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第1章 パレード5分前・・・

 館にいる本物のオメガ・ヤーウェ(おめが・やーうぇ)の魂を奪ったのにも関わらず、十六夜 泡(いざよい・うたかた)の思いがけない言葉に、もう1人の魔女はどう返事したらいいのか考え込んでしまった。
「他のドッペルゲンガーも出られることになってしまいますから、あの森と外をつなげることは出来ませんわ。わたくしと同様、本能に従って本物を殺して成り代わろうとするんですのよ」
「ねぇ、オメガ?本能に従うってことは、生き物にとっては基本的なことだと思うから、それを否定はできない・・・。けど、私たちはその本能を理性で抑えることができるはず」
「―・・・そう見えて、利用するかもしれませんわよ?本物になれるなら、いくらでも嘘をつきますわ」
 困惑した表情から嘲るような表情へ一変させてクスリと笑い、冷淡な口調で言い泡を見上げる。
「ねぇ、オメガ。あなたは他のドッペルゲンガーとは違うはずよ。何故なら、既に館のオメガの魂の一部を吸収しているから。あなたはもう、ドッペルゲンガーでも館にいる魔女でも無い“あなたと言う存在”になっているのよ?」
 彼女の言葉に嘘があると見抜いた泡は首をふるふると振り、背後から優しくそっと抱きしめる。
「でも、私は何度も言うように、オメガとオメガも一緒に笑って遊べる状態にしたいの。その方法があるのなら・・・あなたが協力してくれるのなら、私はドッペルゲンガーの世界にも行くわ!」
「フフッ・・・自分のドッペルゲンガーに命を狙われるかもしれないのに、そんな危険を冒すなんて思えませんわね。ましてや明るい外の世界で生きている者を疎ましく思う方々に、襲われるリスクがあるんですのよ」
 生命の危険を冒してまで森へ来るわけがない、信じられないというふうに泡を睨む。
「私が言葉だけの人間だと思っているようね。なら、これはどうかしら」
 ポケットの中から小さなコンパクトを取り出し、訝しげな顔をする彼女に見せる。
「これが私の覚悟の証。鏡があればいつでも私たちの世界に来れるのよね?」
「えぇ。でも、魂をいただいたから出来ることですの」
「自分勝手な意見だけど館のオメガの魂はこれ以上渡せない、彼女の心が壊れてしまうから。けど、私はあなたのことを信じてる」
 コンパクトの蓋を開き、鏡に相手の姿を映しながらじっと見据える。
「お願い、あなたを私たちの世界に存在し続けられる別の方法を教えて・・・。それが、どんなに大変だとしても」
「それなら・・・この魂をお返しすることは出来ませんわ」
 ふぅっと息をついた魔女は静かな口調で言い、カタンッと紅茶のカップをテーブルへ置く。
「きっと・・・返せと言ってくる連中がここへ来ているでしょうし。わたくしを守ってくださいませんか?」
「―・・・そ、それは・・・っ」
「出来ないでしょうね。皆さんと敵対してしまうことになるんですもの」
 どう言葉を返していいのか困る泡に背を向け、もう1人のオメガは城のテラスへ出ると、手摺りを掴んで外の様子を見下ろす。
「本当にどんな危険なことでも協力してくれるんですの?別の方法があるなら・・・」
「えぇ、もちろんよ!あなたがここに残れるなら」
 泡がそう言った後、統括の間に孫天君が入ってきた。
「騒がしい声が聞こえると思ったら、イルミンの小娘が来ているんだぁ〜?」
「わたくしのところへ遊びに来たそうですわ。今回の計画には特に支障はありませんから、ここへお招きしたんですの」
「ふぅ〜ん?あんたがそう言うならいいけど、こっちは信用なんてしないからねぇ」
 招いてもない者が何故いるのかと言いたそうに孫天君はギロリと泡を睨む。
 彼女は怯まず当然のようにそこにいるのだと相手を睨み返す。
「まぁいいや。オメガ、不死と武器の試作品が出来たよ〜」
「では、お祝いのパレードを始めましょうか。今宵はいい舞台になるといいですわね」
 そう言うと彼女は孫天君からテラスの方へ視線を移し、満足そうにニコッと微笑む。
「(オメガの魂を奪うのを諦めたように見えないけど。いったい何を考えているのかしら。オメガ・・・あなたは全てを利用しようとしているの?)」
 本物になりたい本来の願望やパラミタの地の変革、十天君の目的さえも利用しようとしているのかと、泡にはそう見えた。
 ドッペルゲンガーは嘘をつく生き物であり、そのためなら手段を選ばない彼女の姿に、思わず背筋をぞっとさせた。
 パレードが始まるまで後5分・・・。



「(捕まったヴァーナーさん、大丈夫かな・・・。歌菜さんが牢屋の番役をしてるから、水路から侵入してくる皆と助けられればいいけど。かといってそこに見張りがいないとは限らないからね、大丈夫かな・・・)」
 カフェの中でバイトをしながら椎名 真(しいな・まこと)は掴まった少女や仲間たちの心配するをように心の中で呟く。
「ちょっとバイトの子、プレッツェルまだ出来ないの!」
「あぁ、ごめん。今やるから待っててね」
 考えながらお菓子を作っていた彼は、魔女の声に慌てて作業スピードを上げる。
 プレッツェルの形にねじって発酵した生地をたっぷり水を入れた鍋へ入れる。
「下っ端のくせにタメ口聞くんじゃないわよ」
「はっはい!(うぅ、やっぱり上下関係ってどこでも厳しいな〜)」
「何で重曹を入れてないのよ。先に入れて沸騰させてから、生地をゆでるんだからね!まったくもう、やり直しだわ」
「ご、ごめんなさいっ」
「もうここはいいから、お客様に水をお出ししてきなさい」
「分かりました!」
 銀のトレイに水を注いだコップを乗せてテーブルへ運ぶ。
「こらバイトッ、コップはそっと置きなさいよ」
「申し訳ありませんっ」
 ゴトンと音を立ててしまい、カフェで働く魔女に怒られてしまう。
「お嬢様にお聞きしたいことがあるんですけど。この町って十天君が術で作ったんですか」
「そうよ、ここは仮初の町。城だけじゃなくって、カフェや町のほとんどは術で作られたものなの。町の中は私たちが作った家とかもあるけどね」
「お城で不死とかの実験を行っているみたいですけど、その機材は仮装なんでしょうか」
「ん・・・いいえ、十天君たちの知識を元に魔女が作ったの。ここでの実験の成果は彼女たちのリーダーのところへ持って行って、その方も不死となる予定みたい。実験の進行度合いによるけどさ」
 コップに口をつけて水を飲み、魔女は話を続ける。
「なんだか洞窟の館にいる魔女の友達が邪魔してきそうだから。楽に片付けるために、それが必要みたいね」
「不死の身体を得て持久戦に持ち込むということでしょうか?」
「そうね。封神台とやらがあるから、そこへ送られてしまったら死ぬだけじゃなくって、生まれ変わることすら出来ないみたいだからさ」
「永遠の死の地獄・・・確かにそうですね」
 転生を許されない死について平然と話す客の言葉に小さな声音で言う。
「館に行って・・・どうする気なんでしょうね」
「知ってどうするわけ?」
「いえっ、お嬢様とのお話の話題としてお聞きしたく思いまして・・・」
 実験以外のことを聞こうとする自分を訝しむ相手の視線を逸らさず言葉を続ける。
「ふぅん〜・・・。聞いたところでどうこう出来ると思えないし、教えちゃうかな♪つまらないやつらがパラミタを統治するのが気にいらないし、無駄な争いばかりしているように見えるから十天君たちが、この地をよくしてあげようとしているみたいね」
「お嬢様たちはそのために協力しているのですか」
「まぁ、そうとってもらってもいいかしら。私たちは不老不死や強い力、そして住みやすいキレイな場所が手に入ればそれでいいんだし。他のやつらにそんなマネが出来るかしらね?」
「確かにお嬢様たちの知恵がなければ出来そうにないことですね」
「フッフフ・・・そうでしょう?そこで城にいるドッペルゲンガーの魔女に、本物の魂を吸収させて研究を完成させたいようだわ。そうすれば学校の1つや2つ、落とすなんてどうってことないわよ」
 魔女は得意気に話しながらカップに入った氷を揺らし、カラカラと音を立ててニヤリと笑う。
「それと、町にある乗り物は全部仮装ね。それを魔科学で作れたら便利だと思わない?箒や術で飛ぶのもいいけど、そういう遊びっぽいのもあると面白いと思うのよね」
「確かにそうですね。行き先を選択しただけで勝手にそこへ運んでくれるみたいですから。(その知識をいいことに使ってくれればいいのにな・・・。何も痛みを感じない不死の身体なんてごめんだよ)」
 使い方次第で便利だが、その真逆もあるのだと心の中で考える。



「町の中が賑やかだね、何か始まるのかな?」
 術で作られた仮初の町にやってきた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が、広場へ向かう魔女たちの姿を見て首を傾げる。
「先に他の人が来ているかもしれないよね。その人たちに町の様子を聞いてみようっと」
 彼女は周囲を見回し、近くに知った顔の者たちがいないか探す。
「そこのあなた、魔女じゃないわね。何の用でこの町に来たの」
「(うわっ、やっぱり他の種族は歓迎されないみたいだね)」
 フードショップ通りにいる魔女たちに見つかり、あっとゆう間に取り囲まれてしまう。
「(まず怪しまれないようにしておくべきだったわ・・・)」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)は顔を顰め、殺気立つ彼女たちからどう逃げようか考える。
「どうしよう・・・、困ったなぁ〜。あっ・・・窓の向こうにいるのって・・・。おぉお〜い、助けて〜っ!」
 見知った顔の背の高い執事を見つけた透乃は必死に大きくぶんぶんと手を振る。
「外が騒がしいね、何かあったのかな。―・・・えっ、透乃さんたち!?」
 カフェの外で魔女に囲まれている彼女たちの姿に、驚きのあまり茶色の双眸を丸くする。
「いったいどうして・・・。そうか、やっぱり従う意志を持たず来る他の種族は警戒されてしまうようだね」
 このままではヴァーナー同様、掴まってしまうと思いドアを開けて通りへ出る。
「どうかいたしましたか、お嬢様方。そちらのお嬢様は俺の知り合いなんです。お嬢様たちに害はございません」
「えぇ〜人間の知り合いがいるの?こんな下等するぎる生き物の仲がいいなんて、信じられなぁい」
「―・・・くっ」
「おっ、抑えてねっ」
 今にも殴りかかりそうな表情をする芽美の怒りを静めようと小さな声音で言う。
「分かっているわ・・・。魔女と争うために来たわけじゃないもの。この程度のことは我慢するわよ」
 芽美は冷静な態度を保ちながらも、手に爪がくいこみそうなほど拳を握り締める。
「お嬢様方のお口に合うか分かりませんが、いかがでしょう?今ならサービスに、お好みのお茶がついてきます」
「ケーキとか注文すると1つついてくるのね。冷えてきたし、行ってみようしら」
「さぁこちらです」
 2人の傍から引き離そうと真が魔女たちをカフェの中へ案内する。
「いらっしゃいませお嬢様、こちらのお席へどうぞ。(なんとかごまかせたかな?)」
 店内に入れるとふかふかのソファーがあるところへ連れて行き、外で待っている透乃のところへ戻る。
「お待たせ。それにしてもどうしてこんな残酷なことが平気で出来るんだろうね・・・」
「沢山の生命を踏み台にしてきたこと?私たちはそんなことどうでもいいけど。簡単に言えばアヤカシ・・・つまり妖怪は基本的に、他者を困らせたりするのが大好きで、残酷な性格なやつらばかりみたいよ」
「十天君たちの種族って妖怪だったんだ!?」
「あら、今頃気づいたの?まぁ、誰かに聞いたとしても、命がけで動かなきゃいけないことばかりだったものね。ひょっとしたら忘れているのかもしれないわよ」
 始めて知ったというふうに驚く彼に芽美が教えてやる。
「ねぇ!そろそろ町について教えてよ」
「あ、うん。町や城は術で作った仮初みたいだよ。魔女たちが作った家とか、城にある機材とかは本物みたいだけどね」
 芽美の傍にいる透乃に術で作られた仮初のところと、偽者でない現実に存在するものを伝える。
「へぇ〜・・・なるほどね。無理やり破壊して侵入したりは出来ないってことだね?」
「そうなるかな、十天君たちは城にいるみたいだよ」
「えぇーっ!仮初のものは破壊出来ないんじゃ、中に入れないよ」
「もうすぐパレードが始まるんだ。城の中央扉が開くから、魔女たちに紛れて入った方がいいね。その場所の近くまでいける乗り物があるから、それに乗っていくといいかもしれないね」
 だだっ子のように地団駄を踏む透乃に、魔女たちと仲間から得た情報を提供する。
「なぁんだそうなんだ!よかった、入れないかと思っちゃったよ。教えてくれてありがとう、じゃあねっ」
 片手を降ると透乃たちは丸い椅子のような乗り物に乗り、タッチパネルで行き先を選択する。
「わぁ〜見えない壁があるのかな?」
 手足をぱたつかせると、何かにぶつけたようにトントンッと音が響く。
「そうみたいね。だけどこれは仮初なんじゃないかしら。短期間でこんなものが作れると思えないわ」
「不思議だねぇ。まぁ、迷わず目的の場所の近くへ行けるなら何でもいいけど」
「ついたみたいよ。ここで少し待機した方がよさそうね」
 城が見える通りへついた乗り物から道路へトンッと降り、芽美たちは城を見上げる。
「行ったみたいだね・・・。あ、さっき聞いたこと教えておかなきゃね」
 彼女たちを見送った真は、カフェの魔女から聞いた話を教えようと七枷 陣(ななかせ・じん)にメールを送る。
「はぁ・・・少しは引きつけれたかな?」
 レンガ造りの壁の影に隠れ、血眼になって探す魔女たちから逃げ切ったか様子を見る。
「いなくなったみたいやね。くは、マジしんどいっ。おぉおっ、びっくりした!誰や、いきなり携帯鳴らすKYはっ。―・・・何だ、真くんか」
 突然鳴り響いた携帯の音にビビッた陣がキレかかり、仲間からの連絡だと知ったとたんに怒りを静めた。
「なっ!パラミタの地を変革するために不死を手に入れるだけじゃなく、その実験を完成させるためにオメガさんの館に乗り込む気か!?」
「きっとこの実験が失敗しても、魂を手に入れようと誰か送りこんでくるかもしれないねっ」
 傍からリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が画面を覗き込み、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして怒る。
「十天君たちをさっさと封神して館の方に行かないといけないみたいやね。それにしても2人は無事なんかな。あいつらを挑発して陽動するために一旦離れたんやけど」
「うん、急がなきゃ。あっ、いたいた!」
 造園の傍で扉が開かれる時を待っているレヴィアたちを見つけてリーズが走り寄る。
「大事無いようだな。魔女たちが大声で騒ぎながら陣たちを探していたぞ」
「とりあえず巻けたみたいだから大丈夫スッよ」
「パレードが始まるまで後、1分くらいだよ」
 携帯の時計を確認したリーズは陣たちと木々の影に隠れ、中央の扉から魔女たちが出てくるのをじっと待つ。