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はじめてのひと

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●英知は上手く使え / いつだって、エリザベートちゃんの味方ですから

 取り立てて目的のないまま近所をぶらついていたラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)ティンダロス・ハウンド(てぃんだろす・はうんど)は、いつの間にやら携帯電話ショップの店先に来ていた。別に買うつもりはなかったはずが、スルスルと店員に案内されツラツラと紹介を受け、半刻もする頃には二人して、ありがとうございましたーの声を背に、『cinema』を握って店から送り出されていたのである。
「……まあ、元々持っていた携帯はウン年前のレトロすぎる機種だったし、ポイント溜まりまくっていたからタダ同然だったし……機種変更してもいいですよね?」
 ラムズの問いに対し、ティンダロスは何の応えもしない。あいかわらず、何を考えているのかよくわからない表情で、どこを見ているのかよくわからない視線を前方に向けている。
 それはともかくとして問題は、ラムズが極度の機械音痴という事態にある。前の機種とて極度にシンプルな携帯電話だったにもかかわらず、手に馴染むまでかなりの時間を要したのだ。たとえて言うならタイプライターで苦戦するような人間が、パソコンを自由に使えるかというハナシである。当然、
「えっと……これはこうして……あれ?」
 そもそもホログラムディスプレイを開くことすらままならず、一生懸命操作するもののさっぱり上手くいかない。なんだかアラームが設定されたようでピロピロ鳴りだし、止めるスイッチと思って押したボタンのせいで充電池パックがポロリと取れた。
 そのとき音もなく、ティンダロスがラムズの手から携帯電話を奪い取った。
「使えますか?」
「……」
 やはりティンダロスは応えず、ただ黙々と携帯をいじっている。両腕を封じられているティンダロスゆえ操作はすべて尻尾だというのに、器用に電池パックを戻し、虚空にディスプレイを表示させていた。
「おおっ、すごい」
「……」
 ティンダロスはゆっくりと操作して、基本的な動作をラムズに示す。ディスプレイは次々とその模様を替えていった。
「なるほどー、省略アイコンひとつでそこまで操作できるんですかー……おかげでなんとかメールくらいは私でも出せそうですね……って、あれ?」
 ラムズが小さく拍手したところで、ぽい、とティンダロスは彼に携帯を投げ返したのである。
 しばらくすると、軽い電信音と共にラムズの携帯にメールが届いた。
「わっ、いきなりメールですよ。初メール? でもどこから?」
 いそいそとディスプレイを立ち上げると、ラムズが困っている間に素早く出したのか、そこにはティンダロスからのはじめてのメールが届いていた。
 
「英知は上手く使え」

「あ……なんていうか、その……」
 ラムズは息を呑んでいた。なぜってこれは、普段意思らしい意思を見せないティンダロスがはじめて、ラムズに示してくれた言葉だったからだ。
「すごく嬉しい……です」
 なぜだろう、目頭まで熱くなってきた。
 しかしティンダロスは何も応えずいきなり歩き出したので、
「わー、待って下さいよ−」
 ラムズは袖で目を擦り、その後を追ったのである。


 *******************

 空京のベンチに腰を下ろし、神代 明日香(かみしろ・あすか)も早速入手した『cinema』のスイッチを入れている。
「ホログラムディスプレイの『cinema』同士なら、お互いの姿も立体で見られるそうですけど……」
 といっても明日香が電話する相手は、昔ながらのダイヤル回線なのでこの機能の意味はなさそうだ。個人電話を持っていないようなので直通、思い切って校長室に電話する。
(「たまにアーデルハイト様が出たりしますけど……」)
 されど心配は無用、
「はいな、イルミンスール魔法学校ですぅ。苦情電話はこちらじゃなくて、ミーミルのところへつないでくださぁい」
 きっちりと、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)本人が出たのである。
「わぁ、エリザベートちゃん♪ 明日香ですぅ」
「おおー、元気ですかぁ? 今日は一体どうしましたぁ〜?」
 御神楽環菜の死を契機として、このところ元気のなさそうなエリザベートだったが、今日は予期せぬ明日香からの電話に喜んでくれているようだ。明日香も明るい口調で応じる。
「えっと、いま空京なんですぅ。携帯電話を新しい機種に変えたので、はじめての電話を実験してるんですよ〜」
「おっ、いいですね〜」
 そのまま少女二人、とりとめのない会話へと移るのだった。距離はあっても互いを身近に感じる……電話はときとして、同じ場所にいるときよりも親密なコミュニケーションを生むことがある。このときの二人がまさしくそれだった。
 ふふっ、と笑った明日香にエリザベートが問うた。
「どうしたんですかぁ? 何か良いことでも?」
「それは……」
 少し言い淀むも隠すことはない、明日香は何気なく伝えることにした。
「エリザベートちゃんと話せて嬉しいからですぅ」
「私もですよ〜」
 期せずしてエリザベートから喜ばしい言葉を聞き、明日香は胸が一杯になるのである。
「いまさら、改まってこんなことを言うのもなんですけど……」
 囁くように明日香は告げた。
「エリザベートちゃん、困ったことがあったらいつでも、私の携帯電話に電話してくださいね。私はいつだって、エリザベートちゃんの味方ですからぁ」
 前の携帯よりずっと、感度もよくなったし、と付け加えておく。
 えへへ、とエリザベートがくすぐったいような声を洩らすのが聞こえた。
「はいですぅ♪」
 お土産に甘いものを買っていきますね、と約束して明日香は電話を切った。
 いつだってエリザベートの味方――その言葉に偽りはない。ちっちゃな校長の行く末を見守り、そばにいて護り続けたい、それが明日香の願いなのだ。