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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~
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リアクション

 
 
「レイチェル? どうしたん?」
 3人で連れ立ってデパートに来ていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、通路の途中で立ち止まったレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)を振り返った。1メートルほど後方で、レイチェルは口元に手を当て、その肘を支えるようにしていた。落ち着かなさげに視線をさまよわせている。
「何か、気になることでも?」
 一緒にいるフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が彼女に聞くも、反応は無い。顔色も悪く、どうも様子がおかしかった。
「レイチェル?」
 泰輔がもう1度声を掛けてみたが、同じである。むしろ、目を逸らされたような。
 当惑しつつ改めて周囲を見回すと、フロアのあちこちで同じようなやりとりが発生している。耳に入ってくる言葉の断片から、不調が起きているのは剣の花嫁であることが判った。かく言うレイチェルも剣の花嫁である。本気で心配になって、彼女に歩み寄る。
「どっか悪いんか? 何があったん、まずは話を……わっ!」
 だがそこで、強化型光条兵器ルミナスジャベリンで攻撃される。
「……って、話させてぇな!!」 
「来ないでください!」
 レイチェルはジャベリンを滅茶苦茶に振り回した。錯乱しかけている。
「なんでそんなに狂暴になるん? ……レイチェル、とりあえず落ち着いて」
「だ、だって、泰輔さん……私……!」
 武器で牽制して近付かせようとしないレイチェルに、泰輔は弱ってしまった。
「かなんなぁ……って、逃げていかないでーっ!!」
 くるりと背を向け、全力で走っていく彼女を泰輔は慌てて追いかける。
「フランツーっ!! たのむから追いかけるの、手伝ってーっ!!」
「わかりました! 待って! レイチェルー!」
 フランツは泰輔の隣に並ぶと、あっという間に彼を抜かしてレイチェルを追いかけていく。コミカルな走りながら侮れぬ速さだ。

 生活必需品を買いにデパートに来た咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、そこここで余裕の無さそうな人々を見て戸惑っていた。
「皆さん、慌てていらっしゃるようですが、どうしたのでしょう……?」
 ぐったりとしたパートナーに声を掛けていたり、2人で肩を抱き合い急いでデパートから帰ろうとしていたり、喧嘩していたり……。
「何か事件でしょうか……?」
 そう感じた由宇は、とにかく誰かに話を聞いてみることにした。
「事件ならば解決しないとですね! 私がやれる事を探すのですよ〜」
 カウンターに、店員が慌てたように戻ってくるのが見えた。残っていた店員に何事かを話している。
「店員さんに聞いてみましょう〜」

「と、とりあえず、フランツがついててくれるから安心はできるな」
 レイチェルに避けられまくった泰輔は、彼女をフランツに任せて走るスピードを弱めていく。しかし、ずっとあの状態ではかなわない。原因を考えないと。
「いつも冷静なレイチェルがあんな風に取り乱すなんて……月経不順か、更年期障害か? いや、それじゃ他の場所でも剣の花嫁に似通ったようなことが起きてるのの説明にはならないぞ」
「な、何をさらりと失礼なこと言ってるんです〜!?」
 女性が聞いたら色んな意味で顔を真っ赤にするであろう言葉に、店員への聞き込みを終えた由宇が抗議めいた声を出した。少し赤くなっている。剣の花嫁の症状を把握した彼女は、特に焦った行動に出ているレイチェルを落ち着かせようと駆けつけてきたのだ。
「そんなのじゃありません。剣の花嫁さん達は、誰かに攻撃されているみたいなんです〜」
「攻撃だって?」
「むむ〜。中には、人格が変わってしまう方もいらっしゃるみたいですぅ」
「人格? そんな風には見えんかったなあ……」
「まだ、回復した方はいないみたいで……。私は、皆さんの前で音楽を演奏してまわろうと思いますー。歌を聴けば、少しは落ち着かれるかもしれません。レイチェルさんにも、演奏してみますね〜」
 由宇は、フランツ達の後を追っていく。彼女を見送りつつ、泰輔は考える。この事態を起こした犯人がいる……。これは、他の人達と情報交換をして、協力して事に当たる必要がありそうだ。剣の花嫁をパートナーにしている人、犯人を捜そうとしている人達と一緒に。
 そして、必ずレイチェルをとりもどす!
 体をはって、なんとしてでも。

(わお。なんだかラッキー)
 その頃、期せずしてレイチェルと2人きりになったフランツは、そう思わずにはいられなかった。
(日頃は泰輔に気兼ねもして、僕の片想いはレイチェルに告げることもできなかったもんなぁ……って、泰輔の弱り目にそんなことする気もないけど)
 一方、フランツの前を走りながら、レイチェルは心に浮かんでくる不安でいっぱいになっていた。不調を訴える身体と心がかみ合わず、混乱する。1度立ち止まったら、もう目を開けてはいられない……。そんな気がする。
 彼女を支配していたのは、いつもどこかで考えていた疑問。
『私は、泰輔さんにとって、何?』
 何故、契約してくれたのだろう。
 多くの人が離れていった、あの事件。不正告発をしようとした彼女は、無実の罪に問われて沢山のものを失った。その時、最後まで味方してくれた幼馴染。泰輔は、その彼に雰囲気が似ていた。
(出会って、なぜかあの人をすっと信頼できて、契約をしたけれど……私の過去を憐れんでの契約だったのかしら……)
 もし、事件という過去がなかったら、自分は泰輔に選ばれなかった?
 そんなことは考えたくないけれど。
(特別な存在でいたい。特別な存在でなくてもかまわない……。どちらが私の本当の心なのかしら。わからない。わからない……)
 その時、レイチェルの耳にギターの音が聴こえてきた。振り返った先で、コウモリの羽を生やしたメイド服の少女――由宇が、特技の演奏を使ってエレキギターを弾いている。「おお、綺麗な旋律ですねー」
 由宇の音に合わせ、ギターを持ち合わせていなかったフランツは陽気に歌い出した。それが契機になり、レイチェルは力が抜けたようにへたりこんだ。持っていたジャベリンがからんと落ちる。
 歌を止め、フランツは彼女の隣にそっと近寄る。
「レイチェル、もしよければ、僕は君と一緒にいてもいいかな? 1人だと、辛いだろ?」
 レイチェルの心の中で、自分はただの友人としてくらいの認識でしかないのは弁えていた。けれど、友人が、自分で自分がわからなくなってしまっている。そんな時に、1人で放っておくほど僕は薄情じゃない。
「…………」
 レイチェルは辛そうに目を閉じたまま、1度だけ頷いた。彼女をフロアの隅に連れていくフランツを見ながら、演奏して良かった、と由宇は思った。
 ギターに落ち着かせる効果があったのかは定かではないが、落ち着くための、少しばかりの後押しにはなったかもしれない。
 ボーカルにと、由宇はパートナーのアクア・アクア(あくあ・あくあ)にデパートに来てもらうように連絡していた。これからも、アクアの声と自分のギター演奏が、少しでも役に立つことができればいい。
(皆さんに、悲しい思いはして欲しくないですぅ)

「……どうしたんだ? エミリア……病気か?」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、突然大人しくなって壁にもたれたエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)を心配していた。不安そうにし始めてから3分位は経っただろうか。エミリアは目をかっ、と見開いた。
「おっ!?」
 驚いてのけぞると、エミリアも驚いたように自分の身体を見回した。
「……ふむ、なんだこの姿は!」
「なんだって……。え、お前、いきなり何を言い出してるんだよ?」
 内容も内容だが、口調が変だ。もっと普通の話し方なのに、この断定口調は……。
「性別が変わっていなかったのがよかったと思うべきか」
 両方の胸を確認したり長いスカートを摘んでみたり。身体の点検をするその様は、まるで――
「エミリア……お前どうしたんだ? いや、違う……誰だ、お前」
 中身がそっくり変わってしまったような。
(なんなんだこの状況……)
 そう思いながら訊くと、エミリアは妖艶な笑みを浮かべた。
「誰かと聞かれてもな……少年こそ誰だ?」
「俺は……お前のパートナーだ」
「パートナー……」
 エミリアは少し考えるようにしてから、納得したように言った。
「ふむ、そうか。私の今の使い手は少年だという事か」
「今の使い手……?」
「私が眠った後、少年がこの身体を目覚めさせたのだろう。そして、今はこうして別の姿をしているということだな」
 彼女は、この短時間で自身の状態を把握したようだ。未だ戸惑いの強い正悟は、何となくフロアを見渡した。問答をし合っている客。気分が悪そうにしている客――
(見る限り、他の場所でも同じようなことが起きてるみたいだな)
 エミリアの姿をした誰か――彼女の説明で、変化の理由は理解できた。しかし、何故こうなったのか。
 とにかく、色々と話を聞いてみようと思った所で、聞き覚えのある声が耳に入った。
「あれ、正悟くんも来てたですぅ?」
 エレキギターを持った由宇が歩いてくる。
「大変なんですぅ。剣の花嫁さん達が誰かに何かされたみたいなんですよ〜……あれ?」
「何かって?」
「方法はまだ分からないですけど、人格が変わっってしまったり体調が悪くなってしまったりするケースが出てきています〜」
 由宇は先程聞いた話を伝えると、最後に言った。
「それで、私は犯人さんを探しながらギターを弾いてまわってるんですぅ」
「……なぜ、ギターなんだ?」
 腕を組んで話を聞いていたエミリアが突っ込みを入れる。
「音楽を聴いて落ち着けば、花嫁さん達も何か思い出すかもしれないです〜」
「ふむ……」
 すっかり変わってしまったエミリアを見て、正悟はこの問題を解決するために動かないと、と思っていた。エミリアは言う。
「では、その情報に1つ付け加えておくといい。変化した人格は、以前にその『剣の花嫁』が有していたものだとな。使い手が違えば中身も違う……。そういうことだ」
 そして、すたすたと2人を置いて歩き出した。
「何処に行くつもりだ?」
 正悟がその背に声を掛けると、首を振り向けて端的に言う。
「とりあえずすべきことがある」
 それから、正悟の表情を見て何を思ったのか、こう付け加えた。
「……そんなに気になるのならついてくるか、少年」
「あ、ああ……」
 すべきことというのが事件に関わることなのかそうでないのかは分からないが、一緒についていこうと思った。それが、彼女に必要なことなのであれば見守り、危険があれば守りつつ、戦おう。