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リアクション
第9章 恐怖の合体
「楽しそうですわね。私も混ぜてくれませんこと?」
藤原優梨子(ふじわら・ゆりこ)も、カノンの側に着席する。
その瞬間、周囲の生徒たちは、背筋がぞっとするのを感じて、思わず顔をひきつらせた。
藤原の全身から、周囲の者を畏怖させるような、怖い気がたちのぼっているのだ。
アボミネーションによるものだが、このような寛ぎの場で畏怖のオーラを発するのは、異例なことだ。
とはいえ、不思議なことに、カノンも、小鳥遊も、全く気にしたようにみえない。
「あら。いくさ1の1位の勝利者ですね。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね。さあ、お茶をどうぞ」
カノンはニコニコ笑いながら、藤原のティーカップにお茶を注ぐ。
「あらあら。ありがとうございます」
礼をいってお茶をすすりながら、藤原は意識して、アボミネーションによる畏怖を強くする。
カノンはやはり、全く平気な顔をしていて、こんなことをいった。
「うふふ。あなたが現れてから、とても愉快な気分になってるんですけど、どうしてでしょう? 何だか、みんなで人殺しにいきたい気分です」
「あらあら。人殺しだなんて。くすす」
カノンの言葉に、今度は藤原は、心からの笑みを浮かべた。
畏怖を喜びに変えられるカノンは、常人からみればイカレているが、逆にそこが藤原には好印象だったのだろう。
「カノンさん、これ、どうですか?」
藤原は、さくらんぼという、人の首のようなものをつなげたお守りを取り出して、尋ねる。
それをみるなり、カノンは手を叩いて歓声をあげた。
「あら、さくらんぼですね。私、大好きなんです! 生首って勝利の快感を味わわせてくれるんですよね。死んだときの表情が残ってますし」
藤原からさくらんぼを受け取って、しげしげと眺めるカノン。
「気に入ってもらえて嬉しいです。今度、自分でもつくってみてはどうですか? 材料を手に入れなさったならば、作り方をレクチャーしますよ。どなたか狩りたい人は、いらっしゃいませんか」
最後の質問の部分で、藤原は怖い笑みを浮かべる。
周囲の生徒は、ドン引きだ。
小鳥遊は、話がよくわからないのか、ぽかんとしている。
「えー、自分でつくるの、いいですよ。私、いつもこれ、持ち歩いてるんですけど、本気で襲ってくるような人じゃないと使えないし、私にそんなことする人少ないし。材料、手に入らないですね」
カノンは、ポケットから取り出して鉈を藤原に示し、笑う。
「まあ、そんなものを持ち歩いてるなんて! 有望な方ですね」
藤原は、ますますカノンが気に入った。
周囲の生徒たちはみな、思う。
カノンは怖い話をしていてもどことなく可愛いが、藤原が怖い話をしているときは、ただ怖いだけだと。
「いいねえ。盛り上がってるねえ」
七刀切(しちとう・きり)がふらふらとやってきて、無造作に割り込んでくる。
七刀も、藤原の畏怖のオーラは気にならないようだ。
「今日は楽しいですね! さあ、あなたにもお茶を」
カノンは、七刀のティーカップにお茶を注ぐ。
「おお、ありがとう。ぷはー、やっぱりうまいなあ」
「おいしいですよねえ」
ニコニコ笑いながら、カノンは七刀ににじり寄って、膝と膝が触れあうぐらいの距離になる。
異様に無邪気で、相手が「気があるのでは」と誤解しそうになる振る舞いだった。
「で、どうするのさ、シミュレーターは? そろそろ出番じゃないの?」
七刀は、仮想空間での闘いなど忘れたように思えるカノンに尋ねる。
「まだまだ、みなさんはがんばれますよ。私が出て、一瞬でゲームが終わってもつまらないですよね?」
カノンは、笑みをたたえ、七刀の顔を下から見上げるようにしていう。
「はーっ、たいした自信だねえ。まっ、カノンさんの実力は上層部も公認だからな。可愛い顔して、なかなかやるねえ」
「アッハッハ! 可愛いだなんて、そんなこといっても、何も出ませんよ!」
カノンは顔をのけぞらせて爆笑すると、七刀の肩をバシバシ叩く。
七刀は、ちょっと痛いと感じた。
「いいなあ。お師匠様、私も撫でてよー」
トランス・ワルツ(とらんす・わるつ)がカノンにすりよってくる。
「おお、よしよし!」
カノンはトランスにも微笑んで、その頭を撫でる。
「はー、感激! お師匠様、好きかも」
トランスは喜んで、カノンにしがみつこうとする。
「おいおい、あまり調子に乗っちゃいけないよ。年頃の女子なんだからね」
七刀はトランスを制止した。
「えー、いいですよ。みんな、お友達だし」
カノンは無邪気な笑みを浮かべる。
「さあ、みなさん、お茶のお代わりをどうぞ」
今度は藤原が、周囲の生徒たちのティーカップに注ぐ。
毒殺されかねないと感じて口をつけない生徒も多かったが、カノンや小鳥遊や七刀はおいしそうにすすった。
毒は、なかった。
「七刀さん、私の息、お茶の匂いがしませんかー?」
ひと息にお茶を飲んだカノンが、七刀にふーっと息を吹きかける。
「はあ? あー、お茶の香りがするね。いい感じだなー」
七刀はどきっとしたが、カノンの甘い息をかいで何だか感動しないでもなく、表情をゆるませた。
はたからみると、今日のカノンは小悪魔的である。
「ふっふっふ。カノン、ここにいたか」
学院広場に、不審な影が現れた。
泣く子も黙るパラ実生、国頭武尊(くにがみ・たける)である。
「この前は、君の貞操帯をもらった! 今度は、生パンツを奪ってやる!」
ゆっくりと、カノンに歩み寄る国頭。
「うっ、君は!」
国頭の存在に気づいた生徒たちに、緊張が走る。
せっかくハイになっているカノンのトラウマを呼び起こし、精神を不安定にさせる可能性が非常に高い、危険な男だからだ。
「あらあら。さくらんぼ、つくれそうね」
藤原が、国頭に怖い笑いを向ける。
アボミネーションの効果が、国頭に畏怖の念を起こさせようとする。
だが、パラ実生同士のガンつけに慣れている国頭は平気だった。
「はっ、すごんだってびびらないぜ。オレを誰だと思ってる? 今日は、君が目当てじゃない。パンツをくれるならもらうが、そうでないなら、邪魔するな!」
国頭は藤原を睨んでいう。
「あの、いまの言葉、『殺して下さい』という意味にしか聞こえないんですけど?」
藤原はカミソリを取り出すと、砥石で研ぎ始めた。
広場に緊張が走る中、カノンは国頭に気づいていないのか、お茶を飲んでニコニコ笑っていて、周囲の生徒にさかんに話しかけている。
「かーのーんー、ぱーんーつー」
不気味な呟きを発しながらカノンにゆっくりと歩み寄る国頭。
藤原は、近くにきたら国頭の首筋を切り裂こうと考えていて、殺戮の予感がもたらす喜びに身体を震わせながら、国頭の接近を楽しみに待っていた。
だが。
藤原より先に、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)がカノンの側から立ち上がって、国頭の前に立ちはだかっていた。
「ちょっと、あなた。カノンさんに何をしようとしているんですか!」
ソニアは、藤原のように、この状況を楽しむようなことは到底できなかった。
「何だ、君は? オレは、カノンのパンツをもらうんだ。おとなしく下がっていれば、乱暴はしないぜ」
国頭は、ソニアにガンをつけていう。
「下がりません! カノンさんに手を出すというなら!」
バシッ!
ソニアの強烈な平手打ちが、国頭の頬に決まった。
「おおー! やってくれたな!」
真っ赤に腫れ上がった頬をさすってから、国頭はソニアの手首をつかんだ。
「きゃあっ」
ソニアは悲鳴をあげる。
「さあ、答えろ。君のパンツは、何色だ?」
国頭がソニアに尋ねたとき。
「その質問の答えは、永遠にお預けだ」
グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が音もなく国頭の背後にまわりこむと、その首根をつかんで、全身を抱えこんだかと思うと、勢いよく投げ飛ばした。
「う、うわあ!」
投げ飛ばされた瞬間、国頭はソニアの手を放していた。
「カノンに乱暴すれば、彼女の中のもうひとつの人格『死楽ガノン』が覚醒する。そうなれば、他の生徒の身も危険にさらされる。国頭、お前も知っているだろう?」
グレンは国頭を睨んだ。
「知っているさ。でも、オレはパンツのためなら、何でもやるんだ!」
起きあがってグレンに襲いかかろうとする国頭。
だが、グレンは反撃の機会を与えなかった。
国頭の足もとに、教導団ベルトが投げつけられる。
「うん? 何だこれは?」
国頭がベルトに気をとられたとき。
「拘束する!」
グレンが叫んで、サイコキネシスを発動。
ベルトが浮き上がって、国頭の脚にからみつく。
「おわ! と、取れねえ!」
国頭は慌ててベルトを引きはがそうとするが、まるで鋼鉄のワイヤーで締めつけられたような状態になっていて、いくら力をこめても、びくともしない。
「くっそー!」
脚を封じられた国頭は、広場に寝転がって、じたばたともがいた。
「グレン、この男は、そう簡単にはまいらないぜ。『その身を蝕む妄執』で、とびきりの悪夢をみせてやるんだ」
李 ナタ(り・なた)は、グレンに耳打ちし、幻覚の内容を指示する。
「わかった。だが、そんな内容で、本当に恐怖が起きるのか?」
グレンは首をかしげながら、国頭に「その身を蝕む妄執」を使用する。
「うん? な、何だ何だ!」
幻覚に襲われた国頭は、パニックに陥った。
「マッチョー! マッチョー!」
何人もの男のボディビルダーが全裸で現れ、国頭を抱擁し、熱い吐息を吹きかける。
「よく鍛えられた身体だな。俺たちと合体しよう!」
ボディビルダーたちの厚い胸板に、国頭の頭が挟まれる。
「ひ、ひえー! や、やめろー!」
むせかえる汗の臭いに国頭はせき込み、覆いかぶさる筋肉の塊を必死にはねのけようとする。
国頭が、いまだかつて遭遇したことのない恐怖であった。
「ぐ、ぐおおおおお」
ボディビルダーたちの筋肉のうねりをじかに感じながら、国頭は、眼前の恐怖から逃れるための最上の策をとった。
すなわち、失神である。
「あらあら。残念ですね。もっと近づいてくれたら、殺してさしあげましたのに。失神した人の首を狩っても、楽しくないですからね」
藤原は、国頭が失神したのをみて、不満そうな表情を示した。
「殺すまでしなくてもいいと思います。この人は、ただ欲望が濃いだけなのですから。パンツのためだけに生きるというのも、ある意味純粋な感じがします」
ソニアは、自分も襲われたにも関わらず、国頭に優しい視線を注いでいた。
「ベルトは脚に縛りつけたままにしておくぞ。カノンが広場を去るまでに、目を覚まされたら厄介だ」
グレンがいった。
「アッハッハ! あれ? 誰か倒れてますね。お茶の飲み過ぎでのぼせたのかな?」
おしゃべりに夢中だったカノンは、国頭が倒れたのをみて、やっと気づいたような声をあげたが、すぐにまた、おしゃべりを再開するのだった。
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