シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

爆熱鉄塊イロンV

リアクション公開中!

爆熱鉄塊イロンV

リアクション




「コードNHS! コードNHS! そのまま持ち上げて下さい!」
 助手の指示で、無数のワイヤーに固定された鉄の塊『イロンV』が持ち上がった。
 見上げれば、それなりの迫力がある『ロボットもどき』を見て、覆面を付けた集団から歓喜の声が上がる。
「イロンの揺れが無くなり次第、到着した脚部とドッキングを行って下さい!」
(って言うか……これは、キャタピラじゃねぇ!)
 脚部として到着したキャタピラ――もとい、機晶ロボを見て、助手が胸中で叫ぶ。

 淡々と作業をこなす奇妙な集団を見て、涼司が眉間に皺を寄せた。
「何だ……何かが、変だ」
 到着してから、たっぷり五分以上。ご丁寧に警報まで鳴らして、涼司達が到着した事はこの場にいる全員が気付いている――にも関わらず、この集団は迎え撃つでもなく、イロンVの完成に向けて作業を続けているのだ。
「何かありそうですけど……このまま完成させるのは、危険な気がします」
 涼司の考えを察してか、火村 加夜(ひむら・かや)がイロンVを見上げながら手にした槍を構える。
「あぁ、そうだな……虎穴に入らずんば、ってな。行くぞ」
 イロンに向かって駆け出す涼司の後を追うように、加夜も走り出した。
(そうそう……山葉涼司。その調子です)
 イロンVに向かう加夜と涼司の前に、仮面の男――クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が立ち塞がる。
 元来、彼は『登場は高い場所から』という拘りを持っているヒーロー(自称)だった。しかし、今日は平凡普通に涼司に向かって、立ち塞がった。
 武器も構えず、名乗りも上げず、ただひたすらに立ち塞がったのだ。
 進路の妨害をするクロセルを、涼司は単純に敵だと見なした。
「邪魔だァ!」
 涼司が握り締めた拳をクロセルに向けて放つ。体重が乗ったその拳が顔にめり込む瞬間――クロセルは不敵な笑みを浮かべた。
 避けず、反撃せず――全力で『殴られた』クロセルは、子供に投げ捨てられた玩具の様に転がる。
「ふふ……ふふふふ……ふァっはっはははは!!」
(……打ち所が悪かったか?)
 口の端から、鼻から、それはもう派手に血を流しながら笑うクロセルに、涼司は――よく解らないが、同情に似た何かを感じた。
「殴った……今、間違い無く殴りましたね!? 無抵抗の! 一般人の、この俺を!」
 フラフラとした足取りで立ち上がったクロセルは、口から流れる血を拳で拭いながら、笑い続けていた。
「カメラさん! 今の、撮りましたか!?」
「ひゃぅ!? と、撮ったけど……ぁ」
(しまった、利用された……!?)
 血まみれのクロセルに突然呼ばれ、ルカルカが素直に答える。が、その後にルカルカは自分の回答に胸中で舌打ちをした。
 そう、この男の目的、それは――『正当防衛』だった。
 多分、クロセルから見ればビデオカメラを片手にこの場に現れたルカルカは、完全にイレギュラーな存在だったはず。だが、クロセルはそれを咄嗟に自分の計画に組み込んだのだ。
 『蒼空学園の校長、山葉涼司が一般人を殴りつける映像』を、残す為に。
 あえて涼司達が到着した後に手出しをしなかったのも、全てはこのクロセル・ラインツァートの計画の内だった。
「貴様……ッ!」
「あぁ、まだ暴力を振るうのですか? この一般人に?」
 クロセルを殴ろうとする涼司の拳が、ピタッと止まる。
「失落しなさい、絶望しなさい、山葉涼司。以前の眼鏡にでも戻って部屋の隅でいじけているのがお似合いです!」
「……あの」
 ――高らかに勝利の声を上げるクロセルに、加夜が声を掛けた。
「映像、消したら……証拠も何も、無いですよね?」
「って言うかよく考えてみなくても解る事だったんだけど……ルカルカが、涼司の不利になる映像をあんたに渡す義理も無いよね」
「……………………そこを、何とか」
「なるわけないじゃん」
 加夜の一言で冷静さを取り戻したルカルカが、クロセルの懇願を、言葉の刃で切り捨てた。

 ――形成逆転。
 そもそも勢いだけで実行されたこの『正当防衛計画』が破綻し始めた、その時。
 作業を続けていた作業員達が、突然声を上げた。

「ドック・オン! イロンV!」

「しまった……ッ!」
 涼司が――クロセルを全力で殴り飛ばしながら――視線を向けた先で、イロンVが、完成した。
 すっかり日が落ち、空に星が輝く中、イロンの頭部に備え付けられたライトが怪しく光る。
「ふふ……ふふふふ……ふァっはっはははは!!」
 身体中を砂塗れにしながら、またもや仮面の男、クロセルが高笑いを始める。
 立ち上がる体力も残されていないのか、地面に身体を預けながらも涼司を睨み付けた。
「まだ……まだですよ! この完成したイロンVが貴方を撃退すれば、イロンVは晴れて『山葉涼司の勢力を退けた』ロボットとして、名を馳せる事が出来る!」
「世迷い事を……寝言は寝てから言え」
「ふふ……そんな悠長な事を言っている場合ではないと思いますけどね?」
 ズタボロにされながらも、瞳に光を失わないクロセルに、涼司が片眉を上げる。
 その時、完成を迎えてワイヤーを切り離されるイロンVの横で、一機の機晶ロボが駆動音を上げた。
「ふふ……例え証拠が残っていなくても! あたしはあんたの暴力行為を忘れない!」
 唸りを上げる機晶ロボの上に両腕を組みながら立つ少女――茅野 菫(ちの・すみれ)が、涼司に向かって叫んだ。
 予定では、イロンVの脚部用に発注された機晶ロボは『一機だけ』だったが、この少女、菫は事前に発注書に手を加えて追加の『戦車』を、博士の名義で頼んでいたのだ。

 ――この後、その発注は単純に『発注ミス』とされ、助手の借金に加算されるのだが、その事実を菫が知る事は、多分無い。

(って言うか、キャタピラとか頼むって言うから、一緒に戦車でも頼んでやろうと思ったのに……機晶ロボが届くとは、ね)
「まぁ、何となくフォルムは似てるから、別に構わないか」
 ――90式戦車、と呼ばれ、非常に高い水準の兵器としてその名を広めた戦車を模した機晶ロボの内部に、菫が乗り込んだ。
「ふむ……これはこれは、何とも眼福だな」
 機晶ロボの内部では、しげしげと周囲を眺めながら相馬 小次郎(そうま・こじろう)が操縦桿を握っていた。
 手元には、『90式戦車:操縦、操作マニュアル』と書かれた紙を持っている。
「動かせそう?」
「事前の資料との相違は少なくないが、何。問題無い」
 高く結い上げたポニーテールを揺らしながら、小次郎が大きく頷く。
 その後ろでは、菅原 道真(すがわらの・みちざね)がオイルライターの蓋を開閉させながら手元の引き金を見つめていた。
「これ、聞いてたのと全然違うんだけど、大丈夫かしら?」
「弾を込める必要もなさそうだから、適当に引き金を引いてれば、大丈夫。……多分」
 自信が有るのか無いのか解らない回答を返す菫に、道真は「ま、なるようになるわね」と適当に相槌を打って、引き金に指を掛けた。
 そして、おもむろに引き金を引く。
 重い音が機晶ロボの内部に響き渡り、かなり大きい振動の後に打ち出された弾丸が、イロンVの肩をかすめて抉った。
「…………あ」
「……とりあえず、出すぞ」
 微妙に間の抜けた声を上げる道真を背にしながら、小次郎が操縦桿を倒した。



「これは、もうまるで戦争です! 見てください!」
 若干テンションを上げたルカルカが、自らを映した後に、遺跡へカメラを向けた。
 ――阿鼻叫喚、と言えば良いのだろうか。
 完成したイロンVが猛威を振るうよりも前に、その横から飛び出した機晶ロボが、辺り構わず砲撃を開始したのだ。
 まったく外観が違う機晶ロボを、戦車に似せて改造した事による暴走なのか、そもそも砲撃主の腕に問題が有るのかは解らないが、戦車風機晶ロボは『敵味方構わず』その弾丸を撃ち出している。
 逃げ惑う人々を見ながら「結構、楽しい物なのね、砲手って」と呟く道真だけが、その答えを知っているのかもしれない。が、遺跡内部にいる人間に、そんな事は問題ではなかった。
 ギリギリ人間に直撃しないタイミングで打ち出される弾丸が、遺跡の一部を抉る。と、何の変哲も無い壁に見えた箇所が突然爆発を引き起こした。
「あらら……ちょっと火薬が多かったかなぁ」
 ブラックコートに身を包んでイロンVの足元に居たアリスが、苦笑する。
 光学モザイクで正体を隠しながら、事前に彼女が仕掛けていた遺跡内部の罠が、次々と誘爆を始めた。

「っるせェな……何だ?」
 遺跡の近くに小型飛空艇を止め、自身のイコン『鋼竜』のカスタムを行っていた褐色の青年、ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)が騒音に耐え切れなくなって遺跡を見ると、夜の荒野を煌々と照らしながら遺跡で爆発が起きている最中だった。
 そのままジガンは遺跡をしばらく見ていたが、やがて大きな爆発が収まったのを確認すると、また自分の手元に視線を戻して作業を再開した。と、その瞬間――流れ弾なのか、爆発で飛来した破片なのかは解らないが、遺跡の方から飛んできた『何か』が、その場に居たジガンごと周囲を吹き飛ばした。
「っだァ! マジで何なんだよ、オイ。って……あ?」
 砂に埋まった身体を起こして自分の居た場所を見ると、作業を行っていた小さなディスプレイには『エラー』という表示が映し出されている。
 駆け寄って繋げていたキーを叩く。が、しかし、画面にはエラー表示以外は何も映らず――やがて、その表示すらも消えた。
 フラッ、と立ち上がるジガンの額には、無数の青筋が浮かび、眉間には深い皺が刻まれる。
「は……テスト運用前のデータだぞ? ははッ、何時間かけたと思ってやがるんだ」
 怒りを突き抜けて笑いすら混ざった辺りで、ジガンは自らの拳を強く握り締めながら、遺跡に向かって駆け出した。

「……ん?」
 イロンVから距離を取って戦闘をしていた透乃の視界で、人間が飛んだ。一人、また一人と覆面を付けた作業員が地に伏せ、または壁に向かって飛んでいく。
 その中心には、赤い瞳を怒りに燃やしながら手当たり次第、目に付いた人間をナイトシールドで殴り飛ばしているジガンが居た。
 透乃の視線に気が付いたジガンが、今しがた襟元を掴んで殴り倒そうとしていた人間を引き摺りながら歩み寄る。
「おい、このクソくだらねぇ騒ぎの首謀者は、どこだ」
「博士? どこかなぁ……何か用なの?」
「うるせぇな、関係無ぇだろ。俺は今、最高に機嫌も気分も悪ぃんだよ。知ってるならさっさとソイツを連れて来い」
「……口の利き方を知らないのかな?」
 真っ直ぐに殺意を向けるジガンに、透乃が笑顔を見せる。その口元は笑っているが、目だけは笑っていなかった。

 不意に、ジガンが引き摺っていた作業員を透乃に向かって投げた。
 力無くそのまま飛んできた作業員に視界を覆われた透乃が身を引く。そのタイミングに合わせて、ジガンが腰に下げていたトマホークを振り抜いた。
 まるで野球のスイングの様にトマホークの『腹』で打撃を放つジガンの攻撃を、透乃は冷静に見極める、が回避までは間に合わずに折り曲げた腕全体を使って、その攻撃を受けた。
 吹き飛ぶ透乃に向かって、ジガンが舌打ちをする。
(手応えが無ぇ……見切られてるか?)
 ジガンは、トマホークを握る手に力を込めた。革手袋と柄が擦れて、ギチリ、と鈍い音を上げる。
 吹き飛んだように見えて、その実、衝撃を和らげる為に後方へ跳んだ透乃が、体勢を立て直す。
「悪くない……けど、まだ『浅い』よ」
 笑みを浮かべながら透乃がジガンへ急接近する。迫る透乃に向けてジガンは、トマホークを投げつけた。
 踏み込んだ足のつま先を軸に、透乃が身を翻して投げつけられたトマホークを背に通す。続け様に、直接打撃を狙っていたジガンの拳を手に取り、呼吸を合わせて体制を崩すと鳩尾に渾身の突きを放った。
 ジガンが口から血を吐く。しかしその後すぐに、透乃の視界から消えるように身体を沈めると、地面を蹴り、勢いをそのままに拳を振り上げた。
 死角からの拳に、透乃の反応が遅れ、顎を打ち抜かれる。
「へっ……まだまだ『浅ぇ』な」
 口の端から血を流しながら、ジガンが笑う。呼吸は荒く、上下に揺れる肩がダメージが深い事を語っている。
 隙を見せた透乃へ追撃を行おうとするジガンの耳元に――鎖の音が鳴った。
 突然、耳元に響いた音に驚愕したジガンの身体に、裂傷が走る。
「……遅い、よ。もう」
 軽く頭を振って、透乃は自らのパートナー、陽子に笑いかけた。
「ふふ……すみません。あ、お仕置きなら、後で素直に受けますよ?」
 そう言って、頬に手を当てながら顔を赤らめる陽子に、透乃は思わず微笑んだ。
 ――裂けた傷口を押さえながら、ジガンが大きく舌打ちをする。
(……分が悪ィな。つか、何だこりゃ……データは壊れるし、ワケ解らん女に殴られるし、切られるし)
 幾分が血を流した所為か、視界が歪む。怒りも残ってはいるが、それに任せて戦力を見間違える程ではなかった。
 ジガンが、透乃達から徐々に距離を開け、下がる。
 そして、間合いから外れると、暗闇の向こうに消えていった。
「……追いますか?」
 ジガンが消えた先を見ながら陽子が問いかけるが、透乃は軽く首を横に振った。