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イコンVS暴走巨大ワイバーン

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イコンVS暴走巨大ワイバーン

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【1・巨大なる者の空中戦】

 天御柱学院校門前の上空。
 しんしんと降る雪の中に、深緑色の山が存在していた。
 正しくは山と見紛うほどのワイバーンが飛んでいるのである。

「ゴァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 耳を切り裂くような咆哮に、ほとんどの生徒は恐れをなして避難し。何人かの生徒達はイコンに搭乗して巨大なるワイバーンを迎え撃っていた。
 しかしコームラントに乗り応戦する山葉 聡(やまは・さとし)サクラ・アーヴィング(さくら・あーう゛ぃんぐ)ペアをはじめ、どのイコンも攻めあぐねて防戦いっぽうであるようで。今できることは、相手を学院に近づけないよう戦うことくらいだった。
 校門前でそうした様子を見上げているイルミンスール魔法学校校長のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)。彼女は本日偶然天御柱学院を訪れ、この事態に巻き込まれたのだが。彼女としても、まるきり無関係というわけでもないようだった。
「間違いないですぅ……あれは私が以前廃棄した巨大化薬の効果ですぅ。一体誰が完成させたんでしょぉ」
 むぅぅ、とさすがに事態を重くみたのか顔色を悪くさせている。
 自分の薬が勝手に使われていることもあって、心中穏やかではないようで。
「よくわからないけど、なんとかするですぅ!」
 ビシリと指をつきつける。その矛先は天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)テオドラ・アーヴィング(ておどら・あーう゛ぃんぐ)に向けられていた。
 指示するオンリーの彼女に溜め息がでそうになるが。
(ま、大ババ様にも言われてるしな)
 ヒロユキ達としても、事態の収拾依頼を受けていたので断るつもりはなかった。おそらく、アーデルハイトのほうはこのことを早くに察していたのかもしれない。
 ともあれ報酬のためと思えば、多少のことには目をつぶるつもりでいたふたりだが。
 ただ、目の前の怪物が『多少のこと』で済むとは思えないのも事実だったが。
「でもよ。作った本人がここにいるんなら効果をなくす薬も、すぐに作れるんじゃないのか?」
 疑問を口にするヒロユキに、エリザベートは幼い顔を渋く曇らせて。
「そうはいかないんですぅ。あれはあくまでも試験薬だったはずですからぁ。解毒薬の調合方法は、薬を完成させた張本人しかわかりようがないですぅ」
「つまり、あのワイバーンの飼い主を見つけないといけないということですね?」
「そういうことですぅ。これだけの大掛かりなことをしているから、おそらく近くで様子を伺っていると思うですぅ」
 解決策はその人物を見つけてからだと納得し。ふたりは、捜索に向かって行った。
 残されたエリザベートは、空を再び見上げる。
 視線の先に巨大ワイバーンと戦うイコンの中の一機のイーグリット、イロドリに搭乗している天貴 彩羽(あまむち・あやは)と、パートナーのスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が映った。
 なぜその機体が気になったかというのは、理由があった。
 ほとんどのイコンはビームサーベルやビームキャノンを装備しているが。イロドリ機の手にはワイヤーロープが握られていたからである。
(どういうつもりですぅ……? あの巨体相手に)
 しかも攻撃せずに顔のあたりをびゅんびゅんと飛んでいるばかり。
 時折、クラッカーによる爆破を行なってはいるものの。あれではダメージよりも単に相手を怒らせるだけなのでは、と考えたところで。
 もしや撹乱のつもりなのだろうかと察するエリザベート。そしてそれは当たっていた。
「注意を向けてくれるのはありがたいけど、これは結構ハードだわ」
 操縦席の彩羽は、他のイコンたちのために自分の機体に攻撃を誘発させているのだが。
 操縦する掌に冷や汗がにじんでいた。機動力に自信があるとはいえ、なにぶん相手のサイズがサイズ。一歩間違えればケガではすまない緊張感がある。
「彩羽殿、心配はいらぬ。いまだ機体になんの異常はないでござる。なんとかなるでござるよ。……おそらく」
 機晶姫であるスベシアが、機体に接続しイコンの管制を行なっているため、イコンに変調があればすぐにわかる。発言の後半が頼りないのが気にかかった彩羽だが、怯んでいてもはじまらない。
「スベシア、ワイバーンの攻撃予測、味方機の軌道予測も合わせて頼むわ!」
「了解でござる!」
 彩羽は意を決し、半ばほど開いたままの口元へと機体を移動させ。そこからまず突き刺す迫力を持つ牙のひとつにワイヤーロープをくくりつける。口を閉じられやしないかと寒気を走らせながら、手早く作業を終えるとロープの反対側を手に急上昇する。
 そのとき、ワイバーンが更に大きく顎をさげ、空気を取り込み始める。
「彩羽殿、20秒後、ワイバーンはブレス攻撃! 被害予想はコームラント2でござる!」
 スベシアからの指示に、一旦離れるべきか否か迷う彩羽。
 すぐ近くに聡の乗るコームラントと杵島 一哉(きしま・かずや)アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)が乗っているコームラントがいる。彼らとて馬鹿ではない。すぐに退避するだろうとは思った。無理をすべき場面でもない。
 が、そこで彩羽はあえて大胆にも、口の周りををぐるりと旋回しワイヤーロープを巻きつけていく。
「いかんでござる! 彩羽殿! ブレスまで、あと残り10秒!」
「わかってる! もうすぐだから!」
 焦るスベシアは、いっそ自分で機体を動かしたかったが。彩羽の言葉を信じて操縦には回らなかった。
 何周かしたところで彩羽は、ロープを機体のスピードを生かしながら、急降下して引っ張った。

「グゥオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」

 口を閉じさせることはできなかったが、わずかにバランスを崩したワイバーンのブレスは当初の方向からかなり右下にずれて放射された。おかげでどの機体にもブレスはあたることはなく。わずかにイロドリ機の頭部を熱風が吹きぬけただけで済んだ。
「ふぅ……無茶をしたものでござる。もう少し降下するのが遅れていたら、どうなっていたか」
「平気よ。せいぜい、頭が焦げてレーダーがオシャカになるくらいだわ」
 冗談を言うくらい余裕のある彩羽は、臆するどころか、ブレスを吐いてすぐのところを好機をみて。再びぐるぐると旋回し、今度こそ口を閉じさせてしまおうとワイヤーロープの巻き付けを再開させる。
「大きなお口のワイバーンさん、いたずらできないように閉じましょうね」
 だがさすがにワイバーンも、そうした行動に苛立ちを感じたのか。
 翼で叩き落さんと身体をひねろうとした。しかしそこへ右の翼に大形ビームキャノンの砲撃が放たれ、爆音とともにわずかだけ巨体が揺れる。
 行なったのは一哉たちのコームラント。
「やっぱり一発や二発じゃビクともしないな」
「いえ。先程より動きが2%ほど落ちています。翼をもがれれば飛ぶことは叶わない筈ですし。諦めずに攻撃を続けましょう」
 ふたりの操縦席での会話内容は、相手に聞こえている筈も無いが。
 それでも危機感が伝わったのか、巨大ワイバーンはわざと何度も翼による羽ばたきで風を起こし、周囲を混乱させ、かつ自分は上昇して攻撃の手から離れはじめた。
 竜巻にも似た轟く風のせいで、イロドリ機の手からワイヤーが抜け落ちてしまった。
「あっ! いけない、ワイヤーロープが!」
「彩羽殿。心配無用でござる。あれだけ巻きつければ、しばらくはほどけぬでござろう」
 スベシアの言うとおり、ロープの端はひらひら宙を舞ったままだが。ワイバーンがグルグルルと唸りながら首を振っても、簡単には口を開けないようで。彩羽は再び撹乱にまわることにした。
 防戦に回っていた聡も、これをチャンスとみて攻撃に転じていく。
「サクラ。いくら大きくても相手は、いのちのある生物だ。このまま押し切るぜ!」
「ふふ、聡さん。無理は禁物ですよ。まず動きを封じることを考えましょう」
 そうして一哉たちがしているように、翼を狙って砲撃を行なっていく。
「一哉さん。射撃位置を右に15度修正してください。翼の付け根を狙うんです」
 精密なアリヤの指示を受けながら、一哉も弾が尽きるまで砲撃を繰り返す。
 巨大であっても、ワイバーンは元々スピードには長けているため何発かは避けられていたが。それでも皆の攻撃は確実に体力を削っている。ように思えた。
 けれどそこで、一哉の頭にふと嫌な考えがよぎった。
「あれって、マズイかもしれない……」
「? どうかしたんですか? 相手は少しづつ体力を消耗させていると分析しますが」
「いや。攻撃が効いてるとか効いてないとかいう問題じゃなくて。なんだか、傷を負うことを気にしてない感じがする」
 一哉が言うように、巨大ワイバーンは攻撃に苦しみながらもイコン達に容赦なく体当たりや翼での打撃を繰り出している。おまけに口に巻きつけられたワイヤーロープも、ギチギチと嫌な音を立ながら今にもひきちぎってしまいそうだった。
 鱗から鳴っている軋むような異音も、苦しさを象徴しているように聞こえてくる。
「くそっ。こっちだって殺したくないのに……なんで命を削るような戦いしてんだよ!」
「一刻もはやく、止めてあげましょう。私たちには、それしかできることがありません」