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5000年前の空中庭園

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5000年前の空中庭園

リアクション

★2章



「そんなに急がなくても、よろしいのでは? これでは調査になりませんわ」
 先頭をひた走るフェンリルに美緒はそう言うが、階下で足止めをしてくれる仲間を思うと、少しでも早く調査を終えなければと焦ってしまう。
「何かあればきちんと調査する!」
 そうは言うものの、9階、10階と階を登ってきても、何もなかった。
 変化があるとすれば、階の高さは変わらずだが、登るごとに狭くなってきている程度だった。
 塔に着いた直後に見た砂時計のような外観の中央部分――砂の通り道――に差し迫ってきているということだけが、わかる唯一だった。
 階下にストーンゴーレムがいたのだから、他にも何か侵入者対策があるはずだと、フェンリルは先頭で真っ先に知らせようと意気込むものの、11、12……どれほど階段を駆け上がっても異変を感じなかった。
「フェンリル様……心配しすぎですわ」
 泉が楽観的すぎるのだ、と反論しようと登った15階の階段で、その先に気配を感じた。
 フェンリルは足を止め、一向を手で制した。
 薄暗い上の階に、何者かの気配がある。
 剣を抜き、フェンリルは1つ呼吸を整えると、一気に駆け上がった。
 16階は窓から差し込む自然光とは別の光で照らされていた。
 壁に埋め込まれた機晶石から回路が何度も直線に折れながら延びるように光が中央の水汲みパイプに続いていた。
 その機晶石が埋め込まれた壁は、石を中心に魔方陣のようなものや、解読できない言語のようなもので装飾されるように削られていた。
「――ッ! 誰だ!」
 フェンリルが声をあげ、剣を構えると、中央のパイプの影から1人の機晶姫が姿を現した。

「これはこれは……。私、ネフェルティティ様に仕える回顧派であります、エメ・シェンノートと申します。君はこの塔、空中庭園の……」
「お、おい……ッ!?」
 敵か味方かも今だ判別できない状況の中、朗らかに近づくニンジャのエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)を見て、フェンリルは思わず呆気にとられた。
「……塔の、メンテナンスを……している……」
 機晶姫は近づくエメをじっと見つめ続け、ぽつりぽつりと喋り始めた。
「君1人で、ですか?」
「……ワタシが、唯一……」
「それはそれは……。何かお手伝いできることはありますか?」
 エメは手伝いを申し出るが、機晶姫は唾を返して、機晶石や刻印をそっと手でなぞり始めた。
 そんな様子を見て、エメはフェンリルに振り返り肩を竦めた。
 柄にずっと力がかかりっ放しだったフェンリルは、ようやく肩の力を抜いて楽になった。
「5000年もの間お1人で疲れたでしょう? こうして私がやってきたのも何かの縁です。お手伝いさせてください」
「……何も、ない……。ワタシで、十分……」
「ならば、何かお知りになりたいことは? 外の知識や出来事で知りたいことがあれば、お答えしますよ」
「まあまあ……。そうしつこく迫るものじゃないわ」
 そうエメを制したのは、モンクの橘 美咲(たちばな・みさき)だ。
「私、この塔の地祇を探したいと思っていたわ。外に広がる世界は変わってしまったけれど、ここは5000年もの間変わらない。だからここを守り続けた地祇さんに一言、声を掛けられたらって」
「それはそれは……。心優しき人ですね」
 エメは心底感激したように目を細めた。
「でもあんたが唯一みたいだから。庭園の手入れもしているの?」
 機晶姫はそう言われ、美咲に向き直ると、言葉の意味を頭の中で整理し、どう答えればいいか少しだけ吟味したのち、喋りだした。
「……ここが、全て。ここの、メンテナンスをすれば、庭園は、保たれる。だから……ワタシは、庭園の地祇、とも、言える……」
 美咲には機晶姫の顔が、少し寂しく見えた。
 いつ戻るとも知れない主人の帰りを1人待ち続け、5000年もの間、塔のメンテナンスをし続ける行為が悲しく、そして、報われない気持ちにさせた。
「偉いわね」
 だからそう言って、美咲は笑って見せた。
 なぜ、と言いたげに首を傾げる機晶姫は、どこまでも健気に見えた。
 そんな機晶姫を見てしまえば、魔法少女の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は提案せずにはいられなかった。
「えっと……良かったら一緒に上に来てくれませんか?」
「……ナゼ?」
「え、えっと……色々案内してもらえたら嬉しいし、貴方のことも聞きたいな」
 無表情、無感情の機晶姫にどんどん声は小さくなり、語尾は消え入りそうなほどだったが、歩は言った。
 機晶姫はその答えを出さず、再び塔のメンテナンスを行うべく、歩に背を向けた。
「あ、あうう〜……」
 しょんぼりと肩を落とした歩に助け舟を出したのは、サムライの真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「ボクも歩さまの提案に賛成です。是非、案内をしてもらいたい。ボク達はここにどんな花が育てられていて、どれほど美しいかが気になって来たのです」
 調査・探索と言えば、さすがに気を悪くするかもしれないと、悠希はあくまで庭園を楽しみたいと言い直してみた。
 本心では何か女王の妹を手助けできる手掛かりや、静香への土産ができればいいという思いもある。
 だが、歩の機晶姫と仲良くしたいという純粋な思いに賛同してのことであった。
「ちょ、頂上に着いたら、お茶会をするんですよ」
「それはいいですね。楽しい一時になりそうです」
 歩の必死に試みに、悠希も相槌を打って気を惹こうとする。
「紅茶にクッキーに、け、ケーキだって、いっぱいあるよ! 機晶姫ちゃんも甘いの好きだよね! だって女の子だもん!」
「そうですね。皆で楽しくお喋りしながら、花を見るのも、悪くないと思いますよ」
 が、機晶姫は一向に歩達を振り返らず、壁の機晶石のメンテナンスに終始していた。
 物言わぬ背中は拒絶にも見えるが、やはり少し寂しそうに見えるのだ。
「うう……ダメ……? あたしとは仲良くなれない……?」
 歩の消え入りそうな声に、機晶姫はピタリを動きを止めて振り返った。
「……構いません……」
「や、やった!」
「歩さま、良かったですね」
 その返事に歩は悠希と思わず手を取って喜び合った。
「……ですが……ゴミは、きちんと、お持ち帰り、ください……。庭園を、汚されては……悲しまれます……」
 が、その返事はあくまで庭園でお茶会をしていいという返事であって、案内をし、仲良く一時を過ごすというものではなかった。
 ぬか喜びになってしまった歩を、悠希はよしよしと頭を撫でてあやすのだった。

 そんな機晶姫手助けに駆け寄る仲間達の少し後で、ようやく16階に上がってくる2人がいた。
「パラミタにも英霊として顕現している、かの黄金王ギルガメシュが60階建ての塔を攻略したとされるバビロニアン・キャッスルの伝説においては、塔の各階で特定の行動に反応して宝の封印が解かれたといいます。そして頂きに空中庭園があったとされる塔とは建築者が同じであり、8の倍数の階層ごとにやはり特定の行動によって、ビッグパスワードの封印が解かれ、頂きへと至る鍵となりました……。種籾の塔のこともあります。そのような塔の製法が地球に伝わったのだとすれば、同様の仕掛けがあるかもしれません」
 一度言われたくらいでは、到底覚えきれないであろう薀蓄を一呼吸で言ったのは、英霊のベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)だ。
パートナーであるフェルブレイドの瓜生 コウ(うりゅう・こう)は、目を回さんばかりの勢いでベイバロンの言葉を頭に叩き込みながら、とりあえずの結論を出した。
「オレがビッグパスワードを見つけてみせるぜ!」
「貴殿がわたくし達を頂上に導く鍵になるのでございましょう……」
「おうさ!」
 適当な薀蓄を並べて、舌の根も乾かぬうちに煽るだけ煽り、コウがその気になったのを見てベイバロンは満足した。
 完全に間に受けたコウはとにかくありったけの行動を試みようとする。
 が、あたりをつけねばどうしようもないと判断し、連れてきたカンガンガニを先行させる。
 そしてカニが行き詰った壁に向かってツルハシを振るうが、ツルハシでは削れない材質でできているため、効果はなかった。
「クソ、ならばッ! 上下上下ABABだぁっ!」
 意味不明な言葉を発しながら、機晶姫の足元に滑り込んだ。
 その場にいる全ての仲間に奇異な目を向けられながら、あるはずのないビッグパスワードに踊らさ、コウは奇行を繰り返した。
「貴方のパートナーあれで大丈夫なのかしら?」
 テクノクラートの神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が訊ねると、ベイバロンは、さあ、と肩を竦めた。
「まあ、古代王国時代の秘密や技術を探りたくなる気持ちはわかるわよ」
 エレンはフロアを一望して、ここが、塔・庭園を維持する全てのシステムが集約した場所だと、確信した。
「さてと。この庭園がずっと維持されてきたのなら、ここにその維持システムがあるはずですわね。私はそっちを調査分析し掌握を試みることにしますわ。エレアさん、先ほどツルハシで削ろうとした部分を見てもらえる?」
「畏まりましたエレン様〜。少々お待ちくださいませ〜」
 エレンのパートナーである魔鎧のエレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)は、コウがツルハシで削ろうとした場所に向けて移動した。
「アトラさんはシステムを弄ってトラップが発動しないか調べてもらえるかしら?」
「しょうがないなあ。エレンの頼みだし、ちょっと待っててよね」
 パートナーである獣人のアトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)は、慎重に壁に手を当て、床を靴底でコツコツと踏みながらトラップを探った。
「プロクルさんはデータをまとめて、プロジェクターで出してもらえるかしら? ……プロクルさん?」
「……大丈夫、大丈夫だが、機晶姫であるプロクルには、やはりこの塔は影響が強く出てしまうのだろう」
 エレンのもう1人のパートナーである機晶姫のプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は、動作に問題はないものの、多少上の空のように意識を繋いでいられない症状が起こった。
「それは大変ですわ。あちらで休まれても構いませんよ」
「いや、情報を開示する程度なら問題ないだろう。それよりも……」
 プロクルは機晶姫をじっと見つめた。
 エレンはその視線を追ったが、太古の技術を調べたい彼女には、どうしても壁に埋め込まれた機晶石と術式や文字のようなものに目が入った。
(全然解読できませんわ……。まるで子供の落書きにしか……)
 エレンが用いる全てのスキル――R&D、機晶技術、先端テクノロジー、記憶術――を用いても一切合致する部分が見当たらない。
 ならばと工学部の教科書、機晶技術のマニュアルあたりも探ってみるが、どれも合致しない。
 壁に刻まれた術式と文字と思わしきものに、等間隔で埋め込まれた機晶石。
 床にもところどころ文字らしき刻印が彫られているが、解読ができない。
(歴史に埋もれた古代技術……。これは一生を賭してでさえわからぬやもしれませんわね……)
 嬉しさ半分、落胆半分といったエレンが溜息をついた。
 あとはトラップと調査に出たパートナーのエレアとアトラが何か貴重な発見をしてくれればと、前を向いた瞬間だった。
 二度の銃声が響いた。
「あらあら……危ないですよ〜……」
「あ、あぶ! 危ないだろっ!」
 エレアはのほほんと反応し、アトラは目を見開いて驚いていた。
 機晶姫が2人に威嚇射撃をしたのだった。
「……システムを……必要以上に、探ること……ワタシの、主の、敵……?」
 どうやら、彼女の禁忌に触れたらしい。