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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 16

 強い焔ではないが色彩豊か、しゅうという音と、ほんのりした火薬の香も心をくすぐる。
 会場の隅の広場では、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)たちが手持ち花火で遊んでいた。赤や青、黄色の火を上げる。
「なにやらうちの校長達がまた対抗しあっているみたいですが……まぁこれはいつもの事ですし、ここには関係ありませんからね」
 気にせず楽しみましょう、と翡翠は呼びかけていた。花火に興味がある人であれば、蒼学でもイルミンスールでも、花火を手渡して参加させてくれる。来場の小さな子どもも集まって、ほうぼうで楽しんでいた。
「今年買ったは良いけれど、多すぎて使いきれなかった市販の手持ち花火です。遠慮なく遊んでくださいね」
 もちろん、火の始末には十分に気をつけている。北条 円(ほうじょう・まどか)が一行の保護者役だ。火の番をしながら、ゴミをまとめる場所を指示するなどマナー教育も忘れない。
「折角楽しい花火なんですもの。火事なんか起こして水を差したくないし、ね」
 翡翠については不安はないものの、円は九条 蒲公英(くじょう・たんぽぽ)九条 葱(くじょう・ねぎ)の双子にはずっと注意している。そんな彼女のところに、
「ねえねえっ、くるくる花火やってもいい? くるくるっ」
 と葱が持ってきたのは、長い紐つきで、木などに吊すタイプの花火だ。火をつけると回転するものらしい。
「くるくる、ねぇ。まあ、危なそうだから私が火をつけてあげるわ」
 でも葱は聞かない。
「やだやだっ! 火をつけるところからやりたいっ! 全部やりたいっ!」
「葱にやらせてあげてよ〜。気をつけるしいいじゃない」
 蒲公英も一緒になって主張するのだった。妹のこととなると蒲公英も頑固になる。
「でもこれ、花火を噴いたりするみたいだもの、推奨年齢13歳以上って書いてあるし……おちびちゃんには無理よ」
 しかし葱はますます熱心になった。
「大丈夫だもんっ! 危なくなったら翡翠が得意の魔法で助けてくれるもんっ!」
「……あの、いつも言っているように、私はサイオニックであって魔法使いじゃないんですが」
 翡翠は思わず額に手を当てた。ところが葱は魔法にこだわりがあるらしく首を振る。
「ちがうよ、本当は魔法少女なんだよねっ?」
「そういうことにしちゃわない? 『魔法少女☆翡翠』ってことで」
 妹にはとことん甘い蒲公英もそんなことを言う。そもそも翡翠は『少女』ではないわけだが、そこのあたりはノータッチにされている。むきになって反論するのも大人げないので、翡翠も円に頼むことにした。
「私が付き添いますから、着火させてあげましょうよ」
「仕方ない……まぁ、すぐに離れてね。結構大きいし」
 かくして翡翠が葱を抱くようにして、花火を木の枝に吊す。
 いわゆる回転花火なのだが拳ほどの大きさがある。いつしか周囲には、ちょっとした人だかりができていた。
「いくよ……はいっ!」
 葱が火をつけ終わったとたん、翡翠は彼女を引き離す。
 なるほど確かに強烈だ。色とりどりの炎を噴射しながら派手にくるくる回転する。笛が仕込んであるらしく、鳶が鳴くような甲高い音も立つのだ。
 空に咲く打ち上げ花火も良いが、こうした花火もまた風情あるものだ。終わったとき、誰からということもなく喝采が起こり、終わりゆく夏を惜しむように、しばしそのさざ波は続いた。
「最後の締めくくりは、これにしましょう」
 拍手がやむと翡翠はそっと、とっておきの線香花火を取り出した。

 まだ暑い夜だ。雪だるま王国のかき氷屋台は好調、なにせ見た目から涼しそうなのだ。
「かまくら屋台、残暑の夜には見た目だけで涼しいでござろう」
 その通り、雪で作ったかまくらの屋台なのだ。しかもそこで童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)がかき氷を作ってくれるだけに説得力がある。ときどき氷術を使って、溶け出すのを防いでいた。
「当店のかき氷には、シャンバラ山羊のミルク練乳シロップがかかっているでござる! 特製でござるよ〜」
「それだけじゃないよ、サービスで『ミニ雪だるま』や『雪うさぎ』もあげちゃうよ〜」
 ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)もせっせと呼び込みを行い、注文を受け付けていた。しかしカリンはどうも落ち着かない。同じく呼び込みをおこなっているアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)のことが気になって仕方ないのだ。今も、どこか調子の外れたアテフェフの笑い声が聞こえてくる。
「あははは!!! かき氷よ、かき氷! 朔のためにかき氷買いなさいよ! あなた達!」
 などと相当物騒なことを言っているのだ。鉈を片手にしているのも恐ろしい。当然、怖がって近寄る人は皆無だ。だから逆に近づいていく。
「買わなきゃシロップのかわりにあなた達の脳漿、ブチ撒けて氷にかけちゃうから!」
「何やってるの! それじゃ客寄せじゃなくて脅迫じゃない! 朔ッチの幼馴染だか何だか知らないけど、やり方が強引すぎるんだよ!」
 さすがにとんでもないと思ったのか、ブラッドクロスは飛び出してアテフェフを止めた。
「脅迫? とんでもない、これは朔への想いよ!」
「鉈振り回して『想い』もなにもあったもんじゃないっての!」
「振り回す? ……フフフ、『振り回す』ってのはこうやるの! あはは! あははは!」
「うわやめなさい! やめろ! 危ない!」
 二人の争いは殺し合い寸前となる。スノーマンはオロオロするばかりで、止めるのはまず無理だろう。
 店主たる鬼崎 朔(きざき・さく)の不在は、かくも不穏な空気を生み出していた。現在、彼女は宣伝歩きに出ていたのだ。

 さてその朔は、二人からさほど遠い場所にいるわけではない。実のところ店の裏手から五十メートルも離れていない位置にいたのである。しかしすぐ近くといっても、しばらく店に顔を出すことはないだろう。
 なぜなら朔は、意外な人物と再会していたからだ。
「……鋼魔宮の時の塵殺寺院の機晶姫か!? ……こんな所にいたとはな」
 目の前に立っているのは明らかに『クランジ』、それも、塵殺寺院の秘密工場に出現した『Χ(カイ)』『Ψ(サイ)』『Φ(ファイ)』の三体のうち、最強と噂されたファイではないか。
 左足を引いて身を低くし、上半身は構えを取る。
「………ここで壊してくれ……ッ! スカサハ!」
 と叫びスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の行動を期待するものの、そのスカサハの行動は、朔の求めるものとはほぼ真逆だった。
「クランジ様! よかった! 生きていらしたのでありますね!」
 スカサハは喜色満面、安堵と感激で目を潤ませながらファイの両手を握ったのだ。そして、スカサハを喜ばせたことがもう一つある。
「……スカサハ」
 ファイが、スカサハの名前を覚えていたということだ。
「そうです! スカサハです! クランジ様の友達であります!」
「……友達……?」
「血迷うなスカサハ、彼女は塵殺寺院の機晶姫だぞ!」
 スカサハを押しのけようとした朔だが、その腕にスカサハがすがりついていた。
「ッ! 朔様、クランジ様を壊してはいけないであります!」
 このとき、
「待ってくれ。事情は話す」
 グレン・アディールが両腕をひろげ、朔とクランジの間に割って入る。
「大丈夫だから! 今日の彼女は敵じゃないからっ! 保証するよ!」
 ルカルカ・ルーも声を上げた。そればかりではない。他にも数人の生徒達がファイについて口々に弁明をはじめたのだった。
 ファイの姿は様変わりしていた。すでに白衣に眼鏡はなく、さっぱりした花柄の浴衣に袖を通し、青いリボンで髪を留めている。うっすらと口紅すらさしていた。これはすべてソニア・アディールが用意したものだ。
 事情を聞いて朔は拳を収めるほかない。ややあってスカサハも言い添えた。
「……確かにクランジ様は塵殺寺院製の機晶姫で……朔様にとっては接するのは辛いお相手かもしれないです! でも、昔はどうであれ、今が大事なのであります! アテフェフお姉さまを受けいれた朔様ならわかるはずであります! ……それに、塵殺寺院だから全部壊すのはおかしいのであります! ……だって、そんなの……」
「……もういい、わかった」
 朔はその手を、スカサハの肩にかけたのだった。
「皆の言葉を信じよう。ただし! 今後、暴れることは許さない。……暴れたら……容赦はしない……」
 ファイの姿に鋭い一瞥をくれて、朔は背を向けた。
「邪魔して悪かった。私は仕事があるのでな。戻らせてもらう」
「朔様、スカサハは……?」
「彼女の監視を命じる。店はカリンとアテフェフ、それにスノーマンがいれば足りるだろう」
「了解であります!」