シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

リアクション公開中!

桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

リアクション


第1章 穏やか(?)な登校

「『ごきげんよう』の挨拶が青空にこだまして、エプロンドレス風のスカートは乱れないように、ゆっくりと歩くのがたしなみで、数年通い続けていれば温室育ちのお嬢様の純粋培養物が大量生産される。っていうのが私の百合園女学院のイメージなんですが、その辺りどうなんですか?」
「なんだかどこかのカトリック系女学校を髣髴とさせるイメージだけど、ほとんど否定できない辺りが微妙だなぁ……」
 1月を過ぎ2月に入るという頃、ヴァイシャリーの寒空の下を3人の女性が歩いていた。1人は百合園女学院校長桜井 静香(さくらい・しずか)、1人はそのパートナーにして実質的な支配者ともいえるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)、そして1人はひょんなことから静香に取り憑いた幽霊の吉村 弓子(よしむら・ゆみこ)である。
 別に彼女たちはヴァイシャリーの町を散歩していたわけではない。今日は休日ではなく、時間も朝。つまり、今の彼女たちは「登校」しているのである。行く先はもちろん、静香が学校長を務める「百合園女学院」である。

 弓子は百合園の生徒ではなく、地球のとある高等学校に在籍していた人間である。そんな彼女が今こうして静香と共にいるのは多少の理由があった。
 地球の普通の高等学校に通う弓子は、どちらかといえば普通の家柄で、どちらかといえば「不良」に属するタイプの人間だったが、その一方で「お嬢様」というものに憧れる1人の女子でもあった。今は高校生だし、頭も悪いから日本の百合園女学院に通えるとは思えない。だが契約者となれば、せめてパラミタの百合園には通えるかもしれない。とはいえ、いきなり百合園女学院に入学する、というのはどだい無理な話である。ならばせめて学校の雰囲気を知るために、一度見学しておこう。
 そう決めていた矢先に彼女は交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。後に残ったのは「幽霊」となった肉体を持たぬ身であった。
 そこで彼女は、逆に幽霊であることを利用し、パラミタ行きの新幹線に無賃乗車し、そのまま無理矢理ヴァイシャリーへ行き、近くにいた静香に取り憑いたのである。

「吉村弓子……。そういえば見学予定者のリストに弓子さんの名前があったっけ。まさかこんな形で見学することになるなんて、世の中わからないものだね」
「本当なら生きた状態で来たかったのですが、さすがに死んでしまってはどうしようもありません」
 うまくいかないものだ、と弓子は苦笑する。だがそれを吹き飛ばしてしまったのはラズィーヤの次の一言だった。
「だからといってわたくしの静香さんに取り憑くなんて……。そのまま未練も何もかも吹っ飛ばして成仏してしまえばよかったのに、なんて執念深いこと」
 言外に「静香から離れろ」と言っているのだが、それを「はいそうですか」と聞くような弓子ではなかった。
「おばさんのその性格の悪さと比べたら、別に私の執念深さなんて可愛いもんじゃないの?」
「……いい加減その『おばさん』と言うのはやめてもらえませんこと? さっきも言いましたけど、わたくしは20歳ですわ。あなたと数年しか違いませんのよ?」
「数年の差がなんだってのよ。それで若さをアピールしてるつもりだったらお笑いだね。腹黒さがにじみ出てせっかくの若さが台無しになってるってことに気づかないなんて、ホントかわいそうにも程があるよ」
「…………」
 反骨精神が強いのか、弓子は「目上の存在」に反発するところがあった。そしてそこから吐き出される数々の暴言――少なくとも受ける方の主観としてはそうなる――はラズィーヤの神経を逆撫でするものであった。
「ち、ちょっとラズィーヤさん、弓子さん、お願いだからケンカはやめてよ。ね?」
 その弓子に取り憑かれている静香としては、焦りを隠すことができない。先日巻き込まれたループ事件で多少は精神的に成長したとはいえ、それでも平和主義者であるという根本的なところだけは変わらない。自分自身が直接関わっているわけではないが、それでもやはりケンカは嫌いなのだ。
 だが当のラズィーヤと弓子は、そんな静香の心情を知ってか知らずか、いまだに火花を散らしていた。
「とにかく、一刻も早く静香さんからお離れなさい! さもなくば力ずくででも引き離しますわよ!」
「こっちだって、できるならそうしてやってもいいんだけどさ、校長先生に取り憑いたせいで1〜2メートル以上離れられないんだよ。まあ2〜3日学園生活を楽しませてもらったら、さっさと成仏するからそれで我慢しなよ」
「満足しなかったら?」
「それじゃあこのまんま、かな?」
「……やっぱり引き離しますわ!」
 もう怒りを笑顔で取り繕うことなどせず、ラズィーヤは静香と弓子を腕力をもって引き離そうとする。だが、いくら彼女が力を入れようとも、2人の物理的な距離を広げることはできなかった。
「いたたたた! ち、ちょっとラズィーヤさん、それ以上はやめて〜!」
「いでででで! こ、これマジに痛い! 無理、これは無理!」
 少し離れさせようとすると、互いに引っ張られるような痛みが発生してしまうのである。つまり今の静香と弓子は「1〜2メートルの見えないロープで互いの体を繋がれている状態」なのだ。もちろんこれは弓子が静香に取り憑いているのが原因であるが……。
「大体あなた、幽霊のくせして足で歩くわ物を掴めるわ、壁は通り抜けられないしパンチは食らう、ってどういう構造してますのよ!」
「校長先生に取り憑く前はそうじゃなかったんだよ! 軽く浮けたし壁を抜けることもできて、しかも誰にも姿が見えなかったんだけど、取り憑いたせいで中途半端に影響を受けるようになったんだよ!」
「なんですのその都合が良すぎる設定は! 幽霊ならもっと幽霊らしくしなさいな!」
「おばさんにそんなこと命令される筋合いは無いだろ!」
「きーっ! またおばさんとか言いましたわね!?」
「僕、このまま数日間、乗り切れるのかなぁ……」
 またしても殴り合いを始めてしまうラズィーヤと弓子の姿に、静香はほとほと呆れるばかりであった。

 そうこうしている内に、彼女たちは百合園女学院の校門にたどり着いた。その頃には、周囲に百合園に通う生徒の姿が増えてくる。静香の近くにいる見慣れぬセーラー服の女生徒が何者かを問う声も出て、それが幽霊だと知ると、ある女生徒は一目散に逃走し、またある女生徒は逆に興味津々といった感じで話しかけ、さらにある女生徒は幽霊を除霊するべく攻撃しそうになる。

 いつも通りではあるがちょっとだけいつも通りではない、そんな百合園女学院の1日が始まった。