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リアクション
5.はっぴーはろうぃん*デート編。
 デートである。
 これは、まぎれもなく、デートである。
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は、仮装した人々で賑わうヴァイシャリーの街を、ぽわぽわした足取りで歩いていた。
 森ガール調の黒猫コスをした結和の隣には、制服の上に黒いコートを羽織ったコルセスカ・ラックスタイン(こるせすか・らっくすたいん)が居る。
 そう。
 隣に、居る。
 ドキドキした。
 仲の良い友達として、傍に居られるだけで良かったのに。
 今以上なんて、望まなくてもいいやって思っていたのに。
 それなのに、こうやって仮装行列に一緒に行こうって、誘ってもらえるなんて。
 嬉しくて、楽しくて、このまま時間が止まっちゃえばいいのになあなんて。
 まるで夢みたい。
 隣を歩くコルセスカを、見る。見上げた横顔は、凛々しく前を向いていて。
 ――かっこいいなあ。
 ――手、は、握るの恥ずかしいし……服、とかなら、握ってみても。いいかな?
 ――あ、でも、いきなり掴むなんて、驚かせちゃう。よね。
 きっかけを掴めないまま、ぽやーっとした目で、ただ彼を見る。
 ――言えるかな。
 ――服、握っても良いですか、って。
 ――……言えるかな?
 それでもまだ迷っていると。
「結和さん」
 声をかけられた。
 その目は、結和を見ている。
 真っ直ぐすぎて穴が開きそう。
「? 結和さん?」
「は、はいっ!」
「大丈夫か? さっきからふらふらしているが……」
 好きな人と一緒だから、幸せで。本当に本当に、嬉くて。夢の中を歩くような足取りで、ぽわぽわ、歩いていた。
 だけどそれは、傍目から見たら危なっかしくて。
「だ、大丈夫ですよー。ほらほら、元気です」
 心配させまいと腕を振ったりするけれど、それが道を歩く他の人にぶつかったりして「ご、ごめんなさい!」なんて慌てて謝る羽目になって。
 ――う、浮かれてるなあ、私……っ!
 かぁっ、と顔が赤くなった。
 ところで、差し出される手。
「……え?」
「手」
 繋ごう、ということだろうか?
「……嫌か?」
「嫌じゃないですっ」
 即答、していた。
 ぱ、っと掴んだ右手に伝わる温もりが、ひどく心地良くて。
 ――私、こんなに幸せでいいのかな?
 先ほどよりもぽわぽわとした、でも決してふらふらしていない、しっかりとした足取りで、結和は歩く。
 可愛い。
 隣を歩く彼女が、可愛い。
 大きな黒猫の耳がついたカチューシャに、ふわふわおっとりとした、所謂森ガールな格好をした結和を見て、まずそう思った。
 そしてそんな彼女がふらふらと歩いていたから、危なっかしくて手を取った。
 小さくて、柔らかくて、温かい手。きゅっ、と握り締めてくるその感触。
 不意に、彼女が見上げてきた。
「コルセスカさん」
「ん?」
「コルセスカさんは、仮装しないのですー?」
「ああ。これだけで、『吸血鬼だー!』と騒がれた」
「そういえば。吸血鬼さんぽいですねー」
 ぽい、のだろうか?
 ふむ、と自身を見てみる。……別にいつもどおりなのだが。
「血、吸われちゃいますか?」
「人を襲いたくはないな」
「じゃあ、優しい吸血鬼さんですねー」
 優しい、のだろうか。
 よくわからないけど、ぽえーっと微笑まれたら頷くしかあるまい。
「結和さんがそれを望むなら、俺はそうなろう」
「へ、え。えへへ」
 その言葉を受けて、驚いたようにコルセスカを見上げた結和が笑う。
 ああ。
 そう。
 この笑顔が好きだ。
 こっちまで幸せになるような、心の底から幸せそうな笑顔。
 この笑顔を見ていたい。守りたい。傍に居たい。
「コルセスカさん?」
「……」
「コルセスカさんー?」
「あ。すまない、どうした?」
「ぼやーっとしちゃって、どうしましたー?」
 結和さんに見惚れていた、と馬鹿正直に言うわけにもいくまい。
 誤魔化す言葉が思いつかないで居ると、
「とりっくおあとりーとー!」
 仮装した子供にお菓子をねだられた。
 普段は怖い顔のせいで、子供はコルセスカに近付きたがらない。
 が、今日だけは別だ。子供も普通に寄ってくる。
 なので。
「チェイン・キャンディ!」
 わらわら、寄ってきた子供たちに対し、コルセスカは全方位キャンディ配りを行った。
 すると、子供は喜んで、結和も笑う。
 一石二鳥だな、と少し得意げになったりして。
「じゃあ、私からも」
 それを見て、結和がバスケットからクッキーを取り出し子供に差し出すのだけれど。
「えー、ぼこぼこ」
 歪なクッキーは、正直で残酷な子供には不評で。
 キャンディだけでいいよ、と子供たちは去っていく。
「……料理下手だし、しょーがないですよねー」
 それを見守りながら、あはは、と困ったように、無理したように結和が笑うから。
 そんな笑顔は見たくない、とクッキーを奪ってみた。
「コ、コルセスカさん?」
「トリックオアトリート」
 もらうほうが早かったけれど、もらった理由は後付けで。
 クッキーを、食む。
 甘いかぼちゃの味がした。見た目とは裏腹に、美味しいクッキー。
「子供たちは残念だな。このクッキーの美味さがわからないなんて」
「お、美味しい……ですか? でも、私、料理下手です、よー?」
「美味いぞ。かなり。結和さんがよければ、また作ってもらいたいくらいだ」
 正直な気持ちを述べると、俯かれてしまった。
 ……少し、ねだりすぎただろうか。
 反省して、ポケットに手を入れると、
「……?」
 いつでも子供に配れるようにと準備していたパイナップル味のキャンディが、指先に引っかかった。
「結和さん。結和さんもひとつどうだ?」
「ふえ?」
「キャンディ」
 ほら、と結和の口元に差し出す。
 数秒の沈黙。
 そしてコルセスカは気付く。
 これは、『あーん』だ、と。
 ――いや、違う! これは、そんなつもりじゃ……!
 動揺するが、いまさら引っ込めるのも無礼に感じられて、硬直。
 ――気にしないでくれ、このままこの手から飴を奪っていってくれ、結和さん!
 思いとは裏腹に。
 結和は、頬を赤くして――コルセスカの手ずから、キャンディを食べた。
 指先に、柔らかな唇が触れる。
「美味しい、です」
 そして、赤い顔のまま、へらりと笑う。
「私も、トリック・オア・トリートですね」
 お菓子を望むならいくらでもあげよう。
 その笑顔が見れるなら。
「きっと、なんだってする」
「? なんですかー?」
「いや、何でもない」
 離れた結和の手を取って、再び仮装行列の人混みに身を投じた。
 その手が三度離れることは、なかった。
*...***...*
「ほらほら、お祭りなんだから楽しまなきゃ損だよ!」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)のその言葉は、うん、確かにそうだと思うけど。
「だからって、こんな恰好……!」
「だーいじょーぶ! ヨメ、すっごい似合ってる!」
「って言われても嬉しくな……っ!」
 ヴァイシャリーの仮装行列。
 行こう行こうとテディに手を引かれ、皆川 陽(みなかわ・よう)はやってきた。
 そして到着するや否や、「じゃあ着替えね!」と衣装を渡されて、お互い更衣室に入って、そこで陽は硬直する羽目になった。
 過度なひらひらが目を引く、女物のドレス。
 ――……え、と。衣装、間違えて渡されたのかな……。
 そう思って、数分を過ごし。
「ヨメー? 着替え終わった?」
 コンコン、更衣室をノックされて、「これ、衣装違うよ?」と言ってみると。
「?? 違くないし。ちゃんと僕が選んだやつだよ?」
 メイド姿に着替えたテディに、そう返された。
 ――違くない、って。
 ――だってこれ、明らかに女物……。
 戸惑いは、
「今回のテーマは『お嬢様とメイド』だし!」
 との宣言によって吹き飛んだ。
 ――いや! いやいや! 僕男だから! おかしいからそれ!
 そして、着替えまいとしていた頑なな意思は、
「ヨメー? 一人で着替えるの難しい衣装だっけ? 僕手伝おうかー?」
 今にも(好意で)更衣室に乱入しそうなテディの声によって、吹き飛ばされ。
「ひ、一人でできるから……!」
 思わず、そう答えていた。
 そして、今に至る。
「こんなの着たくて着てるんじゃないよ、ほんとだよ……!」
 誰にともなく言い訳して、テディに手を引かれ、仮装行列の中。
「?? 似合ってるけど」
「嬉しくないって……」
 似合うのは、問題なのだ。
 ちらり、ショーウインドウに映る自分の姿を見る。
 小柄で、細くて、頼りなさげな、自分。
 ……けれど。
 ――あれ? えっと、なんか……。
「ね? 可愛いでしょ?」
「!」
 丁度心を読まれたようなタイミングで言われ、肩が跳ねる。
「? ヨメ、どしたー?」
「え、え。別にっ。ほら、行こう!」
「お! 珍しー、ヨメが先導した!」
「そ、そんなことないよ!」
「そ?」
 ……うん、確かに、珍しいけど。
 だってなんだか、いつもの自分とは違いすぎて。
 なんだか、普段なら出来ないことが出来そうな気がしたのだ。
「トリック・オア・トリート。お嬢様に差し上げるお菓子をくださいませ」
 隣では、テディがそう言って、道行く人にお菓子をねだる。
「……えっと……お菓子をくれないとイタズラするのですわ!」
 なので、それに便乗してみる。
 テディと、ねだった対象からの視線を感じて。
「……や、やっぱり恥ずかしいよう……」
 すぐに、テディの後ろに隠れてみたりして。
 けれどテディは「あはは!」と楽しそうに笑い、陽の手を取って走り出した。
「ヨメ! いいよ今の! 可愛かった!」
「そ、そんなことっ」
「ヨメには僕がお菓子をちゃんと作ってきたんだぞー! ほらほら、さっきのもう一回言ってみ?」
「えぇ!?」
「そしたら僕がもてなし尽くしてやるし!」
 テディの無茶にも。
 ――今日なら、言える?
 ううん。
 今日だから、この恰好だから、応えてあげられるかもしれない。
 いつもは思っても言えないなら、今日くらい。
「とっ……トリック・オア・トリートですわ!」
 意を決して、真っ赤な顔でそう言うと。
「お任せください、お嬢様」
 給仕を学んだテディが、見ているだけで惚れ惚れしそうな完璧な所作で、陽の手を取りキスをした。
 まるで、物語の一枚絵として出てきそうな、綺麗さで。
*...***...*
 仮装行列は、久世 沙幸(くぜ・さゆき)の予想通りカップルがたくさん、居た。
 なので、やること決まっている。
 沙幸はバスケットの中身を見た。
 チョコレートでコーティングした細長いスナック菓子を一本だけ入れてある、ハロウィン風のデザインがされた紙袋。
 それをひとつ手に取って。
「Happy Halloween!」
 カップルに向かって、手渡した。
「え?」
 高峰 結和が振り返る。
 きょとんとした彼女の手に、半ば押し付けるような形で紙袋を渡した。
 紙袋の中にはメモも入っている。
『一本だけしかないから、二人で仲良く食べてね』
 語尾には可愛くハートマークもつけてあって。
「――!?」
 メモに気付いたらしい結和がおどおどしだすのを見て、にまり、沙幸は笑う。
 それから、彼女の背をぽん、と押した。
「きゃ!?」
「結和さん」
 コルセスカ・ラックスタインが声を上げ、結和を抱きとめ。
 その後どうなるかまで見て行くのは、野暮だろう。
 ――きっと盛り上がって、ポッキーゲームを始めるはずだもん♪
 さてさて、次は誰にあげよう?
「ト、トリック・オア・トリート……ですわ!」
 悩んでいたら、皆川 陽にお菓子をねだられた。
 隣に居るのはメイドさん。そして陽はお嬢様。
 ――ふむふむ、女の子同士かな? それでもいいよ!
「Happy Halloween!」
 渡してから、とん、と陽を押して。
「ヨメ!?」
 テディ・アルタヴィスタが抱きとめたところまでを見て、また背を向けて。
 ――さてさて、次は誰にあげよう?
 小さな魔女は、ヴァイシャリーの街にささやかなイタズラを振らせて回った。
*...***...*
 東西の情勢が何やらきな臭いところであるが。
 祭りの日くらい気にするな、ということで。
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)――通称レオ――は、ルディ・スティーヴ(るでぃ・すてぃーぶ)――通称スティ――と共にヴァイシャリーまでやって来た。
 ヴァイシャリーは東シャンバラの首都だということもあり、レオやスティが居住としている空京とは異なる衣装が沢山あって、思わず目を輝かせた。
「ねえ、スティ。いろいろな衣装を着てみませんこと?」
「いろいろな……ですか?」
 スティが首を傾げている間に、レオはスティの手を引いてお店に入る。
 いらっしゃいませ、という店員の明るい声はスルーして、スティに似合いそうな服を物色。
 最初から飛ばし過ぎると後々警戒されるであろうことは明白。
 ならば、まずは。
「これなんていかがでしょう?」
「狼娘? 可愛いですね、耳と手と尻尾をつけるだけで仮装できるなんてお手軽でもありますし」
「うんうん、可愛いですわ〜♪ 次はこれなんていかがでしょう?」
「白雪姫? ……ちょっと、照れますね。童話の主人公になったみたいです」
「さすがはスティ、よくお似合いで……! 写真に収めてアルバム一冊作りたいところです」
「やめてください、恥ずかしいです……あ、次はこれなんですね? 魔女かぁ……カボチャに見立てたスカートがふんわりしていて可愛いですね。丈がちょっと短いですけど」
「丈が短い? でしたらこちら、吸血姫の衣装です。鬼じゃないのがポイントですのよ」
「ロングドレスですか。素敵ですね……って、胸元、少し、開きすぎじゃあ……? ……恥ずかしいです」
 ――さあ、前座はここまでだ。
 レオは内心、ニヤリと笑う。
 次が本番だ。
「では、ミイラ女になってもらいます」
「え、ミイラ……?」
 困惑するスティに、レオはにこりと綺麗に微笑みかける。有無を言わせぬ、笑み。
 更衣室に押し込んで、着替え終わるのを待つ。
 ――私の容姿がベースなら、さぞかし色っぽくなるでしょうね。
 豊満な胸が、包帯だけのミイラ女の衣装にどう反映されるか。
 それはそれは……エロティックなものができあがるのだろう。
 楽しみである。
「レ、レオ? あの、これ、衣裳って言っても、包帯だけですけど……」
 抗議の声は、聞こえない振り。
 そういう反応を取っていれば、押しに弱いスティは最終的に着てしまうのだ。
 恥ずかしがりながらも、顔を赤らめて。
「……着ました、けど」
 身体全体を、決して長くはない包帯で隠し。
 それでも恥ずかしそうに、胸元や太股の間に手を添えて、隠そうとして。
 頬を赤く染め、視線はレオに合わせようとしない。
 可愛らしいその反応に、レオは微笑む。
「本当、スティは可愛いですわね」
「……レオは仮装しないんですか」
「私? しませんわ。させるから、楽しいんですもの」
 にこり、笑って言い切ったところで。
 からんからん、と店のベルが鳴り響く。新しく客が入ってきたようだ。
「とりっくおあとりー……あれ? ルディさん?」
 やってきたのは、{SNL9998964#ホイップ・ノーン}だった。
「ホイップさん! どうしてここに?」
「えへ……お菓子をもらえるイベントだって聞いて、気になってきちゃった」
「丁度良かったですわ。さあさあ、ホイップさん。ちょっと私の着せ替え人形――こほん、仮装をして楽しみませんか? せっかくのハロウィンなのですから」
「仮装? うん、楽しそう!」
 今日は誘えないかな、と思って諦めていた人物の登場によって、レオのテンションは上がり。
 一方で、ミイラ女の仮装から早く解放されたそうにしているスティは、
「ホイップさんまで変な仮装に巻き込まれませんように……」
 小さく、願ってみるのだった。
 
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