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第8章 忌避すべき存在

「いくわよ!」
「死ねええええい!」
 炎に包まれる食堂で、メニエスと坂上が死闘を繰り広げる。
「フハハハハハハ! これで儀式は続行できる!」
 サッドは泉美緒の鎖を引いて、嬉々としている。
「わんわん! きゃいーん!」
 美緒は、食堂内が破壊し尽くされた状態になっていることに、いまさらながら驚くような仕草をしてみせている。
「さあ、ひと思いにここで殺してやろう!」
 サッドが、美緒を殺すつもりでムチを振りあげたとき。
「いけませんね。泉さんがやられそうになっています」
 招待客の一人であるレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)がサッドに近づいてきた。
 レオンには、2人のメイドが従っている。
「ご主人様。仕掛けてもよろしいですか?」
 レオンのメイドとして館に潜入している小鳥遊美羽(たかなし・みわ)がいった。
「うむ。やってみるがよい!」
 レオンも、ご主人様のノリで答えた。
「よーし、実はメイドとは仮の姿、蒼空学園のアイドル、美羽ちゃんが成敗してやるんだから!」
 小鳥遊はメイド服のロングスカートをまくりあげると、ガーターベルトに装着されている銃を抜き取った。
「くらえー!」
 一瞬の動作で、小鳥遊はサッドに向けて銀の弾丸を撃ち放つ。
 ドキューン!
「なに!?」
 美緒に対する殺意に凝りかたまっていたサッドは、反応が遅れた。
「ぐおっ!」
 銀の弾丸を胸にくらって、倒れるサッド。
「わおーん」
 美緒が、動かないサッドの頬をペロペロと舐める。
「やりましたね」
 レオンはホッとした。
「さすが美羽、やっぱりひと味違うよね」
 小鳥遊と同様にレオンのメイドに扮していた城紅月(じょう・こうげつ)が、サッドの死亡を確認しようと、その身体の側に寄っていく。
 城がサッドの胸の弾痕を覗きこもうと、身を屈めたそのとき。
 くわっ!
 サッドの目が見開かれたかと思うと、その腕を城のロングスカートの裾の中に差し入れた!
「えっ、生きてる!? って、い、いやだ、やめろって! あふふっ」
 サッドの指が、城のパンツをずぶりと直撃していた。
「む! お前はまさか!」
 サッドの顔がしかめられる。
「紅月ちゃん!」
 小鳥遊は、慌てて城に駆け寄ると、その身体をサッドから引き離す。
 だが、今度は小鳥遊の足を、サッドがつかむ。
「ああ! 放せ!」
 暴れる小鳥遊に構わず、サッドはさっきと同様に、その腕をロングスカートの裾の中に差し入れる。
「おお、これだ! この、温かく包み込まれるような感覚!」
 指で小鳥遊のパンツを襲撃したサッドは、宝物をみつけたような笑みを浮かべた。
「ああ、やめてよ、もう! この身体は、あんただけのものじゃないんだから! 私は、みんなの美羽ちゃんだから! あんー!」
 言葉の途中で、小鳥遊は色っぽい声をあげて頭をうちふる。
「美羽、しっかり!」
 城が、小鳥遊を抱きしめ、背中をさする。
「けど、何で生きてるんでしょうね? 確かに弾丸をくらったはずですが」
 レオンが首をかしげたとき。
「そんなもの、きかぬわ!!」
 小鳥遊を捕えたまま、サッドが憤怒の叫びとともに立ち上がる。
「う、うわわー!」
 サッドに胸を押されて、小鳥遊は転倒する。
「ふん!」
 サッドが力むと、胸の弾痕から、何かがせりあがって、床に落ちた。
 みると、小鳥遊が撃ち込んだはずの銀の弾丸である。
「サイコキネシスで弾丸を止めたんでしょうか? にしても、吸血鬼の弱点をモロに狙った攻撃をくらったんですから、美羽の実力もあわせて考えると、心臓に多少のダメージは与えられたはずですね」
 レオンは状況を分析しながら、どうすれば小鳥遊を助けられるか考えた。
「死ね!」
 サッドが小鳥遊をムチ打ち始める。
「ああー!」
 小鳥遊がピンチに陥ったとき。
「美羽に手を出すな!」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、忘却の槍を構えてサッドに襲いかかる。
「コハク! たどり着いたんだね!」
 小鳥遊の声が明るくなる。
 コハクは、パラ実生たちとともに玄関ホールから館に殴り込みをかけ、壮絶な闘いをくぐり抜けて、ようやく食堂にたどり着いたところだったのである。
 コハクの攻撃のおかげで、サッドの力が緩み、小鳥遊は恐るべき吸血鬼から離れることができた。
 だが。
「愚か者め。こんなもので私を倒せるか!」
 サッドはコハクの槍を巧みにかわすと、火術を放った。
「うわ!」
 コハクは驚いて、さがる。
「こいつ、強いよ。美羽でも倒せないんだもんな」
 城は、青い顔になっていた。
「とりあえず、美緒ちゃんを! あれ、どこだ?」
 美羽は戸惑った。
 美緒は、館の中を、一人で散歩しに行ってしまったようだった。

「ハッ! サッドの旦那はいつみても欲望に忠実に生きていて清々しいねえ」
 大石鍬次郎(おおいし・くわじろう)が、サッドの背後に姿をみせた。
「まずいですね。また、メニエスのようにサッドの応援が現れたんでしょうか」
 レオンたちは警戒する。
「お前か。悪人商会で知り合って以来だな」
 サッドが、ニヤッと笑って大石にいう。
「ああ。あれからずいぶん経つが、やっぱり、あんたは俺と同類。狂人だよなぁ」
 大石は、しみじみとした口調でいった。
「今宵の儀式が無事終わったら、2人で祝杯をあげようではないか」
 いいながら、サッドはレオンたちを抹殺しようと、両手を振り上げ、呪文を唱え始める。
 だが。
 大石は剣を構えると、その切っ先をサッドの背中に突き立てていた!
「サッド。あのとき約束したよな。あんたの破滅には何が何でも俺が協力してやると!」
「ふっ」
 サッドは口から血をもらしながらも、自身を貫く刃をつかんで、身体から押し出してしまう。
「なに!? 心臓を外れたのか? 俺がやるとわかってサイコキネシスを使ったか? なぜだ」
「大石。私たちは、確かに心が通じあっているようだ。だから、わかったのだ。お前が、私にひかれるあまり私を斬ろうとしているのがな!」
「なるほど。そうか。だが、それだけじゃない。てめえは強くなっているな。あのときと比べて!」
 大石は剣を構えたまま、サッドを睨む。
 実は、サッドが大石の意図に気づいたのには、心が通じ合っているというより、通じ合っているがゆえに精神感応が作用しやすくなっていて、サッドが知りたがらなくても大石の心中が伝わってしまう状況だったのだ。
 もちろん、大石の「強くなったな」という発言は、サッドの精神感応スキルが昔に比べて発達したことも指していっているから、大石があながち間違ったことをいったわけではない。
「鍬次郎。この人、破滅を望んでいるんだよね。だから、必ず破滅させてあげなきゃ」
 血塗られたダガーをもてあそびながら、斎藤ハツネ(さいとう・はつね)がいう。
「破滅だと。確かに、それはいいな。だが、少なくとも、全力で闘った後でなければ、死ぬ気にはなれんな」
 サッドは唇を歪めて、笑いながらいう。
「邪神を召還して、どうする? その先に、何を期待しているんだよ」
 大石は尋ねる。
「いわなくても、お前ならわかっているはずだ」
「ぎゃははははは!」
 突然、大石たちの側で失神していた天神山葛葉(てんじんやま・くずは)が狂ったような笑い声をあげながら、起き上がる。
「主人格様は、宴をみたショックで寝ちまった! ここからは、俺様『玉藻』様のショータイムさ! ヒーハー!」
 天神山は、招待客だった大石の側で宴の様子を鑑賞していたが、女子生徒たちの拷問をみて、自分のトラウマを想い出し、ショックで失神してしまっていたのだ。
 失神している間に、天神山の別人格である「玉藻」が表に出てきたのである。
 玉藻は、狂ったような笑い声をあげながら、館のあちこちを破壊し、爆発物を仕掛け始めた。
「わかったぜ。その結末の方が、てめえの破滅にはふさわしいかもな。それじゃ、てめえの破滅を盛り上げるために、この館を徹底的にぶち壊しておこう」
 そういって、笑い声をあげながら去ってゆく玉藻を追うかのように、大石と斎藤は移動する。
 無差別に殺戮を行いつつ、館を徹底的に破壊し尽くすために。
 サッドの破滅がどのようなかたちでくるにしても、そのときにこの館も同時に破滅すべきなのだ。

「サッドさん! 邪神とは何ですか?」
 大石たちが去った後、サッドに襲いかかってきたのはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だった。
 招待客として宴に参加したエッツェルだったが、宴の内容には興ざめしていた。
「サッドさん、愛のない暴力には落胆しましたよ。見世物としても下の下でした。正直、期待していたのに、許せないと感じています。それにしても、大石さんとの話を聞いていて疑問がわきましたよ。あなたが呼び出そうとしている邪神とは何なのです?」
 エッツェルは、館の食堂へ向かう途中、誘惑に抗えず、サッドの図書室を少し覗いてみたのだ。
 そのとき、書棚にみいだした禁忌の魔道書の数々は、戦慄させるものだった。
 エッツェルがサッドに対して抱いた嫌悪感には、サッドが何か、宇宙の深淵に関わる、決して知るべきではない領域の一部に干渉しようとしているという予感からも生じていると思われた。
 その領域とは、実は、エッツェル自身とも関わりが深いものなのである。
「儀式のことを、お前に語る必要はない。だが、ひとついっておこう。お前のその姿が、私の未来のひとつかもしれないと!」
「な、何ですって! やはり!」
 サッドのその答えで、エッツェルには十分だった。
「あなたは何を考えているんです? 危険な世界に手を出してスリルを楽しんでいるだけなら、即刻やめるべきです!」
 エッツェルの攻撃を、サッドは巧みにかわしていく。
 次第に、サッドは本気になってきているように思われた。
 動きが速くなり、一撃必殺の攻撃を繰り出そうという気配がうかがわれる。
 闘いをそろそろ終わらせて、儀式を進めたいという心情がうかがえた。
「許せない! もし個人的な感情で行おうとしているなら! 冒涜ですね! どうやらあなたとは気が合わないことがはっきりしましたよ」
 エッツェルは本能的に敵意を燃やしながら、サッドの隙をうかがう。
「ターゲット確認。攻撃開始!」
 アーマード レッド(あーまーど・れっど)がレーザーブレードでサッドに斬りかかり、エッツェルの援護を行う。
「無駄だ。物理攻撃のみで私を倒そうなどと!」
 サッドは飛翔しながら火術攻撃を行い、レッドを炎に包み込む。
「さあ、死ね! 同志でないなら滅ぼすのみ!」
 サッドは、ものすごい勢いで拳を突き出した。
 ずぶり
 サッドの拳が、エッツェルの脇腹にめりこむが、アンデッドであるエッツェルは痛みを感じない。
「効きませんね」
 エッツェルは笑って、剣を振るう。
「ちっ!」
 サッドは下打ちして、再び飛翔すると、使い魔のコウモリを放つ。
「レイス、迎撃を!」
 エッツェルはレイスを放つと同時に、自身も飛翔した。
「おのれ!!」
 サッドは空中でエッツェルと組み合うと、そのまま館の壁に特攻。
 ドゴーン!
 2人の身体が、頭から壁にめりこみ、いびつな穴をうがつ。
「く! 動けない!」
 壁の穴に身体をひっかけられたかたちでエッツェルがもがいている間に、サッドはテレポートで脱出する。
「さあ、とどめを……うっ!」
 サッドは、顔をしかめた。
 小鳥遊によって銀の弾丸を撃ち込まれた心臓から、激痛が走っている。
 小鳥遊の一撃が致命傷にならなかったのは、儀式を控え、邪悪な力の充満する館の中にあって、サッドの力が普段よりも増しているためだった。
 それでも、小鳥遊の一撃はサッドの心臓の一部を確実にえぐったのである。
「じ、時間がない。早く、儀式を!」
 サッドは、膝を屈しながらも、呪文を唱えて、体力を回復させようと努める。

「ふーん。なるほどね。炎に包まれようとしているこの館の中の闘いそのものが、宴の一部? 恐怖や憎悪の感情を充満させ、邪悪な気を増幅させるものなの? そうかー、それで女の子も虐めていたんだね。でも、楽しいからやってただけって気もするよ」
 うずくまるサッドに、招待客の一人だった鏡氷雨(かがみ・ひさめ)が近づいていく。
「近寄るな! あの世に直行したくなければな!」
 サッドは吠えるが、鏡は意に介さない。
 ペシッ!
 鏡は、サッドの頭を叩いた。
「人を虐めるってことは、自分も虐められる覚悟はあるんだよね。ね?」
 ペシッ、ペシッ!
 鏡は、無邪気に笑いながら、サッドの頭を何度も叩く。
「ぐおおおおおおお!」
 サッドの怒りが燃えあがり、体力回復と同時に鏡を殺す態勢に入った。
「お、おい、何やってんだ、やめろよ!」
 バーン!
 レイン・ルナティック(れいん・るなてぃっく)が、サッドを叩く鏡の頭を殴りつけていた。
「いったー。何するの?」
 鏡が、頭をおさえてレインを睨む。
「もう宴は中止なんだよ。いまは早くこの館から脱出した方がいい。何が起きるかわからないんだから! それに、そいつは危険すぎる! 生命を落とす前に離れるんだ!」
 レインは鏡の首根をつかんで、館の外へと引きずり始める。
「えー、やだー、もっと叩くのー、遊ぶのー!」
 鏡の文句を無視して、レインは進み続けた。
 鏡は、間一髪で生命を救われたのである。

「ふー。生け贄よ、どこに消えた?」
 どうにか動けるようになったサッドは、精神感応で泉美緒を探す。
 美緒は、四つん這いのまま、食堂を出て、階段を登り、館の上階へ向かおうとしていた。
「わんわん! この館の中、探検してみたいですわ」
 脱出という言葉は、美緒の頭にないようである。
「ちょうどいい。塔の上に連れていこう!」
 サッドは飛翔して、炎熱地獄と化している食堂を去っていく。
「あっ、待てー!」
 骸骨戦士たちと闘っていたレオン、小鳥遊、城、コハクの4人が、サッドの動きに気づいて、追跡を始める。
「儀式を完遂するつもりですね。ですが、この日にあれを召還するとするなら、果たして生け贄は必要なのでしょうか? まさか、サッドは、もっととんでもないことを考えているのでは!」
 壁に埋まっていた身体をレッドに引き抜いてもらったエッツェルも、サッドの後を追う。
 泉美緒の恐るべき役割について、エッツェルは口にすることも許されないある予感を抱いていた。

「美緒はどこに行ったのかしら? サッドを追えばわかるわね。ごめんなさい。メニエスの相手は任せたわ!」
 崩城亜璃珠たちも、サッドを追って食堂を出ていく。
 食堂には、メニエスたちと、坂上とが残されるかたちとなった。
「どうしたの? ちょっと疲れたなら、逃げてみる? 痛いなら、泣いてもいいのよ」
 メニエスは、傷だらけの坂上をみて笑った。
「ふ、ふざけるなー!」
 坂上は、血の混じった唾をペッと吐いて怒鳴り散らす。
 魔鎧を着用していなければ、とっくに死んでもおかしくないほどのダメージを受けていた。
 それでも、坂上の闘志は衰えない。
「見下されるのは、一番嫌いなんだ! 絶対に殺す! う、うわあああああ!」
 坂上がメニエスに特攻する。
「ですから、メニエス様には傷をつけさせま……ぐ、ぐあああ!」
 メニエスと坂上の間に割って入ったミストラルが、悲鳴をあげる。
 坂上の捨て身の攻撃が、ミストラルをモロに襲い、そのかたい防御をうち砕いて、その身体を吹っ飛ばしていた。
「なら、まず、お前が消えろー!」
 坂上の絶叫がとどろいた。