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第9章 涙の救出

 サッドが食堂を出て泉美緒とともに館の上階へ向かい始めたころ、玄関ホールでの闘いは既に下火になっており、館に殴り込みをかけた生徒たちの多くは、囚われの女子生徒たちを救出するべく、地下の牢獄へと向かいつつあった。
 それら、牢獄へ向かう生徒たちの中には、招待客だったが宴を抜け出して、女子生徒たちを救出しようとする生徒たちも含まれていた。
 シビトやグルル、骸骨戦士やライオンソルジャーたちも、生徒たちを追って地下の牢獄付近に殺到することになる。

 そして、救出の手が迫りつつある、地下牢獄では。
「よし、開いたぜ!」
 石屋達明(いしや・たつあき)がピッキングで牢獄の扉を開錠してまわっていた。
「早くしないと! 上の階から、大勢の人が降りてくる音が聞こえるよ。救出にきた人たちならいいけど、敵も追ってきてるみたいだよ!」
 長羽陣助(ながばね・じんすけ)が、不安げに周囲をみまわしながら石屋にいう。
「わかったよ。せかすなって。落ち着いてやらないと失敗するっつうの!」
 石屋は、開錠に没頭しながらいう。
 彼らは、女装してわざと捕まった後、宴の夜の騒ぎに乗じて、牢獄の扉を開け、女子生徒たちを救出してまわろうとしていた。
 石屋たちの活躍により、囚われの女子生徒たちは次々に解放されていた。
 だが、館の中を怖いと感じている彼女たちは、解放されてもすぐに行こうとせず、牢獄の前でかたまって、ぶるぶる震えている。
「ここが地下牢獄か。あっ、もう救出が始まっているぜ!」
 階段を降りてきた泉椿(いずみ・つばき)が、石屋たちの活躍をみて叫ぶ。
「私もピッキングを手伝うわ」
 緋月・西園(ひづき・にしぞの)が、石屋がとりかかっているのとは別の牢獄の扉に向かう。
 泉たちは、メイド姿で先に館に潜入し、女子生徒救出のチャンスをうかがっていたのだ。
 館の内部構造や警備の動きについては、料理人として働かされている弁天屋菊と携帯で連絡をとって情報交換を行い、だいたい把握することができていた。
「卑弥呼! 菊が心配しているよ。さあ、早くここを出よう!」
 緋月のピッキングによって救出された親魏倭王卑弥呼に、泉が手を差し伸べる。
「菊が? 嘘だね。もう、あいつは信じないわ」
 卑弥呼は、泉に抱きしめられ、安堵の息をつきながらも、弁天屋を呪う。
 その目には、信じた人に裏切られ、屈辱を味わわせられた者の浮かべる涙が光っていた。
「誤解じゃないか? 菊は、卑弥呼を殺すと脅されて、料理人としてこの館で働いてるんだぜ」
 泉の言葉に、卑弥呼は首を振る。
「信じない! 信じられないよ! あんな目にあった後では、もう!」
 わめく卑弥呼の肩に、緋月が手をかける。
「落ち着いて。心の傷はそう簡単に癒えるものじゃないわ。でも大切な人がいるなら、乗り越えていけると思う。卑弥呼の誤解がとけて、また菊を信じられるようになることを願っているわ」
 緋月が、優しい口調でそういったとき。
 ガオー!
 ライオンたちのあげるすさまじい咆哮が、階段から聞こえてきた。
「どうやら、ライオンたちが救出組の生徒を追い抜かして、先に牢獄にきてしまったようだね。ここは僕に任せて!」
 長羽が、階段に向かって走っていく。
 石屋と緋月は、引き続き、牢獄の扉を開錠してまわる。
「さあ、みんな! 勇気を出して脱出しよう! まずはかたまって、闘いの隙をついて、階段を登っていくんだ!」
 泉が、救出された女子生徒たちに呼びかける。
 そして、階段付近では、続々と現れたライオンソルジャーと長羽のすさまじい闘いが始まっていた。
「ガオー!」
「う、うおおー!」
 震える足を無理に動かし、猛獣に突進する長羽。
 すさまじい闘いの音が、牢獄に奥まで伝わってくる。
 ポンポン
 開錠に励む石屋の肩を、誰かが叩いた。
「うん? 長羽、もう終わったのか? ちょっと待ってろよ。どの錠前も、少しずつ違うんだぜ」
 石屋は、後ろを振り返らずにいう。
 ポンポン
 再び肩を叩かれ、石屋はイラッときた。
「あー、もー! だから、ピッキングは慎重にやらないとだな!」
 振り返って抗議した石屋の眼前に、牙を剥き出したライオンの顔があった。
「えっ!?」
「ガオオー!」
 驚いた石屋に、ライオンが吠えて、炎を吹きかける。
 長羽は、ライオンとの闘いに速攻で負けて、床に伸びていた。
「うわ、あちー!」
 服に火がついた石屋は、慌てて逃げまわる。
「くっ! ライオンたちが次々にやってきたよ! みんな、あたしの側を離れないで!」
 泉は、格闘メインでライオンたちに闘いを挑む。
「ガオ、ガオー!」
「う、うががー!」
 ライオンと泉は睨みあい、互いに絶叫した。

「くっそー、ライオンに抜かれちゃったよ!」
「まったく、速いんだから!」
 女子生徒を救出するべく地下の牢獄に向かっていた生徒たちは、長い階をようやく降りきった。
「みんな、来てくれたか! 応援頼む!」
 ライオンソルジャーにガブガブと噛まれて傷だらけの泉が、思いきり叫んで、救出組を呼ぶ。
「よし、敵は俺が引きつける! みんなは、女子生徒たちを守って、上に行かせるんだ!」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が叫ぶ。
 もっとも、彼はいま、ラルクではない。
 ちぎのたくらみを使って、「神城イオタ」に変身していた。
 そのため、目の前の少年があのラルクであるとは、誰も気づかなかった。
「さあ、ライオンさん、こっちへおいで! ファイアストーム!」
 ラルク、いや、神城は、遠距離からの攻撃で牽制しながら、ライオンソルジャーたちを自分の走る方向に引きつけていく。
「イオタ! ラルクの頼みで、我もおぬしに協力するぜ!」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が、協力者としてイオタを援護し、刀を振りまわして暴れ始める。
「よーし、これで女子生徒たちの救出はばっちりだぜ!」
 イオタが勝利のポーズをきめて、ウインクしたとき。
「たわけが! 100万回打たれて反省しろ!」
 グルル・キバツメが現れ、ムチ攻撃をイオタに放っていた!
「あ、危ねえ!」
 闘神がタックルを仕掛けてグルルの身体を突き飛ばし、よろけた敵に刀を振り下ろす。
「この一太刀、見切れるか?」
「お前こそ、これがかわせるか!」
 グルルの振るったムチと、闘神の刀がぶつかりあう。
「まだまだ、疾風突き!」
 闘神は、刀の切っ先を前方に向けると、まさに神の速さで突進。
「ライオンと同じ動きでやってみせる! とあー!」
 グルルは跳躍して、闘神を飛び越える。
「これでもくらいな!」
 イオタが、着地したグルルに天のいかずちを放つ。
 グワーン!
「きゃー!」
「許して下さい!」
 牢獄に大音響が鳴り響き、救出された女子生徒たちが悲鳴をあげる。
 地下牢獄は、大決戦の舞台となった。

「ダンナのパートナー、どこにいるんでしょうね?」
 ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)は、グルルやライオンソルジャーの攻撃から逃れ、やっとたどり着いた地下牢獄の中を覗き込みながら、特定の女子生徒の姿を探し求めた。
 泉が引率している女子生徒の中に、その生徒の姿はなかったように思えたのだ。
「……」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は無言のまま、血走った目を牢獄の隅々に走らせ、急ぎ歩いている。
 やがて。
 奥の方にある牢獄に、ミレイユ・グリシャムの姿をみつけることができた。
 ちょうど、緋月が開錠しているところだ。
「ふう。開いたわ。まだまだ、奥の方にも牢獄があって、その奥にも何か部屋があるようなのよね」
 緋月は、サッドが捕えた女子生徒たちの多さに愕然とさせられていた。
 これだけの数の美少女を、毎晩とっかえひっかえして、好き放題になぶっていたのだから、快楽に溺れて人格が荒廃するのもうなずけるというものである。
「ミレイユ。大丈夫ですか?」
 シェイドは、駆け込むように牢獄に入り込んで、奥に下着姿で横たわっているミレイユに声をかけた。
「シェイド、それに、ヒルダさんも! ありがとう。ふぇぇ、怖かったよう!」
 ぐったりしていたミレイユは、誰が助けにきたのかわかると、目に涙を浮かべながら這いよってくる。
「ミレイユ。それは!」
 シェイドは、ミレイユが首輪をはめられているのをみて、怒りに声を震わせていた。
 普段は冷静沈着なシェイドが、ここまで感情を露にするのも珍しい。
 ただちに、シェイドはミレイユの首輪をつかんで、引きちぎってしまう。
 ちぎれた金属がシェイドの指を傷つけ、血の玉を浮かべさせるが、シェイドは構わない。
「無事救出できてよかったです。後で、ファタも合流するそうですよ」
 ヒルデガルドがいった。
「ファタさんも!? いま、どこにいるの?」
 涙を拭いながら、ミレイユが尋ねる。
「さあ、招待客として宴に参加したようなんですが、拷問器具を盗みに行くとか、どさくさに紛れてろくなこと考えてない様子でしたけどね」
 ヒルデガルドは肩をすくめた。

「ガンディーヌ、ガンディーヌ! どこだー?」
 原萌生(はら・もえにいきる)もまた、パートナーを探して地下牢獄の奥に進んでいた。
「あら? この人かしら?」
 緋月が、ちょうど開錠したばかりの扉の奥を指していう。
「ああ、こんなところに! ガンディーヌ、大丈夫か?」
 原は、牢獄の奥に横たわっているガンディーヌ・サーコートに呼びかける。
「ええ。大丈夫です。正直いって、いろいろされましたけど、ケガはありません」
 ガンディーヌが答えて、原にすり寄ってくる。
「さあ、もう安心だな。まだ闘いは続いているが、何とか館の外に出よう」
「ええ。あっ、ちょっと待って下さい!」
「何だ?」
 きょとんとした原の眼前で、ガンディーヌが魔鎧にチェンジする。
「ともに闘い、敵を蹴散らしましょう!」
 ガンディーヌは、原に装着される。
「よし! 何だか力が増したようだぜ!」
 原は意気揚々と、地上に通じる階段に向かって走った。

「さあ。逃げましょう」
 モリガン・バイヴ・カハは、救出組の生徒たちへの情報提供を終え、篠宮真奈を始めとするパートナーたちを牢獄から解放していた。
 実は、玄関ホールで闘っていた生徒たちに地下の牢獄への道を教えたのは、モリガンなのである。
「モリガン! あたしたちがどんな目にあったかわかってるの?」
「何とでもいって下さい。地上に上がれば、弟さんたちもいます。何だか暴れまわっているようですけど、とにかく合流しましょう」
 モリガンは、パラフラガこと、篠宮悠も牢獄へ導こうとしたのだが、襲いくる敵との闘いに悠は夢中になってしまったのだ。
「悠が! 早く合流したいわね!」
 真奈は、いっこくも早く館から脱出したかった。

 階段付近では、グルルやライオンソルジャーに続いて、シビト・イジロウと骸骨戦士の大群が現れ、地上に出ようとする生徒たちを苦しめていた。
「クフフフフフフ。私の幻術に勝てると思うか?」
 シビトの身体がいくつにも分身し、それぞれの分身が生徒たちに同時攻撃を仕掛ける。
「うわー!」
 悲鳴をあげる生徒たちの視界が、今度は真っ暗になる。
 シビトの幻術を前に、なすすべもなくボコられている生徒たち。
「あれが階段か! よし、いっきに」
 ガンディーヌを装着した原が、階段に向かって走った。
「無駄なあがきを! 逃げられはせぬわ!」
 シビトの分身たちが、原を取り囲む。
「あたしにはみえます。本体はあれですね」
 ガンディーヌが、原に助言。
「そうか。くらえ!」
 原は、銃をシビトの本体に放つ。
 ズキューン!
「くっ、どうしてこう、魔鎧を着るとみな強気になるのだ?」
 弾丸をかわしながら、シビトはうめく。
「シビトがひるんだぞ。みんな、外へ出よう!」
 原は、シビトを突き飛ばして、他の生徒たちに呼びかけ、自らも階段を駆け上がってゆく。
「待て!」
 シビトは、原たちを追った。

「おりゃあああああ!」
 闘神の拳が、グルルの顎をとらえた。
「が、があああ!」
 グルルの歯が数本折れて弾け飛び、血の飛沫が牢獄の床に飛び散る。
 闘神の刀は、グルルのムチに絡め取られて奪われてしまったが、その後格闘メインで仕掛けた闘神に、グルルは圧倒されてしまった。
 手刀を腕に叩きこまれ、ムチを取り落としてからは、なすすべもなくボコられている。
「恥じることはない。我は闘神。おぬしのようにみせかけの筋肉しか持たぬ男が勝てる相手ではないのだ」
「く、くそっ、いい気になりやがって!」
 グルルは、闘神を睨む。
「いい気になってたのはお前だろっ!」
 ピシャアアアアン!
 イオタの放った天のいかづちが、グルルの脳天を直撃した。
「ぐ、ぐわあああああああ!」
 グルルはブスブスと煙をあげながら、倒れる。
「これで終わりだと思うな! お前らが何をしてきたか教えてあげるよ」
 イオタは、グルルの落としたムチを拾いあげると、倒れたグルルを打ち始める。
 ビシィッ、ビシィッ!
「あ、あああー!」
 ムチ打たれるグルルの衣がビリビリに破れ、全裸に近い姿になる。
「おら、余計な玉つけやがって!」
 全身を真っ赤に腫れあがらせ、のたうちまわるグルルの股間を、イオタは思いきり踏みしめた。
「ぎゃあああ!」
 グルルは絶叫する。
 そこに。
「はあ、大漁、大漁じゃ!」
 館のあちこちから拷問器具を盗んできたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が、階段を降りて顔を出す。
「おう? これはいい。せっかくいい物を手に入れたんでさっそく試してみたいんじゃがのう」
 ファタは、イオタの虐めを受けているグルルを目に止めて、ニヤッと残忍な笑みを浮かべた。
「あっ、いいね。どんどんやっちゃってよ」
 イオタも、ファタの参戦を喜ぶ。
「おや? こやつ、足が震えているぞ。なーに心配するでない。すぐに気持ちが良くなるさ」
 ファタは、逃げようとするグルルの腹を踏みつけると、三角木馬や鉄の処女といった拷問器具を次々に設置した。
 そこに、地上に向かうヒルデガルド、シェイド、ミレイユの3人が現れた。
「あれ? アネゴ? こんなところで何やってるんですか?」
 ヒルデガルドが、不思議そうにファタと、拷問器具をみつめながらいう。
「ファタさん! みんなに助けてもらったよ。どうもありがとう!」
 ミレイユは、ファタにも礼をいう。
「ああ。無事でよかったのう。どうじゃ、おぬしらもわしのショーをみてゆくか?」
 ファタは、グルルを三角木馬に乗せながら。
「えっ、いいよ。その人をみると、嫌な思い出がよみがえるから」
 ミレイユは、グルルをみないようにしながら、階段に向かう。
「そういうことです。これ以上ミレイユの心の傷が痛まないようにしなければなりません」
 シェイドもそういって、ミレイユとともに地上へ向かう。
「それじゃ、地上で殺しをやってますからー!」
 ヒルデガルドも、そそくさと階段を登り始める。
「やれやれ。みんな、生き急いでおるのう。それじゃ、ゆっくりいたぶってやるとしようかの。ふひひひ」
 ファタは笑いながら、グルルの股間を三角木馬にくいこませる。
「ぐ、ぐわああああ!」
 グルルの悲鳴が、地下に響きわたる。
「徹底的にやろう!」
 イオタが、興奮して叫ぶ。
「う、うーん。変な道に目覚めそうですな」
 闘神は、泣き叫ぶググルをなぜか可愛いと感じていた。
「あ、あああー! やめてくれー! あーん
 グルルもまた、凄絶な拷問を受けながら、喘ぎ声をもらし、新しい何かに目覚めようとしていた。