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●その数日後

「俺たちも手紙を書きます!」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の自室前に集まった生徒は言った。
 後ろには同じように集まった生徒たちが居る。
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)たちがエリザベートに招待状を送ると決めてから、手紙のことを聞きつけた生徒たちが、自分も手紙を書くと言い出し集まっていた。
「わかりましたよ。では、手紙をワタシの元に持ってきてくださいね〜」
 佐々木は手紙をまとめ、束になったその手紙の重みを感じつつ丁寧に答えた。
 そして、ドアを閉める。
「結構、集まるもんですね」
 本郷は感心して言う。
 今日は会議と称して薔薇の学舎に遊びに来ていたのだった。
 手の中でダイスを転がしながら、集まった手紙を眺める。この手紙が自分の学校の校長へと届けられるのかと思うと、やはり誇らしい気持ちになる。
 とても小さくて、わがままで、可愛らしくて、強大な魔法の力を持つ少女、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)
 自分の学校を思う気持ちは何処だって、誰だって変わらない。
「そりゃ、あんな報道をオリンピックの時に流されたらね」
 佐々木は手紙に感動しつつ、エリザベートへと送る準備をする。
「何かを為したいと思うんじゃないかなぁ…たとえ、何も出来なかったとしてもね」
「そうですよね…俺にできることってあるかな。うちの校長になんか適わないですよ」
「それを言ったら、ワタシだって同じですよ〜」
「はぁ…ですねぇ。我が身の弱きことを呪います」
「呪い(カース)は自分も他人も幸せになんかしませんよ〜?」
「まあ、ね。ダイス振って決まるような人生なんか面白くないですし、かといって、何も出来ないのはねえ」
「できてるじゃないですかあ」
「できてますか?」
「できてますよ。少なくとも、ワタシの呼びかけに応じてくれてますよ〜」
「これぐらいはできますよ。いつだって携帯一本、召還してくださればお手伝いしますし」
「そうですか。ありがたいですねぇ」
「いえいえ」
 そう言って、本郷は頭を下げた。
「さて、第一陣の手紙を持って退散するとしますか」
「おや、もう行くんですか〜?」
「早く届けないと、予定を先に入れられては薔薇学のみなさんに申し訳無いですしねえ」
「悪いですね〜」
「そんなことないですよ。悪いなんていわないで下さいよ」
「じゃぁ、これが手紙です」
「はい、承りましたよ」
「助かります」 
 佐々木はそう言って笑った。
 そして、ふと視線を鏡に向けたとき、ちらちらと光る何かを見たような気がして、じっと鏡を見つめる。
「どうしました?」
「ああ、なにか光が…」
 佐々木の言葉に本郷も鏡を見た。
 光る何かを見た時、佐々木はなんで鏡がこんなにも暗いのかと疑問を感じた。その光だけが明るい。
 じっと見つめると、光は徐々に近付き、その後ろに居るものが誰なのかを現した。
「あ!」
「校長!」
 二人は叫んだ。
 そこに居たのは、エリザベートだった。後ろには二人の少女がいる。
「呼んでるみたいだからぁ来てやったですぅ」
 鏡の中で、青い髪の少女は言った。
「え、でも!」
「まさか、こんなところまで…」
 佐々木は面食らって呟いた。
 その様子を見て、エリザベートは胸を反らせて言った。
「本来ならぁ、ここまでこないですぅ。誰にもするとか思われるのは困るですぅ。でも、お願いの手紙をイエニチェリから貰ったですぅ」
「え? まさか…」
「本当ですぉ」
 後ろにいた少女の一人が言った。
 【エリザベートのお供 その2】、もとい、いたずら友達の百千万億・真綾(つもい・まあや)である。
 ちなみに、隣にいるのは【お供 その1】の神代 明日香(かみしろ・あすか)であった。
 二人そろってネコミミメイド服を着ていた。
「五分でいいから時間を下さいって言ってたですぅ」
 明日香は言った。
「来てやったから早く用件を言うですぅ〜」
「あ、あの…これを」
 そう言って、手に持っていた手紙と招待状を渡した。
 鏡の中にいる人物が手紙を受け取れる事実もすごいものがある。これもエリザベートの魔法かもしれない。
「ふぅん…オペラですかぁ。ふむふむ…ミンストレイルたちに手伝って欲しいんですねぇ?」
「はい。学舎では生徒の総数が少なくて…音楽科の人数だけでは合唱の人数が足りませんし〜。女性のコーラスは入場できませんよ〜」
「それはそうですぉ」
 真綾は言った。
 明日香も質問する。
「ネット中継もするですかぁ?」
「あ、はい。機材さえあれば…」
「そんなものはぁ、たぶん何処の学校にも揃ってるですぅ。うちにもあるから勝手に使うといいですぅ」
 エリザベートはなんでもないといった風に言った。
「は、はぁ…」
「そんなに大したことじゃないですぅ。場所も、ふつうに音楽室を使うならぁ、ちぃーーっとも、もんだいないですぅ」
「え?」
「なにをそんなに深刻になってるですかぁ?」
 あっさりと答えを返し、エリザベートは不思議そうに二人の顔を見た。
「当日は招待されてやるですぅ。しっかり美味しいお菓子を用意しとくですぅ〜。わかったですかぁ?」
「「はい!」」
 二人は言った。
 そうして、イルミンスールの音楽室から衛星中継で女性パートのオケを同時に合唱することになり、演目の一つは決まった。


 時同じくして、別の場所。メサイアの執務室。
 「女性の貴賓には女性が必要」と自信を胸に秘めつつ、校長の元にやって来たルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 せっかく、男装までしてきたのに、ジェイダス校長は留守だった。

「えー、ジェイダス校長はいないんですか…」
 ルカルカはとてもとても残念そうに言った。
「申し訳ありません……ジェイダス様はお留守です。先に連絡できなかったことをお詫び申し上げます」
 そう言って、メサイアは頭を下げた。
「居ないのはしかたないわ…」
 ルカルカは言った。
 校長とは馴染みであり、敬愛する相手でもあった。
 随分前のことになるが、ルカルカの所属する【鋼鉄の獅子】小隊をタシガンに駐在させることを許可してくれたのもジェイダス校長であったし、他校生徒相手にもかかわらず修学旅行での楽しい思い出を作ってくれたのも、この校長である。
 やはり、会える時には会いたいと思うものだが、居ないのでは仕方が無い。
 ルカルカは残念な気持ちをしまい込み、目の前にいる秀麗な青年に目を向ける。
 イエニチェリの一人だというこの青年は、ルカルカの親友である藍澤とは違った雰囲気を持つ人物だった。
 藍澤は凛々しく、情が厚く真っ直ぐな人物で、大好きな友達だ。
 この青年は…それとは違う不思議な雰囲気の若者だった。
 濃い薔薇色の髪、金色の瞳、白い肌、隙なく着こなしたスーツ姿。

(どの部分を見ても美しいとは思うけど……)

 ルカルカは、彼の優しい笑みが一番綺麗だと思った。
 ここまで足労してきたルカルカを気遣い、温かいハーブティーと焼きたてのパウンドケーキを振舞ってくれる。
 良い匂いと仄かに温かい部屋が、ルカルカの心を温めた。
 木枯らしというにはまだ早く、温かいというには少し寒い初秋の夕暮れ時には、こんなもてなしは嬉しいものだ。
 これだけで十分だと思うのに、彼はルカルカに校長の不在を謝ってくるのだから、ルカルカもどういう表情をしていいのか困った。
「貴女は【鋼鉄の獅子】小隊の代理の方です。なのに、こちらからお呼びしておいてジェイダス様の不在というのは…お詫びのしようもありません」
「えー、そんな堅苦しくしなくても、ルカルカはいいよ〜。ケーキもいただいてるし。十分でーす」
 ルカルカは心配させまいと笑顔を浮かべた。
「で、オペラ公演の警護だったのよね?」
「はい、【鋼鉄の獅子】小隊はヒラニプラ南部からの帰還後、タシガンへの着任になったと聞きました。今度のこけら落とし公演にはタシガン貴族の方々がいらっしゃいます。是非、警護に当たって頂きたく…」
「ってことは、私たちが行かなければならない理由があるのよね? だって、今は警察機構の役割も担っているもの」
 弾むような乙女らしい言い方をしつつも、ルカルカは相手を伺うように見た。
 元気な口調をそのまま受け取っていては、彼女の戦歴と実力は図ることはできないであろう。
 それを知るメサイアは、目礼でもって、その答えとした。
「やっぱりねぇ〜。ルカルカ、そう思ったのよねー。…で、あなたは何処まで知ってるの?」
「ジェイダス様は俺に隠し事はしません」
 言えないこと、言わないことはあるが、それ以外のことで隠すことは無い。
 伝えられていないことは、思う節あってのことと、メサイアは心得ている。
 それは信用されていないということではない。
「そっかぁ…ジェイダス校長先生が隠さないんだったら、そーゆーことよねっ。まあ、こんなこと言ってるルカルカも、なんでもかんでも知ってるわけじゃないんだけどね〜。あははー♪」
 そう言って、ルカルカは悪戯っぽく立てた人差し指を振った。
「タシガン貴族がわざわざ来る理由って、なにかしらねっ?」
「申し訳ありません…それは…」
「ふぅん…じゃあ、お手伝いできないわよ」
「察して頂けませんでしょうか?」
「言いたいことは、ルカルカにだってわかりますよーだ。でもね、嘘はキライ」
 その言葉に、メサイアは困ったような顔をした。
「俺は貴女に嘘は吐きたくありませんし、貴女の気持ちもわかります」
「じゃぁ、言ってね?」
「すみません…ご命令ですので」
「も〜、心酔しちゃってるわけねー」
「……はい」
 メサイアは嬉しそうに笑った。
「はぁ…ルカルカも校長先生好きだからわかるけど…。嘘とか、隠し事とかキライなの〜。
 これから一緒に警備しようってゆーのに、それじゃ信用できないし、連携とれないもん」
「仰るとおりです」
「そんな顔されると、ルカルカ困るー。だって、あなたキライじゃないもん」
「そうですか? とても…嬉しいです。でも、すみません…」
「ああ、もーう! ルカルカ困っちゃうんだってばっ。いいよ〜、あなたなら許すよ〜」
「ありがとうございます…では、こちらのファイルを」
「ん?」
 ファイルを渡され、ルカルカは開いて読み始める。
「これって、招待客の名簿(リスト)?」
「はい、そうです」
 メサイアはファイルを見せ、先日決まった内容を話す。
 警備はタシガンの貴族が来るため、【鋼鉄の獅子】と本校生徒および他校生徒の希望者で警護することになっていた。
 【鋼鉄】のメンバー、薔薇学生徒、天之柱の生徒がいるので、警護は十分とメサイアは判断していた。
 周辺の地図を見せ、招待客のファイルを見せる。
「顔と名前が一致する必要がありますので、貴女も覚えてください。もちろん、警護に参加する小隊全員が覚える必要があります」
 メサイアは言った。
「えーー! ルカルカ、こんなに覚えられないよー。ってゆーか、みんなも覚えるなら持って帰っていい??」
 ルカルカは困ったような顔になり、一回で覚えられないとメサイアに泣き付いた。
「すみません。このファイルは重要です。持ち出し厳禁でお願いします」
「無〜理〜で〜す〜よ〜〜っ。みんなも連れてこないといけないのっ!?」
「仕方のない方ですねえ」
「だって、みんな連れてくるっていってもなぁ。それに、何人いるのよーっ。しかも…好みとかそんなのまで書いてある…」
「えぇ、社交界には会話の妙は必須ですから…招待客の方のご機嫌を損ねられても困ります」
「まあ、そーなんだけどね。…はふう〜…多いなぁ。これに書いてある人って、全部来るの?」
「さぁ? 地球人が嫌いだという方もいると思いますので、全員ではないとは思いますが」
「そうよね〜…全部覚えるしかないかぁ。ねぇ? 本っーー当に、持っていっちゃダメ??」
 ルカルカはメサイアの顔を覗き込むようにして言った。
 瞳が『貸ーしーてぇ〜(泣)』と言っていた。
 その様子にメサイアは苦笑した。
「ルカルカさんがジェイダス様と親しいということは存じています。貴女がが警護に居てくださったら、ジェイダス様もお喜びになるでしょう。
 ですから、後で返してくださるなら、そのファイルは持って帰っていただいても結構ですよ」
「やったぁー♪」
 それを聞いて、ルカルカは両手を挙げて喜んだ。
「ただし、獅子小隊以外の人間が閲覧することのないようにお願いしますね」
 メサイアは念を押した。
 ルカルカは持って帰れると聞いて、まるで宿題が一つ終わったような晴れやかな表情で頷いた。


「失礼します!」
 凛とした声が聞こえ、ルカルカは振り返る。
 ルカルカがメサイアの執務室を退出しようと立ち上がったその時、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が入ってきた。
「警護担当のクライス・クリンプトで…。あッ…ルカルカさん」
「お久しぶりー」
「本当ですね」
 クライスは微笑んで言った。
 彼も事前に名前を覚えるため、ファイルを借りに来たのだった。
「ルカルカさん、ちょっと待ってくださいね」
「うん」
「お知り合いですか?」
 メサイアはクライスに言った。
「僕の友達です」
「そうですか。では、ルカルカさんにはもう少し待っていただいて…と。クライスさんでしたね?」
 そう言ったメサイアの表情は不意に真剣なものになる。
 クライスは背を伸ばし、短く返事をした。
「はい」
「紹介が遅れました。俺の名前はメサイア…。メサイア・ツェンデュ・エグゼビオです。
 好きに呼んでくれて構いませんよ。
 ルカルカさんもね。えっと…色々と話は聞いていると思いますが…」
「はい、聞いています」
「結構。まぁ、そういうことです」
「これが例のファイルです」
「…これですか」
「はい。完璧に覚えてください。バトラー、メイド隊の分もあります。全員が覚えるようにと伝達してください」
「わかりました」
「よろしい」
 クライスが答えるのを聞くと、メサイアは今までの表情を解き、愛好を崩した。
「よろしかったら、ここでルカルカさんとファイルを読んでいかれますか?」
「「え?」」
 ルカルカとクライスは、メサイアの言葉を聞いて目を瞬いた。
「立ち話もなんでしょうし、一人で覚えるのだったら、誰かとやった方がまだ楽しい作業だと俺は思うんです。
 俺も今日は何の用もありませんし、一緒にお茶でも飲みながらでもどうでしょうかと…」
「いいんですか?」
 クライスは真っ直ぐな瞳をメサイアに向ける。
 メサイアはクライスの様子に、微笑んだまま頷いた。
「独りでやれば、なんでも作業は辛くなります。でも、誰かがいたら、どんな作業も辛くなくなると思います」
 手に持ったファイルをテーブルに置くと、メサイアは「お茶はいかがですか?」とクライスに言った。