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リアクション
第11章 死 闘
「……そう。そんなことが…」
エースから10年前のあらましを聞いて、ぽつっと加夜がつぶやいた。
「私たち、人間が悪いのかしら…。結局、彼は人間に騙されてきて、それが昨日の結果になったのなら…」
「ばかな! そんなことは関係ない。騙され、傷つけられたからといって、自分もまた加害者になっていいという理屈はないんだ」
とはアイン。
「そうよ。被害者なら何をしてもいいのなら、ひとは一生被害者・加害者から抜け出せないもん。傷つけられたから、相手を殺すなんて…。そんなの、絶対間違ってる」
そう言う間も、朱里の手はアインの苛立ちを解きほぐそうとするかのように、無意識に彼の腕をさすっている。
「相手を力でねじ伏せ、服従させようとするような輩に同情は不要だ」
(本当に、そうかしら…)
加夜にははっきりと、黒を黒と言い切れる自信がなかった。
シラギも言っていた。ほかにも方法はあったのだ。最悪の事態を避ける方法は、人間の側にもたしかにあった。
(たとえば、彼が望んだ通り石を返すとか)
最悪の結果を選んだ責任は、人間(被害者)にはないというのか?
「まぁ、思い悩んだところで仕方ないと思いますね」
エオリアはあっさり肩をすくめて見せた。
飽きもせず、岩場でカニをとったりして遊んでいるクマラとミシェル、シラギを見下ろす。まるで孫を連れた祖父のようだ。
「石を渡せというのであれば渡すという選択肢もありますが、今回彼が要求しているのは石だけじゃなくてシラギさんの命もですから。簡単に捕縛できる相手でもないとなると、倒すしかないでしょう」
彼にとっては至極簡単なことらしい。それだけ言うと、かじかむ両手をポケットに突っ込んで岩場に向かって歩き出す。
そろそろメシエと見張りを交代するころだ。
そのとき、エースの携帯が振動した。
「ルカか」
名前を見て、やっときた、と息をつく。
「遅いぞ、ルカ」
『ごめーん。ヒラニプラでは盗聴とかあり得そうだから、離れるまで連絡できなくってー。もうちょっとで着くから、いいでしょ?』
「あー? よく聞こえないぞ!」
ヴォルケーノのエンジン音と風の音が凄まじく、途切れ途切れにしか聞き取れない。
『だーかーらー、あと少しでそっちに合流するってー。今向かってるとこー』
「分かった。
って、そうだ! 思い出した! 垂と電話代われ! 話しておきたいことが――」
エースの言葉は唐突にそこで途切れた。
『エース? どうかした?』
「……エオリア…?」
信じられない、とつぶやく声。
『エース? エースってば』
「エオリア!!」
次の瞬間エースは携帯を投げ捨て、倒れたエオリアの元に向け、全力で走り出した。
エースの叫声を耳にした気がして、アスカは斜面から身を起こした。
「なに? 一体何事ぉ?」
昨日から動きっぱなしで全然寝ていないため、疲労がピークにきた彼女は、ルーツと鴉に見守りを頼んで仮眠をとっていたのだ。
見ると、全員が砂浜に倒れたエオリアの元に向かっている。
「ちょっとちょっと? 大変じゃない?」
あわてて立ち上がったアスカを、横の鴉が斜面に押し戻した。
「なっ? ……鴉?」
「おまえはここにいろ」
聞いた方がざわざわと鳥肌立つような、緊迫した声だ。
そのぎらついた目は浜辺に集まった人たちを見据えている。正確には、彼らの向こう側の斜面を。
「どうかしたんですの〜?」
彼が……そしてその隣でルーツが、既に戦闘態勢に入っていることに、遅ればせ気づいた。
「……くそ。あれは人間じゃねぇ、化け物だ」
「ドゥルジなら、そうですわぁ」
「違う。あれは、彼ではない」
答えるルーツの声もまた、今まで聞いたことがないほど張り詰めていた。
鴉が肩越しに振り返る。
「アスカ。おまえはここに隠れてろ。形勢不利と判断したら、全力で逃げるんだ。絶対振り返るな。オイレまで突っ走れ」
そう言いおいて。
鴉はルーツとともに浜辺に向かって走り出した。
「ルーツ、鴉!」
「彼の言う通りにしてくれ、アスカ。きみとベルだけでも逃げてくれ」
(大丈夫。これがあるからな。死にゃしねーよ……多分)
鴉はそっと、アスカからもらった守護のチョーカーに指を這わせた。
エースは自分の見たものが信じられなかった。
うつぶせになって意識のないエオリアを見ても――その体を横から貫いたエネルギー弾の傷跡を見ても、まだ信じられずにいた。
「エオリア! おい、エオリア!!」
「エースくん、どいて!」
狼狽しきったエースを横に突き飛ばし、エオリアの横についた加夜が命のうねりを叩きつけるようにそそぎ込む。
(死なないで……反応して…)
そして2人を庇う人の壁となって、アイン、佑一、朱里が襲撃者との間に立ちふさがった。
ずるずると、何かを引きずりながら森の方から現れた男。
今、斜面を下り、こちらへとゆらゆら歩いてくる。
その後ろから駆け寄る少年。前に回り込み、それ以上進むのをやめさせようと両手を突っ張っている。
だが男の振り切った拳であっけなく、小さな少年の体は横の斜面まで吹っ飛んだ。
「ああっ…! あんな小さな子に、なんてひどいことを!」
思わず駆け寄ろうとした朱里の腕を、アインが掴み止める。
少年の元へ行くには、男の近くを通らねばならないからだ。
「駄目だ。今は危険すぎる」
「――あれ、だれ?」
「村の人ではないと思います。あんな人は見かけたことがない」
しかも、どう見ても普通じゃない。
「さっきの、エネルギー弾でしょ? まさかドゥルジの仲間とか?」
「可能性はある」
アインはこの場にいる全員にオートガードをかけた。
あの強烈なエネルギー弾にどこまでカバーできるか分からないが、ないよりはるかにましだろう。
「エースくん、そっち持って」
救急治療を終え、動かせるようになったエオリアを、エースと加夜が安全な斜面まで運んで行こうとする。
ふと、エオリアを攻撃した男に視線を流して、エースは驚愕に目を見開いた。
「エースくん…?」
エースの動きがピタリと止まったことを加夜が不審がる。
そして加夜も見てしまった。
男がすぐそこまで引きずってきて、ゴミのように投げ出したもの。それは森の入り口付近で見張りをしていた、メシエだった。
「メシエ!
きさまぁーーーーっ!!」
「きゃっ…」
肩に担ぎ上げていたエオリアの手を離し、猛然と男に向かって行くエース。
大上段から振り下ろされた彼のクレセントアックスを受け止めたのは、フォースフィールドだった。
目に見えない壁にぶつかり、クレセントアックスとの間に白光が散る。
「なに!?」
「……ふむ……面白い……力だ…」
血に染まった口元で、男はゆっくりと言葉を発した。
「新たに得た……わしの力……おまえたちで、試させてもらおうか…」
慈悲を持たない獣を思わせる残忍な目の光。
それが、刃のような殺気でエースをねめつける。
「うおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」
絶叫とともに、男の全身からエネルギー弾が発射された。
紙人形のように吹き飛ばされ、砂浜を転がるエース。
「朱里、こっちだ」
朱里を引き寄せ、アインはライチャスシールドでエネルギー弾を弾いた。
佑一は自分に向かってくるエネルギー弾を、かわせる限りは避け、かわせなければ曙光銃エルドリッジで撃ち落とす。
「佑一さん!」
「来るな、ミシェル! きみたちはシラギさんを連れて逃げるんだ!!」
一瞬、ミシェルの方に気が逸れた。そのわずかの間に、男は佑一の間合いに踏み込んでいた。
黒檀の砂時計が腰元で揺れている。
(速い!)
「――くっ!」
とっさに銃舞を発動させる佑一。
男は佑一のする不思議な動きに対処できず、うろたえる素振りを見せた。
パワードレッグで強化された脚力で、男を吹き飛ばすことを試みる。
みぞおちを狙って放たれた蹴りは、しかし男をわずかに押しやったにすぎなかった。ふくらはぎごと両腕で抱きとめられた蹴りは、威力のほとんどを消されてしまった。
「むん!」
男が気合いを入れる。
ゴキッ
「つあっ…!」
見えない重圧に押され、佑一の足は折れ曲がった。強烈なサイコキネシスが、足の骨を折ったのだ。
非情にも、そのまま佑一を振り飛ばそうとしたとき。
鬼神化した鴉が男を真横から殴りつけた。
「今のうちだ! 早く離れろ!」
「……ふむ。鬼神力か」
折れた奥歯を、血とともに吐き捨てて、男は立ち上がる。
何のダメージを受けた様子もない。
「どちらの力が上か、試してみよう…」
がしっと両手で組み合った。
力の押し合いで、互いの両腕がぶるぶる震える。
「きさま、一体何者だ? ドゥルジの仲間か!?」
「ふん。あのような、化け物と……一緒にするな。わしは、人間だ…」
「ふざけんな! ただの人間が鬼神力と互角の力を持つかよ!」
「互角、だと…?」
男が嗤う。
一瞬後、鴉は強烈な力で砂浜に叩きつけられていた。
その胸を踏みつけた足に、男が徐々に力を加えていく。
「互角ではない……わしの方が、はるかに、上だ…。わしは、得たのだ、新しい……力…」
「くそっ!」
足を押し戻そうとするが、体勢が悪い。先の押し合いのダメージもあって、腕に思うように力が入らない。きしむ音を立てて、肋骨が何本か折れた。
「鴉!」
ルーツがスキル・毒虫の群れで集めた毒虫の大群を放った。
主に毒蛾系が集められたため、無数の羽ばたきが男の頭を覆う。燐粉に視界を覆われている隙に、鴉を奪取する。そして、彼の周りを覆いつくした燐粉目掛けて、火術を放った。
たいまつのように燃え上がる男。
しかし吹き上がる炎の中央で、男は無傷で立っていた。
全身を覆うフォースフィールドが、炎の侵入を阻んだのだ。
「これは……便利……だ」
自分で使っておきながら、男は感心したように自分と炎の境で輝く力の壁を凝視していた。
この興味深い技に、鴉とルーツの存在は忘れてしまったようだ。
炎が消え、フォースフィールドもまた消えたとき。
鈍い痛みが突然起きて、男は頭を抱えた。
何か、火花みたいなものが遠くから意識に当たっているような感じだ。
何か……だれかの、意識のようなものが。
「ばかな……あり得ん…」
ぶるぶる頭を振ってその不思議な感覚を退けると、男は再び歩き出した。
「来るよ、アイン」
朱里は身構えた。
何か武器を持ってくるべきだったと、苦い思いで後悔する。
シラギを守ることだけを考え……そして戦う相手は非戦闘員の老人ばかりと思っていたから、ほとんど武装と呼べるものがない。
「彼……人間?」
「分からない。だが危険な存在だ」
六連ミサイルポッドを放つアインに合わせて光術を放つ。
「こう……か…」
盾形に展開し、厚みを増すことで、間近からのミサイル攻撃にもフォースフィールドはびくともしない。
「すばらしい……力…。もっとだ。もっと…」
(あの石があればあるだけ、わしは強くなれる)
本能的に、石のありかを突き止めた。
あの老人の体の中。灰色がかっているが、輝かしい石の波動がある。
だが、どんどん遠ざかっていく。
「力…」
男はジャンプした。
アインと朱里の上を越えて、逃げるシラギとの距離を一気に詰める。
「駄目、来ないで!」
ミシェルがシラギの手を放し、光術で目くらましをかけようとした。
しかし光術は男のフォースフィールドに散らされてしまう。ヒプノシスを放っても同様で、男のひと振りで、ミシェルは鞠のように飛ばされた。
「もうオイラ、絶対許さないからな!」
シラギを先に行かせ、立ちはだかるクマラ。背負っていた諸葛弩を手に取り、次々と矢を放つ。
これもまた、フォースフィールドに阻まれたが、距離が縮まるにつれ、少しずつ矢がフォースフィールドを貫きだした。
「む…」
「いっけぇー!」
最後の2本を、同軌跡上に放つ。
だが男の姿は残像を残してかき消えた。
「?」
「クマラ、上だ!」
追いかけていたアインが足をとめ、ミサイルを放つ。
しかし男が全身から放ったエネルギー弾でミサイルは全て撃ち落とされ、クマラはあっけなく、ひと薙ぎで海の方へ飛ばされた。
「駄目、間に合わない…!」
必死に走る朱里の前、男はシラギとの間をどんどん詰めていく。
動ける者全員が、男に向かって魔法を放ったが、男の展開したフォースフィールドによってことごとく退けられる。
少しでも時間を稼げたらと放った佑一の奈落の鉄鎖すら、たしかに右足に絡みついたのに、男の速度はわずかもゆらがなかった。
「シラギさん、逃げてーーーー!!!」
痛む腹部を押さえ、ミシェルが叫ぶ。
彼らの前、男はシラギの枯れ枝のような右腕に食らいついた。
「やめてぇーっ!!」
パッと飛び散る鮮血。
砂を、波を、赤く染め、シラギの二の腕は骨が見えるほどに食いちぎられた。
「――おまえは、あいつにそっくりだ」
いつからそこにいたのか――――
上空からドゥルジが、地上の彼らを見下ろしていた。
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