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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー

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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー
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リアクション


第6章 ティーパーティー

「わー、ついに始まりましたねー!」
 カノンは紅茶を飲む手を止め、学院広場の巨大モニタにじっと見入る。
 周囲でも、イコン部隊出撃と同時に歓声があがっていた。
「ヴァーチャルなのに、生命がけの闘いも同然だよね。撃墜されたら、意識が肉体に戻ることはないんだから」
 イレイン・ハースト(いれいん・はーすと)がカノンにいった。
「うん! だから、わくわくするんですよね」
 カノンはニコニコ笑いながら答える。
「最初は、何機かのイコンが遠距離攻撃中心で攻めて、他の機体が接近できるように牽制を行っているようだね。みんな、一見バラバラでも、全体の攻めの流れと自分の役割を意識していて、連携がとれてるようにみえるよ」
 イレインは次々にミサイルを撃墜していく各機の華麗な動きを、感心したように眺めていた。
「そうですね。牽制から始まって隙をみて他機が突撃、って、意識しなくても自然にそうなるというか、典型的な戦術パターンですからね。闘争本能の発達した人たちなら、打ち合わせがなくても自然とそういう動きになるでしょうね。あの相手に立ち向かうなら、最適のやり方ですし」
 カノンはイレインに教えるような口調でいう。
「でも、敵は確かに強いし、何機か、あわや撃墜というところを他機に救われたりしてるよ。物理攻撃だけではなく、超能力による攻撃も混ぜていかないときついのかなー」
 そういって、近衛涼子(このえ・りょうこ)も戦闘の分析に参加してきた。
「ふふ。でも、サイコキネシスを戦闘に使うのって、結構消耗するんですよ。超能力だけで攻めてると限界に達します。だから、基本は物理攻撃で、要所要所に超能力を使っていくのがベスト! この私も、実戦ではそういう感じですしー」
 カノンは上機嫌な口調で、饒舌にしゃべっている。
「確かに、サイコキネシスで弾道をそらすと、その後も他機に当たらないようにする調整が大変だよね。今回のように弾幕がすごいとき、ミサイルは、引きつけていっきに撃墜、がベストかな。あの十字砲火、すごく威力がありますね」
 イレインは、星渡智宏たちの機体が見事にミサイルの群れを爆散させていく流れを、賞賛せずにはいられなかった。
「あっはっは! シミュレーター操作室から送信された追加武装が力を発揮してますね。ミサイル一掃の流れに乗ってる感じです。興味深いのは、イーグリットでも十分に牽制の役割を果たしていること。追加武装は、機体間の差をなくしていく効果がありますよね」
 カノンは、十字砲火でミサイルが一掃される光景が非常に爽快だったのか、両手を叩いて笑いながら、仮想空間上での本気バトルを分析していく。
「でも、十字砲火って、派手でかっこいいし威力もあるけど、実戦で手軽に使えるものではないよ。武器の消耗がすごいもん」
 近衛が、カノンに意見するかのように指摘する。
 カノンは近衛を一瞥すると、くすっと笑った。
「何がおかしいのー?」
 近衛は頬を膨らませる。
「ただ現実的に闘うだけなら、努力すれば誰にでもできることですよね。どうせ闘うなら、どこまでも獰猛でありながら美しく、エレガントにやるべき。誰にでもできる仕事をしても、誰にでもできる成果しか残せませんよね」
 ニコニコ笑っているが、カノンの言葉にはどこか毒があった。
「そんなこといったって、戦場では、余計なことが死につながるんだもん! 死んだら戦果も残せないし、危険をおかしてまで派手な攻めをするのは愚かだと思う! もちろん、さっきの十字砲火は状況的にOKな戦術だったけど、いつもああいうのが褒められるとは限らない!」
 近衛は思わずムキになっていた。
 だが。
「はいはい。わからないならいいですけど、ひとこと。危険をおかさないで得た戦果に、何の意味があるんですか?」
 そのカノンの言葉に、近衛は首をかしげて、黙り込む。
 どうも、近衛とカノンとでは闘いに対する考え方、あるいは戦果に対する価値観に大きな違いがあるようだ。
 カノンのいってることは、近衛にはさっぱりだったし、実は、話を聞いていた周囲の生徒もよくわからないと感じていた。
「涼子のいうこともわかるけど、さっきの十字砲火はあれはあれでOKだっていうのは、みんな同感だよね。引きつけるだけ引きつけたミサイルの大群には、あれしかないし。何より、あれのおかげで、他の機体が撃墜対象に大きく接近することができたんだから、後に影響する素晴らしい結果を生み出してるよね」
 イレインは、カノンと近衛の間に割って入って、いった。
 近衛は、イレインの言葉にうなずく。
 カノンは、近衛との議論に興味をなくしたのか、お茶を少しすすった後、こんなことをいってきた。
「そうですよね。でも、ここまでうまくやれてるようだけど、何だかつまんないですよね。だって、誰もやられてないもん」
 これには、イレインも近衛も、2人同時に声をあげずにはいられなかった。
「えっ? 何をいってるの?」
 2人のぽかんとした顔などお構いなしに、カノンは喋り続ける。
「だって、散っていく兵士が多いほど、生き残った英雄の輝きが増すんですよ。もちろん、私は実戦で死ぬつもりはないですけどね。生き残る英雄の方ですから。えへへ☆」
 しゃべりながらお茶を飲み干して、カノンは驚くほど愛らしい笑顔を浮かべるのだった。

 イコン部隊の戦闘を観戦していて、カノンは大はしゃぎだが、周囲の生徒は、カノンの闘いの話にはついていけないと感じてきていた。
 精神に歪みを抱えているせいか、カノンは、残忍なまでに好戦的で、どこか狂気に染まっていて、危険を好むタイプの兵士なのだ。
 そういうタイプはかなりの少数派だし、現実的な思考をする生徒が多い中では浮きまくることになる。
 そこに、笹井昇(ささい・のぼる)が、カノンに質問してくる。
「設楽さんは、一人でもイコンを自在に使いこなせると聞いたが、それは、なぜなのかな? シミュレーションにおいても、イコンは2人で動かすのが基本となっている。というより、一人でどうやってやるのという感じなのだが」
「はーい、それはー、簡単なのです。1人2役をこなせばいいだけのことですよ」
 カノンは、話しかけてもらったのが嬉しいのか、笹井に笑みを向けて答える。
「1人2役を? しかし、それは一般の兵士には難しいことだ。察するに、超能力をイコンの姿勢制御などに活用しているのかな?」
「ピンポーン。無意識レベルでサイコキネシスを使って、自分自身のはっきりした意識は攻撃操作に向けている感じですね。これで1人2役!」
 カノンは、2役を意味するVサインを笹井に向けて、片目をつむる。
 笹井は、内心ではカノンをかわいいなと感じてしまった
「つまり、自分の望む方向に無意識のうちに移動できると?」
 何となくドキドキする胸の鼓動を感じながら、笹井は落ち着いた口調で尋ねた。
「そうですねー。でも、やっぱり普通の人には難しいのかなー、なんて。うー」
 カノンはまるで、お茶に酔っぱらったかのようだ。
 笹井がなおも質問しようとしたとき。
「おいおい、昇、なに、カノンちゃんを独占してんだよ」
 デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)がカノンを挟んだ笹井の反対側に座る。
「うん? いや、独占ってわけじゃないが」
 笹井は頭をかく。
「なら、そろそろひけよ。いまからオレとカノンちゃんの時間なんだから」
 デビットはニヤッと笑って、カノンをみる。
「うふふ〜」
 カノンも、何だか楽しそうに笑って、デビットを見返した。
「カノンちゃん、今日はノリがよさそうだな。女の子が、イコンのバトルみて盛り上がってるのをみるのも、何だか寂しいぜ。もっと、パーッと、遊びに行こうぜ、今度、さ」
 デビットは軽薄な口調でカノンを誘った。
「遊びに? 楽しそう。うん、行く!」
 カノンが同じように軽い口調でいうので、周囲の生徒たちは驚いた。
「おいおい、冗談でもいわない方がいいぞ。デビットとはやめた方がいい。私がいうのも何だが」
 笹井が、カノンを注意する。
「昇、野暮なこというなよ。これだから、シャレのわからない奴は困る。オレたち、仲間同士で通じ合ってるんだから、瞬間的なトークでいいんだよ。そのとき遊びに行きたいなら行けばいいし、後で気が変わったならそれでもいいし。でも、行こうな、カノンちゃん!」
 デビットは、ちょっと勇気を出して、カノンの肩をぽんぽん叩いてみる。
 カノンはやはりニコニコ笑っていて、
「デビットさん、お茶でもどうぞ」
 と、デビットにポットのお茶をついでくる。
「おっ、いいね。うまいなー! はっはっは!」
 デビットはカノンにお茶を入れてもらって、ちょっと感激していた。
 だが。
「おいしいですよね。『私の涼司くん』にも飲ませてあげたいです」
 というカノンの言葉に、少しガクッとなる。
(いい感じだと思ったんだが、やっぱ本命はそれかよ! さっきの「遊びに行く」も、反射的にしゃべってるだけで本気じゃないな。おっと、そういうオレも、本気になっちゃいけない。あまり気負うと裏目に出るし、まあ、軽くいこう、軽く)
 いろいろと考えるデビットの視線は、いつの間にやら、カノンの超ミニのスカートの裾の方にいってしまう。
(しかし、刺激的なXゾーンをみせてきやがるな。今日、この外見でもやっぱり下ネタNGなのか!? まあ、露出が多い子でも下ネタは嫌い、ってパターンは結構あるしな)
 カノンに下ネタはNG、とは、いまや天御柱学院の、特に男子たちの間では不文律になりつつあった。
 マジメな話、カノンに殺される危険は避けなければならない。
 今日、いかにカノンが解放的でも、下ネタを口走るのは眠れる獅子を起こすようなものだ。
 それでも。
 デビットは、できる限りさりげなく、カノンの手をとった。
「なあ、向こうで、話そうぜ」
 そのとき。
「おい、なに、調子に乗ってんだよ。景勝ちゃんのカノンちゃんに、手を出すんじゃねえ!」
 桐生景勝(きりゅう・かげかつ)が、バシッとデビットの手を払うような仕草をして、デビットとカノンの間に割り込むように座った。
「あっ! 何だ、どけよ」
 デビットはムッとする。
「デビットちゃんの時間はもう終わりだぜ! カノンちゃん、本命の景勝ちゃんと、みんなにみせつけラブラブしようぜー」
 桐生はカノンの腰に手をまわして、引き寄せようとする。
「えへへー。あったかいですね!」
 カノンのテンションはますます上がっていて、何と、自分の肩を桐生の肩にぴとっと寄せてきた!
 周囲の生徒は、ますます驚いてしまう。
「ざ、ざけんなよ! どっちが調子に乗ってんだ!」
 デビットは歯ぎしりする。
「おおー! かわいい奴め!」
 桐生は、すっかり舞い上がってしまった。
「ヘイヘイ、カノンちゃーん! わかってるんだよ。キスして欲しいんだな?」
 桐生はエスカレートして、カノンの顎を触り、顔を引き寄せようとする。
 だが、カノンは笑いながら、桐生の手など無視して、いきなり立ち上がった。
 キスはカノンが受け入れるか怪しいネタだったが、幸いにも聞こえていないようだ。
「あはは! お茶がまわって、すっかり身体が熱くなりました。ちょっと踊ってますね」
 勢いを殺されてぽかんとした桐生をよそに、カノンはくるくると舞ったりし始める。
 ミニスカートの裾が、これはもう誘惑に近い。
「あっ、ああ、景勝ちゃんも踊りたかったんだよ。一緒にダンスやろうぜ」
 桐生はカノンの横に並ぶと、手をとりあって踊り始める。
「りょうじ、くん、りょうじ、くん☆」
 カノンは桐生の手に自分の手をうちつけながら、華麗に踊る。
「おいおい、頭ん中で別の男と景勝ちゃんを置き換えてないか? それはきついぜ」
 桐生は、さすがに苦笑した。
「はっ、キミだって、思いきりヴァーチャルに生きてる男じゃないのかよ」
 デビットが悪態をつく。
「うん? まあな。恋愛シミュレーションゲームでこういうシチュエーションやったことないから、どうしようかと思ってるところだぜ」
 桐生は、あっけらかんとした口調だ。
 デビットは、呆れたというように肩をすくめる。
「とにかくだ、オレたちの新婚旅行どこに行くかだな、カノンちゃん!」
 桐生はハイテンションなカノンの手を握って、ぶんぶん振りまわす。
「何で、いきなりそこまで進行するんだよ! そんなセリフ、恋愛シミュレーションにもないだろが!」
 デビットは我慢できなくなって、桐生が握ってない方のカノンの手を握り、自分の方に引っ張る。
「あははははは! みんな仲良く! カノンのお友達ですね!」
 カノンは笑って、両手を上げてバンザイのようにして、それぞれの手を握っていた桐生とデビットを引き寄せる。
「おお!?」
 桐生もデビットも、カノンの体温が感じられるほどの至近距離にまで身体がきて、興奮が増してしまった。
 2人とも、思わず下ネタをいいたくなるのを、こらえる。
 カノンのテンションはあまりにも高くて、何か変なことがあるとガラッと変わりそうだ。
 カノンたちは超軽いノリではしゃいでいるが、一方、広場の巨大モニタには、それこそヴァーチャルなのに実戦と変わらない緊張感の中で、強大な敵に決死の闘いを挑む生徒たちの姿がうつしだされているのだった。