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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第2章 朝のホームルーム、の合間に……

 百合園女学院という学校は、元々は日本にある名門の女子校である。これがパラミタに建てられたのは、家族と離れ異国の地で暮らすことになる静香の寂しさや心細さを埋めるためであることと、ラズィーヤ自身が自らの好奇心を満たすためであるというのは有名な話だ。
 この学校は日本にあったことも手伝って、高等部まではいわゆる「日本の全日制」をそのまま引き継いでいる。つまり朝に朝会があり、ホームルームがあり、午前中は授業を行い、昼休みを挟んで、午後にまた授業、そして部活動や生徒会活動などの放課後を迎える、という流れになっているのである――ちなみに短大は、そのまま単位制になっている。
 その朝会にて、静香は普段以上に注目を浴びることとなっていた。1〜2メートルの距離をはさんで見知らぬセーラー服がいるのだ。百合園女学院1500人の女生徒全員が、それに興味を示さないという性格でない限り、否が応にも噂になってしまうのである。
「あのセーラー服、何者?」
「転校生? でもどうしてセーラー服なの?」
「まさか、いつぞやのゴチメイ隊みたいな校長先生専属の親衛隊?」
「それこそまさかよ。白百合団やラズィーヤさんがいるのにそんなもの呼ぶわけないじゃない」
「最近は恋人もできたって話だしね」
「だったらなおさら何者か気になるわよね。機関銃を持ったヤクザの娘とか?」
「カ・イ・カ・ンっていつの時代のネタよそれは。っていうかもしそうだとしたら、それこそ白百合団に袋叩きにされてるじゃない」
「ちょっと待って、よく見たら彼女、なんだか透けて見えない?」
「え、どれどれ? あ、ホントだ。向こうの景色がうっすらと見えるわね」
「え、それってまさか幽霊? 校長先生、取り憑かれてるの?」
「あるいはアレかしら。ほら最近流行りの……」
「フラワシ?」
「そう、それ!」
「え、校長先生ってコンジュラーだったの!?」
「……それは無いんじゃない? あれがフラワシだったら、私たちには見えてないはずよ?」
「それもそうね」
 これらの噂話は、弓子が「静香に取り憑いた幽霊である」というのを知らない生徒によって繰り広げられたものである。もちろん校門付近ですでに弓子と知り合った者たちの間では、また違った会話が行われていた。
 そして静香たちはこのような噂話の数々を全身に浴び、そのまま校長室に入ったのである。
「なんて言うか……、完全に注目の的だったね」
「多少覚悟はしてましたが、まさかこれほどとは思っていませんでした」
「でも静香さんが注目を浴びる、というのは決して悪い話ではありませんわ。今のままでも十分ですけど、今回の話でさらに知名度は上がったも同然。そう考えるとそこのB級幽霊も捨てたものではありませんわね」
「妖怪ドリルヘアーの言うことを認めるのは癪だけど、それは確かに間違いじゃないね」
「…………」
「…………」
 校長室に入ってもにらみ合いを忘れない弓子とラズィーヤである。
 またケンカになるのを阻止するべく、静香は無理矢理口を挟んだ。
「え、えっと……それでこれからのスケジュールだけど、ひとまず僕と弓子さんが一緒になって学校を見て回る。それで授業や部活なんかを一通り見てもらうっていうのでいいかな?」
「そうですね、その方向でお願いします。本当にお手数おかけして申し訳ございません」
「ううん、別に大丈夫だよ。これも言ってみれば人助けの内だしね」
 そこで静香は、今度はラズィーヤに向き直る。
「で、ラズィーヤさんには悪いんだけど、書類整理とかお願いできるかな。さすがに仕事を全部ほったらかしにするのはまずいし……」
「……静香さんの頼みですものね。わかりましたわ、書類整理でも雑用でも、相務めますとも」
 ラズィーヤが校長室に残り、自らは幽霊と共に校内を散策する。その方針が固まったところで、校長室内にノックの音が響き渡った。
 静香がそれに応じて入室を促すと、そこから七瀬 歩(ななせ・あゆむ)橘 美咲(たちばな・みさき)の2人が姿を現した。
「おはようございます、静香さん」
「静香校長、おはようございます!」
「おはよう、歩さん、美咲さん。急にどうしたの?」
「いやあ、そこのセーラー服の彼女が気になっちゃいまして、ついついやってきちゃいました! っていうかもう、かなり噂になっちゃってますよ?」
 百合園の制服ではなく、矢絣柄の着物――大正時代の女学生の服装で過ごしている美咲が笑う。
 事情を聞いた2人は特に驚くことなく弓子の存在を受け入れた。
「そうなんですか。ってことは、もしかしたらあたしたちと一緒に学校に通えてたかもしれないんですね……」
「本当に惜しいことをしたと思ってます。まあ生きてたとしても、パートナーが見つからなかったら学校に通えないんですけどね」
 弓子のその言葉は、半分は冗談だったが半分は本当である。パラミタの百合園女学院という学校は、パラミタ人であるなら別だが、地球人が入学する場合はどうしてもパートナー契約が必要になるのだ。
「それにしても、死んでも通いたがったなんて、学校冥利に尽きるってもんじゃないですか。いや〜、泣かせるねぇ」
「うん、それなら思いっきり楽しんでもらおうよ!」
 相手が何であろうが物怖じせずに笑って付き合う元日本の百合園女学院生、素直でゆるゆるな、戦いよりも対話を望む元お嬢様の2人に、弓子の頼みを断る理由は無かった。
「で、弓子さんはどうしたら満足してくれるんですか?」
 歩の問いはもっともであった。弓子が望むものを果たさない限り、決して満足するとは思えない。
「特に何かをしろ、というわけではないんです。強いて言うなら、『普段の百合園女学院』の姿が見たいんです。つまり、いつも通りに学校生活を送ってもらって、その姿を見せてもらえればと」
「いつも通りかぁ……」
 そう呟いて歩は思った。そういえば、いつも通りってなんだろう……。何をしていたのかよく思い出せない。
「……えっと、それって何となく授業受けて、みんなとお弁当一緒に食べたり、お茶菓子持ってお茶したりとか……、そういうのでもいいんですか?」
「むしろそれで!」
 弓子が望むのは、特別な行事やパーティーの類ではない。歩の思いついた「何となくこうする」という自然体なのだ。
「それだったら、あたしのクラスを見学コースにするっていうのはどうでしょう? これなら弓子さんと1日中一緒になれるでしょうし」
「えっと、校長先生はどうでしょうか」
「うん、僕もそれでいいと思うよ」
 静香もその案に賛成だった。あれこれと振り回すよりも、1人の生徒の動きを観察する方が「日常感」が出ていいだろう。
「んじゃあ私は校長先生と一緒にガイドでもしますかね。そりゃもうバスガイドのごとく!」
 笑って美咲は言うが、1つ疑問があった。彼女自身の授業はどうするのだろうか。
「美咲さん、ガイドに集中するとなると、結果的に授業サボりになっちゃうんじゃない?」
「ですよね〜。ですから静香校長、『依頼』ってことで、サービスしてもらえませんか?」
「うっ、そう来たか……」
 美咲が言う「依頼」とは、要するにパラミタ各学校に舞い込む事件解決の依頼のことである。
 高等部までは全日制の百合園女学院にも、事件絡みの依頼はやってくる。お嬢様学校の生徒だからといって受けないわけにはいかないが、それが平日に行われる場合は結果的に授業を欠席することになってしまう。こう考えるのが普通だが、百合園女学院のシステムとして、これは当てはまらない。たとえそれが平日であろうが突発的なものであろうが、百合園生が依頼を受ける場合、その日の授業は出席・単位修得扱いされるのだ。
 美咲はそのことを言っていた。幽霊から学校案内をするよう「依頼を受ける」という形にすることで、欠席を免れるというものである。とはいえこれは美咲がずる賢いとかそういうことを言うものではない。たとえ欠席になろうが、彼女は学校案内を請け負うつもりでいたのだ。
「まあ欠席になろうが、在校生として頑張らないわけにはいきませんからね〜」
「……まあ今回はいいかな。許可します」
「いや〜、ありがとうございます! それじゃあそろそろ1時限目始まりますし、早速行きましょうか!」
 そう言うと美咲は、静香と弓子、そして歩と共に校長室を出て行った。

「……なんだか途中から忘れられた形になってしまいましたわね」
 静香たちが退室した校長室には1人、ラズィーヤだけが残された。少なくとも今日1日、ここで事務作業に専念することとなる。
「いえ、別に事務作業が嫌というわけではありませんのよ? ただ完全に置いてきぼりにされたというこの形が気に入らないというか……」
 そう独り言をもらす。
 ラズィーヤとて、別に四六時中静香と共にいないと落ち着かないというわけではない。時には別行動もするし、いぢり無しで真面目な話もする。先日恋人ができたという話もあるが、それは静香が選んだものであり、ラズィーヤがどうこう言う資格は無い。
 ただ吉村弓子という女性の存在がどうにも気に入らないのだ。
 唐突に静香に取り憑き、どういうわけかパートナーの自分に牙を剥く不良の幽霊少女。百合園の生徒でも何でもないあのセーラー服女に静香を取られたような気がして、それがどうにも癪なのだ。幸いにして2〜3日したら勝手に成仏して離れてくれるというが、逆に言えばその2〜3日の間、この疎外感を味わわなければならないというのは、さしものラズィーヤといえども苛立ちを禁じえない。もちろん静香本人はラズィーヤのことを疎ましく思っているわけではないのだが。
 などと頭の中でイライラを募らせているその時、校長室にまたしてもノックの音が響いた。
「お入りなさいませ」
 ラズィーヤの声に反応して入ってきたのは、大型のライフルを背負い、片手にデジタルビデオカメラを構え、肩や首に複数のカメラをぶら下げた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)であった。
「どうもラズィーヤ女史、失礼する」
「あら大佐さん。どうしましたの、そんな物々しい姿で?」
「いやまあ確かに巨獣狩りライフル背負ってるけど、気にしないでほしいのだよ」
 ライフルとカメラでデコレートされた風体の大佐が肩をすくめる。
「で、ここに来た理由なんだが、実は今日1日中の撮影の許可をいただきたいのだ」
「撮影?」
「撮影対象は、校長と、その近くにいるセーラー服の彼女。話を聞く限り、彼女はどうも幽霊らしいときた。我としては、こういうのには直接関わるよりも見ている方が面白いと思っていてね」
「…………」
「もちろんただで、とは言わん。校長と幽霊の行動を記録した動画データ。これをラズィーヤ女史に譲渡する、というので交渉したいのだが、どうかな?」
 大佐の趣味は多岐に渡る。人体実験やセクハラの他に、写真や動画の撮影も好きである。大佐はその趣味を利用して、この場を面白く過ごそうと考えたのだ。
 もちろんそれがわからないラズィーヤではないのだが、彼女はそれよりも、静香と幽霊が映っている動画の方に興味を持った。
「なるほど、確かにそれは面白そうですわ」
 つまり、交渉成立である。
「では、結果をお楽しみに」
 ニヤリと笑みを浮かべると、大佐はすぐさま静香たちを追った。もちろん自分の姿は見つからないようにしながら、である。堂々と近くで撮影してもいいのだが、そうなると相手がカメラを気にして自然な動きをしなくなる恐れがある。たとえカモフラージュの技術で気配を消していてもだ。最悪は逃げられるかもしれない。もっとも、逃げるのであればバーストダッシュを駆使して追いかけるつもりであったが。
「ひとまず、これで楽しみはできましたわね。では、大人しく事務作業でもしていましょう」
 この後見せてもらえる映像の内容を脳裏に浮かべながら、ラズィーヤは1人ほくそ笑んだ。