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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

リアクション



第二章


 お月見をしよう! ということになって、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)の家まで、クラーク 波音(くらーく・はのん)アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)と、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)はやって来た。
 到着早々、
「よーし、ララちゃん、ススキ取り勝負だぁ〜!」
 マグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)が、小さな指をぴしりとララに突き付けた。
 マグとララは、ライバル同士。何かがあれば勝負をしかける。そんな仲だ。
「だからと言って、お月見のような場でも勝負しなくても……」
 アンナが苦笑いしてそう言うが、ララの心に既に火は点いていた。
「望むところだよぉ! マグちゃんより大きいの取っちゃうんだからねぇ、負けないよぉ♪」
「ふふふ、アンナ姉ちゃん、心配はいらないよぉ〜? なんてったって、ライバルとはぶつかり合いながらもお互いを磨い合っていくものなのだ……うんうん」
 そうして、飛び出していくララと、悟ったようなことを言ってララの後を追う、マグ。
 やれやれですねぇ、と、母親が子供を見るような優しい目でアンナは見ていた。
「それじゃあ自分は、いっちょ月見団子でも作りにいくっすよー」
 その後方で、穂露 緑香(ぽろ・ろっか)が軽い声を上げた。エプロンをつけて、袖をたくしあげている。
「あ、私もお手伝いしましょうか?」
「ほんとっすか? じゃあ、一緒に作るっす」
 そうしてプレナ宅のキッチンへ消えていく。
 残されたプレナと波音は、顔を見合わせて。
「プレナたち、お飾り担当だしねぇ」
「うんうん、あたしたちがちょこまかしても、邪魔だよね!」
 そう決めて、リビングのソファに仲良く隣り合って座り、仕事を待つことにした。

 一方、キッチンでは。
 団子粉に水を混ぜ、耳朶ほどの固さになるまでこねて、お湯で2〜3分煮て、それから冷水にさらし、団扇で照りをだす。そんな王道な作り方をするアンナと。
「〜〜♪ 〜♪ 〜〜♪」 
 鼻歌まじりにノリノリで、葡萄と桃とで、色と香りと味をつけた団子を作っている緑香。
「ふふふ、ここからスペシャルっすよ……!」
 ひそかに緑香は呟く。そっと混入したものは、『特製ギャザリングヘクスの魔法スープ――塩辛コーラ入り』だ。
 それをみんなが一つずつアタリを取れるよう、計算して配置。
 アンナは気付いていないのか、それともよき理解者(だと緑香は思っている)だからか、口出ししてこない。
 ふふふ、とほくそ笑んでいたら、はっ、としたアンナが緑香を見た。
「ポロロッカさん!」
「はいっす! なんっすか?」
「何を作りました?」
「団子っすよ。見てください、これ。綺麗な出来っすよね?」
 誇らしげに団子を見せた。
 綺麗だ。
 ……見た目は。
「よかった。ギャザリングヘクスでのアレンジでも、するのかと思っちゃいましたよー」
 アンナは苦笑いするように言って、台所から団子を持って出て行った。
 ほんのちょっぴり、罪悪感。
 だけど、みんなにもギャザリングヘクスの美味しさを知ってもらいたい。
 料理人としての意地――なんてものはないけれど、美味しい物を共有したい。
「そう思ってもいいじゃないっすか〜」
 かるーく言って、緑香はリビングへと出て行った。

「はのん姉ちゃん!」
「プレナおねぇちゃん!」
 ススキを取りに行っていた、ララとマグが息を切らせて同時に戻ってきた。
「「どっちのススキが大きい!?」」
 そして、同じ質問。
 波音とプレナは顔を見合わせ、それからそれぞれの持つススキを見比べた。
 甲乙つけがたい。というか、そこまで差がないと思う。
 きっとふたりは、ふたりなりに頑張って探してきたのだろう。
「げんせーなシンパンをよろしくねぇ〜?」
 マグが、釘を指すように言った。
 なのでもう一度、波音とプレナはじっくりとススキを見て、比べたところ。
「うーん……ララの方が、大きいかな?」
「かなぁ、ララちゃん、頑張ったねぇ」
 その結果を聞いたララは、ニコォと満面の笑みを浮かべて、マグの頭を撫でる。
「次もいい勝負しようねぇ〜♪」
「む、むむ! まだまだこれからなのだ〜!」
 あ、と思う間もなく、マグが家を飛び出していく。それを追うように、ララも飛び出して言って。
「もう。そろそろお団子もできてるのになぁ」
 出て行ったふたりを見ながら、波音は言う。
 運がいいことに、ふたりは今まで取ってきた分のススキを置いていってくれていて、あまり飾り付けが遅れるのも避けたくて。
 波音とプレナは、準備を始めることにした。

 プレナ宅の屋根の上。
「ねぇねぇ、お団子は木で作った台に乗せるのが主流なの? 何か名前があるの?」
「これ? これはね、三方台っていって、お月見のお団子はこれに盛るんだよ〜」
「へぇ〜、はのんちゃん物知りだねぇ! お月見のお団子って言ったら、なんかもっと別な台に乗せた山盛りのお団子、ってイメージだったんだけどなぁ〜。あ、次はのんちゃんの番ね」
「うんっ」
 台についてのやり取りをしながら、二人はお団子を並べていた。
 プレナが置いて、波音が置く。
 順番に、順番に。
 お団子はすぐに乗せ終えて、じゃあ次はススキの番。
 台の後ろにススキを飾る。もちろん、プレナと一緒に。
「こっちの方が見栄えよくないかなぁ?」
「そうかも! さすがプレナお姉ちゃん!」
 ララとマグが取ってきたススキを、並べ、並べ。
 間もなく準備は完了した。
 誇らしげに胸を張るプレナへと、波音が手を伸ばす。手は、プレナの手に伸びて、きゅっ、と掴んだ。
「ん〜? どうしたの?」
 撫でり撫でりと波音の頭を撫でるプレナを見上げて波音は、
「プレナお姉ちゃん、お家にお誘いしてくれてありがとっ!」
 めいっぱいの笑顔で。
「お姉ちゃんたちと楽しい思い出、もっとた〜っくさん! 作れるようにお月様にお願いしちゃうね♪」
「はのんちゃん……」
 じぃん、とプレナの胸が熱くなる。
 屋根の下では、
「お茶、入りましたよー」
「ふっふっふ、特別団子もできたっすからねぇ♪」
 台所組の声と、
「波音おねぇちゃん、プレナおねぇちゃん!」
「また取ってきたから、げんせーなシンパン二回目……って、最初のススキがなーい!」
「あれぇ、本当だぁ。どっちが勝ったか、わかんなくなっちゃったね」
「……まぁ、どっちでもいっか♪ 楽しかったから、いいのだ〜♪」
 ススキ収集組の声。
 微笑ましく思いながら、屋根の上に上ってくるよう促して。
 お団子と、お茶と、たくさんのススキ、空には大きな満月。
 それから、かけがえのない大好きな友達と笑い合って、幸せで。

 こんな時間が、いつまでもいつまでも、続けばいいのに。

 そこに居た誰もが、想った。


*...***...*


 小さな喫茶店の、窓際の席に。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は座って、ロイヤルミルクティーを一口飲んだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ここからでも、月がよく見えますね」
 隣に座るミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が、楽しそうな声を上げて窓の外の月を見る。
「ああ。見事な月だな……」
 ただ、
「ねぇねぇ、あの悪役ヅラした男の人。あんな小さな女の子連れて……」
「お兄ちゃんって、どう見ても似てないけど……誘拐? ロリコン?」
「平和的に考えようよ、ただのシスコンだよ」
 そんな第三者の声が聞こえてこなければ、もっと良いのに。
 く、と苦虫をかみつぶしたような顔をするエヴァルトに、ミュリエルが自分の分のココアを差し出す。
「? どうした、口に合わないか?」
「ううん、違うのです。お兄ちゃんが、いやーな顔をしていたからです。ココアを飲むと、しあわせになれますよ」
 にこぉ、と笑うミュリエルに、癒される。
 そうだ。シスコンがなんだ。ロリコンがなんだ。そんなの知るか、大切なパートナーと一緒に月を見て何が悪い!
「それで、ろりこん? しすこん? って、なんですか?」
 だから、問わないでほしい。
「……まだ、知らなくていいことだ。ほら、月が綺麗だぞ。流れ星も見えるかもしれん」
「流れ星ですか!」
 言葉に反応して、窓際に座るエヴァルトの膝の上に乗り、より窓に近付くミュリエルに珍しいなと思う。
 普段は恥ずかしがりで、大人しいのに。こんな積極的な行動で。
 そんなに流れ星が見たいのか、だったら是が非でも見せてやりたいな、と思いつつ。
 静かにカフェオレを飲む、コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)を見遣った。
 コルデリアに関して、一つ不安なことがあったから。
「ん? どうしましたか〜?」
 視線に気付いたコルデリアが、いつもと変わらないおっとりのんびりとした声で問う。
「いや、楽しんでいるかな、と」
「うーん。見ようと思って月を見た、なんてことはほとんどありませんでしたから。たまにはいいものだな、と思っていますわ。
 満月に良い思い出もありませんしね……少し明るすぎて、夜間の奇襲には向かないんですの〜」
 物騒なことも交えつつ、にこりと笑うコルデリア。
 懸念、だったのだろうか。
 昔から、満月の夜は事件がよく起きる、だとか。
 満月が、人の『何か』を刺激する、だとか。
 そんな言い伝え、関係無――
「でも、満月を見ていたら、こう……闘争本能が刺激されるというか〜……」
 声のトーンが、下がっている。
「身体が軽くなって、なんでもできそうな気がしてしまうのですわ〜」
「……まさか、暴れ出したりなどは」
 しないだろうな? という目で見つつ、パワードスーツ入りのアタッシュケースに左手が伸びる。ミュリエルも、膝から降ろした。
「そんなそんな! 暴れるだなんて、はしたない〜」
 いやですねぇ、とコルデリアは笑って。
 次の瞬間机を飛び越えた。
「お手合わせ、してもらいたいだけですわっ♪」
 机を越え、膝を繰り出すコルデリアの攻撃をいなし、
「ティールセッター!」
 声を上げて、パワードスーツを装着。演出用の改良の成果だ。
 拳が飛んでくるのを弾き、蹴りを流し。手刀を向けて、弾かれて。
 周りの客は、ただひたすらぽかんとしていた。
「待て、待て待てコルデリア!」
「はい〜?」
「帰ったら訓練に付き合うから、今はおとなしく月見していろ……!」
 エヴァルトの必死の説得に。
「はい」
 驚くほどあっさりと、コルデリアは応じた。
 いつもの淑やかな少女の顔に戻り、椅子に座り。こぼれることなく鎮座していたカフェオレを、優雅に一口。
 それを見てどっと疲れが増した。同じくこぼれていなかったロイヤルミルクティーを飲むと、
「お兄ちゃん!」
 ミュリエルの、嬉しそうな声。
「流れ星、見えましたですー」
 と、満面の笑み。
「お兄ちゃんや、コルデリアさんと、ずっと仲良くいられますように、って。お願いもできたんですよ。
 だからずっと一緒です♪」
 それは、本当に嬉しそうで、でもちょっぴり恥ずかしそうな笑みで。
「じゃあ俺も流れ星を見つけて同じ願いをしよう。そうすれば、もっと仲良く居られるな」
「では僭越ながら、わたくしも」
 そうして三人で窓に張り付いて。
 流れ星を探して、月も見て。
 流れる星に、願いを込めた。


*...***...*


 ローラ・アディソン(ろーら・あでぃそん)とお月見に来ることは、前から決めていたことで。
 決めた当初は、とても楽しそうに嬉しそうにしていたし、総司さん、浴衣とか着ますか? もう時期外れですか? なんて、服の事でも真剣に考えて。
 でも今は。
 天海 総司(あまみ・そうじ)は隣を歩くローラを見た。
 ……怒っている。機嫌が悪い。すこぶる、悪い。
 だってこめかみがぴくぴくしているし、目つきだって鋭い。儚げな彼女の面影は消えていた。
 せっかくヴァイシャリーまで月見に来たのに、怒ってる。怒ってる。どうしよう?
 原因はなんだろう。原因。ローラが怒った日。冷たい理由。あ、もしかして。
 最近、ナンパ仲間としたナンパがバレたのだろうか。
 ということは、ローラのこの怒りは、嫉妬、なのだろうか。
 総司の勘違いでなければ、ローラは総司に好意を寄せている。けれど、恋人同士では、ない。告白なんてされてないし、してもいない。
 だからナンパのひとつくらいしてもいいじゃないか! と総司は思うけれど。
 きっと、理屈ではないのだろう。
「ローラ! 月見団子売ってるよ。俺、買ってくる!」
 見つけた団子を買って、食べてみて。
「団子美味しいよ、ローラ。ローラも食べないか?」
「………………」
「つっ、月もあんなに綺麗だしさ、怒ってたら損しちゃうぜ!?」
「………………」
 どう声をかけても、無言。
 ……そろそろ辛くなってきた。
 ところに、
「キスしてくれたら許してあげます」
 今日、初めて開いたローラの口から出た言葉が、それ。
「きっ……え、えっ!? キス!?」
 ローラは不敵に笑っていて、戸惑っている自分一人が馬鹿みたいに思える。
「や、そりゃローラにはまだ早いんじゃないかな……?」
 目を逸らしながら、できないことの言い訳を綴ってみたりして。
 でもそこで、気付いた。
 ローラが震えている。
 ほんのかすかにだけれど、震えている。
 ローラは暗いところが、苦手だ。
 それなのに、こうして、夜。一緒に月を見に行こうと言う誘いを、『ナンパしていた事実を知って不愉快だから』と断れたのに、こうして来てくれていて。
 そうやって、怒りながらも自分を想ってくれる相手に対して。
 どうして言い訳ばかりしているんだ、俺は。
「……よし。仲直りのキス……で、いいかな?」
「はい」
 確認を取ると、ローラが目をつむる。
 ほっそりとした彼女の肩に手を当てて、抱き寄せて。
 額に、触れるだけのキス。
「さて、もう大丈夫かな、お姫様は?」
 問うと、ぱちり、目を開いたローラがうふふと笑った。
 今までにない黒い笑み。黒いけれど、どこまでも純粋な、深い笑み。
「私に手を出したんですから、他の女性にはもう手を出さないでくださいね? あ、でもさすがに可哀想ですから、お話するくらいでしたら、許してあげます。
 けれどもし、裏切ったりしたら…………」
 ふわり、ローラが抱きついてくる。胸に顔を埋めて。恋人同士がするように。
 甘い香りがするなあ、細いなあ、抱きしめたら折れちゃいそうだ。そんなことを、思う。
 束縛してくる彼女の言葉も、なぜか心地良い。
「――裏切ったりしたら、許さないから」
 くすくすくすくす、笑い声が聞こえる。
 上等だ。総司も笑む。
 いろんな意味で戻れない。やばいかもしれない。だけど。
 ローラは俺が好き、俺もローラが好き。
 じゃあどこに問題があるというのか。
 なーんにも、ない。
「OKローラ、俺はローラだけだと誓うよ」
 この月の下で、あなただけだと。