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未踏の遺跡探索記

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未踏の遺跡探索記
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第4章 真っ白の続き 1

 命は消える。
 死という果てのない壁を越えることは誰にもできず、それが例えどれだけの長い命を持つ者とて、いつかは潰える。。
「…………」
 だが、だからこそ。
 だからこそ、それを追い求める者がいる。不老不死など、たいそうなことを言うわけではない。ただ、ただ蘇ることができたなら。ただ、再びこの世界に降り立つことができたなら。それだけで、未知がこの手に掴まれるのだ。
「……来るな」
 男は予感した。研ぎ澄まされた鋭い眼光が、正面に開かれている通路の奥を見つめた。石像がそのまま動きだしたかのような、謹厳かつ重厚な身体。その身に刻まれる傷は、男が数多くの戦場を越えてきたことを物語っている。
 新たな戦が始まるだろう。その相手は……あの向こうにいる。
「悲哀の魂が彷徨うておるわ……力に呼び寄せられておる魂よ」
 禿頭の琵琶法師が、冷やかな声で囁いた。戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)――死者の魂を知る地祇。その顔は不敵に歪み、わずかに愉快げな色が見てとれた。
 足音が近づいてきた。
 男たちの後ろで無言のまま瞑想していた少女が、瞳を開いた。侵入者がついに辿り着いたのはそれと同時であった。
「あれは……」
「三道 六黒……!」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の瞳が、サングラスの奥で見開いた。傍らのノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が、六黒を見据えて険しい顔になる。
 男――三道 六黒(みどう・むくろ)は不敵な微笑を浮かべた。まるで、ずっと追い求めていた獣を目の前にした狩猟者にも似た笑みだった。
「また貴様らか。力を求めてこのような場所まで……ご苦労なことだな」
「何者だ?」
 シェミーは訝しげに眉をひそめた。部屋に入った瞬間に満ちたのは、まぎれもなく容赦のない殺気である。そして、それは男の放つものだということが理解できた。仲間たちは面識のある者もいるのか、ノアのような険しい顔になって彼を睨み据えている。
 敵――少なくとも、好意的な人物でないのは明らかだった。
「三道六黒……強さを追い求めている男だ。ただし、手段も慈悲もない、ただ力に直結するだけの強さをな」
 レンは、六黒から目を離さないままシェミーに答えた。
 確かに、強さという点で言うならば、男の放つ殺気は異常なまでの力を持っていた。近づくだけで肌が焼き付きそうな、そんな空気に包まれている。
 六黒は、レンを睨みつけて唇を吊り上げた。
「しかし……おぬしとはよくよく縁があるらしい」
「あまり気の進まない縁だがな。今度は、何を企んでいる?」
「企むとは……。わしはただ手伝っておるだけだ。だからこそ、ここに呼ばれたのだ。存分なる血の道を用意することを、望む者にな」
 そのとき、レンたちは彼の背後に座り込んでいる少女に気づいた。
「あれは……っ」
 誰しもが息を呑んだ。裾から足を出した薄着の民族衣装に身を包んだ少女。それは、髪の色こそ深緑と灰色で違うものの――コニレットそのものだった。
「もしかして、あれがコニレットの中身かい?」
 木月楓が、コニレットへと振り返りながら尋ねた。驚いているのはコニレットとて同じことだったが、やがて、彼女は茫然と頷いた。
「……繋がってる。あの娘と、私は、繋がってる」
 呟かれる声は、初めて鏡を見つめた少女の震えだった。
 ――そして、それに反応するように、鏡は口を開いた。
「貴様らは何者だ?」
「何者? あたしは天才歴史学者、シェミー・バズアリーだ。お前こそ、何者だ?」
 シェミーは、不遜な物言いで少女に言い放った。
 目の前の娘は、コニレットと違って、およそ人間らしさに乏しい少女だった。しかし、その一言一言は、はっきりと紡がれる。
「私は『死者蘇生教典エクターの書』。エクター・シグレス・コニレット――すなわち、シグネットだ」
 少女は、シェミーたちをしかと捉えていた。髪と同じ灰色の瞳が、荘厳な支配者を彷彿とさせるような光を灯す。
 シグネット……? 名乗られた名前に疑問を抱くシェミーたちに答えたのは、しかし、シグネットではなかった。
「エクター・シグレス・コニレット。その愛称は、縮めて読まれたシグネットという名前」
 コニレットは、茫然としたまま囁くようにして言った。
 震える声が、徐々に形を成してゆく。そう、彼女は……まさに繋がったのであった。
「思い出した……いえ、あなたと、ようやく繋がった。シグネット……それが、私たちの名前。私たちの……蘇らせるべき名前」
「蘇らせるだと?」
 シェミーたちは、コニレットの呟きを聞き逃さなかった。そんな彼女らに向けて、六黒が笑ってみせた。
「そうとも。ここは人の死を糧として他者を蘇らせる場所。言わば、蟲毒の住まう場所よ」
「そうか、なるほどな」
 シェミーは、不敵に笑った。ただし、その額には冷や汗をかいており、嫌な予感がぬぐえずにいた。出来ることならば、自分の推論が間違いであることを願うかのように。
 彼女に、ルカルカが問いただしてくる。
「シェミー、どういうこと?」
「つまり、ここは他人の生命エネルギーを司る中心点なのだろう。かつて、この神殿に住まう者は、こう考えていた。人の死によって、エネルギーは再び巡ると。だとすれば、エネルギー、つまり生命の力を利用すれば、命を再び蘇らせることも可能なのではないかと。“星”の輝きは“実”を育てる。壁画の横たわる者は死者であり、実が開花したとき、死者は生者へと生まれ変わる。……さながら、こんなところではないか?」
「ナラカに堕ちた者を、引きあげようとでも言うのですか!?」
 ウィングの声が、信じられないとばかりに自然と大きくなった。シェミーは、一度彼に苦笑めいた顔を見せ、続いて六黒へと向き直った。
「もちろん、出来れば……の話だがな」
「察しがいいな、歴史学者とやら」
 六黒は素直に賞賛した。そんな二人のやり取りに、ルカルカと真人たちも彼女たちの言わんとしていたことを理解した。
「なるほどね……だから、こんなにもアンデットがいたわけね」
「失敗作の蘇生術というわけですか」
 それだけのことが把握されても、六黒はただし、不敵な顔を崩さなかった。
「だが……それも今までの話よ」
 六黒の手が、背中に背負っていた闇黒ギロチンへと伸ばされた。ぶんと振り抜いたそれが、地表を叩くかのような勢いで風を薙ぐ。
「魔道書とともに、わしが道を作ってやる。生命が死ぬとき、力が巡るならば……わしの道はまさに力の道よ。もし、それを阻むというのなら――」
 六黒の眼光が、正面の冒険者たちを敵として見据えた。
「――容赦はせぬ」
 彼の背後で佇む少女は、ただ機械的に祈りを続けていた。