた。


「いらっしゃい〜。可愛くしてあげるわね」
 ヴァーナーの方に待ちかまえていたのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だ。
 部屋の中はドレスで壁が埋まっている。
「よろしくお願いします」
 にこにこと笑顔でヴァーナーは返事をした。
「それじゃあ、さっそく……どれがいいかしらねぇ……これなんかはどう?」
 祥子が出してきたのは淡い黄色のシフォン生地をふんだんに使った愛らしいものだ。
「かわいいです!」
「でしょでしょ? 着てみましょうよ!」
「はい!」
 着ていた服を脱ぎ、ドレスを祥子に着付けてもらう。
 着替え終わると姿見の前に行く。
「わぁー……自分じゃないみたいです……」
「うふふ、そうよね?」
 それからもいくつか衣装を着替えて、1つのドレスに落ち着いたようだ。


 ケイの部屋にいたのは湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)だ。
「よく来た。どんなものが……ところで、貴公は女性ではない――」
「違う! れっきとした男だ!!」
 間違われるのには慣れているとはいえ、やはり傷つく。
「すまん。では……少年用のタキシードが確かこの辺りに……何色が良いとか希望はあるか?」
「いや特に……普通に黒いやつで」
「そうか」
 ランスロットはすぐにタキシードを取り出すと、ケイに渡す。
「サイズがこれで良いか、着てみてくれ」
「ああ」
 着替えは終わったが、ランスロットが持ってきたものは少し小さめだったようだ。
 なので、もう1サイズ大き目のものを着てみて着替えは完了した。


 大広間でケイが待っていると白地に薄いピンクでレースやリボンがたっぷりと飾られているウェディングドレスを着たヴァーナーが出てきた。
「ケイ……どうですか?」
「……」
「ケイ?」
「あ、いや……その……似合ってる」
 ドレス姿に見惚れていたケイは我に帰ると顔を赤くしてそう言った。
「ありがとうです! ケイもかっこいいですよ♪」
「ありがとう」
 2人で一緒に大広間の如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の前に行く。
「では、互いへの誓いをします。披露宴の会場だけれど、誓いも大事」
 2人は顔を見合わせ笑い合う。
「汝ケイは、この女ヴァーナーを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、ヴァーナーに誓いますか?」
「はい、誓います」
 ケイはしっかりとヴァーナーの目を見て、返事をする。
「汝ヴァーナーは、この男ケイを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、ケイに誓いますか?」
「はい、ちかいます♪」
 にこにことケイを見ながら返事をする。
 アルマが預かっていたお互いのニーベルンリングを綺麗な箱に入れて持ってきた。
「では、指輪の交換を」
 佑也に促されて、ケイが指輪を先ず取り、ヴァーナーの指にはめる。
 次にヴァーナーが指輪を取り、ケイの指へとはめた。
「たいせつなきねんのリング。こういう時にまたわたせてうれしいです」
「俺も」
 2人はそのまま疑似披露宴も体験した。
 ウェディングケーキに入刀した写真をカメラマンをやっているエル・ウィンド(える・うぃんど)から後日渡されたのだった。

 ケイの部屋では、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が1人でホテルの部屋を満喫していた。
 ベッドへとダイブしたり、テレビを付けたり、バスルームに行って、ジャグジーを付けて遊んでいたりしている。
「あの2人は今頃らぶらぶしておるよな」
 窓の景色を楽しみながら、そんな事を呟いたのだった。

■□■□■□■□■

 次のお客様は遠野 歌菜(とおの・かな)だ。
「ここで花嫁衣装が体験できるんだね!!」
「いらっしゃーい! どんな風なのが着たいのかしら?」
 呼び込みをしていたホイップと衣裳部屋に入ると祥子が待ちかまえていた。
「えーっと……プリンセスラインは外せないし、マーメイドとかミニも憧れる!」
「なら、一通り全部着てみたらどうかしら?」
「良いの!?」
「ええ」
 祥子の言葉に歌菜は喜び、はしゃいだ。
 まずは桜色のミニ丈ドレス。
 足元は勿論、ニーソックス。
「あ、あのアクセサリー良いかも!」
「取ってきます!」
「敬語いらないよ〜。だって、友達でしょ?」
「う、うん!」
 ホイップがお客様として敬語を使っているのを不満に思っていたらしい。
 ホイップもいつも通りの口調で嬉しそうだ。
 桜を模ったブローチを付けると、そのドレスにあつらえたかのようによく似合う。
「次は……これ!」
 次に選んだのはマーメイドドレスだ。
 ほんわりした水色で、首に巻いた薄い布は後ろに回し、地面に付いてしまっているが、それがまた羽のように見え美しい。
「あっ! ホイップちゃんも着ようよ! お客様命令!」
「ええっ!?」
 他にもないかと物色していたところで、後ろを振り返り、ホイップへと言ったのだった。
「これ! これ絶対似合うよ!」
 歌菜が取りだしたのはクリーム色のミニ丈ドレス。
 リボンやフリルがふんだんに使われている。
「確かに似合いそうね」
「でしょでしょー?」
 祥子が同意すると歌菜は勢いづいた。
「で、でも……」
「問答無用!」
 2人はまごついていたホイップを取押さえ、無理矢理着替えさせてしまった。
 歌菜は更にドレスを純白のプリンセスラインのものに着替えると、祥子に化粧もしてもらい満足そうだ。
「えっと……これって少し着てても大丈夫だよね?」
「ええ、大丈夫よ」
 祥子の言葉を聞いて、歌菜はちょっと見せてくると部屋を出ていったのだった。

 スイートルーム1522号室。
 中に入るとネットサーフィンをしている月崎 羽純(つきざき・はすみ)の背中が見えた。
「羽純くん……似合う?」
 おずおずと聞く歌菜の方へと、羽純が向く。
「悪くないんじゃないか」
 クールな微笑を浮かべ、伝える。
(『悪くない』って凄く褒めてくれてる……んだよね?)
 歌菜は両手を頬に当て顔を赤くしてしまった。
「羽純くんと一緒に写真撮りたいな」
 歌菜が言うと、少し面倒臭そうな表情を見せたが、溜息を1つ吐くと立ち上がり、写真に応じてくれる姿勢を見せた。
「ありがとう!」
 電話でエルを呼ぶとすぐに来てくれ、部屋で写真を撮ってくれた。
「今日は満足したか?」
「うん!」
 満面の笑みで頷いた歌菜の頭を優しく羽純は撫でた。
(いつか………素敵な花嫁さんになりたいな)
 そんな思いを胸に歌菜は今日という日を堪能したのだった。

■□■□■□■□■

「さってと、ホイップにはこのドレスに着替えてもらいましょうか〜? これもお仕事よ〜?」
 歌菜が去った部屋ではホイップが祥子に迫られていた。
 写真を撮り終えて、戻ってきたエルはランスロットに捕まったようだ。
「ちょ、なんで!? お仕事って!?」
「これ着て、宣伝用の写真を撮るのよ〜! エルと!」
「ええーーーっ!?」
 まだ着ていたドレスを引っぺがし、祥子はホイップに純白のオーソドックスなドレスを着せた。
 化粧を施して、ホイップを部屋の外へと連れ出した。
 大広間ではランスロットに着替えさせられたエルが立っていた。
「ホイップ……綺麗だよ」
「ありがとう……エルも……似合うね」
 お互いに顔を赤くしている。
 そんな2人に白いケープにベレー帽をかぶった久世 沙幸(くぜ・さゆき)が歌のプレゼントをする。
 ホイップとエルは顔を見合わせ、笑顔になった。
「いいなぁ……二人とも素敵だなぁ……、私もいつか素敵な人と、あんな風に……」
 歌が終わった沙幸が妄想に入ったようだ。
 最初の方はにやにやとしていたのだが……。
「何で2人ともウェディングドレスを着てるのーーーっ!?」
 相手が誰かは分からないが、女性である事は間違いないようだ。
「うんうん、あたしも早く相手が欲しい!」
 アルフも沙幸の隣で叫んだのだった。
 ホイップとエルはケーキ入刀の場面と並んでいるシーンを写真に撮ったのだった。


「これをあそこに送れば……また一歩」
 牙竜は写真や録画したイベントの映像を見ながら、そんな事を呟いていたのだった。

■□■□■□■□■

「だから! 忘れただけだって!」
「ダメですわ。ちゃんと領収書がなければ経費として認めません」
 事務室の中では、静麻とルディが領収書の事で話しをしていた……が、ヒートアップして、声が部屋の外まで聞こえてしまっている。
「わかった! じゃあ、そのお店に行ってレシート見せて領収書を書いてもらえるように頼んでくる」
 結局、静麻が折れた。
「初めからそうして下さいと言ってるじゃありませんか。早く行ってください。じゃないと……下僕にしてしまいますわよ?」
 ルディの言葉を聞き、静麻は事務室を飛び出して行ったのだった。

■□■□■□■□■

 休憩時間。
 従業員用の休憩室のソファにはルディとホイップと由宇が一緒に冷たい麦茶を飲んでいた。
「空京でのデートだなんて良いですわね」
 ホイップが話した凛とのやりとりを聞き、ルディがそう漏らした。
「やっぱりデートかな?」
「デートじゃないんですか?」
 ホイップが言うと、由宇が質問返しをした。
「そうだ! ホイップさん、空京に今度、新しく洋服のショップだけが入ったビルが建ったそうですわ!」
「えっ!? 本当?」
「ええ」
 ルディの情報にホイップの瞳が輝く。
「へぇ、そんなところが出来たんですかぁ〜」
 由宇は目を丸くしている。
「今度一緒に行きません? 勿論、エルさんも連れてエルさんの財布でショッピングですわ」
「ええっ!? 悪いよ!!」
 ルディの提案にホイップは慌てて、首を横に振った。
「ぷっ……やはりホイップさんは可愛いですわ」
「なんで、そんな話しに……なるの?」
 可愛いと言われて、顔を赤くする。
「お2人とも凄く仲が良いんですねぇ」
 やりとりを見ていた由宇がそう言い、2人とも顔を見合わせた。
「由宇さんも、もう友達ですわよ?」
「うんうん!」
 2人に言われ、由宇は嬉しそうにお礼を言った。
 こうして楽しい休憩時間は終わったのだった。