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5000年前の空中庭園

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5000年前の空中庭園

リアクション

★4章



 24階で三度目の侵入者対策であるトラップにかかったものの、それを抜け出せばあとは空中庭園まで一息だった。
 空中庭園は目の前だ。
 そう思う皆の心が、自然と足を速め、疲労を取り除いていった。
「長いピクニックも、もうすぐ終わりですわ」
 美緒はそう感慨深く漏らすのも、無理はなかった。
 27……28……。
 少しずつフロアが広がっていくことこそ、近づいている大きな実感を与えてくれた。
 29階。
 次に繋がる階段からは光が差し、出口からこっそり顔を出す緑色の植物が見えた。
「さあ皆様、参りましょう」
「待て、泉」
 さすがに最上階である。
 ここで何か大きな試練や敵が待ち受けていても不思議はない。
「誰か、何か感じるものはいるか?」
 フェンリルは仲間達に向けてそう問うが、誰も首を縦には振らなかった。
 それとも感じられないほど力が強い存在でもいるのだろうか。
 全ては、確かめればわかる位置だった。
「では、今度こそ参りましょう」
 美緒はそう言うと、階段をゆっくりと上がった。

 ――5000年前の空中庭園。

 差す陽光は優しく、暖かく。
 繁る緑が生命の力強さを感じさせ、葉が揺れる度に動く影が、歓迎しているようにさえ感じる。
 区画され、手入れの行き届いた植物や花は、どれも鮮やかな色で。
 目を閉じ大きく息を吸えば、花のほのかな薫りが鼻腔をくすぐり、瞼にはまるで絵画のように情景が蘇る。
「……ラフレシアはいませんのね」
 と、美緒が言うくらい、そこは至って普通の美しい庭園であって、毒々しい植物や花も、枯れ果て、荒れた花壇も存在しなかった。
 5000年前の空中庭園は今なお、存在し続けたのだ。

「素晴らしい庭園じゃないか。結局ただの趣味……ということなのかな、この塔は」
 ヘクススリンガーの桐生 円(きりゅう・まどか)は、庭園をぐるっとその場で眺めて、そう結論付けた。
(ネフェルティティが不在のために、ストーンゴーレムは動き出し、機晶姫は言う事を聞かず、トラップも発動したのだろう)
 円は納得して、目的を果たすために準備を始めた。
 ピクニックシートを広げ、せっせとお茶とお菓子を取り出した。
 そして、忘れてはいけない装備をする。
「よし……これで勝てる」
 円は珍しい植物はないか葉を弄る美緒の元に駆けた。
「ほーら、美緒くん。ぼくは巨乳になったんだよー。すごいだろー、ぼいんぼいーん。下級生の君にもこれで負けないぞぉー!ぼいんぼいーん」
 円は美緒の乳に対抗するために、ツインロケットで偽装した乳を見せびらかすように話しかけた。
 美緒がショックを受けて崩れ落ちるのを、期待したが、夢は儚く散った。
「……ツンツン。まあ、大変。先ほどの階で石化してしまったのですね。誰か、解除できるお方は〜」
「ハァ……。もういいや。美緒くん、お茶でもどう?」
「あら、それはいいですわね」
 円は美緒を連れて行く途中で、こっそりとツインロケットを外すのだった。
「あ、円ちゃん……」
「やあ、お邪魔してるよ!」
 円が美緒を連れて戻ると、そこにはネクロマンサーの如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と、そのパートナーである剣の花嫁の冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)がおり、他にも百合園女学院の生徒がピクニックシートに座っていた。
「激しい戦いでした。多くの人が傷つき、先を行く者に思いを託して倒れ。私達もそう。大切な親友の、桐生円さんがあんな最後を迎えるなんて……。悲しみと怒りと無力さとをバネに、私達は邪王ンミヂュリェを倒し、この空中庭園の屋上に着いたのです。ウッ……ウウッ……。まどかぁぁぁっ……」
 と、芝居がかった嘘泣きをするのはヘクススリンガーのロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)である。
「はい、紅茶をどうぞ」
「は? 大体さ、なんで私がドリルの為に、苦労しないといけないのよ。服が汚れちゃったじゃないのよ」
 微笑ながら紅茶を入れるのがミンストレルの橘 舞(たちばな・まい)で、ラズィーヤをドリルと称して文句を言っているのが、パートナーのシャンバラ人ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)である。
「まどまど、やっほー。ケーキだよー」
「ちぇ、痛いことして欲しかったな〜。ラズンも痛いことしてあげたのに」
「ふふふ……美しいなあ……」
 舌ったらずで変にあだ名をつけて呼んだのがハーフフェアリーの樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)で、最上階にくるまでに戦闘できずに悔しがっているのが、魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)である。
 彼女らの契約主であるサムライの牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、刀を抜いて上機嫌に自然と戯れていた。
「間に合った〜」
「そのようですね」
 16階で機晶姫をお茶会に誘った歩が悠希に付き添われて現れた。
 お茶会の始まりである。
「機晶姫さんは……その……やっぱり……」
 日奈々が聞くと、歩は少し俯きがちに頷いた。
「あ、その……これ、紅茶クッキーと……マドレーヌ……手作りだから……いっぱいあるし……食べて」
 日奈々がフォローするように手作りのお菓子を差し出した。
「でもさ、本当に珍しい植物とかないよね。ただの庭園だよね〜」
 千百合は、楽しみにしていた空中庭園があまりに普通で肩透かししていた。
「この庭園を……まどかにも見せたかった……ウッ……ううっ……」
「邪王ンミヂュリェパンチ……ッ!」
 いつまでも嘘を続け、発音しづらい邪王の名を言うロザリンドに、円は軽く小突いた。
「私の紅茶、皆さんのお口に合いますか?」
「このビデオカメラでお茶会の様子を撮影して、それをドリルに送りましょう。楽しかったですわよって」
 舞は自信のある紅茶の評価を皆に聞き、ブリジットは当て付けのようなことを言いながらカメラを回した。
「お〜〜そ〜〜〜ら〜〜〜〜!」
「ラズンは変態でもおかしくもない。受け入れてくれる価値観の人が少ないだけっ!」
「もうお茶会が始まって!? なんだか愉しくて我を忘れてしまって」
 眞綾はカメラで青い空を収め、ラズンはまるで酒癖の悪い客のように愚痴り、アルコリアはようやく我に返ってピクニックシートに座った。
「でも、自然を大事に、していた人……? ら、らしくて……空中庭園も……大事にされてるんですね……」
 ティーカップを両手で温めるように持ちながら、日奈々は空中庭園を見渡し呟いた。
「5000年もずっとこのまんまなんでしょ? それって凄いことだよね。やっぱり機晶姫とか機晶石の力なのかな?」
 マドレーヌを頬張りながら千百合は、16階での機晶姫やシステムを思い返していた。
「そ、それもあるかもだけど……封印されてたから……じゃ、ないかな……。それとも、やっぱり……凄いお花とかだったりして……」
「じゃあさ、ネフェルティティ様が戻ってきたら、もっと凄い感じになるのかな?」
「う、うーん……どうだろう……」
 日奈々は紅茶に口をつけながら、千百合の言うもっと凄いことを考えながら苦笑いするのだった。
「ネフェルティティ様と言えば、シャンバラの自然を愛して、大地と共に生きる事を大切にしていた方だと聞いていたのですが、この場所で育てている植物だけが大切という感じはあまりしないのですね。そもそも、何でこんな高い所に? ……ひょっとして、ここから見える景色、見渡せるシャンバラの地全てが宝とか。それですと少しロマンチックですね。あ、舞さん、紅茶頂けますか?」
「はい、どうぞ。ふふ、ロマンチストですね」
 舞から紅茶を貰ったロザリンドは、そう言われてなるほど、確かにそういう自分がロマンチストなのかもしれないと思った。
「あら、このカメラ……空中庭園調査記録ってラベル貼ってあるわね。別に記録係がいるみたいだし、今更よね。あ、最後は皆集合して、記念撮影をしなければ」
 ブリジットは一同を収めるようにぐるりと撮影を始めた。
「あれ、おかしいわね? 死んだはずの円が映っているわ」
「邪王ンミヂュリェチョップ……ッ!」
 殺された相手の技を受け継いだ円に妨害されながらも、ブリジットはカメラを回し続けた。
「はあ……落ち着きます」
 幸せな溜息をつきながら、舞は自らの紅茶で潤した。
「アルママ〜、ぱしゃり」
「花を背景に綺麗に撮ってください」
「ラズゥ〜、ぱしゃり」
「フラッシュを浴びる……なら、ラズンもフラッシュを浴びせないと」
 眞綾のカメラを奪おうとラズンが覆いかぶさり、それはまるではたから見ればイチャつくような具合でじゃれ合った。
「美しき世界はいいですね……」
 アルコリアは、空中庭園から同じ美しき世界として、水の都や荒野、血溜りの戦場を思い出しながら呟いた。
「美しいと言えば……16階の機晶石はどうなりました?」
 システムとして使われていた機晶石も十分に魅力的で、アルコリアを惑わすものだった。
「えっと……まだ……」
「そう……。残念ですね」
 アリコリアは機晶石の話をしたのだが、歩は機晶姫を連れてこれなかったのが心残りのようだ。
(……名案です……)
 アルコリアは歩に擦り寄り、こんな提案をした。
「せっかくですから、機晶姫ちゃんにもおいしいお茶を飲んでもらいましょう」
「え、でも……」
「私が皆さんを説得します。だから、皆で下に行きましょう」
 パッと歩の顔が輝き、アルコリアを抱きついた。
 それにこっそりガッツポーズをするアルコリアだった。

「素敵な風景ね……」
 モンクの師王 アスカ(しおう・あすか)は、庭園と眼下に広がる地を見て呟いた。
「庭園の風景が過去の姿を投影する女王器かアーティファクトじゃなくて良かったわね」
「怖いこと言わないでよ〜」
 アスカのパートナーである悪魔のオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、危惧していた事態にはならず、ホッと胸を撫で下ろした。
 大切な妹として接しているアスカの残念がる姿を見たくなかったからだ。
「カンバス良し、スケッチブック良し、ペンの用意もバッチリ♪」
 アスカは早速風景画を書こうと準備を始めた。
 古代の歴史、その一部を自らの手で絵に残せることが、心底嬉しかった。
「こっちは絵か……まあ……記録になるか」
「あっ……!」
 フェンリルが調査のため回っていると、アスカと目が合った。
「えっと〜、新入生のフェンリル君だったかしら? でも、名前で呼ばれるの嫌なんだっけ……?」
「好きに呼べばいい」
 さすがに話しかけられて、フェンリルはアスカの元へ向かって答えた。
「じゃあ……ランドール君か、ランディ君ね!
「……ランドールで……」
 明らかに肩を落として、フェンリルはお願いした。
「ジェイダス様とラドゥちゃんは元気にされてる? 体調は崩されてない?」
「ジェイダス様は変わらんよ」
「そう、良かった〜」
 フェンリルには、なぜアスカがジェイダスに拘るのかわからなかった。
「どうしてだ?」
 フェンリルは少し言葉足らずな気もしたが、単刀直入に聞いた。
「え、ええ〜!? それは〜ランディ君でも言えないかな〜」
「そ、そうか……。それと、ランドールで頼む……」
 頬に手をあててクネクネ悶えるアスカを見て、フェンリルはなんとなく察してその場を後にした。

「何とか無事、頂上に着いたな」
 メイガスの緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、一枚の葉っぱを一指し指で弾きながら言った。
「大変でしたけど、想像していた通りで安心しました」
 ケイのパートナーであり魔道書の『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)は、胸に手をつき一息ついた。
「どんなのを想像していた?」
「きっと草木に溢れ、花が咲き乱れる、自然豊かな美しい庭園なのでは、と思っていました」
「私もそう思っていました! 大地との共生を重んじていた人らしく、純粋な思いから作られたんですね!」
 ミファに同調したのは、共に行動しながら登ってきた魔法少女のソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だ。
「でもわざわざ大地と切り離して育てるかしら? ひょっとしたら空への憧れでもあったんじゃない?」
 ソアのパートナーである魔道書の『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)は、率直な疑問を口にした。
「とにかく、もう少しよく調べてみよう。モンスターや罠があったくらいだ。凶悪な魔物の封印なんてオチもあるかもしれない……」
「そうですね。純粋な思いであっては欲しいですが、ここまでの道のりを考えると、油断はできません!」
 ケイは丁寧に葉の一枚一枚まで丹念に調べ、ソアも横に並んで、倣うように調べ出した。
「姉様はどうですか?」
 ミファはソラを姉として慕っており、そんな姉が『空中庭園』であると同時に、女王の立場と自分達の立場――姉と妹――をダブらせながら声をかけた。
「そうね、親近感はやっぱりあるけど……でも私とは違うわね。ここは暗い感じじゃないもの。それに……」
「それに……?」
 ソラはソアをちらりと見てから言った。
「主を失っても、きっとここは5000年前と変わらぬ庭園なのよね。だから、手入れをしている人、下にいた機晶姫の思いが詰まっているのよ」
「そうですね。こんなに綺麗なんですから……」
 ソラとミファは、赤い花を見上げながら笑った。
「うーん……ここまできて異常なし、か……。これじゃあ報告のしようがないな」
「別に異常なしの方向でもいいと思います! 何かあるのももう疲れます」
「トラップの類かな……また……」
 ケイは何か異常はないかと手は動かしながらも、けれどもはや何もないだろうと諦めるような気持ちで、調査を続けた。

「うおおー! 登頂しましたー!」
「はあ……はあ……疲れたぁ……」
「なるほど、この美しい花達が、わたくしを呼んでいたのか」
 レロシャン、弥十郎、直実のクライマーズが無事に登頂し、庭園の中ほどに向かって歩いていった。

 ――その時だった。
 ――風がないのに葉が揺れた。
 ――晴天に雲が邪魔した。
 ――穏やかな時の流れが加速した。
 ――生命力に満ち溢れた色が落ちていった。
 ――迷信が真実に変わった。